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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第五章 怨嗟の坩堝 破滅への序曲

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怨嗟の坩堝 破滅への序曲 9

 

 あれから。


 結局のところ、末端が知りうる情報など雀の涙ほどにもあるはずがなく、得られた情報と言えば、彼の者達がダフトフ=ノーヴ=バンドゥ男爵の命令により、少女、リーニャ=フェルトを追っていたという事だけである。ご丁寧にも、リーニャを奴隷落ちさせる算段まで話してくれた。忠義が浅い所を見ると、ダフトフに対して大した忠誠を誓っていないようである。ならば、知りうる情報もそれ相応と言った所であろう。

 カーリャは手馴れた手付きで警察官を数人呼び出す。男達はうなだれた様子で大人しく、警察官に連れていかれた。暴れてこの場を凌いだ所で逃げ切れないと理解しているのであろう。大層、大人しいものであった。

 残念ながら、セインブルグ王国における外国人犯罪者に対する処遇は厳しい。彼の奴隷政策後、違法外国人の横行における犯罪率の増加により、外国人犯罪者に対する罰則が強化される運びになったのである。勿論、隣国で同盟国であるベルファンド王国には適応されないが、諸外国、特に海を跨いだ別大陸の人種に対しては相応に厳格な処罰が課せられる。軽い窃盗等でも四肢の腱を切断、場合によっては四肢そのものを切り落とされる事例すらも存在する。ベルファンド人に対する営利誘拐に関しての罰則はどうだっただろうか。一つ、確実に言えるのはただでは済まないという事だけである。

 ちなみに、男達の負った大怪我に関しては、ご丁寧にも、警察が訪れる前にミシューがすべて、治療する運びになった。営利誘拐の果てに、子供を海外に売り飛ばそうとする外道に対して随分と優しいものだとカーリャは思う。本当に、生易しい。砂糖をまぶしたブトゥルム菓子のようである。

 治療を施し終えた瞬間、恩を仇で返すとばかりに襲い掛かってきたらその場で腕の一本でも切り落としてやろうと警戒心露わに男達を睨みつけていたので、ミシューは背後からの圧を感じて、あまり治療に集中できず、少々うんざりしていた。

 警察に、男達が連行されるのを眺めながら、ミシューは、あいも変わらずおびえた様子で泣きじゃくるリーニャを力強く抱きしめて、傍らに佇むカーリャに聞く。

「カーリャ。これからどうしよう」

「私に聞かれたって、解るはずがないでしょう」

「そりゃあ、そうだけど」

「とりあえず、まず考えなければいけないのはその子の措置よね。まさか、野っ原に頬りだすわけにもいかないものだし」

 そう言いながら、カーリャは困った様子でリーニャを見つめた。リーニャはあいも変わらずおびえた様子でミシューにしがみついていた。カーリャが黙って見つめていたら、「ひっ」と声を上げてますます強く、ミシューに抱き着いた。

 ちょっと待て。小娘。今、私に対して怯えなかったか。助けてやったのに何を怯える。眉間か?眉間の皴か?眉間に皴が寄っているから怖くて怯えたのか。そのあたり、詳しく問いたい。問い詰めたい。例えそれで泣き叫んだとしても僕は問い詰めるのを止めない。

「ちょっと。カーリャ。睨まないでよ。おびえているんじゃない」

「睨んでねーわよ。こういう眼つきなの。生まれながら、巨獣すら刺し殺す紫電轟く雷鳴の如き鋭い眼光なの。眼力強いの。わかる?」

「余計に悪いって。リーニャちゃん。怯えないでね。あのお姉ちゃん。眼つきは悪いし性格もたいして良くないけど、幼い女の子に手を出す悪人じゃないから、安心してね。たぶん」

「多分ってなんだ。ぶっ殺すわよ。こんにゃろう」

「ヒッ」

「そういう所だよ。カーリャ。あーよしよし。怖いお姉ちゃんだね。大丈夫。優しいミシューお姉ちゃんが守ってあげるからね」

「そろそろ、どちらか力関係上か、明確にわからせてあげた方が良いのかもしれないわね。骨身に刻ませるわよ。小娘」

 カーリャが殺意剥き出しにそんなことをつぶやくが、いつもの事なのでミシューはたいして気にしない。ミシューはリーニャの頭を撫ぜながら優しく聞く。

「リーニャちゃん。一体何が起きたの。さらわれて、奴隷にされそうなことは聞いたけど。お姉ちゃん、もう少し詳しく聞きたいな。話せる?」

「うん」

「こんなチビジャリの知っている事なんて所詮砂漠の砂粒よ。聞くだけ無駄だと思うわ」

「うるさいな。子供がおびえるから黙っててよ」

「わかったわよ。わかりましたですわよ。どうせ、私や、こういう事は役立たずですわよ。ヘン。覚えていなさいよ。ケ」

 うわクソ面倒くせと思いながら、ミシューはカーリャを無視する。子供が二人いるみたいである。いや、リーニャは歳の割にしっかりしているので実質的には一人である。手が焼けるなあとミシューは思う。

