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極東の海の女王  作者: 優笑
第二章  不死身の空母
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第二十一話 再会

投稿が遅れ申し訳ありませんでいた。次回投稿はできるだけ1か月以内に行いたいと思います。

 追っていた煌めきの先に、灰色の海面から上がる一筋の黒煙を見たのは、丁度燃料計の針が底を差し示す頃だった。

「……あのバカ、なんで好き好んでこんな地獄に……」

 唇をかみしめ、吐き捨てるように呟く。やがて時がたつにつれ、徐々に視界に映し出される黒煙は薄くなっていき、その根元の海面に木の葉のように浮かぶ、彼女が視認できるようになる。

「燃料が少ない、このまま着艦するしかないな」

 呟くと、着艦を求める信号を彼女に送る。ここで問題なのはヨークタウンの損傷状態だ、甲板の損傷が激しかったり、着艦に必要な速度を出せない状態であれば、着艦のしようがない。あるいは彼女そのものが着艦を拒むようなことも全くないとは言えない。そうなると残された手段は危険な不時着しかない。船体が波の尾を引いていることから機関は停止していないようだし、黒煙も晴れつつあるが、損傷状態は良いようには思えなかった。

 このまま不時着か? そう思ったまさにその時、ヨークタウンから着艦を許可する信号が放たれる。

「甲板の状態は……いや、あいつがそうしろと言うんだ、やるしかない」

 呟くとそのまま、着艦体制に入る。視界の先の彼女は引いていた波の尾をいっそう長く引き、速力を上げていく。だがそれは以前着艦した時と比べあまりに遅く、損傷にあえぎながら必死に速力を出そうとしている姿が見えてくるようだ。

「降りたらただじゃおかん」

 怒りを帯びた声で呟きつつ、徐々に高度を落としていく。そうして近づくにつれ、より鮮明に見えてくる甲板。損傷し空いた穴をむりやり板でふさぎ、中身はそのまま無理やり表面の皮膚だけつぎはぎにつなぎ合わせたような場所に、バイソンは機体を下ろす。その着艦はあの時と対照的に理想的もので、ワイヤーにフックをかけ、板でつぎはぎとなった甲板に機体を揺らしながらも危なげなく制止する。そうして機体が止まるのを確認するや否や、真っ先にひびの入った風防を開き、搭乗席を飛び出すと、主翼から飛び降り、甲板に着地してすぐ視線を艦橋出口に向ける。

 そしてその視界に映し出されたものに、思わず言葉を失った。

 

 そこにいたのは、全身隙間なく傷だらけの痛々しい体を引きずり、激しく息を切らしながらバイソンを見つめる彼女。その美しい金の髪はところどころ焼け焦げ、あるいは重油に黒く染まる。左頬は焼けただれ、閉じられた左の瞼にまで達する。身を包んでいた衣服は両脇腹と腹部を中心にずたずたに引き裂かれ、残りも全身黒く染まる。破れた衣服の隙間に彼女本来の透き通るような白い肌はなく、目を背けたくなるような深い傷と、そこから流れ落ちる重油が、その身をいっそう黒く染める。

 魚雷2門、250キロ爆弾3発を被弾し、もはや立っているのもやっと。そんな体で、彼女は脇腹の傷を、だらりと下がった左手に比べればまだ傷の少ない右手で抑え、激痛に表情をゆがめながら、それでも体を前に傾け、バイソンの方にふらふらと歩みを進める。

 それを見た瞬間、体のうちから熱いものが一気にこみあげた。

 もはや何を考えることもない、言葉に言い表せない何かで頭の中が真っ白になったまま、勝手に動く体に、心に身を任せ、彼女に向かって走り出す。全身からほとばしる力を全て伝えて。ほんの数秒、十メートルあるかどうかという距離が、どこまでもじれったく、もどかしい。

 視界の中でどんどん大きくなっていく彼女に必死に手を伸ばして、一歩、また一歩、ようやく届きそうになる指を、腕を、彼女の背中に回して、感情のまま、野獣のようにぶつかりそうになる体を、必死に理性で抑え込んで、フラフラと、今にも倒れてしまいそうなその体を胸で受け止める。伝わる冷たく、だが優しい感触。その体は決して軽くないのに、なぜだかどこまでも華奢で弱く、今にも崩れ落ちてしまいそうで、そんなどこまでも儚げなその体を壊してしまわないように、両腕でこれ以上ないほど優しく包み込んで、抱きしめる。

