月華狂宴 血界の夜想輪舞 6
そのような会話を広げていると。
パチパチ。
唐突に、ホールに響き渡る手を叩く音。三人が振り返るとそこにはさぞや楽しそうに一部始終の光景を観戦していたクレハ=カズヤの姿があった。
まるで面白い玩具を発見したような喜ばしそうな表情。対して、隣に佇むダフトフ=ノーヴ=バンドゥとドラン=ドッチは突如現れた闖入者の想像以上な力量に焦燥を隠せずにいた。
クレハは表情に満面の笑みを浮かべて口を開く。その表情は獰猛な肉食獣が得物を前に牙をむく姿に良く似ていた。
「中々、やるじゃねえか。想像以上だ。二十からの亜人を残らず返り討ちにするとはな。僅か二人、加勢も加えると三人で。それも、手心を加えて、だ。中々にできることじゃねえ。恐れ入った。感服したぜ」
余裕綽々に面白おかしそうにそう告げるクレハの横で、大層慌てた様子で語りかけるのはこの一連の物語の黒幕であるダフトフ=ノーヴ=バンドゥ男爵であった。
「なにを悠長にしている。あれだけの亜人達がやられてしまったぞ。残るは、お前独りしかいないではないか。大丈夫なのか。拉致の件も知られてしまった以上、生かして返すというわけにもいかないのだぞ」
「慌てなさんな。旦那。別に大した話ではない。烏合の衆が一網打尽にされただけだ。力自慢の牛共にそれとらしい鞍やくつわを付けた所で、本物の名馬には敵わなかったというだけのお話さ」
「ならば、どうするのだ。敵は三人もいるのだぞ。お前だけで勝てるというのか。亜人達と共闘した方が良かったのではないのか」
「愚問だな」
クレハはそこで、嘲る様に肩を竦める。
「言っただろう。つぐみやメアリとは違うと。いくら強いと言っても所詮、程度が知れている。ならば、無象の蝿虫が雲霞の如く集おうが敵ではないという事、今より、旦那に証明して進ぜようか」
そう言い。
放った瞬間。
クレハからの圧力が、明確に変わった。
それは、まるで。
地獄よりもなお深い焦熱地獄の炎が燃え滾ったかのような熱さ、昏さであった。一寸、油断すれば骨の芯まで燃やし尽くされるような圧力。それほどまでの威をクレハ=カズヤは放っていた。
カーリャは、察する。
その威を、身体に受けて。
目の前の男。
この男は。
強い、と。
そう感じる理由をうまく説明することはできない。ただ、高い技量を持つ者は共通して、特殊な圧を纏う。普段は如何に飄々としていても、迂闊に一歩踏み出すことができない、踏み出すことを躊躇してしまうような特殊な圧が。踏み込んだら最後、斬り伏せられる未来しか想像できないような圧を感じ得られる。
彼女の師と対峙した時も度々、そのような圧を感じていた物である。それと同種に近い目に見えない異様な何かを、クレハ=カズヤは纏っていた。
横を軽く見やると、シラギクも冷静を装っているが、わずかばかりの緊張を感じ得ていた。彼女もやはり、クレハから強敵であるという確証を感じているのであろう。
ミシューは、まあ気付いていないようであった。きょとんとしている。仕方がないと、カーリャは多少あきれ交じりに思う。
クレハは。
獰猛に笑みを浮かべながらも。
足を踏み出す。
一歩。
二歩。
そこで。
ガシ、と足が当たる。
クレハは、何ともなしに足元を見る。するとそこには初めに、ミシューの魔術で吹き飛ばされた亜人の一人が、苦しそうに蠢きながら痛みに苦悶していた。
クレハは、面白くなさそうに息を吐き。
そして。
軽く。
一閃。
ポトン、と落ちる。
クレハは慈悲深く、苦しむ亜人を楽にした。
ミシューが、その光景に口元を抑える。自らの仲間と思える者に、そのような仕打ちをしたことが理解できなかったのである。
対して、カーリャは取り立てて何かを思う事は無かったが、どうにも見ていて、気持ち良い光景でないと感じるのもまた事実であった。
クレハは、再び肩を竦め。
