月華狂宴 血界の夜想輪舞 7
幕開けは、単純な斬撃であった。
ただ。
一歩踏み込んでからの斬り下ろし。
カーリャは考える前に即座に抜刀、そしてクレハの剣を受け止めた。だけではない。勘の領域で正面から受け止めることを拒み、そのまま受け流した。
ガリガリと、意味の分からない音が鳴ったと思ったら振り下ろした剣がそのまま、石の床を叩いた。そして、衝撃波と共に石床が大きく抉れ、半ルゥース、人が三人は余裕で入れそうな大穴を地面に生み出した。
衝撃の余波、だけである。
まず、見えなかった。一連の動きを目で追うだけで精一杯であったし、威力も目を覆う程であった。横に正面から受け止めていたら身体ごと両断されていたし、流すにしても鈍らな得物ならば受け止めるだけで砕け散っていたであろう。そうなれば、すでに戦いは終わりと言わざろう得なかった。
戦慄した。
「へえ」
クレハが、感嘆交じりに声をあげる。
「並みの奴ならば今だけで終わっていたんだけどな。あんたは確かに並みじゃねえ。俺の一撃を受け止めるとはな。確かに、あんたには俺と戦う資格がある」
クレハは、嬉しそうに口元に笑みを浮かべた。対して、カーリャは緊張にこわばり、笑みを浮かべる余裕すら微塵もなかった。
そして、内心で悟った。確かにミシューを前に出さなくて良かった、と。あの鈍くさい娘ならば今の一撃を確実に避けられなかったし、あれで確実に終わっていた。ミシューを戦わせないのは明らかに正解であった。
クレハは剣を弄びながら、ゆっくりとカーリャと距離を取る。飄々と、しかし油断なくゆっくりと。
「七星に侍はいなかったな。あんた、剣術に名前とかあるのかい。一刀流とか、二天一流とか」
「天流」
「へえ、随分な名だな。由緒正しいのかい」
「知らないわ」
彼の問答に偽る事無く、本当に知らなかった。師からも、どのような流派かは聞いていない。ただ、シフォンではそれなりに名の通った流派だとは聞いていた。
クレハは、答える。
「俺は、恥ずかしながら我流でね。西洋剣術なんてゲームの中でぐらいしか知らないからな。身振り手振りで覚えたって感じさ。だから、あんたのような相手に満足してもらえるかは、少し心配でさ」
「心配ないわ」
満足しているどころか、戦慄している。
クレハは、剣先を遊ばせながら言葉を続ける。
「難しい事は苦手な性分でね。だから、単純に済ませることにした。あんたに敬意を称して紹介しよう」
「随分と、サービスが良いのね。どんな下種な思惑があるのかしら」
「美人には優しいんだ。紳士なんだよ。まあ、勿体ぶらずに聞いておきな。俺には大きく分けて三つの技がある。簡単に言うと剛剣、瞬剣、そして盾だ。おれはこの三つの技を使い分けて戦っている。状況に応じて、だ。それがこの俺、クレハ=カズヤの戦い方さ」
「なるほど。見た目通り随分と底の浅い男なのね」
「柔軟なのさ。それに、現実はゲームのようにパラメータ欄を満載にするほどの技は必要ない。俺はそれをこの数年で嫌と言うほど思い知った。だから、シンプルこそ万能たる壱つであるということを信条にしたのさ」
「そう。シンプルなのは良い事ね。私も、難しいのは苦手だわ」
「初めて、気が合ったな。嬉しい限りだ」
「そりゃあどうも。私は胸焼けしそうだわ」
「そう言うな。俺はとても楽しいぜ。ここに来てから、誰も彼も手ごたえ無くて飽き飽きしていたんだ。経験点集めの雑魚狩りなんて虚しい事この上ない。その点、あんたはとても楽しませてくれそうだ。久しぶりに胸が高鳴って仕方がない」
「こっちは動悸で反吐が出そうだわ」
「なら、反吐すら出ないほどのスリルを味合わせてやるさ。王宮御用達の絢爛な晩餐のフルコースでな」
その言葉を皮切りに。
クレハ=カズヤの構えが変わった。
長剣を肩に担ぎ、半身になる。
「熱い物を壊れるぐらいブチ込んでやるから、精一杯受け止めてくれよ。あっさりと簀巻きなんて、面白くないオチは勘弁だぜ」
瞬間。
気が、爆ぜる。
人間の体内を循環するアウラ、言い換えるのならば霊的な力圧が増す。第二層の界を循環せしは真紅と漆黒の霊気。それが複雑に折り重なり、禍々しい波長を生み出す。なまじ霊界を見ることができるカーリャだからこそはっきりと感じ得ることができた。この荒々しくも闇深く激しい闘気こそ、クレハ=カズヤの惑う事なき本性だと。
クレハは、告げる。
「俺は、彼の世界の神話になぞってこの剣をこう名付けた。一の剣、レーヴァ・シュナイデンと」
そして。
それは、放たれる。
担ぎ上げられた剣が、ただ真直ぐに振り下ろされただけの単調な所作。なのに、その剣はとても鋭く、激しく、凄まじい勢いでカーリャに牙を剥いた。
まずい。
咄嗟に、感じ得たのがその感覚。