 数秒前まで脳裏に渦巻いていた炎のような怒りも、思いも、全て心の奥底にしまう。今この胸にあるもの、この金属のように冷たくて、だがどこまでも優しいもの。それさえ守れるなら、他は何もいらない。何も言わない。だから……

「どうして?」

 胸の中で、消え入りそうな声で、彼女は紡ぐ。

「もう何もいらない、会えないままでいい、そう言ったのに」

 彼女の右手が彼の袖を握りしめる。その力はどこまでも弱く、儚げで、鋼鉄のように冷たい肌が、だらりと落ちたままの左手が、重油に黒く染まった傷だらけのか細い体が、たまらなく、愛おしい。

「何も言わなくていい、しゃべらなくていいから」

 無理をさせまいとかけた言葉に、彼女は胸の中で首を横に振る。

「全部私が勝手にしたこと。あの時あなたを助けたのも、この戦いに身を投じたのも。そうしてたくさんの艦の運命を、人の命をもてあそんで、それもこれもすべて、私の自己満足のため。私一人のために、全部めちゃくちゃ。だからこれはその報い。誰にもみとられないまま、無様に、無惨に、惨たらしくなぶられ、沈められる。どこまでも苦しんで、苦しんで、苦しみぬいて、地獄に落ちる。それが当然。だからそれでいいって、そう言ったのに……なのにどうして? 今はどうしても、離れたくない」

 その瞬間、彼女の頬を重油と違う、どこまでも美しく透き通った滴が伝い、バイソンの胸にしみこんでいく。

「ああ、私ってこんなに……自分が罪深い、強欲な女だってわかってた、そのつもりだったのに。それがどんなに虫のいいことか分ってる、分っているのに、どうしても自分が、抑えきれない。

 私、まだ、死にたくない」

 彼女の右手が、一層袖を強く握りしめる。それは今にも手放してしまいそうなそれに、必死にすがりついているようで、

「沈みたくない」

 それでも、振りほどこうと思えば簡単に振りほどけてしまうほど弱く儚い。だからそんな彼女の右手に、彼は自分の右手を伸ばして、

「大丈夫」

 傷だらけのその手に重ねて、袖の代わりに握り返して、

「今度は必ず、守って見せる」

 冷たいその手から伝わる、確かな鼓動に誓う。

 彼はあの日、彼女を救おうとし共に沈んだ駆逐艦ハムマンではない。神様がどうとか、運命がどうとか、誰が何を言い、何を感じようと、そんなものは関係なく、単に名前が同じだけの、一人のちっぽけなパイロットに過ぎない。出会ってたった数日、かわした会話も数えるほど。知っていることなんてほとんどない。

 だがそれがどうした。

 目の前に傷だらけのか弱い少女がいる。それだけで十分じゃないか。いやそんなものも必要ない。誰が何と言おうと関係ない。そう、ただ叫べばいいのだ。

「俺はお前を守る。守りたいんだ」

 抑えきれないあふれ出す感情に、胸の中の大切なものを、ともすれば壊してしまいそうになるほど強く、抱きしめる。そんな彼に、胸の中の彼女はほんの一瞬苦しそうな表情を見せ、だが次の一瞬彼の顔を見、穏やかに微笑みを浮かべる。

 互いの頬を伝い落ちる滴が、二人の全てを物語っていた。




「放てっ」

 砲術長の号令のもと、戦艦の主砲が一斉に火を噴く。放たれた砲弾は水上ではなくはるか空中の寄せくる無数の黒い点にむかう。が、黒い点はそれをあざ笑うかのように編隊を分散し、砲弾は何もない空中で盛大に炸裂する。

「くそっ、馬鹿にしやがって。対空砲!」

 炸裂が起こって程なく、軍艦にとって数分の距離を瞬く間に駆け抜けた敵機に対し、一斉に高角砲弾が打ち上げられる。輪形陣を組む複数の軍艦の全てから連携して放たれるその砲弾は、瞬く間に爆発の煙で空を埋め尽くし、金属の破片が雨粒となって広い空を隙間なく切り裂く。高射装置によってはじき出された敵機の未来位置を埋め尽くすように展開されるその弾幕に、森羅軍の勇士は己の持ちうる知恵と技術の粋を結集し、勇気をもって挑み、ある者は鉄の雨に切り裂かれて波間に没し、ある者は爆炎と海面のはざまを駆け抜ける。

