悪の華を手折る薔薇 3
上院裁判所の法廷もまた、厳かなアークライツ建築様式であった。白を基調とした神殿造り。それは何処となく、円卓院を思わせるような様相であった。
大衆を集めて規模のある講演が出来そうな程の広さがあり、法壇や傍聴人席を取り払えばダンスホールにすら使えるのではないかと思われる程であった。天井は吹き抜けになっており、ステンドグラスからは日照を取り込めるようになっていた。王都の地父神を祭る大聖堂を手掛けた工芸家の作品らしいと、ダフトフは耳にしていた。
前方には法壇が置かれている。法壇は二段になっており、上段は造りの立派な講演席のような形状であり、下段は対して長細いアーク状の造りになっている。
セインブルグ王国の上院裁判においては審議を正当にする為に裁判員は複数用いられる。通例としては、最高裁審官という上院裁判を取り仕切る者に加え、七人から最高で十五人ほどの正裁審官と従裁審官が同席する。本日は、計九人の裁判官が法廷に連なっていた。
連なる裁判官の顔触れを見て、ダフトフは悟られない程度に胸を撫で下ろす。最高裁審官含め、裁判に連なるのは全て、大后派閥の者であった。その内の数人は、このような事態に陥った時の為に何かと便宜を図った者であった。無駄な付け届けかと思ったが、何が幸いするのかはわからない。
本来は上段の法壇に最高裁審官が位置取るのだが、最高裁審官は一段下のアーク状に細長い裁審官用の机の中央に腰を下ろしていた。
代わりに上段の法壇に立つのは年若い小娘であった。王家の血統を見てくれで証明する長い銀髪。素材は解らぬが一目見ただけで身に纏う事すら夢物語だと思わされるほどに高価なドレス。首には王家の紋章を象った装飾品までしている。
傍らに付き従うのはこの国の宰相であるグランク=グルニュール。行政の頂点に位置すると言っても過言ではない人物で、ダフトフ程度の身分では言葉を交わすことも難しい。
それだけで、目の前の年端も行かない小娘の正体が何者か、ダフトフはすぐに察する事が出来た。
カーリアリア=ギュース=セインブルグ=フラングルブ。
グラフェルク郡と呼ばれる田舎領主の孫娘。王がたまたまばら撒いた子種というだけで王位を簒奪し、この国を混迷に陥れる呪い子である。メリアリア派閥が真向に排斥しなければならぬ者。
(思ったより、若いな)
それが、初めて女王を見たダフトフの率直な印象であった。若いとは聞いていた。彫像のように美麗であり、カリスマを感じさせうる容貌。だが、まだ元服して間もないのではないだろうか。何度か遠目に姿を見たことはあったが、改めてみるとここまで若いのかと驚かされるほどであった。
ただ、即位に年齢は関係ない。極論の話だが、変わりがいなければ一歳でも即位する事はある。別段、若さは取り立てる事ではなかった。
ダフトフはドランを引き連れ、法廷の中央に位置する被告人席に足を運ぶ。左手には検察官が五名。今回の刑事告訴を受けての、ポライズンから派遣された者達である。余談だが、この国では検事官と呼んでいる。クリュール区から出張って来た者もいるのであろうか。検察側の長は幸いながらダフトフが懇意にしていた者であった。恐らく無理な求刑は行わないであろうと悟る。
対して右手は原告や被害者の立つ席だが、今は誰の姿も無い。此度の件に関与するのはその全てが市民か奴隷である。市民と奴隷は貴族院裁判に参加する資格を持たない。それにどの道、被害者の大半は海外に移住している。素晴らしい飼い主であれば幸せに暮らしているだろうが、そうでなければもう、死んでいるのかもしれない。
背後には傍聴人席。無機質に無数の椅子が並ぶが、傍聴人の姿は無い。通常は法治律政院の許諾を得て裁判を傍聴する事も可能である。勿論その際は、傍聴人の身分等の吟味はされる。上院裁判の事情をダフトフは知らなかったが、下院ならば騎士爵以上ならば傍聴を拒否される事はなかったはずである。
だが、此度は円卓裁判という事で特例なのだろうか、傍聴人を受け入れることは無いようである。特殊な形式で行われる裁判の内情をなるべく隠したいのか、あるいは若すぎる女王を見世物のように人目にさらしたくないのか、いずれの理由かはダフトフの知る由ではなかった。
