悪の華を手折る薔薇 4
と。
そこで。
静かに口を開いたのは。
飾りのように上段の法壇の前に立っていた硝子のような女王であった。うら若き女王は、そこで本日、初めて口を開いた。
「ここからは、私が」
「かしこまりました」
最高裁審官は女王の言葉に素直に頷く。このような審議に際し素人ともいえる女王は不適任だが、王がしたいと望むのであれば、断る道理など無い。おおよそ、求刑しやすい罪ならば自分でも審議できると高をくくったのだろうとダフトフは思う。
硝子細工の女王は、静かに口を開く。
「では、ここからは私が、審問を続けさせていただきたいと思います。不躾ながら、裁判など経験したことのない小娘故、失礼があったらお詫び申し上げます」
その言葉を聞き、想像よりも腰の低い物腰だなとダフトフは思った。十五やそこらの小娘が、童話のシンデレラのように本来は得るはずもない立場を手に入れたのである。もっと天狗になっても良いのかもしれない。ただ、女王は真摯なままで言葉をつづけた。
「当該の件において、私が耳にしているのはダフトフ=ノーヴ=バンドゥ男爵、及びドラン=ドッチ準男爵が違法な奴隷取引を行い、自国民を多数、海外に送り付けたという事です。取引先は多数ありますが、主にゼノヴィトス帝国などが主流と聞いております。そこに、間違いはないでしょうか」
「は。仰せの通りで」
ダフトフは女王の言葉に敬礼を行う。裁審官とは違い彼女は王位の者である。対外的に失礼があってはならない。
女王は頷く。
「この取引において、先のハラムビジネスを導入として高利の貸し付けを行い、最終的に金利を払えない者への救済手段として、その身を買い受け、奴隷紋を付加し、海外への売却を行った。その点についても間違いはございませんか」
「ございません」
申し開きもなく、答える。潔い。潔すぎる。戯曲に登場する悪者は、悪事の証拠を突かれるとまるで、つねられた子供のように騒ぎ始める。だというのに、ダフトフの態度はこの場において、妙に神妙過ぎた。まるで、のれんを押しているかのような手ごたえの無さである。
女王は、背後の宰相に対して軽く目配せをする。老齢に差し掛かる頃合いの宰相は静かに、続けるようにと促すかのような仕草で頷いた。その仕草に、女王は再び口を開く。
「では、続きまして。双方は当該の件における一連の流れにおいて、奴隷契約の対象となりえます市民に対して不当な拉致、監禁、状況に応じては暴行も行ったと耳にしております。暴行においては、性的な物、つまりは強姦等の事例も含まれていると耳にしておりますが、その証言において、偽りは御座いますでしょうか」
と。
女王の放つ審議に。
そこで初めて、ダフトフは首を横に振る。
「その証言に置きましては、全てが虚偽。一切の真実は御座いません」
女王は。
そこで初めて、ダフトフが馬脚を現したと察した。仮面を割られた演者の粗相を責めるように、女王はダフトフの否定に対して審問を続ける。
「市民に対する不当な暴行は一切なかったと。そう言いたいのですね」
「その通りでございます。我々は、市民に対して不当に暴行を働いてはおりませぬ」
そこで、ダフトフは隣のドランに目配せをした。ドランはダフトフに対して頷き、女王に対して言葉を放つ。
「此度の奴隷売買。確かに一見すれば不当に思われるかもしれません。特に女王にあられましては国民は愛国の徒、奴隷売買などという不当な行いに対して深い憤りを感じ得るのも当然かと我々は感じ得ます。しかし」
そこで、ドランは首を横に振る。
「此度の奴隷売買もまた、民主性を重んじるもの。彼らは元々が生活に乏しく、当方らと致しましても融資に際しましては返済に関します危険性を深く感じたうえでの取引でございました。ただ、彼らには融資の元となる物がございません。なので当方らと致しましても、最大限の譲歩として、このような特例の融資に至ったわけでございます。勿論、顧客の方々には、その危険性をきちんと説明したうえで」
