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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第六章 月華狂宴 血界の夜想輪舞

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月華狂宴 血界の夜想輪舞 9

 

「もう、良いのかい」

 クレハの、挑発混じりの言葉にカーリャは、エスコート待ちの紳士をなだめる貴婦人のように、軽い調子で答える。

「大丈夫よ。待たせたわね」

「別に、いいさ。こちらも、水を刺して済まなかった」

「へえ、殊勝に謝るとは、随分とらしくないじゃない。無抵抗な娘を散々なぶって、珍しくも罪悪感にでもかられてしまったのかしら」

「ぬかせ」

 クレハは、吐き捨てるように言う。

「解っているはずだ。本来ならば、あれで終わっていた。今、あんたが立っているのは姑息にも、あんたが自分の友人を肉の盾にした甲斐であるんだぜ。そこのところは、どう思うんだい」

「……」

 クレハの辛辣な言葉にカーリャは沈黙で答えるしかなかった。そこには沈痛な色が明確に浮かんでいた。カーリャの暗澹とした様子にクレハは嘆息を一つ、告げる。

「折角助かった命、無下にするのも愚かに過ぎると言いたいところだが、俺だって解っている。あんたみたいな人間は、心の臓をねじり切られるまで、止まることがない、と。侍魂とでも言うんだっけか。そんな時代錯誤な物、ここに来て見せつけられるとは思わなかったぜ」

 そう、物語りをしながら。

 クレハは、静かに剣を握りなおした。

「ならば勝敗は、双方いずれかの死を以て成すという事にしよう。それで、よろしいかい」

「ええ」

 クレハの言葉に、カーリャは頷き。

 水平線を交えた光と闇のように。

 鏡合わせに、柄を握った。

 その、様子に。

 クレハは口元に嗜虐の笑みを浮かべる。

「なればこそ、決着をつけることにしよう。カーリャ=レベリオン。雌雄を決しよう。互いの命を以てして」



 ..08-07


 最終局面、開幕。

 初撃は変わらずクレハより、殺意を込めて。

 目に追えないほどの豪剣。

 それが、真正面から。

 飾り気無く。

 カーリャ=レベリオンに。

 牙を……。

 ーーー剥いた。

 真面に受ければ、腕ごと持っていかれる。

 両手で受けても、侭に唐竹に成る。

 それほどまで、豪腕。

 カーリャは。

 静かに。

 その一撃を。

 視射る。

 斬撃。

 装飾無き斬撃。

 凄まじき威力。。

 竜斬りの一撃と呼んでも過言ではない。

 実際、竜を両断している。

 だが。

 所詮。

 只の唐竹。

 そもそも。

 自分は、何に怖気ていたのだろう。

 見てくれが派手なだけの、承認欲求を丸出しにしたような、成金趣味の中身無き、底の浅い一撃に、何故怖気づいていたのであろう。

 何のことはない。

 ただの一刀。

 怖気る事など、必要ないのである。

 派手だろうと。

 地味だろうと。

 斬られれれば、人は死ぬ。

 濁流のような一撃に、ただ臆病になっていた。結果的に、終始防戦に回っていた。らしくない戦い方を演じてしまった。彼の者の剣速と威力に対して、明確な圧力を感じてしまった。そのように立ち振る舞う理由は微塵もありはしないのである。

 ならば、こそ。

 カーリャは。

 正面から。

 大鬼の一撃に。

 足を。

 踏み入れた。


 〇〇〇


 師は、おっしゃった。

「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言葉、知ってるか」

 唐突に深みある問いに。

「知らない」

 と答えた。

 すると。

「そうか。私も良く解らん」

 脳筋の師は、あっさりとそんな言葉を返すので、なら初めから意味深な言葉など投げかけるなと、幼心に思ったことである。

 師は、気を取り直すように。

「まあ、つまりだ。あえて危険に踏み込まなければ、喧嘩には勝てないってことだ。コジを得るにはコケツに入るって事だ」

「だから、コケツってなんですか」

「そりゃあ、あれだよ。ケツの一種だよ。汚い物でも覚悟を決めて、きちんと拭けって事だ。うん。先人は言い事を言ったな」

「……」

 まあ、明らかに色々と間違っているのだろうなと理解してはいたが、迂闊に突っ込むと理不尽に切れる人だったので、あえてそこには深く踏み込まないことにした。たぶん、なんとなく深い事を言いたかったのだろう。病気の発作のような物である。

