第13話 買い物
朝、目が覚めると、いい匂いが部屋の中を満たしていることに気が付いた。
枕元に置いてあった制服を身に着けて梯子を降りていくと、キッチンにて小気味良い音が響いている。
「ネギを刻む音だ」
「正解です。出来立てのお味噌汁に、刻みネギを載せて食べるのが好きなんですよねー」
ボクはあまり、薬味が好きではないけどねー。そう言って伸びをすると、スイレンの隣に立って今日の献立を覗く。
「味噌汁と卵焼きだ」
「ご飯はもうすぐ炊き上がります。それと、味付け海苔」
「最高」
マナーと言うか、行儀が悪いとは思いつつも、テーブルというものがない部屋なので、出来たものをそのまま摘んでいく。
「オリエンテーリングが終わってから、と思っていたけど、さっさと家具やら何やらを揃えたほうがいいかな?」
「難しいところですよねぇ。この調子でお金を稼いでいけるのなら、もう少し広いところへの引っ越しも考えるべきでしょうし。調理器具や食器は買いましたけど、結構収納少ないですよ?」
いきなりの二人暮らしになったのだから、手狭になるのも仕方がないだろう。
「それよりも、イズちゃんは先ず服を買ったほうがいいと思います」
「やっぱり? 制服と下着は二組あったから、着回せば十分かなぁ、と思ったのだけど」
「その内の一着、破損していますよ」
生徒会長と戦った際の傷、か。忘れていたけれど、替えの制服も買っておかなければ、か。
「ブレザーの制服も、買ってみようかな」
「そういう楽しみが持てるのは、良いと思いますよ。制服、五万くらいはしますけど」
「なかなかするなぁ。私服なんかは安く済ませるとして……他には何が必要かな?」
「タオルや歯ブラシなんかは揃えておきましたけど、掃除用品もないんですよね」
「仕舞える場所はあったっけ?」
「コードレスの掃除機だと、部屋の中に置く関係で邪魔になりそうですね。そうなると、クローゼットの中を占領することに……」
他のものが買えなくなる。
「スイの部屋を物置にするのは?」
「物置って呼べる距離ではないと思いますよ?」
最上階から降りて、女子寮まで行くのも骨か。
「じゃあ、スイは新居探しをお願い。家具を買い揃えたら、引っ越しも手間だし。僕は服を買ってくる。家賃が嵩むようなら、ダンテツを引き込んでルームシェア」
「あ、それいいですね」
今日の予定が決まったところで、今はのんびり朝食を楽しもう。
***
交差点エリアで電車を降り、どこか安く買える店はないかと彷徨っていると、見知った制服が目に入った。
「椿さん!」
振り向いた彼女は一瞬怪訝そうな顔をしたけど、直ぐに僕のことを思い出してくれたのか、少しぎこちない笑顔を見せてくれた。
「ライズ、だったか。今日は学園部へは行かないのか?」
「選択科目に向けて、色々と準備中なの」
「あぁ、なるほど。どの授業を?」
「地図。オリエンテーリングに挑戦するの」
「いい選択だ。あれの単位を取ろうとすると、必然的に他の単位の取得を目指したくなる」
「そうなの?」
「ああ。モンスターと戦うには、それなりの経験が物を言うからな」
経験者が語るのなら、間違いはないだろう。
「服装とかって、どんな物がいいかな? 先生からは、何でもいいみたいに聞いたけど」
「実際、何でもいい。基本的に怪我をすることはないから。大事なのは、体温管理だろう。この時期だと朝晩は冷える。その対策は必要だ」
「……一日で終わらない可能性も?」
「早々ないが、用心に越したことはない。というか、基本的にモンスターは授業で戦うことが主だ。それ以外では有料だから。無料でやるとなれば授業に限るのだが、当然時間は限られる。そこでオリエンテーリング。あれには制限時間がないから、好きなだけモンスターと戦えるというわけだ」
そういう裏技的なことを教えてくれる。先輩って本当にありがたい。
「ありがたい助言です。ところで、椿さん。そのブレザーは何処で買ったの?」
「そこの、百貨店の学生服売り場」
交差点の、ネイチャーエリア側に建つ大きな建物だった。
「高そう」
「でも素材は良い」
流石に今は余裕が欲しい時期なので、もう少しリーズナブルな売り場を教えてもらい、僕は少し奥まったところにあるデパートへ向かった。
いまのものと似たようなデザインのセーラー服があったため、それを二着買っておき、ブレザーを買おうかと思ったのだけど……。
「あー、そうか。中のシャツ、ボタンの位置が違うんだ」
男物と、女物の違い。それを体験するのも良い経験だろうけれど、そもそもボタンの付いた服が苦手な性質だということを思い出した。
着るとき、脱ぐ時。いちいちボタンを留めて外しては面倒くさい。よって、ブレザーは却下である。
あとは適当に、Tシャツやらズボンやらを買って、下着も揃える。胸は……隠したほうがいいのだろうか。まぁ、念のため身に付けやすそうなものは買っておこう。
「その他は、結局は男物を買っちゃうんだなぁ」
折角の女性体型だと言うのに、何をしているのか。そう感じてしまうけれど、自分の気質はなかなか変えられない。
(けど、何かヒントになりそうな気がするなぁ)
自身の能力に関すること。自分は、相反する性質を備えているのではないか。それを上手いこと能力に落とし込んで、この理想となる容姿を永遠のものに……。
相反するものと、永遠。そこを今一、結びつけられていない気がする。その上、そこからどう戦闘に利用するのか。
今の修行が無意味に帰すことは避けたいところ。
デパートを出て、少しこのエリアを歩いてみる。
角が生えていたり、翼が生えていたり。猫耳が可愛らしい人もいる。容姿と能力を切り離して考えている人も多いだろう。
もしもこの容姿を永遠のもにするとして、それを可能とする種族はなんだろうか。
妖怪、鬼、悪魔、天使。様々な要素を持った自分の姿を思い浮かべる。
けれど……。
「やっぱり、異世界に行ったときに、人の輪に入りやすい見た目がいいなぁ」
どうしてもシリアスな場面を想像してしまって、見た目の変化を思い切ることができない。男なのに女の体型、なんて事をしておいて何を今更。なんて思うのだけど。
刹那的でいて、考え込んでしまったり。拘りたいと思っても、直ぐに諦めてしまったり。僕はどうにも、難しい人間だと思う。
「悩んでいるのかい?」
目の前に、デムが現れた。
「なんの用?」
「別に、ちょっかいかけただけでは心象が悪いと思ってね。少しアドバイスさ」
「役に立つとは思わないけど」
「僕は嘘をつくことはないからね。役に立たなくても、それはそれで真実だと思う」
彼は少し、真面目な顔をしている。
「なんでも出来るようになりたいなら、なんでも出来る理由を作ることだ。それとね、忘れているようだから教えて上げる。この学園都市では、一年に一度、能力を変えられる。容姿もね。君は、もうその権利を行使したかい?」
振り向き、手を振ってこの場を去るデムを、僕は黙って見送った。
その行動にどんな意味があるのかは分からないけれど、彼の言葉に、感じるところがあったのは事実だ。
僕は荷物をコインロッカーに預けて、駅の近くに止まっていたタクシーに飛び乗った。
なんとなくだけど、自分がやりたいことが見えてきたように思う。