「民主性とありますが、国民の最大の資産である命と人権を以てしてまで、民主性と言えますか」
「確かに、奴隷取引とだけ聞けば、その事について深く遺憾に思う事も当然でございましょう。ですが、我々の行った取引は主にゼノヴィトス帝国の上流階級以上を対象に行った事。当国家の状況を調べて頂けたら解る通り、セインブルグ王都とまではいきませんが、そこに相当する文化水準を擁しております。やせ細った不当な土地で、童話のように鞭で叩いて働かせるようなことは無いと聞き及んでおります」
そこで、言葉を区切り。
「重ねまして、セインブルグ王国民は、他国より尊重される傾向にあります。特に王都市民に置きましては修験学校において基本的な読み書きや計算等の知識を学んでおりまして、他国においても重宝される存在と聞き及んでおります。女王は、他国に売り渡された市民に対して心を砕いていると存じ上げます。確かに奴隷売買といえば聞こえは悪いでしょうが、我々は少々過酷な出稼ぎ、と考えております」
「焼印まで、捺してですか」
「それは、お詫び申し上げます。ですが、他国の取引先に対しても我々の体裁があるのです。それは、ご容赦頂きたい」
その言葉に、女王は口を閉じる。対して、ドランは女王に対して言葉を続けた。
「ですが、我々としましても違法に手を染めたのは事実。このような事は今後、決して無いように努め上げたいと思います。なので、此度の事は平に、ご容赦を」
そう言い、ドランは頭を下げる。ダフトフも、それに倣った。
恐らくは双方ともに、ここを落としどころにするつもりである。だが、そうそう逃れさせるつもりは、カーリアリアにはありはしなかった。
カーリアリアは告げる。
「実は、此度の件に置きまして重要な参考人を連れてきております。入廷をさせてよろしいでしょうか」
との言葉に。
ダフトフとドランは軽く目配せをする。
場を取り仕切る最高裁審官が答えた。
「構いませぬ。女王の仰せのままに」
「ありがとう」
女王は、頷くと入廷を促した。
すると。
王帝直属である親衛騎士、レーベリッターに護られながら入廷したのは紅葉の髪をした一人の少女であった。ダフトフもドランも、その娘の姿に心当たりがあった。
フィリア=フェルト。
隣国であるベルファンド王国の国民であり、二人に対しても随分と因縁がある少女であった。なにせ、この度の拘留における原因の一つである。二人の老獪な貴族はこの娘に良い印象を持っていなかった。
女王が口を開く。
「この娘は知っていて?あなた方のビジネスに関する直近の被害者と耳にしています。彼女に証言させてよろしいでしょうか」
との言葉に。
「異議を」
ダフトフが、苛立ち紛れに言う。
「この娘は自国民ではございませぬし、ましてや爵位を持たぬ身。貴族院裁判において、爵位を持たぬ者の発言は許されておりませぬ。せめて、女でも女男爵以上の者でなければ、受け入れることはできませぬ」
「そう。ただ、今の発言には一つの誤解があります。それは何か、解るかしら」
「いえ。存じ上げませぬ」
「それは、此度が円卓裁判という事です。貴族院裁判ならば発言に騎士爵以上の爵位は必要でしょうが私の執り行う円卓裁判においては、全ての者の発言が等しく許されています。ならばこそ、この娘の証言も耳にする必要があるのではないでしょうか」
「ですが」
「それとも」
女王は、華のように微笑む。
「この娘の証言を聞けないやましき何かがあるということなのでしょうか」
「いえ」
そこで、女王は裁審官に問う。
「発言、よろしくて」
「は。女王の仰せのままに」
恐らく、その段取りは済んでいなかったのであろう。裁審官は少々、狼狽した様子でうなづいた。
