ハラムビジネス 7
若干の事件性が存在した円卓議会だが、会自体はつつがなく進行し、本日も円満に終了した。現状は内輪の集まりのような形になっているので議論の対立が起こる余地はない。対立すら許さない貴族院の議会よりははるかにましな状況だと思えるが。
人のいなくなった円卓院、静謐であり、清浄さすら感じ得る神殿造りの室内で、天に描かれた二人の神に見つめられながら、カーリアリアは思案に耽る。
と。
「お考えですかな」
背後から、声をかけてきたのはグランクであった。カーリアリアは勝手知ったる忠臣の姿に糸を緩め、静かにグランクに問うた。
「ライノス区役員長の持ってきた話、どう思うかしら?」
「心労まで重ねた彼には悪いですが、大した話ではありませぬな」
と、グランクは言ってのける。
「そう?」
と、カーリアリアが聞き返すとグランクは頷き。
「良くある話の一つですな。借金を重ねてしまった者達には申し訳りませぬが、事業とはそういうもの。それは陛下もお判りでしょう」
「そうね」
カーリャは頷き返す。
彼女の友人であるクリュール区の飲食店店主ですら、店の運営に対して明確なリスクを負いながらも行っている。店を興す際の資本金は彼女が捻出した物か、はたまた裕福な実家からの援助金かは知らないが、少なくとも、常に経営に対して倒産の可能性を考慮して行っている。恐らく、カーリアリアが彼女の店を口コミで広めなければ今頃、店の維持すら危なかったかもしれない。日の出る前から働き始め、日の落ちるまで働き続けることを休む事無く毎日行う。責任と結果。そういったことを当然のように行える一部の人間だけが事業を成功させることが出来ように思える。
それすら理解せず、安易に金儲けに走った者達が今回の被害者となる。借金に関しては手痛い授業料として払ってもらおう。無利子で、期限は要相談というだけで破格の条件である。
ただ、勧誘に際しての状況如何によっては勧誘詐欺罪の方面で大本の企業から幾らか引っ張れるかもしれない。もしそれが可能であるのならば、そこから被害者の借金に対する補填ができるかもしれない。
実態調査の後、もしビジネスモデルに問題がある場合、第二、第三の同業が生まれる前に法整備の必要性が生まれるかもしれない。何時の時代も利益を生むためなら人を陥れる事を厭わない者はいる。その再発を防ぐためにも、法を改正する必要性があるが、法整備となると貴族院を通さなければならない。あの利権にうるさい連中を相手に新法を通すのは難しそうな話である。
実際の話。
「区の公安に調査を依頼し、企業の実態を調査。悪質な勧誘に関しては既存の詐欺罪で告発。後は企業側から幾何かの賠償金を引っ張り、終わりでしょう。カーリャ=レベリオンの出番はありませぬ。良かったですな」
最後にさりげなくも手痛い嫌味を付け加えるグランクの辛辣さ。カーリアリアは顔をしかめる。言い方というものがあるだろうと思う。ただ、彼も彼で鉄砲玉のような女王に辟易としているのも事実なのである。
ただ、実際はグランクの言う通りなのだろう。解りやすい悪党が看板を背負って現れるなど、そうそうある事ではない。企業側も悪意を持って行ったことではない。ただ、間違えただけなのである。彼らも愚かでなければ、今回の事で反省を見せ、被害者が多発しないように事業を是正するであろう。
今回は、ヒーロー活劇の出番は無いらしい。グランクの胃を傷つけなくても済みそうだ。そのことに、なんともない寂しさを感じていると。
「陛下。よろしいですかな」
声をかけてきたのは、バナンだった。
忙しいはずの軍部総大隊将公はわざわざ人が完全に去るまで待ち、いなくなったところを見計らい、声をかけてきた。そのことに何とも言えぬ引っ掛かりを感じながらも、カーリアリアは返答する。
「なにかしら。バナン」
「先ほどのライナス区役院長の話、少し気になることがありまして」
「気になること?」
「はい」
バナンは虎のように頷き、言葉を続ける。
「件のハラムという組織、聞き覚えがありまして」
「聞き覚え?」
「私の記憶が定かならば、ドッチ商会という企業が後ろ盾として絡んでいるはずです」
「ドッチ商会?」
「金融企業です。いえ、高利貸しといった方がよろしいですかな。それも、悪質な」
「悪質……。具体的には?」
と、カーリアリアが聞くと。バナンは答える。
「初めは比較的低い金利で良心的に貸し付けて来るのですが、顧客の借入金がある一定額を超えた場合、金利が急激に跳ね上がる仕組みを取っています。金利が低いうちは、女性従業員等を利用し、安心感を与えつつもクリーンな営業を行い、顧客が安心し、借入金を増やしたところで、一気に利息を増やし、雪だるま式に借入金を増加させ、債務者の返済不可能額まで増額させます」
「一気に増額して、借金を踏み倒されることは考えなかったのかしら」
「ドッチ商会は契約書に高価なアカシア紙を用います。この契約書が厄介で、債務者に呪術的な強制力を与えます。簡単な呪いの一種と言い換えても良いでしょう。債務者は、いやおうなしに返済するしかなくなるわけです。最悪、自分の命を賭しても」
アカシア紙の証文は厄介である。国家でも、重要な契約の案件にはこのアカシア紙の証文が使われる。バナンが言った通り、契約に対する強制力が生まれるからである。
ただ、原料であるアカシアがラグラストラ王国を始めとした一部の国でしか採取できない為、高額であり、なかなか手を出せる代物ではない。それを借金の契約書として使用するなどとは、ドッチ商会も中々酷い真似をするとカーリアリアは思った。
バナンが話を付け加える。
「実際、アカシア紙の契約書が無くても、高額債務者の取り立ては随分と手荒だと聞いています。どうにも、亜人を使っているとか」
「亜人?」
「ゼノヴトス帝国やマグナグランドから流れてきた者達です。平和な王都といえども、やはり亜人差別は無くならないので、職に溢れた者達がやむをえず、という形なのでしょう。平均的に純人より腕力に優れるのでこういった手荒なことに適正があるのでしょうな」
「皮肉な話ね」
そこで、カーリアリアは気になっていた事を問いただす。
「けれども、急激に返済不可能な金額まで借金を増額させて、困るのはドッチ商会なのではなくて。こういう言い方で申し訳ないけれども、借金は短期で返済させるより、長期的に返済可能額ぎりぎりでしぼり取った方が多くしぼり取れるのではなくて。月々の確実な入金額が確定した方が企業としても安心した事業運営が出来るでしょうし。悪党にしては随分とやり方が下手なような気がするけど」
悪党の心理を読むのは得意である。こういった事にばかり目利きがあるので、後ろでグランクが若干嫌な顔をしているような気がする。カーリアリアはあえて、気にすることなくバナンに言うが、バナンはそこで急に顔つきを険しくした。彼がこのような顔をする時、そこには笑いごとでない事実が含まれていることが多い。今回も恐らくそうなのだろうとカーリアリアは察し、そしてそれは的中していた。
「実は、このドッチ商会。背後に奴隷売買がからんでいるという噂があります」
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