第1話 レミニセンス学園都市
「準備よし、身だしなみよし」
バッグの中身を確認し、鏡の前でさっと髪を整える。
今の自分の姿を、この可愛らしい声を現世へ残してきた妻が見見聞きしたら、どんな反応をするのだろうか。
あの白い空間で、温かな光が話していたことは、確かに事実であった。
自分が憧れ、こうだったらいいな。そう思っていた姿が鏡に映っている。
男だったら誰しも一度は思うのではないか。必ずとは言えないかもしれないけれど、多少の憧れは持つだろうと思う。
そう――女の子になってみたいと。
それは大抵場合は生まれ変わったら、であって、僕も当然そう思っていた。
だって男として慣れ親しんでいるなか、急に女の子になったとして、今までどおりに振る舞えるのだろうか。そこに疑問を持ってしまうのだ。
性的な面においては、ここでは触れずに置く。自分にとって重要なのは、もっとこう、カジュアルで、ファッション的な面だと思うから。
化粧っ気のないまま生きてきて、突然その日から化粧の大事さに目覚めるのだろうか。
様々な用語、流行が入り乱れるファッションを、的確に揃えることができるのだろうか。
憧れはあるけれど、不安は多い。けれど此処では、あの光の言葉が確かならば、その体験ができるのだ。
女性として、かつての記憶を持った状態でやっていけるか確かめよう。そんなことも可能であったのだ。
そう願おうとしたその時――僕はふと思った。
あれ? 完全な女性の見た目で、男っていう選択肢もあるのでは? と。
現世で嗜んでいた漫画やゲームのキャラクターで、男の娘という存在は度々登場していた。けれど、それは男であることが前提なため、骨格までは隠せない。
でも、自分の望みが叶う此処でなら……。
その結果が、洗面所の鏡に映っている。
腰まで届く艷やかな黒髪。大きめのレンズをした丸眼鏡。少し童顔。セーラー服の上には黒いカーディガンを身に着けて、プリーツスカートから覗く脚には黒いタイツ。
玄関に向かって、ハイカットのスニーカーを履けば活発さが演出できるだろうか。
そうして僕は玄関の扉を開ける。ワンルームロフト付きの部屋はまだ簡素で、最低限の家具しかない。揃えるのは、もう少し先だろうか。
未来予想図を脳内に描きながら、僕は一歩踏み出す。
「行ってきます!」
誰かに告げるわけではなく、自分の背中を押すための言葉だった。
***
路面電車に揺られて、僕は学園を目指していた。
レミニセンス学園都市と名付けられた此処は、海賊が掲げる旗のような形をしている。と説明するのが分かりやすいだろうか。
黒い旗に描かれた、ドクロの形だ。
頭蓋骨の部分が、この都市の目玉である学園部――頭蓋骨で目玉、と表現するのは、少し紛らわしいだろうか。まぁ、ともあれ一番大きくて、ランドマークになる場所である。
続いて、骨を組み合わせたようなバツ印の部分は、都市部と呼ばれている。
道路がバツの字に交差しているから、その表現が適切に思えるのだ。渋谷のスクランブル交差点のような装いをしており、休日には多くの人が散策をしている。
その道路の先には、それぞれ四つのエリアが存在するのだが、その説明はまた追々。今は、右下に向かう道路の先に住宅街があり、僕はそこか学園に向かっている。そのことだけを知っていてくれたら問題はない。
交差点駅で降り、学園部へ向かう電車に乗り換える。
改札のようなものなく、乗り降りは自由。僕の他にも、同じルートを辿る人は多くいた。
(同期、なのかな?)
今日は入学式だ。既に在籍している学生は休日か、もしくは既に授業を受けている頃だろう。
少し小柄な体格に設定したから、吊り革を掴もうとすると少し辛い。車両を進んで座れる場所を探して腰を下ろす。
正面に目を向けると――。
(うわぁ、不良だ)
かっちりと決めたリーゼントに、裾の長い学ラン。ボンタンが広がり、隣に座るのが憚れるのか、そこだけぽっかりとスペースが空いていた。
目を合わせないようにしよう。
そう思うくらいには、現世から逃げてとしていた分野の人だった。
メインストリートを二十分ほど進み、学園部へ到着した。
電車から降りて、バッグの中から部屋に置かれていた学園都市のパンフレットを取り出す。地図を確認するためだ。
敷地内には様々な校舎や施設が点在していて、どちらかと言うと団地のように思えてしまう。
広場が二つあって、それがドクロのような雰囲気を増幅させていた。
北へ真っ直ぐ進むと講堂がある。入学式の会場だ。
「新入生の皆さん。レミニセンス学園都市へようこそ」
席についてしばらく経つと、学園長の挨拶が始まる。どこかで聞き覚えのある声だった。
講堂の座席は映画館のようで、座り心地が大変良い。気を抜くと瞼が落ちてしまいそうになって、その度に僕は首を振り、しっかりと話を聞こうと奮い立たせた。
「パンフレットにもある通り、この学園には幾つかのクラスがあります。君達には、先ず好きなクラスに所属してもらうことになる」
クラス毎に校舎が存在しているらしい。
魔王を倒したりと、バリバリ戦闘をしたい人はAクラス。商人を目指したい人はBクラス。君主として君臨した人Cクラス。エトセトラ。
「この学園は単位制で、授業も好きなように選んで、開催されている時に受けてくれていい。ただ、選んだクラスに関係する授業は、単位取得が少し難しくなる。これは、しっかりと学んでほしいという私達なりの配慮です」
全単位の内、三分の二を獲得すれば、卒業することができる。つまり、転生だ。
僕はどのクラスに入るべきだろうか。と、悩む必要はなく決まっていた。
そのための能力も手に入れていたし、少しデメリットをはらんだ強力な能力なのだけど、使用するぶんにはなんの制限もない。
早く使って使用感を確かめたい。学園長の言葉は、なんだか右から左へ通り抜けていくようだった。
「あまり長く話しても、やはり実際に体験してもらったほうが理解は深まるでしょう。話はここまでとして、新たな門出を迎える諸君に、一つ謎掛けを贈ろうと思う」
終わりだ。と期待する気持ちと、謎掛け? という不信感が同居する。
果たしてどんな意図があるのだろうか。それは、聞いてみなければならない。
講堂に集まった新入生すべてが、固唾をのんでその言葉を待っているのが感じられた。もちろん、僕も。
「入学式とかけて、レミニセンス学園都市と解く。その心は――」
その心は――。
「自分で考えてください」
――丸投げかよッ!?
新入生全員の気持ちが一つとなって、みんな揃ってズッコケた。




