ハラムビジネス 6
グランクはライノスが言わんとする事を要約する。
「つまりは、その日用品とやらの取り扱う事業が区に対してなんらかの不易をもたらしているという事なのだろう。だが、現状聞く限り、取り立てて商材に対して問題を感じることないのだが」
「問題は商材ではありません。事業の形態の方なのです」
「事業の形態、とは?」
「はい」
一つうなづき、ライノスが説明を始める。
「特徴としては、卸売りの企業に対して事業者が契約する所から始まります。一定の契約金を支払う事で事業者はその企業の商材を取り扱う権利を獲得することができます」
「それで」
「契約をした人間には毎月、一定の売り上げ目標が発生します。事業運営者は毎月、一定額の商品を買い取り、それを販売する義務が生じます。もし売り上げ目標を無視すれば企業との事業契約は打ち切られます」
「なるほど」
と、グランクが言った所で、カーリアリアは今の話の中で不可思議な点が全く見いだせなかった。普通の、どこにでも存在するありふれた事業形態の一つである。
月々の売り上げ目標というのは非常に厳しい体制の一つだが、そういった制度を導入する企業も多く存在するのは確かである。目標設定が無ければ意欲的に行動しないというのが人間の性だからである。ましてや商材が消耗品の類ならば長期間保管するのは保管場所や使用期限等のリスクが生じる。毎月、一定数の確定した流通を獲得しておきたいというのも正しい企業心理ではないかとカーリアリアは思った。
なので、グランクは彼女が思ったことを代弁する。
「今の話の中に、取り立てて不審な点は見いだせないのだが」
「問題なのは、ここからの話です」
ライノスはそう注釈し。
「この事業形態の特徴の一つに紹介制というものが存在し、この一点が非常に厄介なのです」
「紹介制?」
そう横から口を開いたのはカーリアリアであった。口をはさむ気はなかったのだが、思わず気になって声を出してしまった。口が緩ければ、女王としての威厳が保てないのではないのかと後でグランクに説教されそうである。ライノスは、王の言葉に恭しく頷き。
「自らの紹介で当該の企業に新しい事業者を登録させることに成功すると、その登録した事業者から発生した利益の一部を紹介した事業者に還元される仕組みになっているのです。そして、自分の紹介により登録された事業者が更に誰かを勧誘した場合、その孫会社の利益までも還元されることになっています」
「面白い仕組みね」
素直な感想を言う。新規事業の立ち上げに協力した場合、一部の利益がフィードバックされるという仕組みである。紹介者は自らの利益につながるので意欲的に事業規模の拡大を行うし、企業側も黙して勝手に販路が広がる。まさにお互いに利がある素晴らしい仕組みであった。試みは新しいし、やはり聞く限り、区や警察に被害届が多発するような問題点は見つからない。一体、何が問題なのだろうとカーリアリアは思う。
そして、その疑問に対する回答は、求めることなくライノス区長が行ってくれた。
「実際、ここまでは大きな問題がないのです。ただ、当該企業の急速な拡大に伴い、該当の事業に参入した事業者の大半が、事業の運営に失敗し、預貯金を失うどころか、大量の借金をする者が多く発生しているのです」
「それは、なぜ?」
良い事業モデルだと思う。扱っている商材も日常品で、比較的流通の広がりやすいものだし、参入障壁も比較的、低そうな印象がある。
だが。
「参入障壁の低さが問題なのです。店舗運営に対する資本が必要なく、身、一つで出来るために事業登録料だけで参入することができるのですが、逆にそれだけで参入できるために急激に規模が拡大し、事業者同士で顧客の取り合いが起ります。結果的に、事業者一人当たりの売り上げは減少し、売り上げ目標を達成できない事業者が多発しました」
「けれども、事業存続に対しては、売り上げ目標が必達である、ということね。それで、在庫を捌く事が出来ずに、借金に陥った、というわけかしら?」
ライノス区長は頷き、言葉を続ける。
「ただ、そこまでの話ならばここまで問題は大きくならなかったでしょう。しかし、ここでさきほどの紹介制、というのが状況をさらに悪化させる活性剤となるのです」
