第15話 それぞれの力
――始まりは、高校に入学した直後だった。
ダンテツはそう語りだし、僕は襲いかかるモンスターを片手で往なしながら、その言葉に耳を傾けた。
「幼馴染がさ、不良グループに入ったんだよ。ま、不良と言っても制服を改造したり、屯して駄弁ったり、バイクで走ったり。喧嘩だとか煙草だとか、そういったことはしていなかったみたいなんだけどさ」
それでも、普通の学生生活とはかけ離れた環境に身を置く幼馴染を、ダンテツは歯がゆい思いで見ていたという。
「俺も、さ。ちょっとだけ憧れていた。学ランの裾を切ったり、ボンタン履いたり。やってみたかったんだけど、さ。なかなか、勇気が出なかったんだよな」
悪い意味での勇気、だけどな。ダンテツはそう笑った。
「幼馴染との付き合いは、それからずっと、変わらずにあった。バイクにも乗らないし、髪も染めない。俺と居て何が楽しいんだよ、って訊いたこともあったけど、その時は笑って誤魔化されていた」
転機となったのは、卒業後のそれぞれの動きだろう。
ダンテツは、周りに勧められるがまま進学し、周りに勧められた会社に入社。主体性がなく、流されるままに人生を進めていったという。
「あいつは、俺とは違った。しっかりと目標を見据えてさ、自分の経験をもとにした漫画を描いて大ヒット。一躍時の人だ。その漫画で、俺はどんなふうに映っていたと思う?」
優しい友人? そう答えると、ちょっと違う、と首を振った。
「戻ってくる場所。っていう表現で使われていた。どんなに道を踏み外しても、ここに戻ってくれれば、真っ当な道に戻ることができる、ってさ」
「拠り所、だったんだ」
「みたいだな。都合よく使われていたわけじゃなくて、心底そう思っていたらしい」
その顔は、どこか寂しそうだった。
「次々に漫画をヒットさせて、あいつはどんどん有名になっていった。けれど、俺はただ流されるままに生きるしかできなかった。失敗したら頭を下げて、失敗した仲間のために頭を下げて。そうして人生を終えた時に、あの時、勇気を出していればよかったかなぁ、なんて思ったんだ」
それが、ここに来られた理由なのだろう。
「だからこうして、こんな格好をしてさ。不良を気取ってみて、改めて感じた。俺があの時、勇気を出していたら、あいつはどうなっていたのかな、って」
戻ることができずに、そのまま進んでいたかもしれない。自分と共に。それで、自分は満足だったかもしれない。けれど、あいつは?
そうやって、ダンテツは自問自答を繰り広げる。
「あいつは、何のために不良になんてなったんだろうな。いや、ただ単に遊びだっただけだろう。深い意味なんて、きっとなかった。なのに、俺はうだうだと考えてしまうんだ。俺を置き去りにして、好きなことをやって。俺のことを、勝手に頼りにして。俺の気持ちも知らないで」
その気持ちを、ここで発散したかったのだろう。
ダンテツは能力を起動させたようで、その身体に真っ赤な炎を纏った。
「自分の思い通りに生きてみようって、そんな決意の証しとして、炎を身に纏う能力を得た。けどさ、結局俺は、自分がこうなれなかったのは、あいつのせいだって思ってしまうんだ」
あいつが、俺を置いていかなければ。この手を取ってくれたら……。
握った拳を、ダンテツはたはだ、眺めていた。
それを見た僕は、動きを止める。一匹だけ、モンスターをフリーにさせてみた。
「あのモンスター、ダンテツが倒してみなよ」
「は?」
スイレンは、大人しく見守っている。こういう話は男同士でケリをつけて。そう言っているのかもしれないと、古くからの付き合いから感じ取れた。
「ほら、相手は木なんだから、その炎で燃やしちゃえばいいんだよ。燃やし尽くして、灰になって、それでスッキリするかもしれないよ?」
ダンテツが感じているのは、きっと劣等感。幼馴染みは成功した人生を歩んだのに、なぜ自分はこうなのか。
誰かの願いを叶えて、自分の願いを叶えられなかったものが来ることのできる学園都市。その事実も、その劣等感を刺激しているのだろう。
自分の存在は、あいつの願いを叶えるためだけにあったのか、と。
