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極東の海の女王  作者: 優笑
第二章  不死身の空母
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第二三話 エース対決

次回第二章最終回。なるべく一か月以内に投稿したいと思います。

 ヨークタウンのレーダーが迫る敵とも自身の発艦した戦闘機とも違う機影の一団を探知したのは、丁度敵と味方の機影がレーダー上で交錯した時だった。

「メーム艦隊の方角。この状況で援軍?」

 メーム軍からするならヨークタウンは国籍不明の得体のしれない存在のはず。そんな空母に2度も援護の戦闘機を派遣するなど、本来なら考えられないことだ。先ほどと異なり援護が目的ではなく、偵察、あるいは攻撃という可能性もある。

 だが考えている間もなく、森羅軍爆撃機の一団が戦闘機の迎撃を振り切りヨークタウンの視界に現れる。迎撃の戦闘機の多くがより危険な敵攻撃機に向かっている今、爆撃機は自力で撃退しなければならない。ヨークタウンは浸水で重くなった体を引きずるように翻し、比較的損傷の少ない右舷を迫る敵に向け、残り数の少ない対空砲を必死に撃ちあげる。

 迫る機影の一団の目的は分らない。だが例え何が起ころうとも生き残って見せる。すでにいつ機関が停止してもおかしくない満身創痍の体で、それでも彼女は誓う。そんな彼女の必死の砲火に、襲い来る敵機はむしろ自ら飛び込むように決死の突進をしかける。ゲームとは違う、命と命のぶつかり合い。簡単にいくはずがないのは分っている。だが、いや、それを知っているからこそ、彼女は誓って、己の全てをこの一瞬に込めた。

 



 金属の裂ける衝撃が機体を通して全身を襲い、飛び散った金属片が搭乗席の内部を跳ねまわる。その直後、右肩に焼けるような痛みが走ったかと思うと、鮮血が風防を赤く染め、生暖かい液体の流れ落ちる感触が伝わる。

「旋回機銃か……」

 肩口に走る焼けるような痛みに、バイソンは歯を食いしばりつつ機首を下げ、機体を降下させつつ速度を得、追いすがる敵機から離脱を図る。だが機体が下降の挙動を示し始めるのと同時、背後から再び連続した銃声が響き渡ると、敵機の射撃の軸から逃れる直前、一弾が機体を貫く。

 いかに優れた技量の搭乗員だろうと、前後からの集中攻撃を避け続けるのは困難だ。だがバイソンと、彼に続いたヨークタウン戦闘機の攻撃により、森羅軍攻撃機隊は大きな打撃を受け編隊を乱しつつあった。

 あと一撃で攻撃機隊はだいたい無力化できる。降下による加速で敵機の追撃を振り切ったバイソンは、敵攻撃機の編隊を見上げそう判断しつつ、あたりを見回して敵機の位置を確認し、高度を上げるタイミングを見計らう。そうして後上方を振り返った時、そこに自機の頭を押さえるように張り付いた二つの敵戦闘機の機影を認める。

 速度と上昇力で森羅軍機を上回るバイソンのスワローとはいえ、今の間合いで上昇を開始すれば、速度が低下したところを下降で加速した敵機に追いつかれてしまう。だが水平飛行での加速のみでは、安全な間合いに逃れるまでに戦場の外に追いやられてしまう。敵戦闘機一、二機を拘束できると思えばそれも悪くないのかもしれないが、それでは敵の攻撃機を見逃すことになってしまう。

 一旦同じ高度にさえ誘い出してしまえば、やりようはある。なんとか、攻撃を誘えないものか。

 考えている暇はない。バイソンは危険を承知で機体を上昇させ始める。目では後上方に張り付いた敵機を睨んだまま。

 敵機に追われている際上昇するのは、敵機の攻撃を被弾しやすく危険と一般に言われる。そうして敵機の目の前でわざと無防備な背中をさらすことで、彼は敵の攻撃を誘う。だがそれはわずかでも間合いとタイミングを見誤れば、敵機に背中を撃ち抜かれる危険をはらんだ諸刃の剣。それを理解している彼は、だからこそ一瞬たりとも敵機から目を離さず、攻撃をさばくぎりぎりの間合いを見計らいながら、徐々に機首を、限界まで紙一重の所まで引き起こす。

