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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第六章 月華狂宴 血界の夜想輪舞

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月華狂宴 血界の夜想輪舞 8

 

「あの」

 視線を移す。

 その横やりの正体。

 それは、意外にも大人しく自分の戦いを観戦しているはずの友人であるミシュー=スフィールであった。ミシューはおずおずと、カーリャ、ではなく意外にも、クレハ=カズヤに語りかけた。

「ちょっと、いい?」

 急な横やり。

 快いはずがない。

 クレハは、不機嫌そうにミシューを睨みつける。

「なんだ。小娘。大人しく友人の血に染まるさまを見ていろ」

「そうじゃなくて、ええと。なんて言えばいいんだろう」

 と、ミシューはしばし戸惑った後、率直に言葉を投げかける。

「あなた、もしかしてニホンジン?」

 カーリャはその言葉に、怪訝に思う。前から、時折不可思議な単語を挙げることがあったが、ここに来てとは。緊迫した空気が最高潮に達した時のこの横やり、カーリャもおもわず顔をしかめる。

 が。

 クレハは、その言葉に急に顔色を変え、興味深そうにミシューを上から、下から嘗め回すように眺め、告げた。

「へえ。見てくれからこちらの世界の人間だと思い込んでいたが、そうか。お前もか。居るところには、居るんだな。今宵、二度目の驚きだ。つまりは、お前もミトラの元から逃げてきた口か?」

「ミトラ?」

 そこで、ミシューは首をかしげる。その様子にクレハは何かを察したような表情になり、なるほどと一人、納得した。

「ミトラの呼んだ者ではないのか。ならば、他の者に呼ばれたのか。確かに、そういう事もあるのかもしれないな。お前は、どういう経緯で来たんだ?」

「それは、ええと……」

「解らない。か」

「うん」

「そういう事も、あるのか」

 クレハは、そう言いながらも一人、納得する。対するミシューは、考え込むクレハに向かって、責めるように問いかけた。

「ねえ。あなたもニホンジンなら、どうしてこんな事をするの。どういう理由でここに飛ばされたかは知らないけど、わざわざイセカイで、悪事に加担する事はないでしょ。正義の味方になれなんて言わないから、せめて人の迷惑にならないように生きようと思わないの?」

 ミシューの。

 その言葉に。

 人として、当然なまでに正しい言葉に。

 クレハは。

 口元を抑え。

 顔を震わせ。

 口も震わせ。

 肩も、小刻みに揺らした。

 その異様な姿が。

 彼の、笑みの形だと理解した時。

 魔性のような表情で彼の者は語った。

「何を、戯言をほざく?」

「え?」

「あんな、地獄のような世界からようやく抜け出せたんだ!そして、たどり着いた先は、こんな楽園みたいな世界だ!だったら、俺がこの楽園を、俺が授かった神のような力でどれだけ黒く!紅く!自堕落に!退廃的に!塗り潰そうが、構わねえだろ!俺はそれだけの業と、それに見合うだけの報酬を得たんだ!お前も、同じ世界の人間なら、解るだろう!俺達は、この世界で不幸に見合った幸福を手に入れる権利を得たんだ!それが、たとえこの世界のモブ共を、絶望に叩き込む事になったとしても、問題ねえだろうが!」

 その表情は。

 人の物ではない。

 同じ、郷里を持つ者として、あまりにも違いすぎる本性を彼の者は持っていた。それは、この世界に生まれ出、様々な愛情を受けて育ったミシューにとって、全く理解できないものであった。

「でも……っ」

 ミシューはしかし、クレハに何かを語ろうとする、が。その言葉を留めたのは意外にも、この世界で心を通わせた友人であった。

「無駄よ。ミシュー」

 カーリャは、凛と言う。

「あんたが、正直何を言っているのかはわからないけど、あんたと奴は全く違う。異世界人に話しかけるようなものよ」

 カーリャが真相を知っているはずはないのだが、それは正に的を得た言葉であった。異世界人。いや、言葉の通じない別の星の人間に話しかけるような無力感。それが、彼の者との会話の中に含まれた唯一無二絶対的な物であった。

