ハラムビジネス 8
「奴隷売買だと」
グランクが思わず、声をあげる。円卓議会でも挙げられた通り、この国において奴隷の売買は明らかな違法だからである。
元々、国家として奴隷売買は推奨している部分もあった。しかし、それは百年、二百年といった昔の話である。国家としての成長期の時代、労働力としての人手が必要であり、多くの奴隷売買が行われた。奴隷と言っても前時代的にぼれ切れを着せて鞭で叩いて働かせるのではない。人権や市民権は保障されないが衣食住は保障され、資本力のある者の保護下で暮らしていける悪くない立場である。
ただ、首都アークガイアも三層まで規模を広げ、ここ数十年は成長を緩めている。人口も増加し、人手の問題も解消されたので奴隷という制度そのものの必要性が薄れた。
そうなると、次の問題が発生する。海外から輸入した奴隷をどうするのかという問題である。購入した物を、その者の住んでいた国に返品するわけにもいかない。必要性が無くなり、奴隷を解放する貴族や豪商が増えたが、それがたとえ温かな恩情から発生した物であっても当人たちにとっても、重ねて国家にとっても大問題であった。自由になった異国民は市民権もないままアークガイアになし崩し的に住み込み、そういった者達の住処はすべからく半スラム化した。この問題は今も解消されていない。
そういった歴史的背景から、奴隷制度の違法化が可決され今に至る。のだが。
「今回、起こっているのは輸出の方です」
バナンの言葉にグランクの相貌が更に険しくなった。自国民を海外に売り渡すなどあってはいけない事である。
バナンは語る。
「我が国民は、陛下もご存じの通り諸外国から見て非常に優秀です。王都の識字率は九割を超しますし、修験学校制度や学慈師制度の取り入れにより諸外国から見ても優秀な知性を誇ります。それに、セインブルグ人は平均的に諸外国から見て好まれる容姿の者が多く、通常の奴隷と比べても相場の数倍からそれ以上の金額で取引されると聞き及んでおります」
「だからこそ、奴隷制度を厳罰化したのだ」
グランクの言う通り、だからこそ奴隷制度を厳罰化した。セインブルグ人は高く売れる。つまり、奴隷としての商材として、これ以上のものは無いのである。特に若く、美形の男女は高い値がつく。場合によっては白金貨すら数枚動くとされている。
それが判っている者にとって、セインブルグ人を奴隷として売買することはこれ以上ないビジネスプランである。重ねて言うが、金の為なら人の仁義を平気で踏みにじるものなどいくらでもいる。法で取り締まらなければ、大事な自国民がピンポン玉のように諸外国に売り渡されてしまう。
の、はずだが。
「ドッチ商会は、借金の膨れ上がった債務者を奴隷として諸外国に売り渡している疑いがあります。債務者が逃げようにも、アカシアの証文がある為に拘束力が働き、逃げられないというわけです。現に、ここしばらくの間、クリュール区では謎の失踪者が増えている様子です」
「ならば、すぐに裏を洗って、状況証拠がそろい次第、商会長を告発せねばならないだろう。知っていながら、なぜ動かなかった」
「動けなかったのです」
グランクの問いに、バナンは苦渋に答える。
「この奴隷売買、背後にはダフトフ=ノーヴ=バンドゥという男爵位の者が絡んでいます。この者が黒幕というわけです。おそらく、件のハラムという団体も、この者が絡んでいるでしょうと予測できます」
わかりやすい悪党がタスキをかけてやってきた。ならば拘束してしまえば良い。ヒーローが剣を片手にやっつけるよりも国家権力に頼ってしまうのが手っ取り早い。しかし、事はそう簡単ではなかった。
「更に、このダフトフを中心に複数の貴族が利権を目当てに絡んでいると聞き及びます。貴族が複数人絡んでいるので、軍部としても悪戯に干渉するわけにはいきません。更に、話はそれだけでなく」
そこで、バナンの顔が今日、最も険しくなった。毒を絞り出すように彼は言った。
「最も背後にはファランドゥス公爵家の姿が見え隠れしております」
「お義母様が?」
バナンは頷く。
メリアリア=エクニルプ=グランデ=ファランドゥス。この国の大后の名である。つまりは前王の正室。現在は一線を退いてはいるがその影響力はいまだに大きく、残念ながら大半の貴族はカーリアリアよりもメリアリアの言葉を優先する。ちなみに、本来の王位継承者であったファラリス=ファランドゥスの実の母でもある。
メリアリアは、カーリアリアの事を憎んでいる。本来、セインブルグ十五世の実の母とならんとする所を横から、どこの馬の骨とも知れぬ辺境貴族の娘がかっさらったからである。彼女の立場からすれば、憎まれても仕方がないとカーリアリアは考えていた。実際、この一年半で数度の暗殺未遂も起こっている。実行犯は極刑に処されたが、裏で手を引いているのがメリアリアであることは明確であった。
ただ。
「お義母様らしくないやり口ね」
と、カーリアリアは言う。
「あの人は、愛国の人よ。自国民を悪戯に諸外国に売り渡すような愚行をするとは思えないわ」
グランクとバナンが同意するように頷く。
カーリアリアは告げる。
「この事件、色々と深い裏がありそうね。バナン。イクシオンは動かせる?」
バナンは頷く。
イクシオン。軍部の諜報をつかさどる部隊である。公にはされてないが、場合によっては要人暗殺に絡む状況もある。その諜報力はポライズンの公安など比べ物にならない。
「なら、イクシオンを件の組織に送り込んで頂戴。裁量はあなたに一任するわ。外部圧力に対しては私の名を使っていいわ。王としての強権発動を許可します」
この状況で強権を発動したらますます立場が悪くなるだろうに。そういった良い意味でも悪い意味でも潔い所がバナンは気に入っていた。バナンは喜んで頷く。
「御意に」
「露天商の真似事ならいくらでも見逃してあげるけど、奴隷売買となれば看破するわけにはいかないわ。バナン、頼んだわよ」
バナンは敬愛する主君の言葉に敬礼を返し、踵を返した。まるで戦場にでも向かうかのごとくの足取りであった。総大隊将公などといった難しい肩書に騙されがちだが、案外単純な男なのではないかと、カーリアリアはその背を見送りながら思った。
そして、院内はカーリアリアとグランクの二人だけになった。圧の強いバナンがいないと、急にしんとなるなとカーリアリアは思った。
グランクは言う。
「後はバナンに任せておけば良いでしょう。奴ならば良い報告を挙げてくれます。ただ、その後が問題です。奴隷売買までは阻止できるでしょうが貴族間の結束というのも中々に馬鹿にできたものではありません。芋ずる式につるし上げられるのを恐れた貴族たちがどう出るか、わかりませぬぞ」
「そうね。油断はできないわね」
「ならばこそ。陛下。今は状況が動くのを待つときですぞ。ポライズンの公安に重ね、イクシオンまで動くのであればきっと待っていても成果は現れます。ならばこそ、ゆめゆめ、短慮な行動に出ないよう、頼みますぞ」
「そうね。解っているわ」
カーリアリアはグランクを安心させるようにやさしく微笑んだ。
「状況はおおよそ数日。取引をうやむやにされず、われわれが地盤を固められる期間。それまでにどれだけの情報証拠が集まるかが勝負ね。かならずや、闇の取引を白日の下に曝してやりましょう」
カーリアリアの聡明な言葉に、グランクは内心の不安を払拭し、胸をなでおろしたものである。鉄砲玉の火薬を取り除くのも老齢には堪えるとグランクは内心で、不敬にも思ったものである。
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