 まあ、屋敷に住ませて食事と只酒飲ませてあげるだけで、気持ちよく剣術を教えてくれる大層、底の浅い人なので取り合えず、感極まったふりをすることにした。

「師匠。さすがです」

「え、そう。じゃあ、今日はまた天流の奥義でも教えちゃおうかな。本当は何年も稽古しないと教えないんだけど、特別だぞ」

「え、本当ですか。師匠。大好き」

 こうして、門外不出の奥義は湯水のように次々と伝授された。目録のバーゲンセール。出血大サービスである。本当に、扱いやすい人だった。


 〇〇〇


(師匠。年齢を重ねて初めて分かりました。虎穴とは、虎の巣穴の事です)

 稲妻のようなクレハの斬撃。

 それを。

 カーリャは、軽々と横に避ける。

 そして。

 脱力。

 から。

 緊張。

 一気に、斬り伏せる。

「ッチ……」

 舌打ち交じりに、クレハは軽々と間を取る。一歩下がる事で、軽く服に障らせる程度に避けるつもりであった。皮、一枚だけ触れさせる余裕。よほどの力量差が無ければ、不可能な芸当である。その洗練された所作から、カーリャはクレハが明確に、斬撃を見切っていると確信した。

 あれほどの剛剣の使い手だ。

 田舎剣法の一つぐらい、朝飯前に見切るであろう。それはカーリャにとって、前もって安易に予測得た事である。

 だが。

 これは剣術である。

 見切られた程度で、止められるようならば剣術ではない。常に、相手の意識の間隙を突き、斬り伏せる。幻術にかかった旅人のように。だからこそ、剣の魔術、剣術と呼ばれるのである。

 カーリャは。

 ままに。

 更に、一歩踏み出し。

 切っ先を、キッと返した。

 更に、一歩。

 剣が、妖術のように伸びる。

「なっ!」

 クレハは、それを頭一つ下げて躱す。

 だが。

 ザ。

 という音と共に、斬撃は。

 クレハの頬を、切り裂いた。

 意識の外。

 一寸、遅れる。

 赤が散る。

 クレハは。

 ゆっくりと。

 頬を撫ぜ。

 そして。

 今宵、自分が初めて傷を負ったことに気付いた。触れた頬から、手に移る仄かな赤。その色が自らの身体からしたたり落ちた物だと、徐々に理解したクレハは、表情に鬼を浮かべて、深く言葉を漏らした。

「てめえ」

 顔色が明確に変わる。

 怒り狂うのも当然の明。

 傷をつけられたのは何時以来であろうか。

 初伝、虎斬り。

 虎閃とも呼ばれる。

 振り切った切っ先を返し、そこから更にもう一歩振り切って払う技である。切っ先の返しと、足運び、体運びが洗練されていなければ、ただの凡くさい連撃へと成り下がる。

 師の虎閃は、二太刀が一つに見える程速かった。未だ、あの人の足元に及んでいる自覚はないが、この程度の三下な相手ならばどうやら、事足りたようである。

 修練の分、命には一歩足りなかったようだが。そこに未だ、未熟を感じ得るしかない。女王家業が足を引っ張り、身体がなまっているのかもしれない。とっとと、楽隠居したいものだと切に思う。