 これ以上は引き起こせない、そこまで機体を引き起こしてなお、後上方に控える敵機はしかけてこない。頬を流れ落ちる汗が彼の気を逸らせ、脳裏によぎる彼女の姿が、彼をあおる。

 まだだ、先に動いたら、負けだ。

 いつかの日の父の言葉が脳裏をよぎる。後上方に控えた敵機の内の一機のフラップが動いたのは、その一呼吸のちのことだった。

 次の一瞬、バイソンは機体を左にひねると、背面の直前やや斜めの角度まで倒し一気に降下させる。そうしてスロットルに従い機体が精一杯の挙動を示すにつれ、全身を絞り上げる重力。暗くなっていく視界の中、流れ、反転していく世界。被弾の衝撃が一度機体を襲うが、意識と銃声はそれにかまわず遠のいていく。そうして真っ暗になった視界の中、彼は機体が水平に戻るのを薄い意識の中で感じ取る。そのうち全身を絞り上げていた重力から徐々に開放されるにつれ、視界に広がっていく夕焼けに染まる海原。戦闘開始から3度に渡る降下で、彼の機は海面近くまで高度を落としていた。

 一機は振り切った。だが降下による加速はもう使えない、果たしてどうするべきか。重力から解放されたばかりの回転の鈍い脳で思考を巡らせつつ、敵機の位置を確認しようと、残る一機の敵機のいた方向を振り返る。

 果たしてその視界の先、航空機にとってはもはや目と鼻の先ともいうべきところに、敵機はいた。

 優秀な旋回能力を持つ森羅軍戦闘機は、その特性を生かした格闘戦を好む傾向がある。だが多くの敵機を撃墜し、なおかつ激戦を何度も生還してきた真のエースが用いるのは、あくまで敵機のすきをついての一撃離脱戦法だ。そして撃墜30機を超える歴戦の森羅軍搭乗員は、激しい空戦機動の重力が搭乗員の視界を奪っているだろうこと、そしてそれ以上降下できない低空に先に敵を追い詰めた方が勝つこと、当然理解していた。

 次の一瞬、機首を下げ機体をさらに海面に向け降下させつつ横に滑らせるバイソン機に、降下による加速で追いついた森羅軍エース機が機銃を射掛ける。バイソンは巧みに機体を滑らせその牙から逃れるが、被弾損傷した機体の動きは無傷の森羅機に比べて鈍く、高度が下がるにつれ降下による加速も得られなくなり、その間合いはさらに詰まっていく。

 バイソンのすぐ背後で響き渡る銃声。オレンジの閃光が翼をかすめ、目前に迫った海面に突き刺さり水柱を上げる。空母を攻撃したあの時と同様の超低空まで追い詰められた彼は、ここにきてようやく機体を引き起こし、うねる海面すれすれのところに機体を這わせる。もはや逃げ場はない。

 追い詰めた。

 森羅軍搭乗員がそう思った瞬間、彼の見つめる先で、バイソンは笑みを一層強く浮かべる。それ以上降下できない低空に先に敵を追い詰めた方が有利であること、それを理解していたのは、森羅軍搭乗員だけではなかった。

 空戦は一人でするものではない。バイソンが2機の森羅軍機に頭を抑えこまれていたあのとき、最初にバイソンと共に中空に布陣していたヨークタウン戦闘機の多くもまた、彼と同様に低空に抑え込まれていた。バイソンのスワロー以上の性能を持つヨークタウン戦闘機といえど、敵戦闘機に頭を抑えられた状態で上昇すれば撃墜される公算が高い。そしてバイソン機の後上方という2機の位置取りは、同時に森羅軍攻撃機隊の真下あたりという、他のヨークタウン戦闘機の頭も抑える絶好の位置にあった。