 爆炎を避け荒れる波頭に呑まれる味方を目に仇を討つことを誓い、海面をプロペラで切り裂くような低空を、必殺の槍を抱いて飛ぶ機体。高角砲を切り抜け懐のうちに入ったその勇者達に、ハリネズミのように構えられた機銃の槍衾から、船体を埋め尽くすほどの発砲炎と煙と共に弾丸が放たれ、オレンジの曳光弾がスコールとなって降り注ぎ、海面を小さな水柱で隙間なく埋め尽くす。

 柔らかく薄いアルミの翼を無数の弾丸が貫き、食いちぎり、バランスを崩したそいつを黒い波の化け物が捉え、呑みこみ、海中へと引きずり込む。そんな死の空を、ある者は波間に隠れ、ある者は弾幕の隙間をかいくぐり、ある者は味方を囮にその影から飛び出すようにし、駆け抜ける。そして死の波を切り裂き驀進する鋼鉄の巨体の腹に向け、大事に大事に抱えてきた死の槍を放つ。

 わずか数秒のうち、死の空を潜り抜けた勇者たちが、追撃の弾幕に捕らえられ海面に叩き落される。だが放たれた槍はそんなものに関係なく海中を突き進み、しばらくで海面に出、白い尾を引きつつ鋼鉄の巨艦に突き進む。対する艦は迫る死の槍に自ら向かうように艦首をもたげ、生じた遠心力が数万トンの巨体を傾ける。時間にして数秒、距離にして数メートルの所を、艦首で切り裂いた波で魚雷を逸らし、駆け抜ける。

 そうして死から逃れたつもりでいて、だが暗い水底から手を伸ばす死から逃れることはできない。直後、上空の高角砲の弾幕を突破した機影が、海面を必死にあがき、逃げ回る木の葉のように小さな艦影に機首を向け、急降下をかける。艦影は迫る無数の白い雷跡にからめとられ、舵を切ることすらできない。それでも必死に機銃の矛先を迫る機影に向けようとするが、その砲口が火を噴くより先、抱えられた爆弾が切り離される。

 次の瞬間、放たれたオレンジの閃光がそれまで爆弾を抱えていた機影の翼を食いちぎる中、爆弾は周りを意に介さず真っ直ぐ重力にひかれ落ちていき、その先にあった軍艦の甲板を貫く。直後巻き起こる猛烈な爆発。艦の奥底から吹きあがった爆炎が上面の木製の甲板を吹き飛ばし、そこに並んでいた補給中の戦闘機をおもちゃのようにひっくり返し、荒れ狂う死の海面にけり落とす。さらに立て続けに巻き起こる爆発が、数万トンの巨体の金属製のはらわたを食いちぎり、内側から焼き、切り裂き、吹き飛ばす。爆炎は補給用の航空燃料を飲み込んで勢いをまし、火の川となって木製の甲板にむしゃぶりつき、金属の船体を舐め溶かし、さらにそこに生きる人をも踊り食い、その命を燃やしつくす。

 そんな化け物に、多くの将兵が恐れ、逃げまどい、だがそれに負けない人々が集まり、団結し、消火装置を手に立ち向かう。そんな勇気ある者たちに赤い化け物は無差別に、容赦なく襲いかかり、分け隔てなく食らい、しゃぶり、炭に変えてなお食べたりないと次なる得物を求めて手を伸ばす。そんな化け物を前にしながら、勇者たちはそれでも大切なもののために、貧弱な得物で必死に戦う。 

 そんな死闘を遠く戦艦の艦橋から眺める指揮官のもとに、味方の惨状は矢継ぎ早に届けられる。

「空母アルナに爆弾複数命中、大破炎上」

「空母ウィミネに爆弾1発命中、火災発生。艦載機発着艦不能」

「重巡ギリーグ被雷、艦首脱落」

 次々もたらされる苦しい戦況。だがその意味を正しく理解して聞いている者は少ない、

「左舷機銃指揮所、機銃掃射にて全滅」

「左舷より敵雷撃機!」

「取り舵一杯!」

 報告がもたらされる間にも襲い掛かる敵機、回避によって傾く船体。艦橋内に飛び込んでくる銃弾。回避した爆弾の至近弾が生み出す水柱が数万トンの巨体を揺さぶり、艦内の将兵の足を奪い床に引きずり倒す。自艦が猛烈な空襲にさらされる中では誰もかれも、自分のことで精一杯だ。それでもようやく艦が回避を終え直進を始めたその時、兵は窓の外を見、蒼白の表情で指をさす。それと同時に響き渡る見張りの叫び。

