第19話 優しい先輩
「はぁ」
僕は大きなため息をついた。両隣に座るスイレンとダンテツは、励まそうとしているらしく、ポンポンと僕の肩を叩いている。
先程まで、椿と戦闘をしていた。結果は、手も足も出ない僕の敗北。
自慢のチート能力を使うまもなく刀が僕を直撃し、痛みに気を取られていれば次々に襲い来る太刀筋。木偶の坊とは、このことだろう。
「スカッとする能力、の筈だったんだけどね」
「ま、椿の言っていたことが全てなんだろうな」
それは『使用すると言っている時点で甘い』って言葉のことだろうか。確かに、それはそうなのだろう。
「イズちゃんと椿さんの試合でも、能力を使う前に刀が当たっていますもんね。もう、ワープかっていうくらい素早い」
「端から見ていても見えなかった?」
「全然見えねーよ。人間業じゃないね。鍛えてどうこうなる動きにも見えないし、能力だとしても、あれはもう自分の体の動かし方だ」
ダンテツの表現が正しいなら、まさに自分の手足のように扱っているのだろう。
自分の能力も、それをイメージしていたはずだった。……そのイメージが、仇となっているのだろうか。
「あと二週間弱。その期間であそこまでの域に達せられる、かな?」
「無理だろ。そもそも椿は何年選手だ、って話」
経験が物を言う世界なのだとしたら、今の僕に出来ることはない、か。
「はぁ。……悪いけど、さ。二人は先に帰っていてくれないかな? ちょっと、一人で頭を冷やしたい」
「チートを持って調子に乗っていたか?」
「ダンテツさん。いきますよ」
口を歪めて笑うダンテツを、スイレンが引っ張っていく。
能力は、確かにチートだ。でも、それを扱う僕は全然チートじゃない。そこが一致した時に、きっと、初めてチートとして活きるのだろう。
「どうやったら、あんなふうに動けるのかなぁ」
今なら、ため息の回数で世界記録を叩き出せるだろう。広場を望むベンチに座り、僕はただ、足元の石畳を眺める。
蟻でも歩いてこないだろうか。その動きをじっと見つめていれば、少しは癒やされるかもしれないのに。
痛い思いをさせて悪かったと、椿から貰ったカフェラテをストローで少し吸い、それを石畳に一滴落とす。
「ほら、甘い物があるぞー」
何をしているんだろうなぁ。って、自分でも思う。
でも、ここからどうすれば椿のようになれるかも判らないし、どうやって強くなれるかも、想像できない。
早くも訪れたスランプだろうか。それとも、イップス?
「お悩みかい? 若いねぇ」
落ちた水滴に影がかかった。顔を上げると、愛嬌のある笑顔が僕を照らす。髪は青く染まっていた。
「生徒会長さんが、何の用で?」
「勿体ないな、って思ってね」
隣に座った彼女は、ごく自然な動作で僕の手元からカフェラテを奪っていく。
「はい。能力を使ってみよう」
「は?」
「ほら、取り戻せるでしょ?」
なんで知っているの? とは、生徒会長に対して愚問なのだろう。僕は大人しく、能力を使ってカフェラテを可逆させる。瞬時に、そのカップは僕の手元に現れる。
「はい、もう一度」
それが瞬間に消える。その動きは、椿よりも速いのではないか。
可逆させ、奪われ、また可逆させる。
「椿ちゃんも意地悪だよねぇ。いや、真面目って言えばいいのかな? ああすれば足りないところは見えるだろうけど、落ち込んじゃうじゃない。ね?」
「え、なに?」
可逆させることに一生懸命な僕は、なかなかその言葉を聞き取れない。
「イッツ、マジーック」
「あれっ!?」
可逆させた、と思っていたカップが、僕の手元に戻ってこない。
「私の手元からもとに戻す、なんて考えていた? 残念。カフェラテは君の隣でーす」
彼女とは反対側に視線を向ければ、そこには寂し気に置かれたカフェラテのカップ。持ってみると、中身はなかった。
「と見せかけて、それはアタシが飲んでたやーつ。正解は私の隣でしたー」
「え、どうやったのっ!?」
「ちょっと早く動かしただけ。力を強く、動きを速くは、アタシの専売特許だからねー。だから、どうやったって君はアタシらに追い付けないんだよ」
なかなか厳しいことを言っているようだけど、その顔は朗らかだ。
「君の駄目なところはね? 攻撃を食らっちゃうと動きも思考も停まっちゃうこと。椿は隙だらけだったじゃない。あの子、ただ攻撃をしていただけなんだよ? なんで反撃しなかったの?」
それは――、と、僕は答えに詰まる。
他人に痛みを与えるような能力を考えておいて、自分自身はそれに弱い、か。
「攻撃を食らったら、こなくそーっ! って思わない?」
「こなくそ?」
「あれ、伝わらないっ!? ショックっ!?」
そこは、こなくそーっ! って言わないんだ。そこがなんだか面白くなって、僕は少し、笑ってしまった。
「そうそう。笑っていたほうがいいよ。この学園都市では、アタシたちは傷付かないんだから。ま、それでも怖がっちゃうかもしれないけれど、立ち向かう勇気だけは忘れないで」
「真面目な話?」
「うふふ。柄じゃないけど、生徒会長としてはこの学園都市を精一杯楽しんでもらいたいからね。笑顔が大事。ここから巣立ったら、もっと痛い思いが待っているかもしれないんだよ? その時のために、出来ることをしていかないと」
「そのためには、こなくそ?」
「そう。こなくそーっ!」
そっか。そうなんだ。僕はまだ、何もしていなかった。強い力を振るう前に、出鼻を挫かれただけだった。
「ほら、カップを取り返してみて。必ずしも、先制攻撃をしなくちゃならないわけじゃないんだよ。奪われてからが始まりなんて、ザラよザラ」
「こなくそーっ!」
「そうそう。その調子。イッツ、マジーック!」
「また隣っ!?」
「いや、アタシのスカートの中」
「羞恥心はしっかり持てよっ!?」
スカートの中に入ったそれを、僕が、飲むっ!?
「女の子みたいな見た目でも、しっかり嫌らしいことは考えるんだね?」
「べべべべ、別にそんな事考えてねーしっ!」
そんな、ちょっとした能力の練習。その頃電車に載っていたスイレンは、クシャミをしたらしい。




