↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第六章 月華狂宴 血界の夜想輪舞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/56

月華狂宴 血界の夜想輪舞 10

 

「強いって、何ですか」

 剣を握っているのである。

 ましてや、毎日剣をふるっているのである。強くなりたいから、剣をふるうのである。このような質問、そこいらの道場や訓練場の若造が毎日のようにするであろうし、取り立てて珍しいものでもなかった。なので私がこの質問を、自らの師に投げかけるのもまた、自然の理と言える事であった。

 だが、投げかけられる質問は単純であろうとも、答える者には深い質問である。答える中身によって、その者の真価が問われかねない。

 実のところ、何も考えていない師ならば、こちらの心が白けるような大層浅い答えを返すのだろうなあと期待せずに私は言葉を待った。

 師は、しばし迷い。

 そして。

 答える。

「知らね」

 いや、ちゃんと答えろよ。

 子供心にそう思ったもので、今度という今度ばかりはそれが顔に現れていた。なので師は珍しくも少々悪びれる態度である。

「いや、解んねって。それが解りゃあ、アタイも武者修行なんてしてねえって」

 そりゃあそうだ。解っていれば、もう少し丸くなって、もはや三十路が近いというのに旅烏などという破天荒な真似をせずに、腰を据えてどこぞの道場主か、剣術師範でもやっているであろう。

「でも、師匠はこの前、うちの城に押し寄せた悪い奴を何十人も倒しましたよね。本当に、すごいと思いました。最近は少々呆れていましたが、見直しました」

「呆れてたって、おい。ひでえな」

「普通、一人の人間が何十人も相手に勝ってしまうなんて、ありえない事だと思います。それはやっぱり、師匠が強い事の裏付けかとおもいます」

「裏付け?裏付けってどういう意味?」

 師匠は語彙が足らないので、熟語はきちんと開かないと駄目な人だった。裏付けという言葉の説明を十分ほどした後、言葉の意味をようやく理解した馬鹿、いや師匠はなるほどとうなづき、答える。

「つまり、カーリャはアタイが、何十人も倒したから、強いって言いたいわけだな」

「はい」

「なりゃ、それは間違いだ。アタイは全然強くねえ。それこそ、この世界で数えて行けば、下から数えた方が早いぐらいだ」

「それって、謙遜ですか。師匠らしくもない」

「なんだよ。お前、アタイことをどう思ってるんだよ」

「傲慢不遜」

「え、それどういう意味?」

「素敵だという事です」

「あーそう。解ってるじゃん。さすが、師匠思いの良い弟子だな。うんうん」

 師匠は喜ばしそうに笑った。そして、その後に肩を竦めて自嘲気味に言ったものなので、十年以上たっても今でもよく覚えている。そもそも、師匠と過ごした日々で忘れた思い出など無い。

「別に、大した話じゃないさ。アタイも天狗になっててな。随分とムチャやヤンチャもしたものさ。けど、いくら粋がったところで、上には上がいてさ。結局、思い返してみれば随分と負けが込んでしまったものさ。それで骨の髄まで思ったわけさ。アタイは別に、実のところ大したことないって」

「そんなことはないと思います」

「そんなこと、あるんだよ。残念ながら。まあ、そんなどうしようもねえ師匠だけど、小娘に剣術教えるぐらいは出来るからさ、きちんと聞いていけや」

「はあ」

「それに」

 そこで。

 師匠は。

 いつものように。

 憧れるようなキラキラした様子で、心底楽しそうに笑うと、旅路の果ての様々な出会いに心躍らせた小娘のように私に言った。

「そういった、強い奴がたくさんいるんだ。だから、世の中、おもしれえと思わねえか」


 思えば、美談など思いつきもしないどうしようもない人だったが、あの人と過ごした日々はひとかけら残らず覚えていた。

 ちなみに。

 あの人が柄にもなく、『剣聖』などと呼ばれ、ガリア大陸どころか他大陸まで名の知れるとんでもない人だと知ったのは、あの人と別れてから暫く経った後である。


 〇〇〇


 始まりは、閃耀の如き一撃であった。

 迅雷の剣閃。

 そして、疾風。

 電影の如き一閃が、放たれる。

 それは、今までカーリャ=レベリオンの見てきた、クレハ=カズヤの放つ斬撃の中で最も鋭くも苛烈な一撃であり、その剣閃の無比なる鋭さに、彼の持てる最後の力を振り絞っての一撃であると確信した。

 なればこそ。

 正面切って、仕る。

 カーリャは、古びた打刀を鞘に納め、そっと柄を振れる。心は水面。そして、凪。一切の情動と衝動を刀身と共に鎮める。

 彼の者の言葉、其が真ならば、故に、当方も最大の奥義にて迎え撃つのが必定。なればこそ、今こそ解き放ちうる。

 納刀の儘に、カーリャは無数の斬撃を、老齢の巨木のように受け入れた。正に、ヤドリギの名の冠するが如く、無数の斬撃。それが、死角から死角へ、間断なく、残酷な万華鏡のように襲い掛かる。

 これは、魔技だ。

 到底、防ぎきれるものではない。

 カーリャは、再び四肢より力を抜く。

 身体は、柳。

 心は、流水。

 師にしては随分と、小難しい事をおっしゃったと思うが、恐らくはそれすらも、誰かからの受け売りであろう。そうでなければ、あの単細胞なお方が、柳だの、流水だのという小難しい言葉を使えるはずがない。

