第18話 近付く体育祭
初めての選択科目を体験してから、一ヶ月が経過した。未だに新入生気分でいる人も稀で、実入りが良いと評判な迷子の道案内の依頼も、今ではほとんど掲示板には現れない。
街を歩けば、浮足立った人たちが見える。
路面店では普段とは違う飾付けが行われており、昔よく学校で作った、紙で出来た花が彩っていた。
「体育祭って言うより、文化祭だよね」
「フードフェスも行われるようですよ」
「どっちにしろ、祭りだな」
スイレン、ダンテツと共に街を歩く。
体育祭まで、残り二週間を切っていた。準備は粛々と進行し、発表された赤組と白組は、それぞれで集まって作戦会議を日夜繰り広げている。
僕たちは揃って赤組だった。
優勝は生徒会長有する白組で決まりだ。などと噂されているけれど、自分の活躍でそれが覆るかも? なんて、ちょっと大それた事を考えてみたり。
「あ、ここです。今評判のカフェ。抹茶のモンブランが有名なんですって」
「へぇ。コンビニみたいな店だな。居抜きか?」
「そうみたいですね。経営していた人が卒業して、空いていた店舗を買い取ったそうです。ほら、コーヒーメーカーとかありますし」
それをそのまま使わさせてもらえるというのも、なかなか太っ腹だ。
店に中に入ると、どうやら満席のようだった。入り口側のベンチに座って待とうかと外に出ようとすれば、店の奥から手を上げる人物。
「あ、椿さん」
見知った顔に手を振り返すと、良かったら一緒にどうだと言ってもらえる。
彼女が座っていたのは四人席だったが、どうやら一人での来店だった。
「この店をやっているのは友人で、この席は私の定位置なんだ」
「お邪魔してよかったんです?」
スイレンが申し訳なさそうに腰を下ろす。遠慮なく座った僕とダンテツは、ちょっと気まずい。
「ああ、問題ない。ライズに少し、用があったんだ」
「僕に?」
キョトンとしながら、オーダーを通す。三人揃って名物の抹茶モンブランだ。
「体育祭の話だ。あれは個人種目だったり、団体種目だったり、事前に申請すれば好きなものに参加ができる」
「飛び入り参加はできねーの?」
「それはできない」
ダンテツは肩を落とす。パンフレットだけでは判らない競技に、思い付きで参加することも考えていたようだ。
「いい機会だから、なにか質問があれば受け付けるぞ。新入生には、授業に沿った競技がどんなものか想像つきにくいかもしれないからな」
好意に甘えて、しばしの間教義を受ける。
印象に残ったのは、数学借り物競争だ。これは地面に散らばった紙に、持ってくるものとその個数が書かれている。ただし、個数に関しては数式を解かなければ判らない。
計算の素早さと、指定されたものの安易さが重要となる、まさに頭脳と体力と時の運が要求されるものだ。
「一人一つは必ず競技に参加しなくちゃならないらしいけどさ、僕は数学借り物競争だけはごめんだね」
「俺も無理。それなら単純な百メートル走で充分だ」
シンプルなもので素早く終わらせて、後はフードフェスなどを楽しむ。そんな楽しみ方も良いだろう。
届いたモンブランを食べると、抹茶の濃厚な風味が口いっぱいに広がった。中のクリームはミルクの風味が濃く、口の中で抹茶オレが出来上がっていくようだ。
「スイレンは気になったの、あった?」
「料理タイムアタック、なんて興味をそそられますね。お題の料理をどれだけ早く作られるか」
カレーの場合、どれだけ煮込む時間を短縮できるか。鍋ではなく、フライパンを使うことも考えなければ……。
と、ブツブツ呟くスイレンはちょっと怖かった。
「それで、ライズにはレイライン防衛戦に参加してもらいたいんだ」
「え、それって体育祭の花形競技でしょ?」
レイライン防衛戦。話を聞いてから気になっていた競技ではあったのだが、能力をフル活用する団体戦とあって、組の中の実力者が多く選出される競技なのだ。
新入生の入り込む余地はないと思っていたのだけど……。
「ああ、少し厄介なことになりそうでな。今回は白組の生徒会長がこの競技に参加しないと表明しているから、勝利できるチャンスなんだ」
「……厄介なこと?」
「デムが参加を熱望している。実力者であるから断る理由はないのだが、何をしでかすか判らない、文字通りの爆弾だ」
嫌な予感しかしない。
「あいつはチートを持つ者、取り分け君によく注目しているようだから、上手く手綱になってくれたら、という願望だ」
「それは、断れます?」
一応、デムには感謝できる面もあるのだが、入学初日から首に爆弾を取り付けられた悪印象は、どうしても拭えない。
「断っても良いんだが、レイライン防衛戦で勝利すると、勝利メンバーには称号が与えられる。この学園都市では、称号の効果は大きいぞ」
曰く、学園部の飲食棟のメニュー、一年間無料。
体育祭の個人総合優勝者には、チート保持者でも地獄行きは免除という強力な称号を与えられたりと、称号というものはこの学園都市では、あって困るものではないらしい。
「食費が浮くのは大きいなぁ。で、レイライン防衛戦で勝てば、個人戦績にもいい影響があるとか?」
「あるが、それは難しいだろう。個人総合優勝を得るような奴等は、卒業を控えていて最後の記念に、と言った奴等だからな」
「でも、僕のチートを駆使すれば無双することだって出来るんじゃない? オリエンテーリングでも試したけど、結構強いんだよ」
そこは自信を持って言える。それこそ胸を張ってだ。だからレイライン防衛戦でも活躍してみせるよ、と言った意味合いも込めていったのだが、それを聞いた彼女の表情は渋い。
「……なら、少し試してみようか。お前が体育祭で活躍できるかどうかを」
ここの代金は私が払う。そう言って彼女は席を立った。
彼女を追ってやって来たのは、学園部にあるグラウンドだった。学園部から三方向に伸びる道の先にある一つで、基本的に授業や部活動の活動場所になる。
「ここは剣道部のトレーニング場所にもなっているから、私がいれば自由に使える」
「剣道のトレーニングが、外?」
着いてきたダンテツが首を傾げる。
「多目的剣道だ」
「多目的な、剣道?」
さらにスイレンも首を傾げる。なかなか謎の多い部活動らしい。
「少し、本気で戦ってみようか」
向かい合った椿が言う。
「念のため訊いておくけど、椿ってチート持ち? 僕も好きに能力を使っていいの?」
なんて挑発をしてみるけれど、彼女は凪のように涼やかな顔をしている。
別に、上級生――と言って良いような存在に、僕が勝てるとは思っていない。けれど、僕の戦い方で驚かせてやりたいという気持ちがある。
「好きにすればいい。そこのお前、合図を頼む」
「ああ、判った」
ダンテツが返事をする。椿はまだ、腰に下げた刀を握っていない。刀を鋼にまで可逆させてやろうか。僕は舌なめずりをしてその時を待った。
「始めっ!」
その言葉と同時に、僕の息は詰まった。
喉に鋭い痛み。目の前には椿はいない。背中に痛みを感じて振り返るまでもなく、目の前に彼女が現れる。
「どんなに強い能力を持とうとも、使用すると言っている時点で甘いんだよ」
その真っ向斬りは、忘れられない痛みになった。