社交界でダンスに誘う紳士のように告げた。
「場所を変えよう。ここはやり辛い」
..08-04
クレハ=カズヤに促されて訪れたのは屋敷の中庭であった。わずかな芝生に覆われているだけで、噴水一つない開けた場所であった。そのような殺風景な中庭の地面に申し訳程度の石畳が円型に積まれていた。石畳の床は七ルゥース、二十メートルほどの直径はあり、中々の広さであった。四方は屋敷に囲まれていて、鳥にでも生まれ変わらない限り、中を見通すのは難しい、そういった何もない場所であった。なので、ミシューが初めにその場所を見て得たのは、成金趣味のダフトフの割に、随分と質素な空間だなと言う感想であった。
「殺風景だろ」
その疑念に応えるようにクレハは言う。
「元々は、庭園だったんだけどな。改装したんだ。暇な時や、刺激が欲しい時、何か出し物をしたい時はここで奴隷を戦わせている。勿論、街の競技場が興行でやるような緩いものじゃない。闘犬と一緒で、どちらかが死ぬまでの勝負だ」
クレハは、高揚しているのがやけに饒舌に、聞かれてもいないことまで喋る。戦いの前に興奮を抑えきれないのだろうかと、カーリャは勘繰った。
「奴隷対奴隷で行う事もあれば、亜人と奴隷でやる事もある。さすがに亜人と奴隷がやる場合は、賭けのオッズが偏るから、数人対一人にするとか、片方に武器を持たせるとか、色々と工夫するけどな。この前なんかは、どこから旦那が捕まえてきたんやら、オーグルと戦わせて、随分と愉快な内容だったぜ。まあ、そんときゃ皆、死んじまったがな」
クレハはそう言い、ハハハと笑う。愉快な話ではなかった。
オーグルとは、大鬼のオスを総称する。身の丈は一ルゥース、三メートルを超えるので中々に圧巻である。当然ながら、逆立ちしても人間が敵う相手ではない。ただ一方的に虐殺されるのがオチであろうに。
「奴隷を上手く扱うにも多少のコツがあってな。勝てば解放してやることを条件にすれば、中々必死に戦ってくれるものさ。まあ、実際は勝ち生き残ったところで、微塵の恩赦すらないんだがな。それを知った連中の絶望に、また酒が上手くなるのが随分とたまらないんだ。自分より相応に劣っている者達の姿を眺めながら、恵まれている事を実感する。これ以上の悦楽はない。そうは思わないか」
残った亜人の護衛を二人、引き連れ護られながら同様に中庭に足を踏み入れたダフトフとドランは、クレハの言葉に同調するように頷いた。
しかし、カーリャは顔をしかめて吐き捨てるように。
「反吐が出るわね」
と、一言。クレハは残念そうに息を吐く。
「話が合わねえな。あんたみたいな血生臭い女とは、もしかしたら同じ音を奏でられるんじゃないかと思ったんだけど、な」
「あんたと下品なハーモニーを奏でるくらいなら、田舎娘と生温い牧歌でも歌っていた方が数千倍ましだわ。縁が無くて残念ね」
そう言いながら、軽くミシューの姿を眺め見た。破天荒な自分にはこのぐらいの伴奏がちょうど良いと言わんばかりに。
クレハは、気軽な様子で剣を抜くと、三人それぞれ品定めするように視線を移し、その視線をゆっくりと、静かに、寝所で娼婦を値踏みするように、嘗め回すようにねっとりと、カーリャに戻すと、お茶に誘うかのように聞いた。
「で、誰からやるんだ。俺は全員纏めてでも構わないぜ」
クレハの言葉に、後ろでミシューが力強く古木の杖を握り締めるのを感じた。シラギクも、闘争の気配を強くする。二人とも、臨戦の態勢であるとカーリャは感じた。
だが、しかし。
「シラギク」
カーリャは厳かに、告げる。
「下がっていなさい。ミシューを護ってあげて」
「カーリャ!」
その言葉に、ミシューが反論するように声を荒げた。おそらく、その言葉からカーリャが自分一人で戦うつもりだと察したのである。
