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極東の海の女王  作者: 優笑
第二章  不死身の空母
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第十九話 運命の五分間

 作品を読んでくださっているみなさんありがとうございます。そして申し訳ありません。今月体調不良が続き、一か月以内の投稿が難しい状況となりました。できるだけ早く、最悪でも来月中には次回投稿できるよう努めてまいります。

 素人の不出来な作品ではありますが、今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。


 数万トンの巨艦を超える巨大な水柱が上がり、衝撃が巨体を木の葉のようにゆさぶる。甲板上に並んだ艦載機が傾斜した甲板からおもちゃのように滑り落ち、海原の黒いうねりが容赦なくそれを飲み込んでいく。爆撃を終えた銀の機影は艦の上空を飛び越え、だが再び高度を落とし、海面に機を押し付けるようにして閃光と砲弾の追撃をかいくぐり飛び去っていく。

「空母月狼に至近弾! 右舷対空砲群損害甚大。誘爆は何とか防いだものの甲板上の艦載機に損害多数、発艦再開に時間を要す、とのこと」

 空母天狼艦橋に響く通信員の報告に、多くの将校はわずかだが表情を緩める。

「危なかった……どう見ても当ったようにしか見えなかったが」

 一人のことばに別の一人はうなずきつつ、

「恐らく当たったのだろうが、速度と角度の問題で弾かれたのだろう。当たり所が悪ければ誘爆していた」

 そう冷や汗をかきながらも冷静に言葉を継ぐ。それができるのも最悪の事態は避けられたという安堵からだ。だがそんな中で、指揮官桐生は変わらず厳しい表情を浮かべ続ける。そこに響き渡る見張りの叫び。

「新たな敵編隊接近、戦闘機が迎撃に向かいます!」

 危機が去ったはずの艦橋に再び緊張が走る。

「敵編隊は全て撃退したのではなかったのか? 索敵は何をやっていたんだ!?」

 苛立ちと焦燥を浮かべながら再び空を見る。と、はるか遠方の空で無数の航空機が空中戦を繰り広げていた。が、その状況はそれまでと異なっている。

「気のせいか? 押されているように見えるが!?」

 将校の一人の言葉に、外の詳しい状況のわからない兵たちの表情にも緊張が走る。本来なら兵たちを動揺させるような言葉を安易に発すべきではないところだが、ほかの将校たちもその言葉を咎めない、心にそんな余裕がない。そう、実際に押されているのだ。

 世界最強の森羅軍空母機動部隊。その活躍にもっとも欠かせぬ存在であるのが戦闘機隊だ。かれらが母艦と攻爆撃機を確実に守ってきたからこそ、彼らは無敵の名を手に入れた。数、練度、性能。三拍子そろった強さで開戦以来、どんな敵も退けてきた。攻爆撃機や艦船の活躍も、彼らあってこそ。だが今まさに、その世界最強の戦闘機隊の鉄壁のはずの守りが、突破されかかっていた。それも先ほどのような隙をついての奇襲によってではなく、正面からの空戦で、だ。

「敵はメーム軍機ではありません。見たこともない機体です」

 見張りの報告に、将校たちは敵の正体を看破する。早朝航空機の信号で宣戦を布告してきた敵、ヨークタウンだ。実際彼らの状況判断は正確だった。とはいえ、ヨークタウン攻撃隊は全てを合わせても30~40機。ほぼ同数の戦闘機の迎撃を突破するのは本来なら容易ではない。だが完全に同時ではないにしてもメーム軍艦載機と入れ替わるようなタイミングで到達したこと。バイソン機の迎撃に向かった多くの戦闘機が、優位な高空から引きずりおろされた状態で対応しなければならなかったこと。それに弾薬や燃料の補給ができなかったことが災いし、森羅軍戦闘機隊は本来の実力を発揮できないまま、それまで出会ったどの敵をも上回る性能の航空機を相手に苦戦を強いられていた。