「どういうこと?」
「事業者が新規事業開拓に貢献するほどにその事業者に対する報酬は増加します。と、なると新規事業者を悪戯に増やそうという方向に向かうのです。結果として、新規事業者の獲得に際して誇大的な営業を行い、事業運営に際するリスクを一切説明しない事例が多発している状況なのです」
「つまりは、詐欺という事かな」
グランクの的確な言葉に、ライノス区長は頷いた。
「事業とは、本来リスクの大きなもの。自らの蓄えた資本を投資し、膨大な時間と労力を費やし、そうした結果、富を得る者がいれば富を失う者も存在する。それが事業というものの実態です。けれども、それを説明せず、美辞麗句で強引に事業者を増やす。そうした者達が後を絶たず、結果として借金運営を重ねる者が鼠算的に増加したというわけです」
「なるほど」
カーリアリアは大きく納得する。一見すれば良質なビジネスモデルに見えるが、実際には大きな落とし穴があるという事である。知らぬままなら喜んで参加してしまったかもしれない。無知は恐ろしい。
「実際に、質が悪いのは一定数、事業の運営に成功している者がいることなのです。ただ、このようなモデルなのでそうそう上手くはいきません。事業者同士で差別化も難しいモデルですし。現状はクリュール区のみで留まっていますが、放置しておけば他区まで被害が及ぶ可能性があります。陛下の御力でどうにかならないでしょうか」
そこまで言うと、ライノスは少しだけ疲れた様子で慇懃に頭を下げた。どうにも、相当に参っているらしい。貴族院は自らの利権を欲し、行政に深く関与しない。今の貴族院の状況から、政治方面でどうこうするのも難しいだろう。彼らは袖の下を袖の下に隠さず堂々と手に入れようとする。
なので行政でどうにか解決しなければいけない問題なのだが、手に負えずにここまでやってきたというわけなのだとカーリアリアは察した。
確かに、この情報は聞き流すわけにはいかない。クリュール区で話を留めておかなければどうにも面倒な事になるかもしれない。
カーリアリアはバナンに問う。
「ポライズンの公安課は動かせる?」
ポライズン、つまり警察機構は軍部に取り込まれている。つまりはバナンの管轄である。バナンは重く頷き、答える。
「可能です」
「なら、クリュール区の公安課を動かして、事業の詳しい詳細を調査して頂戴。できれば何匹か鼠を紛れ込ませて勧誘の実態を調べてもらえる?」
「御意に」
「それと、グランク。財貨幇院に連絡して、該当事業に関わった結果、借金を負った人間をピックアップし、彼らの借金を国庫から補填してあげて頂戴。補填した借金に関しては無担保で対応する事。返済期限は、借金額の総額と返済能力を照らし合わせて決めることにして」
「かしこまりました」
そこまで言うと、カーリアリアはライノス区長に向き直り、厳かに告げる。
「ライナス=ノーヴ=ランリュート区役院長」
「は」
「現状、出来るのはここまでです。被害状況は把握しましたが、該当事業に対する非合法性、違法性は現状、無いというしかないでしょう」
その言葉にライノス区長は苦虫をかみつぶしたような顔をする。実際、相当に苦渋を味合わせられているのだろう。
「ですが、事業拡大における勧誘の違法性は感じられます。当該事業の詳細な調査を行い実態を把握。後に再度、対策を考える事にしましょう。それでいいですね」
「陛下の恩情、心より感謝いたします」
ライノス区長の敬礼に対して、カーリアリアは天女の微笑を浮かべて頷いた。
そこで一つ、気にになっていた事を思い出し、カーリアリアはライノスに思い出したかのように問う事にした。
「そういえば」
「は」
「その事業の名は?」
本当のところ、いの一番に聞いておくべきことだろうが、中々に彼の持ってきた話の内容が肉厚すぎたので聞くのを後回しにしてしまった。
ライノス区長はすっかりと抜け落ちていたそのことについて、思い出したかのように答えた。
「申し訳ありません。それを話すのを忘れていました」
ライノス区長は、口を開く。
「事業屋号は、ハラムというらしいです」
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。