弁護は当然ながら自分で行われる。要望如何で弁護人を呼ぶことも可能だが、ダフトフはあえてそれをしなかった。弁護の専門家など存在するわけでもあるまいし、常道の通りならば、余計な事さえ言わなければ上手く事は進む。
そもそも、同席するドランは話術が巧である。彼の舌先でどれほどの者が地獄に叩き落されたかはわからない。餅は餅屋。彼に任せておけば問題の起こりようはない。
そうこう、考えているうちに。
「被告、前に」
最高裁審官がそう、ダフトフらに告げる。
ダフトフとドランは共に一歩踏み出し、被告席に立つ。十数の視線が注がれ、妙な居心地の悪さをダフトフは感じずにはいられなかった。
最高裁審官が言葉を続ける。
「これより、円卓裁判を開廷します。その前に、此度の会の開廷に当たり尽力くださりました、我らが女王陛下に感謝の意を込めて敬礼」
最高裁審官の言葉に、場の一同が一斉に、敬礼を行う。掌は心臓に、頭を下げる。アニマを捧げる意を込めて。
数アスル、数秒の敬礼を経て、一同は再び頭を上げた。法廷に参列する全ての者が顔を上げたの確認すると、最高裁審官は、口を開いた。
「此度におけます円卓裁判の概要ですが、非常に特例の事例にて、参列された一同、特に被告の双方に置けましては勝手が如何様か、戸惑っているかと存じ上げます。安心していただけますと、基本的進行は貴族院裁判における上院裁判、下院裁判と同様の流れとなっております。審議と判決。その双方を以て裁判を締めさせていただきたいと考えております。ただ」と、そこで言葉を切り「裁判の基本的進行は我々裁審官一同が司りますが、裁判の要所に当たり、女王陛下の審問が行われる場合があります。当然の事ながら女王陛下の審問には偽りなくお答えいただくよう、申し上げます」
その言葉に、ダフトフらは厳かに頷く。
「続きまして、裁判の進行に当たり、法廷で発言された事はその全てにおいて、王と国家と地父神の元に真実と見做されます。例え一時の迷いによる発言といえども、その全てが二名の同席します裁審書記官に記載され、永続的に虚言なき真実として証明されます。なので、発言にはくれぐれも慎重に臨まれるように存じ上げます。付け加え、被告には黙秘する権利が与えられます。答え辛い事、発言に慎重を要することにつきましては熟考し、努々後悔なきように臨まれることを願い存じ上げます」
続けて、ダフトフとドランは頷く。その肯定の意を汲んで、最高裁審官が言葉を投げかける。
「では、被告人の双方ともに宣誓を」
「神と国家と王陛下に誓い、偽りなき真実を」
ダフトフとドラン、双方の言葉に最高裁審官は満足そうに頷く。そして、その視線を検察側に向けた。
「さて。此度の裁判に当たってですが、検察側の求刑は三件。一件目は当該のハラムビジネスにおける経済的被害、並びに生活破綻者の増加。続く二件目はドラン=ドッチ準男爵閣下の経営されるドラン商会において、暴利の貸し付けが多数行われていた件。そして」
そこで裁審官があからさまに顔を歪める。
「違法な奴隷売買。当該に置けましては、奴隷の輸入ではなく輸出。そこに重ねまして一般市民に対する不当な暴行、拉致監禁の容疑も立件されております。検察側、当該に置けます公訴の内容に対しまして間違いはございませんでしょうか」
「ございません」
と、検察の長と思える者が答える。彼はクリュール区警察に在籍する者で、奴隷取引の際には随分と協力して貰った覚えがある。この場に現れたという事は、即ち未だ、共謀の意があるという事だろう。
暗に、彼はダフトフとドランに軽く視線を送ると、一つ頷いた。求刑に関しては無罪とはいかないが、適当な所で落としどころをつけるつもりで在ろうと察する。
裁審官が、納得したように頷く。
「かしこまりました。では、証言に移りましょう。まず一点目。当該のハラムビジネスについての答弁を行います。ハラムビジネスですが、高額な商品を詭弁を擁して顧客に購入し、顧客に無給で働かせるように誘導し、更には無駄な浪費や借用の強制、並びに悪質な勧誘行為を誘発した、とありますが、この話に偽りはないでしょうか」