女王は、フィリアに問う。
「さて。貴方は当該の一連において、この奴隷取引の被害者になったと、それは間違いないととらえてよろしいかしら」
「はい」
「不当な暴力で拘束され、強制的に焼印を押され、監禁された。そして、不当に扱われた市民の一部始終の状況も見た、と。それは間違いないでしょうか」
「間違いありません。強姦もありました」
「出任せだ」
ダフトフが憤りながら言う。三流の小悪党らしくなってきたと女王は胸を高鳴らせる。ダフトフは、女王に懇願するように。
「出任せでございます。陛下。我々にそのような事実は御座いませぬ。現に、この娘は五体満足ではありませぬか。きっと誰かしらの謀略により我々を陥れようと考えているに違いありませぬ」
その謀略の主は正真正銘のカーリアリアなのだが、それはさておいて。カーリアリアはフィリアに視線を向けると、問いを投げかけた。
「とのことですが、不当な暴力の証明はできますでしょうか」
「はい」
フィリアはそこで頷き、肩をめくる。そこで一同が騒然とした。そこには、痛々しくも焼き押された奴隷落ちの紋様が浮かんでいた。現在は秘錬官監院の助力により非活性状態だが活性すれば術者を束縛し続ける。
裁審官の数名が、目を背けた。フィリアは言う。
「男爵の屋敷にて、焼き押されました。亜人数名に押し倒されて。それに」
そこで、腹を捲る。
「男爵の雇った傭兵に殴られた傷です」
治癒魔術の使い手であるフィリアは、あえてこの傷を放置していた。何らかの役に立つのではないかと思いながら、痛みも消さずに。それが今日、功を奏した。
ダフトフは、狼狽した様子で叫ぶ。
「出鱈目だ」
フィリアはしかし、冷静に言葉を続ける。
「男爵は、私だけでなく私の妹まで奴隷にしようと、亜人をけしかけて無理やり誘拐しようとしました。それに、私を助けに来た二人の友人も、沢山の亜人を使って殺そうとしました。その一部始終の光景を、私は見ていました」
「そんな事実は、ありはしない!」
ダフトフが激高した。
フィリア=フェルトの証言はまさに生きた言葉である。この場で彼女が協力してくれたことは大変ありがたい。奴隷紋などという恥ずべきものをこのような場で見せるのはとても勇気のいる行動だが、彼女はきちんと動いてくれた。カーリアリアはその事に対して感謝を隠せなかった。
解りやすい小悪党が感情を荒々しくする。このまま、奴隷売買の凄惨について立証していけば、彼らに対して大きな罪状を求刑することができる。カーリアリアはひそかな手ごたえを感じた。
だが。
そこで、傍らのドランがダフトフをなだめるように手を前に出し、口を開いた。
「陛下」
「なんでしょうか?」
「本当に、その者の証言は事実なのでしょうか」
「現に、彼女の肩には奴隷紋が焼き付けられています。これが、この件の動かぬ証拠と言っても過言ではないと私は考えます」
「そうですか。ならば、聞きます」
そこで、ドランは検察に視線を向けた。
「此度の件に置きまして、検事の側におられまする検事官長は、クリュール区の区警察に籍を置いていると存じております。此度の家宅捜索において、担当をされたのはクリュール区警察と耳にしておりますが、実際のところ、区警察の捜索においてそのような事実は確認されたのでしょうか」
との、言葉に。
検察の長、検事官長と呼ばれた男性は、そこでゆっくりと首を横に振って答えた。
「そのような事実はありません」
そこで。
カーリアリアは動揺を表に出さないまま、冷静に努めるだけで精一杯であった。検察も共謀している。予想も想像もしていたが、この場で裏切られるとは思っていなかった。そこが、彼女の浅はかであった。
クリュール区警察に属する検事官長は答える。しっかりと、家宅捜索の一部始終を隠蔽した上で。