 カーリャは、刀を構え直し、クレハに告げる。

「来なさい。小悪党。駄賃を捨てられた丁稚のように泣きべそをかかせてやるわ」

「はん」

 吐き捨てるような嘲笑。

 共に。

 クレハの霊圧が、爆ぜた。

「ならば、望み通り見せてやろう!絶望を骨の髄まで堪能した後、あの世で、自らの愚かさを後悔するが良い!」

 それは。

 今宵もっとも、激しい霊気。

 脈動するは不動のアウラ。

 暴虐の赤と黒が荒れ狂う。

 正しく、暴虐の脈動。

 小さな嵐が大きく成りて、彼の者を包む。

 見て、察す。

 これが、目の前に対峙した者の奥義と。

 クレハは。

 眼光を魔人と化し。

 其の剣技を。

 放つ。

「ラグナ・フィンスターニス」

 間が。

 一瞬にて。

 潰れた。

 次に、カーリャが見たのは。

 剣を振りかぶるクレハの姿。

「ーーーっっ!」

 入りに放たれるは、ミストル・シュナイデン。ありとあらゆる死角から放たれる神速の連撃。だが、一度見たはずの技である。剣士に同じ技は通用しない。ならば、見切れぬどおりはない。

 カーリャは。

 全身の力を抜く。

 一度目は、失敗した。

 だが。

 二度目は。

 必ず、躱せる。

 天流奥伝、水鏡面。

 流れ出、流水のような所作。

 上段からの斬り下ろしを、反らし。

 流星のような袈裟に、髪を触れさせ。

 閃光のような薙ぎを、足運びで躱す。

 大丈夫。

 見切れる。

 と。

 仄かな確信を、交えた。

 次の瞬間。

「っ!」

 返しの斬撃が、逆流の滝のように放たれた。

 カーリャは。

 その場で、後転し。

 紙一重にて、躱しきる。

 眉間の上の皮が、軽く裂ける。

 一瞬遅れたら、頭蓋が持っていかれていた。

 紙一重の攻防。

 だが、それが次の手の命取りになった。

 後ろに跳ねたことで。

 明確な、隙が生まれる。

 それを、見逃すクレハではなかった。

 次いで。

 放たれる。

 レーヴァ・シュナイデン。

 予測はしていた。

 恐らく、瞬撃にて撹乱し、本命の強撃を叩き込むのが、クレハの奥義の本質だと、彼の言葉から推測しており、そしてその推測は真実の的を得ていた。

 だが。

 それでも、初撃を捌き切れなかった。

 そのつけは、明確に表れる。

 体勢を整える事を待つ暇もなく。

 クレハの重撃が。

 カーリャに牙をむく。

「くっ!」

 選んだのは、最も愚策だった。

 刀で、受けてしまった。

 あの、強撃を。

 膂力の違いは、明確である。

 龍の首を一撃にて、落とす剛剣。

 それを、華奢な腕で受け止める。

 当然。

 受け止め切れるはずがない。

 片方の手を剣の棟に当て。

 両手で受けたのにもかかわらず。

 一気に、肩口まで持っていかれた。

 骨に達する程、肩が斬られる。

 意識が、遠退く。

 カーリャは膝をつき、体制を低くし。

 強引に。

 クレハの剛剣を跳ね除けた。

 肩の肉が、そぎ落とされる。

 鮮血が、滴る。

 次の瞬間。

 剛剣が、大地を抉る。

 だが、辛うじて。

 強靭な剛剣を捌き切る事が出来た。

 その代償は大きかった。

 左肩の重傷。

 腕が跳ね飛ばさなかった事だけが救いか。

 それほどに、紙一重の攻防だった。

 けれども。

 彼の者の連撃が、いまだ終わらない事。

 それは自明の理であった。

 死に体の身体。

 もうろうとする意識。

 そこで見た物。

 それは。

 クレハが放つ。

 陣術の掌底であった。

 威力は、当に知る。

 剣で防いでも、臓まで達した。

 ならば。

 直撃すれば。

 一撃で、命の華を散らすであろう。

 だが。

 先ほどの一撃の傷で、膝が笑う。

 手も、痙攣を止めない。

 動く事すら、出来ない。

 カーリャは、クレハの一撃を。

 ただ、見ているしかなかった。

 馬鹿な事をしたと思う。

 大人しく。

 三人がかりで戦っていればよかった。

 誰かが、死んでも誰かが倒しただろうに。

 そう、思う。

 けれども、思う。

 死ぬなら、自分が一番の適任だと。

 なぜなら。

 なぜならば。

 そこに。

 慈悲無き一撃が。

 牙をむいた。

 カーリャは、覚悟を決める。

 そして。

 ユグス・ランツェの強烈な一撃は。

 無常に。

 少女の柔らかな身体に。

 突き刺さった。


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