第14話 仮初の本性
そして、選択科目の日。
時刻は朝の六時。この時間に家を出てネイチャーエリアを目指さなければ、試験会場には時刻通りには辿り着けないらしい。
それほど、各エリアは広かった。
僕たちの新居は格安で売られていたもので、三階建ての一軒家。一階にはダイニングキッチンにリビングが二つ、風呂は檜造りの立派なもので、トイレは二つ。庭付きでテラスも完備。
二階、三階は寝室やゲストルームに使えそうな部屋がいくもあり、クローゼットとして機能する部屋も三つあった。さらには、屋上にサウナやジャグジーも備えている。
それほどまでに豪華な物件が、……なんと百万円也。
怪しさ漂うその理由は、内見をすれば明らかだった。家の中の内装すべて、家具や壁に至るまで、どこかおどろおどろしいペイントがそこかしこに見て取れたのだから。
「これ、実は前の居住者が芸術を嗜んでいて、これは非常に価値のあるものだと、原状復帰もせずに卒業してしまったのです。再び賃貸に出そうにも、このありさまで借り手がおらず、売ろうにもこのペイントを消すのにかなりの費用がかかりそうなので、みんな敬遠するのです」
学園都市で、不動産を取り扱う担当者の言葉。
能力によって描かれたそれを消すのは、並大抵の力では行えないそうだ。よって大金を用意して学園都市側に消してもらうか、自力で消すかのどちらか。
悩むスイレン、ダンテツを横目に、僕はそれを、新たな能力を試す格好の獲物だと感じた。
「じゃあ、ここ、買います」
僕の即決に、二人はひどく驚いたようだった。この状態で住むのかと。そんな二人をさらに驚かすように、僕は新居となる家に二人を集めて、能力を披露したのだ。
「ふふっ、今から僕の力で、このペイントをすべて消し去ってみせましょう」
にこやかに、そう宣言をして能力を使う。
僕の新たな能力は、〈自己中心的な可逆性〉と言う。因みに、読み方はサディスティック・エモーショナルと格好をつけてみた。
先ず、僕は見た目を変えたくない。しかし時を経るごとに変化することには抗えないだろう。だから、僕はこの身を可逆することにした。
そして、自身の身体が可逆すると言うことを、世界に反映する。そうすることで、世界は僕の意思で可逆するようになり、可逆させることができるのなら、変化を起こしていなければならない。よって、自己中心的な感性で変化を起こすことができる、という逆説。
長々と説明したとしても、その能力は言葉に表されている通りに、自己中心的なのだ。
僕の身体は変化する。そして、元に戻すことができる。だから、世界もそうしようよ。どう変化するかは、僕の気分次第だけどね。と。
以上によって、この家は元の通りに可逆した。
そうして僕たちは家を手に入れ、こうして待ちにまったオリエンテーリングの日を迎えたのだ。
「でも、意外だったなぁ。ダンテツが一緒に住むなんて」
「別に、邪魔だって言われりゃ直ぐに出ていくさ」
「そんなことはないんだけど、ほら、不良っぽく一匹狼で行くのかと」
「不良こそ、群れるんじゃねーの?」
「僕とスイは不良じゃないよ」
なんて笑いながら、まだ少し冷たさの残る朝の空気を凌ぐように、ウィンドブレーカーのファスナーをしっかりと上まで閉めた。
ダンテツはどこか、迷っているような気がする。
不良というものを目指しながらも、その気質はその存在とは到底結びつかない。ここまで一緒に過ごしてみて、共にデムの爆弾を解除してみて、そう感じた。
「スイはどう思う?」
事前に借りていた車を家の前に付ける為に、ガレージに向かうダンテツを見送る。
スイレンは、僕の質問の意図を理解しているようにこう答えた。
「ダンテツさんは、過去に囚われているような気がします。未来のことを考える言葉で、あの日どうすればよかったのかを確かめているような……」
思い当たる節があるの? と聞いてみる。
「いえ、ただ、今更になって不良を目指すってことは、やり残したことをやっているってことですよね? なら、過去に何か、思うところがあったということかと」
誰かの願いを叶え、自分の願いを叶えられなかった、か。
椿に言われた言葉を思い出しながら、僕たちは家の前に停まった車に乗り込んだ。
「オリエンテーリング参加者は、こちらの受付で登録を済ませた後、隣のテントで地図とコンパスを受け取ってくださーい」
係員の案内で受け付けを済ませると、代表して僕が地図とコンパスを受け取り、早速森の中へと入っていった。
今回のオリエンテーリングは、森の中の池、海岸線にある洞窟、岩山に生えた一本の木がチェックポイントとなっているらしい。
コンパスがGPSのようになっていて、辿り着いたのかどうかはしっかりと確認されている。
地図上でそれらの場所を確認する。二等辺三角形用に、それぞれの頂点が森と海岸、岩山の端を表している。現在地も同じくそよ頂点であり、地図にして左側。
「地図上だと、東に真っすぐ行けば海岸に出られる」
「そこまでの距離は?」
ダンテツの質問を受けて、地図を隅々まで確認する。隅っこの方に、ここからここまでが一キロ、といったような傍線があった。
「五キロくらい?」
「なら、一時間か、一時間半くらいで着きそうか。そこまで広くはなさそうだな」
森、海岸、岩山の境界は、底辺から直角に頂点までの線を引いた後に、真ん中に線を引いて三分割した感じか。
森と海岸線が同じ広さと言うことは、海岸線は広い砂浜のようになっているのだろうか。チェックポイントを確認すると、森の中の池はそのエリアの中心部分。海岸線の洞窟は、岩山付近にある。
岩山に生える一本の木は、山頂付近にあるのだろうか。等高線を見れば、そう判断出来そうだ。
「とりあえず、最初のチェックポイントを目指しましょう」
スイレンの掛け声で森の中を進む。
新緑が心地よく、木漏れ日が仄かに温かい。けれど木の葉がこすれる音色が、それを運ぶ風とともに空間を満たして、どこか涼しげでもある。
根が自由に大地を這い、苔むした土はしっとりとしていて歩きにくい。
慎重に歩いていると、――一本の根が脚に絡みついた。
「雑魚はお呼びでねーよ」
巨大な虚を口のようにした木が襲いかかるが、僕が人差し指を曲げれば、それに連動するかのように、その木が横に吹き飛ばされる。上を向けて曲げれば、まるでアッパーカットを食らったように上方へ吹き飛ぶ。
自身の動き、その変化に合わせて世界は自由に動いてくれる。これは、前までの能力と似たような要領だ。
その感覚が爽快で、心躍る瞬間で。
「ほらほら、踊れ踊れ。木の葉を散らしてマリオネットになってしまえっ!」
ちょっとばかりのサディスティック。けれど戦いが終われば、怠惰な僕へと可逆する。揺れ動く感情は、まるでエモーショナル。
「お前の旦那、生きている時にもこんなんだったのか?」
「テレビゲームをしているときは、たまにあんな感じになっていましたよ」
呆れたように話す背後の二人に、僕は向き直った。
「僕の話なんかより、ダンテツの話をしようよ。なんかちょっと、心配なんだよね」
自分に合わない能力は、それを僕は痛感した。これを機会に、みんなで前に進めたら――なんて思う。