「男爵の家宅捜索における一連において、彼女の告げるような物的証拠は見受けられませんでした。迎賓室のような物がいくつか見受けられましたがおそらく、そこが当該の奴隷に対する対応の場所かと区警察は推察しております」
「ですが、区警察の訪れた夜、大規模な乱闘があったと耳にしております。現場には複数人の亜人が倒れていたとも」
「確かに亜人は多数、見受けられました。ですが我々区警察はその全てが、男爵閣下の恩情にて屋敷で使われている者と判断しました。不本意ながら、現在は区警察にて保護拘留しておりますが、一部始終の状況が終了しましたら、男爵閣下の手にお返ししたいと考えております」
そこで、検事官長は女王に問う。
「不敬を承知で、失礼ながら申し上げさせていただきますと、女王が召喚されました市民の娘、その証言の信憑性は疑われたほうがよろしいのではないでしょうか。奴隷紋がある以上、奴隷落ちは事実でしょうが腹の傷が本物かどうかまでは証明できないと我々は考えます。裁審官方々の判断はいかがでしょうか」
その言葉に。
最高裁審官は静かに頷く。
「たしかに。女王陛下の連れてきた者である手前、非常に如何ではありますが検察側の証言と明確な食い違いが確認される以上、フィリア=フェルトの発言における信憑性に対しては疑念があると、我々は判断します」
その言葉に、フィリアは蒼白になった。それも当然である。恥ずべき体の一部までみせたのにそこに一切の信用は無かった。そして、ダフトフやドランの罪を立証できなかったことに対して明らかな落胆を見せた。
そして、それはカーリアリアも同様である。
巧妙に冷静を装ってはいるが、奥歯は強くかみしめ、宝石細工のような指を砕かんとばかりに強く握りしめていた。傍らのグランクが感嘆したように、呟く。
「やりますな」
視線を、グランクに向けると彼は八方ふさがりとばかりに首を横に振る。そして、聞こえるかどうかという程度の小声で。
「おそらく、家宅捜索の情報は全てが隠蔽されているでしょうな。検察も手の内である以上、彼らも不当に求刑を重くしようと考えないでしょう」
つまりは、無念であった。
ここまでしたのに、貴族の罪を立証するのは難しい。貴族間の内部的なつながりが大きすぎて、いくら追及したところでのらりくらりと躱されてしまう。ここに来て、カーリアリアは貴族というものの恐ろしさを深く感じることができた。
裁審官がいう。
出来の決まった競馬のように。
「では。裁定に移りましょう。此度の奴隷売買における一連の件、これは王律民主法に明確に反する物であると言って過言ではありませぬ。ですが、奴隷に対する取り扱いは人権や民主性を考慮した物であった事も含め、我々裁審官は通例通りの極刑ではなく、二人の更生と今後の国家に対する貢献の意も含めまして、一年半の謹慎、及び奴隷売買における取引額の三割を憾意寄金として上納する事を命じたいと考えておりますが、検察側に意義は御座いますか」
「いえ。ございません。ダフトフ男爵閣下はセインブルグ王国になくてはならぬ方。此度の事は一時の気の迷いであると我々もとらえております。なので、検事官一同はこれ以上の求刑を行わない方針で考えております」
「ですか。ならば、謹慎と上納という事で、此度の一件をしめさせていただきます」
最高裁審官の厳かな判決。そして、これで裁判が締めと言わんばかりに木槌を一度、叩いた。
そして、ダフトフ=ノーヴ=バンドゥとドラン=ドッチの両名は無事、極刑ではなく減刑を果たし、順当に邪道を歩み続けることになった。
こうして此度もめでたく、王都に悪は栄え、純然な正義は踏みにじられ、退廃的な腐敗が禍々しい呪いのように蔓延していくのであった。
裁判の裁定は、最悪な終結を迎えた。
お読みいただき、ありがとうございます。
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