そこまでの裁審官の言葉、ダフトフは軽く言葉に詰まったが、視線を軽く移すと傍らのドランが一つ、頷き、口を開く。
「異議を申し立てます。まず我々の興したハラムビジネスに置きましては違法性はございません。商品はいずれも高額な原価を擁しておりますし、そこには商品の研究費用や、会員に対する報酬も計上されております。続きまして、事業に参加して頂くに際し、事業の危険性の説明は行っておりますし、違法勧誘に関する教育も当該の事業にて行っております。次いで無給で働かせるという点でございますが、当該の事業は完全な出来高となっておりまして、多大な事業貢献をしていただきました会員に際しましては、多額の報酬を支払っております」
「なるほど」
「資料を」
どのような手回しか、裁審官に配られた資料には実際に事業で振り分けられた報酬の詳細な情報が載せられていた。中には白金貨換算での報酬を受け取った者もいる。当該の事業が不当に労働者を酷使したという証明にはならない。
「確かに、詳細は後で吟味しますが当該の事業の違法性は認められない方向で審議します。ただ、当該の事業に置きまして区院より苦情の声が多く上がっております。当該事業に置きましては内部調査を行いまして、不当な点は是正してもらう流れになるでしょう。それはよろしいですかな」
「是非に」
ドランが恭しく頭を下げる。検察側も不思議ではなく不思議な事に、一切言葉を続けなかった。
「続きまして、ドッチ商会の違法な金融取引につきまして答弁して頂きます。ドッチ商会に置かれましては、本来王律金融法に定められました金利を大幅に超える金利での貸し付けを行っていたと耳にしております。資料によりますと金利は年間四割から、状況によっては十割を超えると記載されております。王律金融法に置かれましては、国籍を持つ者に対する年間の金利は最大で一割を超えないようにと定められておりますが、この内容に対して異議はございますか」
「ありません」
ドランは、神妙に答える。
「ただ、付け加えさせていただきますと、金融取引の際には、先ほどのハラムビジネスの件と同様に、顧客に金利の説明を行い、きちんと納得した上で証文に印を押して頂く流れを取っております。当該の金融事業の金利に置きましては当方らとしても違法性を認め、正当な金利に修正した上で、顧客に対して差額の返金を行いたいと思います」
「なるほど。ですが立件された以上、罰則無しとはいきません。検事官一同に置きましては、この件に如何なる求刑を致しますでしょうか」
「我々としては通例通り、ドッチ商会に対して事業で得た利益の一部を憾意寄金として国家に還元する事を求めます」
「解りました。では、ドッチ商会は当該の金融業に置きまして、前年度に得た売り上げの一割を計算した上で、憾意寄金として財貨幇院に上納することを命じます」
「かしこまりました」
ドランは、素直に頷く。前年度の売り上げ一割は厳しい出費だが、それで重罪にならずに済むのならば安い買い物であった。それに、このような寄金の一部は通例で、何らかの形で手元に戻ってくるのが定石である。罰則といって所詮、建前上の罰則金でしかない。
隣のダフトフは、大業に構えた割に、審議が流れるように進み満足のようである。円卓裁判などという厳かな名とは相反して、やっている事はただの問答であった。小僧がお使いに行って駄賃を貰う程度の安易さ。想像は反する良き場の流れに、ダフトフもドランも拍子抜けしていた。
けれども。
会の進行が早かったのは、この度の裁判の本題を争う為であると、二人も了承していた。そう、奴隷売買。まごう事なき違法行為。この行為に対して、どれだけ刑を軽くできるかが此度の裁判の、争点であった。
裁審官が、口を開いた。
「では。最後に、クリュール区に置けます奴隷売買についての審議を行いたいと思います。奴隷売買につきましては、セイブルグ王国全域に置きまして明らかな違法とされまして、取引行為が発覚した場合、厳罰を求刑されるのが通例となっております。では……」
「裁審官。失礼します」
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