 だが。

 彼の者の動揺を得る程度には効果があったようである。ここに来て、初めて傷をつけられただけで、今までの明確な余裕は明らかに失われた。

 クレハは、憎々しげに言う。

「よくも、俺の顔に」

 クレハの苦渋の表情に。

 カーリャは先ほどまでの意趣返しとばかりに皮肉を投げかけた。

「良い男になったじゃない。不細工が、見違えたわ」

「舐め腐りやがって」

 飄々としていた態度や嗜虐的な振舞から対するに、自分の痛みには明確なほど弱いらしい。ただのかすり傷で、クレハの余裕は面白いほどにあっさりと吹き飛んだ。

 精神の鍛錬が甘い。

 カーリャは内心で思う。

 思いつつ、油断なく柄を握る。

 対するクレハは、激情に狩られて必要以上に強く剣の柄を握り締めた。今までの柔軟さを欠いているようにカーリャの目には映った。

「女だと思い、手加減してやればつけあがりやがって。叩き切ってやる。目か。腕か。持ってかれても、恨み言言うんじゃねえぞ」

「そういうのは、やってから言うのよ」

「ぬかせ!」

 叫びつつ。

 クレハは。

 一歩踏み込んだ。

 右上段からの袈裟。

 落雷のような一撃。

 だが。

 紫電では決してない。

 ならば。

 見切れる。

 カーリャは。

 流水の如く、足を運び。

 陽炎のように迅雷の一撃を避ける。

 そして。

 描かれるのは、月の弧線。

 流麗に避けつつ。

 後の先。

 故に。

 ーーー斬。

「っ!」

 身をひるがえしつつ、クレハは躱すが。

 夜空を照らす三日月のような斬撃は。

 クレハの肩を、鮮血で染めた。

「チィ!」

 舌打ち交じりに、再び距離を取るクレハ。

 ついさきほどまでの余裕も忘却の彼方。

 表情に浮かぶは、わずかな焦り。

 初伝、月斬り。

 月閃とも呼ばれるそれは、身をひるがえしながら、放つ斬撃であり、背面に担いだ剣を、弧を描くように担ぎ上げ、振り下ろす。体勢が崩れた状態で、背面に隠すように放たれる剣閃は、躱すのが非常に難しい。初伝において、もっとも難易が求められる技である。

 クレハは、顔を歪めながら剣を握りなおす。動揺と狼狽を表情に浮かべ、先ほどまでとは違うカーリャの動きに困惑している。

 気圧されてる。

 そう、カーリャは確信し。

 ならば、と。

 今宵。

 初めて、攻勢に出た。

 踏み込みながら。

 下段に、剣を構え。

 そのまま、振り上げる。

 クレハは、間を取りながら。

 流水の一撃を避ける。

 だが。

 先ほどとは違い、皮一枚残すなどという余裕はなかった。届かないほどに間を置き、確実に躱せるように、鋭くカーリャの一撃を観察する。故あれば、反攻に出ようという威まで感じた。

 流水の一撃が、魔法の様に跳ね降る。

 今までなら、ここでクレハは明確に反攻へと売って出ていた。けれども、天流虎斬りを受けたクレハは、目の前の女の剣技が続けざまに放たれることを明確に理解し、油断なく、構えを崩さない。

 カーリャは、そのまま足を踏み出し。

 更に、連撃。

 天流の肝である返しを、打つ。

 初伝、燕斬り。

 斬り上げから、斬り下ろしまでが一挙動で放たれ、そのままカーリャの斬撃は地に流れて行った。

 それを見たクレハは口元に微笑を浮かべる。

 流れた体は、簡単には戻らない。ましてや、返しを利用した技なら、その隙は更に大きな物となる。燕斬りの連撃の後、わずかにカーリャの身体が流れ、明確な隙を生じていたのをクレハは見逃しはしなかった。

 斬り下ろしを狙い。

 クレハは。

 剣を横に。

 足を前に。

 ーーー。

 一閃。

 鋭き斬撃が、空を切る。

 まるで、空間までが断裂されたような一撃。大鬼を両断する彼の一撃は、早く、重く、人が目視で見切れるそれをはるかに凌駕していた。

 狙うは、首。

 胴を、一文字にしても良し。

 いずれにしても。

 これで、終わらすつもりだった。

 だが。

「な!」

 と、声が出た時にはもう遅い。

 宙で、転返ったカーリャは。

 身体を翻しながら。

 鳥の羽のように。

 剣を、放った。

「っ!」

 息を吐きながら、強引にクレハは身体を反らす。だが、それすらも遅かった。すでに凶刃は、クレハの目前に迫り。

 刃が。

 目を、裂く。

「があぁああぁあああああっっっっ!」

 今宵、初の絶叫。

 それほどまでの、致命の一撃であった。

 カーリャの宙で放った斬撃は。

 クレハの片方の眼球を、無残に奪った。


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