月華狂宴 血界の夜想輪舞 3
そこで、背後から声がする。
「諦めな。旦那。そんな物まで出されちゃ、もはや穏便に言い逃れする事なんて出来ないぜ」
飄々と、そんなことを言いながら現れたのは、緋の混ざった黒髪、まるで漆黒の炎を思わせるような軽装の青年。そう、先日壇上で紹介されていた王都アークガイア建国以来七人目の王金級討伐者、クレハ=カズヤであった。
ミシューとカーリャ、二人は驚愕する。
クレハ=カズヤの姿に驚愕したのではない。カーリャ自身、彼がダフトフ男爵と繋がりがあるものだと察していたし、状況によっては、何らかの形で現れると予測もしていた。故に、彼の存在は別段、驚くべきことではない。
彼女たちが驚いたのは、クレハ=カズヤが連れ立った少女である。そう、フィリア=フェルト。二人の探していた人物だった。
「探し物は、これかな」
冗談交じりに、クレハは言う。
まさか、ミシューもカーリャも、自ら拉致の証拠を連れてくるとは思っていなかった。引きずられるように現れたフィリアは全身、埃だらけで肩には痛々しい焼印の痕が残っていた。それだけで、この僅か、数刻の間にどれだけの痛みを与えられたか察することができた。
「フィリア!」
ミシューが、叫ぶ。
「酷い事、されたの?今、助けるから」
対するフィリアは、ミシューの姿に顔をしかめると、悔恨入り混じる表情で小さく呟くように言った。
「馬鹿。お節介が過ぎるのよ」
しかしカーリャは、フィリアのその呟きの中に僅かばかりの安堵と、感謝の情念が含まれている事を見逃さなかった。
ダフトフは顔を歪めながら叱責するような口調でクレハに言う。
「段取りが違うぞ。なぜ、連れてきた」
「さすがに隠すのはもう、無理だろ。だから、気を利かせて連れて来たのさ。後は、口封じするしかないと思うぜ」
「う、うぬ」
「腹を括りな。どうせ明日には旅の空だ。その時に、一緒に捨ててくれば良い。軍属の者を殺して危険だと思うなら、このまま暫く身を隠しておけば良い。生け捕りにして薬だの使って廃人にして、そのまま奴隷として処理するという手もあるだろう。二人とも、見てくれが良いから高く売れそうだし、な」
そう言いつつ。
クレハはロビーに響き渡るような音で、指を打ち鳴らした。
その音と共に。
ロビーに現れたのは。
総勢、二十を超す武装した私兵だった。
その全てが、おぞましい圧を放つ。
「小娘を追った三人を倒したんだったな」
クレハが感嘆した様子で言う。
「なら、解るだろう。侮らない方が身の為だと思うぜ。マグナグランドから身を崩して流れてきた亜人の連中だ。逃げて来たって事は、マグナグランドでは箸にも棒にも掛からなかったってことだろうけどな」
クレハはそこで、肩を竦める。
「下手な軍人よりは、よほど強いぜ。初めに、膂力が違う。この連中は素手で丸太だって粉砕するぜ。一足で三メートル……いや、一ルゥースは跳ぶほどの瞬脚も持っている。そういう連中が二十人だ。遊ぶには不自由しないだろう」
私兵達が、各々の得物を構える。
構えるのは鉛の小剣であった。
室内の乱戦で、槍ではなく小剣を用いるのは理に適っているが、重い鉛を武器として使用するという事は、その重さに耐えうる力を宿しているという事である。現に、武器を構える手にぶれは無い。軽木の棒のように、一糸乱れず構えている。
「ちなみに、俺は悠長に観戦だ。全員倒して、それでも生きていたら、めでたく相手をしてやる。だから、必死こいて生き残りな」
その言葉に、カーリャはわずかに安堵した。
この場の乱戦に、更に目の前の王金等級まで加わったら勝因がはるかに遠のくからである。侮られているのは癪に障るが、ここは素直になめられておく事にしようとカーリャは思う。
「カーリャ」
隣のミシューが小さく囁く。
「なに?」
何の事だろうと、言葉を返すと次に、ミシューが言ったのは大層戯けた事だった。
「殺しちゃ駄目だから」
「はあ」
「簡単に人を、殺しちゃ駄目」
「あんたねえ。この状況を見て物を言ってるの?」
しかし。
カーリャの叱責にもミシューは譲る様子がなかった。
普段は緩い癖に、妙な所で頑固だが、この状況でこのような世迷言を告げられるとは想像することも出来なかった。カーリャは、苛立たしそうに首筋をかきむしると吐き捨てるように言葉を返した。
「解ったわよ。ただし、努力するだけよ。不可抗力なのは、許しなさいよ」
「うん。そうしてくれるだけで良い」
そこまで言うと。
ミシューは、古ぼけた古木の杖を。
カーリャは、ささくれた刀を。
二人は、一斉に自らの得物を構えた。
その様子に。
クレハは口元に獰猛な笑みを浮かべた。
「いいねえ。中々活きの良さそうな得物だ。思う存分に暴れて、俺や旦那を楽しませてくれな。蝶に花を交えた凌辱ショーだ。それなりには期待しているぜ」
そして。
彼の者は。
進軍を告げる将校のように。
颯爽と手を上げて、叫んだ。
「逝け!」
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