「急ぎ弾火薬庫を閉鎖。敵機到達までに発艦が間に合わない機体を含めた可燃物一切をすべて海中投棄せよ!」

 艦橋に響く指揮官桐生の叫び。だがそれに将校たちが険しい表情で反論する。

「中将、無茶です! 今からでは遅すぎます! ここは味方を信じ待つ方が賢明かと」

 その反論にほかの将校たちもうなずく。実際、空母天狼甲板に並ぶ艦載機は全てエンジンを回した状態で待機しており、爆弾、魚雷の取り外しも、機体ごと海中投棄することも、この短時間で安全に実施することはほぼ不可能だ。だがそれまでの冷静さが嘘のような必死の表情で桐生は叫ぶ、

「何を悠長なことを、今この一瞬が全てを左右するんだ! 何をしている、早くやれ、やらんかっ!」

「中将、落ち着いてください。わかりました。皆、中将の命令だ、敵機到達までに発艦不可能な機体は全て海中投棄せよ、今からではそれでないと間に合わない。該当機のパイロットは急ぎ退避を」

 側近の指示に、将校たちはまだ状況の切迫を飲み込めていないながら、上官の命令をそのまま部下に伝える。だがそうこうしているわずか数十秒の間にも、敵編隊は森羅艦隊にずいぶん接近してきていた。

 そのうち、輪形陣に加わっていた戦艦と重巡が主砲に仰角をかけ、戦闘機の迎撃網をついに突破した敵編隊に対し、一斉に砲煙を吐き出す。放たれるは森羅軍の最新兵器、三式弾。対空、対地用に開発されたその砲弾は、時限信管により目標の手前で炸裂。内部に搭載された多数の小さな焼夷弾子を放出し、目標を炎上させる。だが敵編隊は砲弾の炸裂する前に編隊を解いて回避運動をとり、その直後に炸裂した砲弾は花火のような派手な爆発を起こし弾子と破片をばらまく。

「よしっ、一気に落としたぞ!」

 元は砲術出身の数名の将校が歓喜する。だが海面に落ちるものの大部分は砲弾の破片で、実際に与えた損害はわずか。残りは編隊を崩しながらも艦隊に突進を続ける。そして始まる対空砲の射撃。だが航空機の能力を重視する一方で、防空は主に戦闘機がおこなうものと定めた森羅軍の対空砲火は、メーム軍のそれと比べれば脆弱だ。多数の艦艇で形成された輪形陣の展開する弾幕は薄くはないが、敵機はそれをものともせず突き進む。

 天狼甲板ではその頃ようやく発艦の間に合わない機を投棄する作業が始まる。だがそれは下手をすれば、発艦を優先するのとそうかかる時間は変わらないのではないかというほどの難作業だ。そして……

「3時方向低空より雷撃機!」 

 天狼艦橋に響く見張りの悲痛な叫び。その声に視線を3時方向に向ければ、そこには低空から迫る雷撃機の姿。迎撃の戦闘機が高空の爆撃機の対処に気を取られているうちに、低空を突破したのだ。そして雷撃機の向う先には、先ほどの攻撃で右舷の対空砲のほとんどを失い、艦載機も発艦できないでいる月狼の姿。先ほどの回避運動で輪形陣の外に出かかった位置にいる月狼は、さらに雷撃を回避すべく敵機に艦首を向けるように進路を変え始める。 

 見事な回避だ。あのタイミングならかわせる。多くの将校たちがそう思ったまさにその瞬間、

「何をっ、敵機を見ろ、面舵、面舵だ! 艦長、早く回避の指示を出せ!」

 艦橋に響く桐生の叫び。それと同時ようやく他の者たちも気づく。敵機の向う先にいるのは何も月狼だけではないということに。

「面舵一杯!」

 一瞬遅れて出される艦長の指示。だが実際に指示が出されてからそれを操舵室に伝達して舵輪を回し、それに反応して艦が進路を変え始めるまでには大きな時間差が生じる。まして戦艦を改造した大型空母の天狼ではなおのことだ。じれったいほど長い数秒、その間にも刻一刻と迫る敵機。甲板上では整然と並んだ虎の子の新鋭機を、兵たちが後列から艦尾の海面に落とすが、その作業は一向に進まない。

 まだか!!

