第8話 願望と再会
車は真っ直ぐと学園部へ向けて進んでいく。スマートフォンで時刻を確認すると、十二時までには余裕を持って辿り着くことができそうだ。
路面電車と並走をする。憧れるシチュエーションではあるが、今回はその様なタイミングは重ならない。
「遊園地で、さ」
「あ?」
「生徒会長と戦った」
「あぁ、そんな事を言っていたな」
メモを揃えて、無事に爆弾を解除することができた。メモの入手した経緯は話したものの、その時に感じたこと、それを話していなかったように思う。
「攻撃すると、攻撃されると、やっぱり痛いんだなぁって。当たり前のことを今さらながら身に沁みたわけ」
「夢のような世界に、舞い上がっていたわけだ」
まさに。一度死んで、まだ産まれてはいない魂のような存在。僕は今の状況をそんなふうに理解をしていたから、転生を目指すことというものを、甘く捉えていたように思う。
これから進むべき世界には、当然の如く争いがあるのだろう。ない場合もあるだろうけれど、今までの経験が通用しないことには変わらない。
平和な世界に生きた僕にとって、それはあまりリアリティのあるものではなかった。
「喧嘩もしたことないしさぁ。そう言うのは苦手だったし。それを思い出したっていうか」
「なら、尚更この状況はありがたいな。何も知らず異世界に放り出されていたら、お前、ビビって動けなかったんじゃないか?」
「もしくは、浮かれて能力を軽く使って大惨事。身の丈に合わない能力は、手に余るわぁ」
実際に使用してみて、体験してみて気が付くことだろう。理想と気質は、必ずしもイコールではない。気質が理想に追い付くとも限らない。
その擦り合わせができるこの環境は、まさしく天国と言えるのではないか。
「ダンテツは、さ。戦い慣れてる?」
「慣れていない。喧嘩も嫌いだった。不良とか、見下していたもんな」
「それが今では立派な見た目。どういう心境の変化よ」
「それを話せるほど、まだ上手く消化できていないな」
その横顔は、どこか切なそうに見えた。
「……というか、そういう話しをグローブボックスを開け閉めしながら言うなよ鬱陶しい」
「あ、これってグローブボックスって言うんだ。僕、ずっとダッシュボードって言ってた」
「結構よくある勘違いだよな」
「飴玉が一個、入ってる」
「……開けるなよ?」
いつから入っているか分からないものを開けてみたい欲求に駆られながら、車は返却用の駐車場まで進んでいく。
そして、僕達は椿と別れてIクラス棟へ向かった。
僕達が目指すIクラスとは、いわば普通科と言ったところか。それぞれ特化されたクラスでは、それに因んだ単位が取得しづらくなっている。これは、より習熟してもらいたいという学園側の配慮だ。
対してIクラスでは、そういった要素はなく、とりあえず学んでおきたい。という人向け。
年に一度、希望する生徒は他のクラスへ移籍することができるため、目的が決まっていない人はとりあえずここ。
僕はAクラスを望んでいたつもりだのだが、今は少し、心境の変化があった。
「ダンテツはどうしてIクラス? Aクラスとか、工業系の生産がメインのDクラスが似合いそうだけど」
「……今はまだ、目的を持ちたくないんだよ」
ふぅん。僕はそう呟く。やはり、現世から続く思う所があるようだった。
校舎に入るとエントランス。そこにある受付で申請を済ませれば、学生証を貰えて登録が完了となる。
無事に終わり、エントランスを見回す。何人かの生徒が談笑していた。その中で、一人だけ僕達を観察している女子生徒がいた。
その瞳は、真っ直ぐに僕の顔を見つめている。
僕の顔に、何かついているのだろうか。不意に顔を触ると、大きなレンズに指が当たる。……僕はその時、目を見開いた。
視線の先にいる彼女の制服、それは僕の着ているセーラー服とそっくりだった。それに腕。そこに見覚えのある時計があったから。
「その時計――」
「やっぱりっ!」
駆け寄って、時計を示す。その反応を見て、女性は朗らかに笑った。そして、釣られるように僕も笑って、強く抱きしめ合う。
あの日までは、僕がその頭を包みこんでいた。けれど、今回はその逆。
「あなたなら絶対、私が身に着けていたものを使うと思ったんです。ふふっ、名推理ですね」
「名推理って、君はいつまでもミステリーが好きなんだね。でも、なんで? どうしてここに? 君は、確かにあの時僕を見送ったじゃないか」
姿形は確かに変わっていたが、身に付けていた時計は、僕にとって思い出の物だ。
彼女が視力を落とした時、僕は眼鏡をプレゼンした。テンプルにお互いのイニシャルを刻んだものだ。
今思えば、少し恥ずかしかったと思う。けれど、彼女はそれをとても喜んてくれて、僕にお礼として時計をプレゼントしてくれたのだ。文字盤に、お互いのイニシャルが入った特別な物を。
「それは、きっとあなたが望んだから。いつか、お互いがお互いを見送りたいって話して、結局私の願いが叶った。それを、今度は果たしたいと願ったんではないですか?」
願ったのだろうか。いや、そんなことは無理だろうと、想像してもいなかったと思う。けれど、確かに、――これは理想であった。
「この学園都市には、様々なパラレルワールドから人がやってきているのです。時間なんて、きっと些細なこと」
「幸せに、生きてくれた?」
「もちろんです。孫やひ孫に囲まれて、長生きだって表彰もされたんですよ」
良かった。それが聞けて、本当に良かった。
「今度は、お互いがお互いを見送りましょう。後悔のないように。一緒に、新たな世界を目指しましょう」
僕はそれに頷いた。
「……なんか、良かったなぁ。良かったなぁお前っ!」
感動したように涙声で呟く背後のダンテツは、なかなか鬱陶しかった。




