第9話 いつか終わる日のために
入学初日は、一つの教室に集められての説明会で幕を閉じた。Iクラスに所属した同期は十八名。全体では百名ほどいたはずなので、平均すれば多いくらいか。
果たしてこのクラスから、別のクラスへ巣立っていく人物は何名現れるのだろうか。それを楽しみにしながら、勉学に励む日々が始まるのだろう。
電車に揺られて学園部を離れ、交差点エリアで乗り換えをして住宅街エリアへ。
「区画ごとに値段が異なるらしいですよ。一軒家、憧れですよねぇ」
ウキウキと住宅街を進む、かつての妻――今の名前をスイレン。現世では平屋に住んでいたから、二階建てに憧れると目を輝かせている。
「ダンテツはどんな家に住みたい?」
「特に願望はないが、ペットが飼えるといいかもな。大型犬に憧れがある」
「あぁ、解る。広い庭とか必要となりそうだよね」
家の中で飼うにしても、ある程度は広いほうが遊ばせてあげられるだろう。
あんな家はどうか。庭はあれくらいがいい。そんな話をしながら、当面の自宅となる寮へと辿り着く。
「イズちゃんの部屋はどこです?」
「えっと、最上階の角部屋だった」
「へぇ、羨ましい。俺は一階のエントランスの側だわ」
パンフレットに綴じられた案内図を見ながら、自身の部屋を確認する。此処を出た時には浮かれていたため、部屋の場所自体がすっぽり抜け落ちていた。
後で尋ねると二人に言われ、僕は一人エレベーターに載った。女子寮は、男子寮の隣にある。
ネームプレートを確認すると、隣は空き部屋となっているようだった。卒業したのか、別の家に引っ越したか。
鍵を使って解錠し、部屋の中に足を踏み入れる。あの白い空間の出口が此処だったから、外から入るのは初めてだ。
寝具の置かれたロフト付きのワンルーム。玄関から入って右手に洗面所。トイレ、バス。廊下を進みながら続いてキッチン。そこから遮るものはなく、その上にロフト。
角部屋だからだろうか。日当たりは悪くない。
「角部屋で、右手に水回りねぇ。こういうのは集約するために、隣の部屋と対称にするもんだと思ってた」
そういったことを考える必要がないのだろうか。左手にはクローゼットがある。
その中はそこまで広いものではない。今後物が増えるようなら、大人しく引っ越しを考えたほうがいいだろう。
しかし、寮は無料だ。アパートやマンション、果ては一軒家はどうか。……賃貸にしろお金はかかる。
「冷蔵庫には、何もなーい」
一通り部屋の中を確認して、今日中に揃えたほうがいいものをリストアップする。
同時に、スマートフォンで部屋の撮影もしておく。家具の類は最低限で、棚とデスクくらいしかない。揃えるのなら、この写真をもとに選びたい。
寝具はなかなか良いものだった。
「へぇ、間取りは変わらないんですね」
先にやってきたのはスイレンだった。今晩は我が家に泊まるつもりでいるため、そこまで自身の部屋を確認することはなかったらしい。
「それにしても――」
彼女が僕を眺めている。僕も彼女を見上げている。
「見た目、そっくりですね」
それはお互いの見た目ではない。
「高校の頃、二人で描いた漫画のキャラクターだよね。君は背の高い女性が好き。僕は小柄な女性が好き。そんな理想の女の子が繰り広げるドタバタコメディ」
「落ちに困ったら、とりあえず学校を爆発させてましたね」
誰に見せるわけでもなく、ただ、二人だけの時間を楽しむためのものだった。だから内容にもそこまで力はいれていない。このキャラクターはこの構図でなら可愛く見える。そんな集合体。
「でも、いきなり女の子にする度胸はなくてね。これでも完全に男なの」
「ふふっ、イズちゃんに女の子は無理ですよ。ロボットのプラモデルなんて、素組みでしか作らなかったでしょ?」
そう言えば、と思い返す。
下手に塗装をして、失敗したら怖かった。という理由もあるのだけど、塗料と一口に言っても様々な種類があって、どれを選べばいいかわからなくなって。結局、考えるのが面倒になって、組み立てるだけで終わってしまう。
「でも、楽しかったよ」
「それだけでも楽しめるプラモデルでしたしね。でも、そんな性格のイズちゃんが、メイクなんてできます?」
自分の顔に、筆を向けることを想像する。
「せっかく綺麗に作ったのに、失敗したらどうしよう」
「それ以上を目指すというのも、女の子の楽しみなんですけどね」
リスクを怖がって尻込みしてしまう自分というものを、改めて認識できた。
「そもそも身体と精神というものは、ある程度関連づいているものだと思うのです。男の身体での経験によって、その精神が育つ。女性でもしかり」
「では、男として成熟したこの精神に、女性の身体が与えられたら」
「うまく対応できるかどうかは、その精神の柔軟性によるのだと思います。女性みたいな見た目で、イズちゃんは何がしたい?」
「……考えたこともなかった、かも。なることしか考えてなかった、かも」
男としての人生を歩んだから、次は女の子。でも、いきなり女の子は少しハードルが高いかもしれない。なんて思いの結果だった。
けれど、そもそもハードルに思えたことが、おかしなことだったのかもしれない。
「多分、イズちゃんのベースはそこだと思うのです。その見た目になりたいけれど、人間的な活動はまったく意識していなかった」
電車の中で能力について悩んでいたことを、彼女は憶えていた。
「それでも、種族としては人間を選んでいる。獣耳とか、吸血鬼とか、いろいろ選択肢はあったのに。ということは、その見た目を能力を使って維持することを考えないといけないはず」
「でも、今の能力は付近にある物を操る」
自分の理想と、根本的な乖離があった。
「好きで選んだ見た目が、老いて変わっていく時にどう思うか。それに抵抗するように頑張れるのかどうか」
「身体と共に精神が成長していけば、そもそもそこに頭を悩ませる必要はないわけか」
「そういうことです」
記憶、意識を持った転生だからこその弊害。それを受け入れられる人だったのなら、弊害にすらならないのだろうけれど……。
「いずれにせよ、僕のものぐさが悪い方向にいっているね」
「その通りです。あなたは、自分の服すら人に買ってくるように頼む人なのですよ? 男だとか、女だとかの問題ではなく、それ以前に、もっと楽になるような見た目、能力を考えるべきだったのです」
それを文句も言わずに行ってくれていたのが彼女なのだから、僕にはどうも反論ができない。すっかり愛情に頼り切ってしまっていたのだろう。
本当に、これからは反省して気持ちを切り替えなくてはならない。けれど――化粧とか、髪の手入れだとか、美容だとか。やっぱり面倒に感じてしまうのは避けられなくて。
男性だって美容を意識する人はいる。女性だってズボラな人はいる。僕はきっと、それ以前の問題なのだろう。
今の能力にも表れている通り、僕は決定的に『ものぐさ』なのだ。
「そうか、うん、解った。僕は敵と戦う前に、自分自身を知らなくてならないっ!」
「彼を知り、己を知れば百戦危うからず。……格好良く言えば」
情けない自分を全力で取り繕うために、その言葉は拝借しておこう。