 誰もが思うのと、その足を踏ん張る床が徐々に傾き始めるの、さらに敵機が月狼とすれ違うのは同時。直後の数秒のうち、必殺の一撃を抱えた敵機が攻撃進路に入り、その敵機に向かうように数万トンの巨体が艦首を向け始める。そうして生じた傾きに艦橋の司令部要員は皆足を踏ん張り、甲板で作業をしていた兵たちは傾きに足を取られながら、海面に落とされぬよう必死にしがみつく。

 その数秒のうち、敵機から海面に投下される魚雷。そこから白い筋を引き、艦に迫る3本の死の槍。対してその魚雷に向かうように艦首を振る天狼。巨艦は一旦動き始めれば曲がるのは早いとはいうが、迫る魚雷を前にしてはどうしようもなく鈍くしか感じられない。

 早く、早く!

「曲がれ!」

 叫ぶと同時、艦とすれ違う白い筋に、誰もが目を閉じた。

 喧騒にまみれた戦場に、一瞬の沈黙が走る。目を閉じたまま、誰も、何も言わない。ただ巨艦が海原をける音と感触だけが、低く唸るように床から響いていた。

 一人、また一人、恐る恐る、目を開ける。何も起こらない。数秒のうち、誰かが呟く。

「かわした?」

 その呟きに、傾いたままの床に足を踏ん張ったまま、

「まだだ!」

 汗を振り乱し、艦長が叫ぶ。それに、おかしいぞと怪訝な表情を浮かべる将校達。そう、タイミング的には確かにかわしたはず。なのになぜ艦長は舵を戻さない?

 疑念が浮かぶと同時、頭上を駆け抜けるプロペラ音。その音に彼らははっとあることに気づき、左舷の窓を見やる。と、そこに迫る数本の白い筋。

 二方面同時攻撃、挟撃だったのか!?

 ようやくその事実に気づく将校達。そう、艦長が命令を出すのが遅れたのではない。あらかじめ挟撃に気づき、タイミングを見計らったうえで舵を切っていたのだ。実際その操艦によって、最初の雷撃は見事回避した。だが艦長とて、敵機の挟撃に気づいたのは攻撃の直前になってからのこと。それからわずか数秒の思考で出さねばならなかった判断に、確信などなかった。

 迫る魚雷に対し、必死に身を翻す巨体。先ほどと違い魚雷に艦尾を向け逃げるようなその挙動ゆえ、時間的余裕はでき、距離も稼げる。が、完全同時攻撃とならなかったにしても、最初の雷撃で挙動を拘束された巨艦の横腹を狙うのはたやすい。最初の指示を出した時には、艦長もまたうすうすは理解していた。

 逃げ切れない。

「つかまれ!!」

 叫ぶと同時、再び目を閉じ、祈る。再び不気味な沈黙が流れる。

 一秒、二秒、何も起こらない。

 ……どうした?

 そう思い、目を開けようとする。その瞬間、すさまじい衝撃が艦を襲った。

 床が跳ね上がるような感触と共に宙を舞う体。態勢を整えられぬまま床にたたきつけられると同時、立て続けに襲い掛かる二度目の衝撃。金属が軋み、巨艦が悲鳴を上げる。

「被害報告!」

 床にたたきつけられ咳き込みながら、桐生は身を起こしつつ叫ぶ。辺りを見回せばほかの将校達も床に倒れながら、何とか身を起こし、自分の持ち場に戻っていく。叫んだからと言って答えがすぐに帰ってくることはない。桐生は身を起こし窓から外の様子を確認する。と、整然と並んでいた艦載機はめちゃくちゃとなり、甲板は混迷の極みにあった。

「左舷に魚雷2門被雷! 浸水発生、速力低下、艦載機発艦不能。その他左舷対空火器に大きな損害が出ています」

「右舷に注水! 甲板乗員は事態の収拾に全力を尽くせ! 誘爆だけはさせるな!」

「中将、月狼が!」

 将校の一人が外を指さし叫ぶ。瞬間走る冷たい悪寒。それを振り払うように、桐生はその示す先に視線を向けた。

 直後、目を見開く。

 視線の先で、味方戦闘機の迎撃を切り抜けた一つの機影が、月狼の甲板に向け爆弾を切り離す。放たれたそれは狙いをそらさず真っ直ぐ、機体のずらりと並んだ月狼の甲板に吸い込まれた。