「敵第二波接近! 機影は4発飛行艇と思しき大型機。主翼に大型爆弾、または魚雷らしきもの2発をみとむ」

 叫びに、すでに疲れ切った表情を浮かべる将官達が一斉に外を見る。その空に浮かび艦隊に迫るのは4つのエンジンを持つ大型の飛行艇。その大きさは軍艦にこそ及ばないものの、それまで艦隊に襲い掛かってきていた単発の航空機と比べ、ツバメとカラス程には差がある。だが、

「森羅の飛行艇か、だが軍艦に攻撃を仕掛けるにはあまりに図体が大きすぎるな」

 巨体を擁する敵機の編隊を目の前に、将官達はむしろ自信ありげな表情をのぞかせる。そう、地上を爆撃するならともかく、軍艦に攻撃をかけるには4発というのはいささか鈍重なうえ、高い防御力以上に的が大きいことによるデメリットが大きいと考えられた。

 果たしてメーム戦闘機による迎撃を、持ち前の防弾性と第三次攻撃隊に随伴していた護衛戦闘機の協力で切り抜けた敵飛行艇に、メーム艦隊の熾烈な対空砲火が襲い掛かる。それこそ空を覆いつくし、小型で小回りの利く単発機の巧みな機動をもからめ捕る弾幕に、雷霆の巨大な機影は一機、また一機、巨大な翼をもがれ、荒波に突っ込み躯をさらす。そのたびメーム側将兵に湧き上がる歓声。

「いいぞ! 奴らを海中へ叩き込め!」 

 次々落ちていく敵機に、それまでやられていた恨み、憎しみを爆発させ、感情をむき出しに叫ぶ将兵。

 そんな中で、

「静まれ!」

 放たれた、艦橋どころか艦内全体に響き渡るようなその声に、どこか狂気に満ちた表情で叫んでいた将兵は皆我に返る。その声のもとに視線を向ければ、そこには鬼か夜叉を思わせる黒い覇気をまとい、戦場を睨む指揮官、ウルクがいた。

「よそ見をするな、全力を尽くせ、誰一人死なせるな! 」

 今にも襲い掛かってきそうな、そのまま死を思わせる怒りを帯びた声に、将兵はようやく足元に迫る死に気づき、半ばおびえるようにそれぞれの任務に集中する。

 果たしてそのわずか後、生き残った敵飛行艇はそれこそ海面にそのまま着水するのではというほどの低空を這うように、将兵の心を底から揺るがすような重圧を帯びたエンジン音を従え、艦隊に驀進する。やがて高角砲の嵐をかいくぐったその機影に降り注ぐ機銃弾の閃光。だが40ミリ機銃の多くは故障を起こし、25ミリ機銃も長時間の戦闘による銃身過熱とそもそもの威力不足により決定打を与えきれない。鈍重に見える敵機の巨体も、いざ接近してみればちっとも鈍重でなく、むしろ海面上を二次元的に走ることしかできない軍艦を、巨体に似合わぬスピードと巧みな連係で翻弄する。

 そうして敵機はスピードと防御力を生かし半ば強引に、だが襲い掛かる弾幕の中で華麗に横一線の隊列を組むと、以心伝心の呼吸をもって一斉に海面に魚雷を投じる。一機につき2門、扇状に広がる雷跡は、海面上しか走れない軍艦を余さずその網にからめ捕る。

「取り舵一杯!」

 迫る雷跡に対し、慌てて舵を切る巡洋戦艦アイ。それでも他の艦と比べわずかに早く切られた舵に艦はよく応え、巨体らしい重圧と迫力を伴い、艦首の切り裂く波で雷跡を避ける。だがそうするうちにも、反応の遅れ逃げ遅れた、あるいは損傷し身動きの取れない艦影を死の槍が捉え、数千、数万トンの巨体の金属の腹を次々貫き、その体の内で死を放つ。

 次の一瞬、連続して巻き起こる爆音、そそり立つ水柱。わずか数秒の内、それまで波を切り裂き海原を駆けていた艦影が水柱に飲まれ、爆炎に砕かれ、海面にどす黒い煙を上げ躯をさらす。