 だが、結局。

 未だ、師の言葉を体現できる自信はない。

 凶刃を前に、無防備に曝ける。

 そして。

 柔来から、剛来に。

 最小の動きで。

 最大の動きで。

 無数に襲い掛かる死に神の鎌を躱す。

 でなければ。

 この神速の斬撃に対処できない。

「チィ」

 クレハの舌打ち。

 彼の苛立ち。

 そして、感じうる警戒。

 恐らく、再び水凶刃による後の先が待ち構えていると察したのだろう。だが、それすらが幻刃。見えぬ二太刀目を無謀に恐れる。かつて見せた水凶刃の幻影が、クレハの動きを一瞬、遅れさせた。

 だが、その一瞬で事足りた。

 カーリャは、空の印に触れる。

 アウラが循環する。

 力が滾る。

 四肢に、風を切る感触が宿る。

 その感覚に。

 ままに、身を預け。

 襲いうる。

 剛剣。

 大気ごと、地が裂ける。

 レーヴァ・シュナイデン。

 巨神の焔が如き、無比なる斬撃。

 喰らえば、骨すら砕け散るだろう。。

 その、炎帝の灼熱かと紛うほどの強靭な一撃を、カーリャは余力を以て躱す。皮一枚などと、小洒落ておらず、しかと見据え、彼の者と間を取る。

 空の印が生み出したアウラの助力にて、カーリャは瞬時にレーヴァ・シュナイデンの生み出す強大な破砕から身を避ける。

 そして。

 彼女は。

『全ての印』を一挙に触れた。

 天流に、皇龍剣という技がある。

 秘伝に位置する。

 つまりは天流において極伝に当たり、一子相伝、重ね、門外不出とされる技である。開祖の一族にしか伝わらぬ技であるらしい。なぜ師がこの技を知っていたかは存じぬが、つまりは恐らく、そういう事なのであろう。

 技の本質は、難解ではない。

 虚閃、つまりは抜刀術。それに重ね、縮地法の習熟、更には消力の奥義が必要とされる。その全てが初伝から中伝に置いてまで伝授される事であるが、言い換えるならば、全ての基礎を皆伝の領域まで昇華させなければならぬという事でもある。

 極限の脱力からの縮地、よりの神速の抜刀。これが皇龍剣と呼ばれる技の実態である。一瞬にて間を詰めて放つ。起死回生の一撃と呼んでも過言ではない。

 だが。

 足りない。

 これでは、足りない。

 この世界の魔性と相対するには。

 人の領域を超えはしない。

 けれども。

 この技に、師から賜った剣の力が上乗せされた時、この技はその持った本質から化ける。まるで大いにて無慈悲なる何かに対する反逆かのように。

 かつて、師に問いた。

 もし、六つの印を同時に発動させたらどうなるのか。至極当然の疑問である。一つでも強大な力を発揮するのだから六つ同時に発現されたら無敵の力が生み出されるに違いないと、そう考えるのは道理であり五歳の子供でも思いつく単純無垢な疑念である。

 そんな純粋な子供の問いに。

 師は答えた。

 六つの印の同時発現は、莫大な力が瞬間的に生み出される。だがおとぎ話のように対価無しに得られる物ではない。発現させたら最後、自らのアウラもすべて力へと転化させてしまう。そうなれば、後に残るは動けない無防備な身体だけである、と。

 そこに残心も何もない。もし発現させて、敵を以て打ち倒せない場合、待ち受けるのは敗北と死、のみであると師はおっしゃった。

 つまりは、正真正銘の最後の切り札。

 なので、師は言った。切り時は、しかと見極めるようにと。そのような言葉と共にあの人に、最後に伝授されたのがこの技であった。

 クレハ=カズヤが死力を尽くし、最後の力にて仕る以上、こちらも全力を以て相手するのが武士の一分。

 クレハが、掌を掲げる。

 発現せしは、死神の誘い。

 漲るは黒のスピリチュア。

 シール・ジ・ユグス。

 世界樹の根元よりいずるミーミルの泉のように溢れ出る魔性のアウラから生み出されしは彼の者の最後の一撃、名はユグス・ランツェ。

 大樹の根のように太く、鋭き一撃。

 貫かれれば、待つは絶命。

「終わりだ!」

 その言葉と共に。

 クレハ=カズヤは。

 天貫の一撃を。

 今、放つ。

 紅と黒。

 クレハのアニマが荒れ狂う。

 黄昏の破砕。

 輝滅の魔槍。

 闇よりも闇の光。

 その、脅威成る一撃に持して。

 対する者を屠る為に。

 その一撃に対し。

 カーリャは。

 鞘から。

 静かに。


「天流秘伝」


 抜く。


「皇龍一閃」


 先ずは。

 閃光が、先に走った。

 次いで。

 刀が、瞬く。

 正しく、神の妙技のように。

 語るべき言葉すらない。

 それを表すのは、ただ一言。

 黄金の剣閃であった。

 抜いた瞬間。

 光は奔り。

 稚技の如く。

 クレハの切り札が儚く散った。

 そして。

 その強大な陣術ごと。

 剣閃は。

 クレハを跳ね上げた。

 そして。

 残ったのは。

 なびく蒼海の髪と。

 はためく洋装の和服と。

 古びた安っぽい刀の鞘に収まる音であった。

 そこにあるのは、ただの白。

 目が霞むような白。

 染まらぬ白。

 語るに、一瞬の事であった。

 そして。

 僅かな目にしか留まらぬ達人の剣舞は。

 こうして。

 蒼の女神の勝利で閉幕した。

お読みいただき、ありがとうございます。

ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。