 瞬間放たれた閃光に、桐生は思わず目を覆った。

 同時に響き渡る爆音、窓越しに襲い掛かる衝撃。覆った手をどけ再び月狼を見れば、甲板より激しく火柱を上げ、もうもうと煙を吐く月狼。直後、再び爆発が起こり、続けざまに火柱が上がり、炎と煙が、甲板に並んだ機体を怪物のように飲み込み、そこにある命を食い散らかしていく。誰も言葉を発しない。ただ茫然とその光景を眺める。世界最強の森羅軍機動部隊、その中核たる歴戦の大型空母の運命は、もはやだれの目にも明らかだった。そして……

「左舷後方より雷跡2、3、いや4。迫ります!」

 再び天狼艦橋に響く叫び、完全に不意を打たれた将校たちがようやく我に返る。

「ど、どこから!?」

「面舵一杯!」

 慌てて指示を出しながら、艦長も他の司令部要員も、もはや状況を理解できていなかった。確かに敵雷撃機は攻撃を終え、味方戦闘機と対空砲火の追撃を受け火だるまとなっており、天狼を攻撃できる機は残っていないはずだった。

 だが敵は空だけではなかった。つい数時間前、この海域では先行した森羅の駆逐艦による対戦哨戒および攻撃が実施されていた。そして実際に一隻のメーム潜水艦が補足され攻撃を受けていた。だがこの海域に実際に展開していた潜水艦は実に3隻に及んでいた。うち一隻は攻撃を受け損傷、深深度に退避し、残り一隻も攻撃をあきらめ撤退。だが残り一隻は航空機に補足されない程度の深度で様子をうかがっていた。補足した一隻に攻撃が集中した森羅駆逐艦はこの一隻に気づくことができなかった。そして敵艦隊の本隊が来襲するやいなや、潜水艦は潜望鏡深度にも浮上しないまま、ソナー音のみを頼りに魚雷を発射した。

 再び出された回避の指示に、あわてて身を翻す鋼鉄の巨体。だが完全に不意を突かれたその挙動は重く、容易に進路は変えられない。対して潜望鏡を使わず半ば目隠しで放たれた魚雷は、距離も発射角度も理想とは言えなかったが、4本扇状に広がり確実にその進路に天狼を捉えていた。

 一隻の駆逐艦が急速に速力を上げ、天狼をかばうように迫る雷跡に自ら向かう。が、間に合わず、雷跡は無情にもその船首の先を駆け抜ける。そしてようやく進路を変えはじめた天狼の左舷後方に、4つのうち2つの雷跡が突き刺さった。

 次の瞬間、再び炸裂する爆音。鋼鉄の巨体を隠すほどの水柱が上がり、左舷に取り付けられていた数トンの重量を誇る対空砲が、その台座ごと吹き飛ばされ宙を舞った。再び襲い掛かる衝撃に、色を失う将兵。冷静でいられるものなどだれ一人いない。そんな中で、桐生は表情を青くしながらも、なんとか任務を全うすべく立ち上がる。

「ひっ、被害報……告」

 再び声をしぼり出しながら、桐生は見る。すぐ目と鼻の先に迫る鋼鉄の巨体を。なりふり構わずひたすら魚雷回避に身を躍らせていた天狼乗員は気づいていなかった。自身が回避のためとった進路の先に空母、雲岳がいたことに。

 もはや声を発することもできなかった。ただ祈るしかなかった。

 次の瞬間、進路の先にいた雲岳は天狼に船首を向けるように進路を変え始める。右方向に船首を振る天狼に対し、左方向に船首を振る雲岳。その間隔わずか十数メートル、時間にしてコンマ数秒、文字通り目と鼻の先の所で、二隻は一瞬交錯した視線と船首を互いに反対方向にそらす。直後、急速に離れていく互いの船首。一方で海面を滑るように急速に接近する数万トンの巨体の腹。数秒後、再びの衝撃が天狼を襲い、金属のこすれあう低く重い轟音が響き渡る。衝撃と音は数秒の間続き、だがそれだけで離れていった。