 この布陣が崩れた時に何が起こるか。

 そしてもう一つ。空戦では確かに、先に敵機を低空に追い込んだ方が圧倒的に有利だ。だが機体に性能差がある以上、有利でいられるのは降下で速度を得、敵機を上回る速度を得られる一瞬のみ。その一瞬が過ぎれば、あとは機体の性能差で引き離され、速度と上昇力に劣る森羅軍機は二度と追いつくことはできない。

 

 敵機は引きずりおろした。後はこの敵機の攻撃をかわしきるだけ。それだけできれば、あとは機体の性能差で振り切ることができる。勝負は一瞬、敵機を引き離すまでの、わずかの間。後方から迫る閃光のラインを、バイソンは機体を滑らせ、軸を逸らせることでかわす。

 あと少し。

 バイソンが思うのと、後方からの銃声がやむのは同時だった。

 早すぎる。

 得体のしれない違和感と寒気に、バイソンは後方の敵機を振り返る。果たしてそこにいた敵機は、射撃をやめる代わり、機体一、二機分ほどという超至近距離まで接近してきていた。

 この状況で体当たりしようなどという命知らずでないことは直ぐに理解できる。そう、少しでも距離が離れた状態ではかわされるとみた敵機は、ならばと、どう機体を操ってもかわしようのない距離まで肉薄してきたのだ。それはバイソンが空母に攻撃を仕掛けたあの時と同じ状況。だが今度はあの時と違い、ヨークタウンの助けはない。

 刹那の一瞬。敵機との間隔は機体一機分を切り、もはやぶつかるという所まで迫る。バイソンはエンジンが焼きつくまで出力を上げ、翼が海面につかえる寸前、限界一杯まで機体をひねる。旋回性能で森羅軍戦闘機に劣るスワローだが、機体を横にひねるこの挙動に関しては森羅軍機より鋭い。そしてその一瞬の差で、バイソン機は間一髪、森羅軍機の射撃の軸から逃れる。

 機体をひねった後の旋回は森羅軍機が優勢。だが機体が旋回に入るのと、降下によって一時的に得られていた森羅軍機の速度の有利が無くなるのは同時。そして機体が旋回し森羅軍機の照準がバイソン機に迫るうち、もはやぶつかるのではという所まで迫っていた両者の距離は機体一機分まで離れる。

 直後、森羅軍機の照準に収まるバイソン機。だが森羅軍搭乗員は射撃レバーを引かない。

 バイソン機が降下したとき、それが相手の誘いであること、つられて降下すれば負けであること。森羅軍搭乗員はよく理解していた。頭で理解していながら、体は勝手に動き、機体はその機影を追いかけていた。これほどの腕のパイロットを野放しにすれば、例えこの戦闘で勝つことができても、戦争全体でみればより大きな損失になる。そう自分を納得させようとした。

 本当は違う。今まで30機あまりの敵機を撃墜してきたが、そのほとんどは格下の旧式機。メーム方面に来て格上の敵機とぶつかっても、性能差以上に腕の悪い敵搭乗員。勝って当たり前の戦闘を30回繰り返しただけだった。それが今日初めて、自分と同等か、それ以上に強い敵と巡り合えた。そんな強敵と真っ向から勝負したい。どうでもいい敵機30機を撃墜するのではなく、1機の真の強者と、渡り合ってみたい。

 その瞬間、森羅軍搭乗員は自身が、国や仲間、家族といった守りたいものではなく、自分自身の意思と欲求を優先していることを自覚する。そして刹那のうち、今や機体2機分ほどまで距離を離された敵機の未来位置を予測すると、威力はあるが精度の低い12.7ミリ機銃の弾道を感覚的に判断し、射撃レバーを引く。放たれたオレンジの閃光はわずかに山なりの弾道を描いた後、バイソン機に吸い込まれると、その風防を赤く染めた。

 その瞬間、森羅軍搭乗員はこれまで30機余りの敵機を撃墜しても感じたことのなかった達成感というものを初めて覚える。同時にその乾いた風に似た、どこか空虚なその達成感というものの中に、彼はそれを知る。

「負けた」

 口をついて出たその言葉が、激戦の勝敗を告げていた。

 

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