誰よりも、人が傷つくのを嫌う娘である。カーリャの決断に不満を漏らすのも当然の事であろう。そして、シラギクもその意に賛同するかのように、難色を示したような表情を浮かべた。
「主よ。彼の者は中々の手練れです。あの全身から滲み出る殺気。鉛でも飲み込まされたかのような鈍重な圧力。主ならば、彼の者より滲み出る重圧の示す意味を理解しているはずでしょう。おそらく、力量ならば我らレーベリッターと同格か、少なく見積もってもそれ以上。王金等級、流石と言うより他ありません」
「解っているわ」
「ならばこそ。正面切ってなどと言う軽挙な振舞いは御止め頂きたい。彼の者の相手は私が仕ります。主は安全な場所で御友人の身を案じ、事の成り行きを見守り下さいませ」
「それは出来ない相談ね」
「主!」
カーリャはシラギクをそっと一瞥すると、冷淡に吐き捨てるように、告げた。
「シラギク。『勅命』よ。見ていなさい」
『勅命』という言葉にシラギクの肩が強く震える。勅命、とは名の通り、王家の一族による厳命であり、この言葉が出された以上、シラギクにはもはや逆らう事が出来ない。臣下が勅命に逆らうのであれば、それはいかなる理由があろうとも命を以てその責を償うより他、ない。例え、それが王の命を脅かそうとする大事で在っても、である。
シラギクは、その言葉に観念したように頭を下げ、一言。
「御意に」
と、下がる。
そして、続けざまミシューに向かって。
「貴方も、大人しくしていなさい」
突き放すような言葉、いつも以上に棘のある物言いに、ミシューは思わず反論する。
「私も、一緒に……」
「足手纏いよ」
「そんなことっ!」
「亜人相手に後れを取るようなら、話にならないわ」
「……っ!」
ミシューは、兎の逆立ちと言わんばかりのカーリャの辛言に口ごもるしかなかった。そして、それは実際にカーリャの胸の内にある本音でもあった。
実際、目の前の男は強い。それも、彼の黄金竜のような力推しではなく、明確な技量と戦闘技術を兼ね備えた強さである。
対して、ミシューは魔術師としては優秀だが、見て通り、歴戦の勇士ではない。どころか、単純な戦闘術では王宮の訓練生にも負けかねないほどの力量しかない。それがカーリャの、ミシューに対する掛け値ない評価であった。
当然である。
元々がただの学生なのだから。
もし、目の前の男と戦いになったら真っ先に狙われるだろう。あれほどの大魔術を片手で筆を回すように平然と行使する者を野放しにするほど甘い相手ではない。そして、一刀の元に瞬殺される。物の二秒も持たない。
それに、ミシューを庇いながら戦えるほど甘い相手ではない事も薄っすらと予見していた。
だから。
「こいつは、私が相手するわ」
そう。
強く言い、断じた。
カーリャは。
覚悟と闘志を胸に。
足を。
一歩、踏み出した。
「あんただけで、良いのかい?」
クレハの、嘲笑交じりの言葉に。
「ええ」
カーリャは、静かに頷く。
「後ろの二人は?随分と腕の立つ護衛と魔法使いじゃねえか。一緒じゃなくていいのかい」
「三一程度、私一人で十分という事よ」
「言うねえ」
クレハは、喜ばしそうに剣を抜いた。
「確かに、あんたは楽しませてくれそうだ。見ていたぜ。戦いぶり。よもや柳生か一刀斎ってとこか。シフォンというらしいな。故国の時代劇と戦う事になるとは思いもよらなかった。異界も様様、と言うしかねえなあ」
「異界……」
そこで、ミシューがまたしても神妙な顔をする。どうしたことだろうと思わなくもないが、カーリャは些事に気をとめる余裕すらなかった。
目の前の男の圧力が明確に向上したからである。
「ならば、相手をしてやろう。この剣を以てして、な。ディアナロウ王金級ハンター、並び元ハトラー聖王国七星、クレハ=カズヤ。参る」
そして。
本日、最後の戦いが幕を開いた。
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