 わずか十数メートル、コンマ数秒が、生死を分けた。

 誰も生きているという実感がなかった。死んだような沈黙が、艦橋を支配した。桐生ですら、呆けている暇はないと頭で理解していながら、何をすることもできなかった。腰が、いや、魂が抜けてしまったかのように、誰も、何もできなかった。

 誰もが滴るほど気持ち悪い汗をかき、ぬるいその場の空気をひたすら激しく吸って、吐きだした。やがて再びまわり始める思考に、何とか声を発しようと息を吸うが、声とならないまま息だけでてしまい、立ち上がろうと床についた手と足はただ空回りするように床を滑った。数秒後、飛び込んできた伝令がその空気を貫く。

「左舷に魚雷2門被雷。うち1門は不発の模様。また直後の雲岳との接触も合わせ左舷の水雷防御区画に浸水発生。左舷に傾斜発生、速力大きく低下。艦載機の損害も甚大。甲板は混迷を極め艦載機発着艦不能。誘爆は何とか阻止しましたが艦内各所に大きな被害がでており、戦闘力回復には最低でも3時間以上を要すものと思われます」

 伝令が報告を終えると、続いて通信員の報告が入る。

「空母月狼大破航行不能。雲岳、本艦との接触によりバルジ内に浸水発生、その他左舷対空砲の一部に損傷発生するも損害は軽微、戦闘能力発揮に支障なし。空母霊岳その他の艦艇の損害も軽微とのこと。また敵航空機も味方戦闘機隊の追撃にてほぼ壊滅させた模様です」

 立て続けにもたらされた報告に、桐生は窓から外を見る。確かに整然と組まれていた陣形は大いに乱れ、空母月狼は火だるまとなり、かつて世界最強を誇った艦隊は見るも無残な姿をさらしている。が、一方で天狼と月狼を除いた各艦には、接触した雲岳も含め大きな損害は見られず、味方に大損害を与えた敵機も、そのほとんどが海面に火だるまとなって躯をさらし、わずかな生き残りも味方の追撃で追い散らされ、次々と撃墜されていた。

 そんな状況を見、ようやく桐生はため息ひとつ、足に力を籠め立ち上がる。そして艦隊を指揮する指揮官として出すべき、最後の指示を出すのだった。



「天狼より入電。ただいまをもって、艦隊の全指揮権を空母霊岳、河合少将に移譲するとのことです」

 霊岳艦橋にて、通信員が河合に告げる。その言葉に、空母霊岳の将校たちの視線は、今や全艦隊を指揮する立場となった河合少将に向けられた。 

 河合は目を閉じて腕を組み、ただ黙って言葉を最後まで聞いていた。そして通信員が言い終えると同時、目を閉じたままうなずくと、音もなく立ち上がり、目を見開き、告げる。

「我これより、航空戦の指揮を執る。

 残存する全航空戦力は空母霊岳、雲岳に集結し第三次攻撃隊を編成。攻撃目標は敵空母、それ以外には目もくれるな。空母天狼、月狼にはそれぞれ駆逐艦二隻をつけ救助と護衛にあたらせよ。また天狼は後方海域に退避。戦艦部隊は敵艦隊に急速前進し砲戦及び夜戦に備えよ。残りの艦艇は輪形陣を整え、対空、対戦警戒を厳とせよ」

 雄々しく放たれる指示。将校たちは一瞬の間をもってそれを受け止める。そして、力を込めるのに似た沈黙ののち、爆発するように雄たけびを上げる。

 世界最強の艦隊、その中核たる大型空母二隻、まさに牙を失ったその状況。だが彼らはむしろ、これまでいくつもの実戦を経、裏方に徹しながらも磨き上げてきた爪を鈍く光らせ、味方の敵を討たんと獰猛に獲物を狙い定める。

 その前に立ちはだかる一つの影。2頭の狼を仕留めながら自らも多数の艦載機を失い、得物をなくしながらもなお、残る二頭の前に両手を一杯に広げ、素手で挑みかかる。

 運命の五分間を超え、死闘の第二幕が幕を開ける。

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