ダンテツは、戸惑ったような表情を浮かべながらも、僕に背を向けて、モンスターとの距離を詰めていった。
「はっ!」
その幹に揺らめく炎が、拳が突き立つ。モンスターは微動だにしない。
もう一発、もう一発。次々に拳を打ち据えていくが、モンスターはよろけることもせずに、しっかりと根を張って動かない。
指のように動く枝葉が、ダンテツの身に纏う衣服を傷付けていく。身体にはダメージはなくとも、その痛みはしっかりと感じているだろう。
対してモンスターには、全くダメージが与えられていないように思う。その炎も、全く効果を発揮していない。
その姿に、僕はなんだか笑いたくなってしまった。
それは別に、馬鹿にしようという意図はない。ただ、自分と同じ感性を持っているんだなぁ、と感じてしまったのだ。
突き立てる拳に、まったく体重が乗っていない。森の草木に炎が燃え移ったら。それを恐れてか、動きがとても小さくなっている。
それは自分の能力なのだから、いかようにもコントロール出来るだろうに。けれど、自身の能力が引き起こす結果を想像して、大胆な行動に移ることができなくなっている。
結局のところ、小心者なのだ。僕も、彼も。
でも、そこを受け入れなければ、先へ進むための力は得られない。
(少し、手助けしてあげるか)
僕は能力を利用して、ダンテツの周囲で変化を起こした。
「……っ!? な、なんだこれはっ」
「ダンテツの拳に、炎をかき集めてあげたよ。これなら、周りを気にせずに、目の前の相手だけにその熱を叩き込める」
炎を身に纏うようにしたのは、もしかしたら突飛な行動を目標に掲げる、自分自身を護るためではないか。とんだ皮肉だ。それが結果として、周りを傷つける存在になるかもしれなかったんだから。
だからこそ、あの日、ダンテツは僕たちの前では能力を使わなかった。戦うときには、別行動をしていた。何かあっては……という考えを捨てきれなかったから。
僕が見せたのは、彼がそれを受け入れた先の、一つの結果だろう。
「そっか、今度こそって思ったから、それを全身で表現しなきゃって、思ってた」
「熱量なんて、全身で表現するもんじゃないでしょーに」
「はははっ! そうだな。確かにそうだ。そうだよな。想いってのは、こうしてしっかりと、握りこぶしに込めてなきゃあ、なっ!」
振るわれる拳は、さっきよりも鋭かった。
響く音も、幹につく焦げ跡も、先程までとは雲泥の差だろう。そして、その焦げつきは、どんどんと熱を持っていく。拳を叩きつけるごとに、どんどんと。
「男の子って……」
いつの間にか隣にやってきたスイレンが、どこか呆れたふうに話しかけてくる。
「言葉にしなくても通じ合えているんだぜ、みたいなスタンス、好きですよね」
「実際、ちょっとシンパシーを感じちゃったからね」
人に見られないところで、派手に能力を使ってみよう。たぶん、あの日、果樹園で同じ事を思ったのだろう。そこで、同じように自身の能力の危うさに気が付いた。
自分で自分の気持ちを制御できるような能力にしないと、あとで痛い目を見る。僕はそう学んだつもりだ。
ダンテツの、モンスターとの初陣はもうすぐ片が付くだろう。それまでに、一つ確かめたいことがある。
「ところで、スイはどんな能力を持っているのさ。……それって夜中、僕にキスしてきたことに関係あるでしょ」
引っ越しをして、その日の夜。特に何があったわけではなく、大人しく眠りについたのだが、その際にさり気なく、キスをされたことを覚えている。
「あ、バレちゃってました? あちゃー、完全に寝たと思ったのに」
「ギリギリ起きてましたー。で、なに? あれで僕は操られちゃう、とか?」
「いえ、まったく関係ないです。あれはちょっと、イズちゃんの姿でキスをするの、ちょっと気恥ずかしかったので」
能力は、全くの別。そうして披露してくれたものは――。
「〈料理の基本、サシスセ爪〉と、〈暗殺の基本、毒毒爪〉です。砂糖、塩、酢、醤油、味噌が生み出せる左手の爪と、各種毒物を生み出せる右手の爪」
結論、この娘が一番怖い。