「空母アルナに魚雷命中、航行不能」

「駆逐艦ガルア、船体断裂轟沈」

「巡洋戦艦ミドリに魚雷2門命中、中破、速力低下」

「重巡ギリーグ、右舷に被雷傾斜、速力5ノットにまで低下」

 次々もたらされる甚大な損害の報告に、艦隊主脳部の将官のほとんどが蒼白となる。艦隊の中核をなす艦のうち空母1隻を事実上喪失。もう一隻も発着艦不能で戦闘力を失い、さらに巡洋戦艦1隻が中破。小型艦艇の損害こそ今の時点では限定的だが、それは大型艦に攻撃が集中した結果に過ぎず、さらなる攻撃を受ければ損害は免れないと考えられた。

「中将、我々は戦力の中核を失いました。このままだと敵の追撃により味方は壊滅します。ここは決断すべきときではないかと」

 将校の一人が静かに告げる。決断とは当然、撤退のこと。この将校は決して臆病風に吹かれたわけではない。このような時、撤退を促す発言をするというのは勇気のいることだ。それが分らぬものなどこの場にはいない。他の将校の多くも黙することで、その言葉に賛同する。ウルクもまたその言葉の意味も状況も正しく認識していたし、潮時を見極めるのもまた必要なことを理解していた。だが彼は瞳を閉じ、黙したままそれに応えない。まるで何かを待っているかのように。

 そしてほどなく、それはもたらされる。

「索敵機より連絡。敵水上部隊、進路を北東、国籍不明空母にむけ前進中」

「援軍の空母、我が艦隊の北方、攻撃圏内にまで進出、現在、艦載機発艦準備中とのこと」

 ようやくもたらされた希望の報告、その情報に、将校たちはようやく色を取り戻す。

「ようやく来たか。これで撤退の時間を稼げる。恐らく敵は例の国籍不明空母を拿捕するつもりなのでしょうが、この際空母は敵にくれてやりましょう」

 一人の将校がいい、それに他の多くも応じる。その時、それまで閉じられていた指揮官の瞼が開かれる。そして放たれた指示、それが彼の大将の器を示し、この戦の勝敗を決めることになることに、この時気づいたもの者はいなかった

 


 時間はわずかに遡る。

「索敵機より連絡、敵国籍不明空母、依然健在」

 もたらされた報告に、森羅軍首脳部が震撼する。

「まさか、あれだけの攻撃を受けてまだ健在だと。 敵は不死身か?」

 1人の将校の言葉に、他の将校たちの脳裏に去来するかつての出来事。8年前、当時無敵を誇った艦隊の意図をたった1隻で挫いた巨大戦艦。およそ一か月前、周りの艦が逃げ出す中、旗艦の盾になるように森羅艦隊に突撃し、最後まで逃げずに戦い続けた重巡洋艦。そしてその数日後、自他ともに認める世界最強の戦艦、瑞竜に一隻で挑み、これを撃破した正体不明の戦艦。史実に、伝説に、おとぎ話に、太古の昔から現在に至るまで、不思議な霧と共に幾度となくこの極東海に現れ、圧倒的力を見せつけてきた。いまだその正体を知る者のいない、だがたしかに現実に現れ、歴史を変えてきたその存在。

「極東の海の女王」

 誰からということもなく、どこからか発生したその呟きは、やがて艦内の全将兵に伝わり、その脳裏をよぎり、知らず知らずのうち呟かれる。

 だがそんなことなど関係ない。

「第四次攻撃隊発艦開始。目標は敵空母、ヨークタウン。水上艦部隊も同じく敵空母へ、確実に仕留めろ」

 感情の一切含まれない、容赦ない指揮。大きく損傷した、たった一隻の空母相手に、通常なら明らかに過剰な戦力投入。だがそれだけしても、確実に撃沈できるかは分らない。しかし今やその指揮に反論する者はいない。全森羅軍将兵が、この空母を撃滅しない限り味方に勝利はないことを確信していた。

 そうして水上艦も含めた全森羅艦艇と将兵数万が、たった一人、傷だらけの少女に向かい世界最強の刃を突き付ける。そんな圧倒的暴力の嵐を前に、必死にちっぽけなその体で、両手を一杯に広げ立ちふさがる。

 夕刻、最後の戦いが始まろうとしていた。


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