第10話 オリエンテーリング
入学式翌日から授業は始まった。
教科書の類はすべてタブレットに収められていて、それとスマートフォンだけ持っていれば、この学園都市では充分に事足りる。
授業の選択はスマートフォンから。専用のアプリで時間割を確認して、受けたい授業があれば登録。あとは時間通りに指定された教室へ向かえばいい。
どういったペースで授業を選べばいいのだろうか。一日にどれくらい受ければいいのか。しばらくは、探りながらの生活になるだろう。
その日、僕は午前中にあった数学の授業を受けるだけに留めておいた。
「いやー、舐めてたわ数学。ぜんっぜん憶えてなかった」
飲食等にあるカフェのテラスで、僕は項垂れながら落ち込んでいた。
現世では、多少経営の経験もあったし、会社員としての勤務経験もあった。常識的なものはある程度は備わっていると思っていたのだが……。
「数式、ぜんぜんわかんにゃい」
「文系、ってことなんじゃねーの?」
実技を受けた帰りだというダンテツと合流して、お互いに受けた授業の感想を言い合う。
彼が受けたのは剣術の授業だったそうだが、この日は剣道を一通り学んだという。手拭いを巻いた関係か、自慢のリーゼントはオールバックで纏められている。
「……リーゼントに目がいっていたけど、結構爽やかな顔立ちだよね。狙ってる?」
「いや、深くは考えていなかった。それより、数学は変わらず数学っぽいな」
「何その言い方」
「現世と変わらないんなら、受けるだけ無駄ってこと」
学ぶ必要がないということか。そう問い掛けると、学んでも身に付かないという、端からの諦めだった。
「ま、座学はある程度諦めて、実技で単位を稼ぐしかないかもな」
「はぁ、ダンテツに同じく、かもね。全体の三分の二以上の単位を集められれば卒業も可能、みたいだけど……」
「数学はIクラスの科目だから、端からの取得が難しい。他には文字の解読を学ぶ授業だとか、地図の読み方描き方を学ぶ授業」
「地図に関しては試験は実技みたい。その中でだったらチャンスはあるかな」
「そのチャンスを活かせるかどうか、それを試せるイベントがあるみたいですよ」
今日は授業を受ける気はないと言っていたスイレンが、いつの間にかやって来ていた。
「どうしたの? 今日は朝早くから出かけていたみたいだけど」
「職員棟へ行って、気になることを質問していたんです。ほら、二人とも。スマートフォンを出してください」
指示された通りに取り出す。
「一週間後のスケジュールなんですけど、選択科目ってあるのが判ります?」
カレンダーから一週間後の日付を選び、そこに並ぶ授業を眺めるが、その中に開始時間だけが記され、終了時間が未定となっているものがあった。それが選択科目だ。
「これは、好きな授業を選択して、その授業の試験を体験できるらしいのです。地図の授業だったら、オリエンテーリング。剣術だったらモンスターの討伐。みたいな」
「オリエンテーリング?」
それってなんだっけ? 首を傾げると、ダンテツも同じ様な反応を示していた。
「地図を見ながらチェックポイントを回って、如何に早くゴールに辿り着けるか。みたいなやつです」
「へぇ、レクリエーションみたいなもんか」
「甘いですよ、ダンテツさん。異世界での活動を視野に入れているものなのですから、当然の如く戦闘もあり、です。戦闘の経験もできるため、おすすめの授業だそうですよ」
「一石二鳥だ」
「野外で料理をしようものなら、それは三鳥にも四鳥にもなります」
人気がありそうだ。
「でも、地図に関しては当然支給されるのですが、食料やらなにやらはすべて持ち込み。つまり、事前の準備が必要になってくるそうなのです」
「え、じゃあ何も知らずに参加したら、飲まず食わずでチェックポイントを探さなきゃならないの?」
「いえ、現地調達」
それはサバイバルでは?
「でも、面白そうじゃねーか。それって、もう登録はできるのか?」
「できますよー。でも、三人一組なのです」
だから、ここへ来たわけね? 正解。
そんな、視線でのやり取り。
「しゃーない。トリオを組んでやるか。で、どんな場所に行くかは分からんが、制服って理由には行かないだろ? 運動服なんて、支給されていなかったと思うが」
下着姿で就寝したくらいには、服の類の支給はなかった。
「それも買わないといけないんですよねぇ。なので、授業を受けるよりも、先ずはお金を稼ぐべきなのだと思います」
「そのための一週間、って面もあるのかもね」
授業の流れについては、多少は理解できた。それなら次はお金稼ぎについて。
カフェを離れて路面電車に乗り、交差点エリアへ向かう。
アパレルや家具など、生活必需品や授業に使用されるものなどは、すべてこのエリアにある店舗で揃えられる。駅からすぐ近くのビルへ入り、アウトドア用品店を覗いてみた。
「登山ウェアはなかなかするな。最低でも三万だぞ」
様々な種類から一つを選び、ダンテツが身体に合わせている。そのウェアの袖を摘んでみると、なかなかしっかりとした作りをしているようだ。
「ジャージじゃ駄目かな?」
「戦闘のことも考えるなら、動きやすさを重視するのも手ですね」
スイレンが持ってきたジャージ。それもブランド物なのだろう、作りがしっかりしていて、値段も張る。
「安いもので妥協するって手もあるが、初回のオリエンテーリングで破損をしたら、それはそれでショックだろうな」
ダンテツは、良いものを買って長く使いたいと言う。
「水筒なんかも欲しいよね」
服の値段を確認する二人から離れ、売り場を移動する。そちらは千円からの取り揃え。
もしもの時のことを考えるなら、テントもあったほうがいいのだろうか。そちらは一万円の物があるけれど……。
「こういうのって、安いものを買っていいのかなぁ」
キャンプというものには縁がなかった生前であるだけに、選ぶ基準がいまいち判らない。
「イズちゃん。とりあえずお金稼ぎに集中して、その間に余裕があったら、経験者から話を聞いてみましょう。必要なものが判るかもしれません」
「楽して稼げるものがあるといいけどね」
「例えば?」
「新商品の試食」
「Gクラスが作製した、新薬の被検体ならありますよ」
……それ、一週間を棒に振らない?