これは、受けることすらも許されない。
カーリャは咄嗟に。
空の印に触れる。
瞬間。
身体が、風のように軽くなる。
その感覚に逆らうことなく。
カーリャは一瞬にて、クレハの間合いから大きく離脱した。
そして。
次に起きたのは。
先ほどの初撃がまるで、稚戯のように感じられるような衝撃と爆音。
剣閃は岩を砕くだけでは飽き足らず、その衝撃の余波にて円型の石畳を大きく削り切り、それでも勢いを収めることなく、屋敷の壁を紙板のように斬り裂いた。視線を軽く移すと衝撃にて、観戦しているミシューやダフトフ達が吹き飛ばされそうにしているのを目視で確認できた。まるで豪風のような一撃であった。
レーヴァ・シュナイデン。
かつて、クレハとダフトフが初めて邂逅した時に、太く逞しく、純度の高い鋼ですら貫くのが難しい竜の首を軽々と跳ね落とした一撃である。
クレハは、振り下ろした剣を再び構えながら感嘆交じりに口笛を吹いた。
「勘が良いな。切れも良い。よくぞ避けた。へえ。その剣は飾りじゃないって事か。なるほど。昔、つぐみが言ってたな。印術ってやつか」
あいも変わらず、軽口混じりの様子だが、対峙するカーリャは一切の余裕が失せていた。それもそのはずである。
冗談ではない。なんだ。これは。規格外にも程がある。一撃一撃が、受けてみて人間のそれではない。まるで大型の猛獣か、マグナグランドの高位魔族を相手取っているような感覚である。
前にも言ったが、人間の力などそうそう、変わるものではない。人は空を飛べないし、象と相撲取って勝てるものではない。技術、魔術を用いれば話は別だが、人間本来の力などその程度の物である。
なのに、この目の前の男は違う。
どのような奇術を用いているのかはわからないが、猛獣すら正面から薙ぎ倒す一撃を放つ。レーベリッターを圧倒するかもしれない?冗談じゃない。レーベリッターが束になったところでこの正面に対峙している男に勝てるか、知れない。それを証明するようにレーベリッターの中でも王族の傍付きに抜擢される実力すら持つシラギクが顔を蒼白にしている。目算を間違ったとばかりに。
「主!」
シラギクが一歩、足を前に出そうとする。が。
「黙って見ていなさい!」
カーリャはそれを強い言葉で止める。
シラギクは、逡巡しながらも、歯がゆそうに足を止めた。
カーリャは、苛立しそうに留まるシラギクを横目で確認すると刀を構える。そして、思う。
確かに、鋭く激しい斬撃だが色々と感じ得る事もあった。まず、溜め。あの威力を練りだす為にはやはり、ある程度のアウラの溜めと昇華が必要とされる。
次に、アウラの流れが激しい為に、明確に挙動が分かりやすくある。つまり、技の激しさに比例しての見切りやすさがある。受けたら恐らく終わりだが、空の印を用いれば躱せぬ技ではないというのがカーリャの見解であった。
そして、やはり振り下ろしに甚大な隙。大きな挙動故に、明確な弱点が発生していた。その無防備に打ち込めば、勝機もある。
つまり派手さ程、怖い技ではない。
カーリャは一つ、息を吸い込む。
そして、吐いた。
それだけで、クレハは察する。
「なるほど。もう、見切ったという顔だな。たしかに、あんたの思う通りさ。こいつは大層隙が多い。派手で勝手が良いんだが、挙動が多い所を、メアリやギルに散々、してやられたものさ」
その言葉に、カーリャは内心の動揺を抑えきれなかった。これほどの手練れを、『散々してやる』者がいるとは思いも寄らなかったからである。師ですら、この目の前の難敵をどのように相手取るのか予測がつかない。そのような難敵を凌駕するほどの猛者がまだ数えるほどに存在するとは、世はとんでもなく広いものだとカーリャは強く感じ得るしかなかった。
クレハは、余裕そうに軽口を叩きながらも剣をだらりと脱力かのように下すと、そのまま脇構えのような体勢に移行した。構えのまま、力は込めず、多少脱力した様子を見せる。
その緩やかな握りに、カーリャはふたたび警戒を強める。実際に、クレハを取り巻く見えない霊圧のような物は再び増大し、カーリャに大きな圧力を与えていた。
カーリャは予見する。おそらくは、先ほど告げた三つの技のうち、残る二つのいずれかが放たれるのであろうと。
クレハは、再び口を開く。
「じゃあ、第二回戦だ。これは先ほどとは対照的に、威力を絞り、速度に注力した技だ。レーヴァ・シュナイデンを見切るような手練れを翻弄するために生み出した。あんたみたいな相手の為に、な」
その言葉に。
カーリャは緊張を背に対峙する。
クレハは。
静かに。
剣を振り上げた。
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