 リーニャは軽く涙を拭くと、ミシューを見上げて、震える声で話始める。

「実は、変なおじさんたちに誘拐されて。気付いたら目の前にお姉ちゃんがいたの。そしたら、お姉ちゃんが魔法を使って私を助けてくれて。お姉ちゃん、肩のあたりに火傷していてとても痛そうなのに、私に逃げろって。だから、私、お姉ちゃんを置いて、逃げ出しちゃったの」

 リーニャの言葉は、想像以上に深刻な様子であった。曖昧で不透明な話を、カーリャが横から補足する。

「多分、フィリアもダフトフに捕まったのね。このガキの言葉が確かなら、おそらくすでに、奴隷紋を焼き付けられている」

「奴隷紋?どういう事?」

 カーリャはミシューに、事の成り行きを説明しようか迷う。望むならば、知らぬままに済ませたかった。その方が、様々な方面で後腐れが無い。ただ、この状況である。知らぬままにすべてを済ますという訳にはいかないだろう。

 カーリャは渋々と、事の真相を白状した。

「フィリアの奴。悪徳な高利貸しに借金していたのよ。しかも、返済が遅れたら奴隷になって海外に売られるという条件でね」

「そんな事、聞いてない!」

 声を荒げるミシュー、だが。

「言えるわけ、あると思う?私、借金して、もうすぐ奴隷になりますって、アンタみたい能天気に言えると思う?」

「言ってくれたら、私が立て替えたのに……」

「だから、言わなかったのよ」

「え?」

 どういう事?と不可思議な表情を浮かべるミシュー。本当に解っていない。普段は色々と察しが良いわりに、こういうことに関しては本当に鈍感である。カーリャは嘆息し。

「あんたに借りを作りたくなかったの。あんたと、対等でいたかったのよ。もし、あんたに事の真相を話してしまったら、あんたは必ずあいつを助ける。そうしたら、あんたとあいつの関係に、明確な上下が生まれるでしょ。そういうことよ」

「そんなの、解らないよ。友達なら、困ったときに助け合うのが普通じゃないの?」

「それはあんたの友達論でしょ。あいつの友達論じゃないのよ。あんたのそういった独りよがりな善意を全開に発揮するのは良いし、それで救われる人もいるでしょうけれども、それが逆に苦痛で屈辱な人間もいる事、ちゃんとわかりなさい」

「そんなの……」ミシューは視線を下に落とし、「わからないよ」と口をとがらせて小さく呟く。

 解らないか。解らないだろう。こいつには。でも、どのような形であっても対等でいたいという気持ち、それに対して、その一点に対して言うのであれば、カーリャは痛いほど、フィリア=フェルトの気持ちが良く解る。

 言うのは易いが、言えば対等な関係ではなくなる。だから、心の底にひっそりと隠しながら関係を続ける。それが卑怯だと理解しながらも。

 こいつは、自分の正体を知ったらどのような顔をするだろうか。きっと、能天気な娘だから今まで通り、なんの変わりもなく付き合い続けてくれるだろうか。きっと、そうだ。そうに決まっている。これほど真っすぐで善性に溢れた人間だ。なんの態度の変化もなく、今まで通りにいてくれる。

 嘘だ。

 それは、幻想だ。

 この娘はそこまで馬鹿ではない。

 自分の正体を知ってしまえば、おそらく考え、深く悩むに決まっている。しかし、優しい子だ。今まで通りであろうとする心と、今まで通りでいられないという気持ち、その狭間で永遠と苦しむ事であろう。

 そうなれば絶対に、今のままの関係ではいられなくなる。

 だから、言えない。

 こいつが、自分の日常であることを失ってしまったら、自分の心が帰るべき場所は明確に失われる。そうなれば、また自分はあの城で孤独に一人で生きなければならない。あの地獄で、再びの孤独。日々、命の心配すらしなければならない。すでに甘い桃源郷の蜜をなめてしまった自分はもう、あの孤独に戻れないであろう。ならば、きっと自分は、耐えられない。確実に壊れてしまう。その一点は明確に断言できる。

「解らないなら、解らないままで良いわ。たぶん、あんたには一生解らないだろうし」

 辛辣な態度、明らかに私怨が含まれている。先ほど、邪険にされたことに怒っているのではない。あのような他愛のない事に本当に怒るほどに心が狭いわけではない。

 本当に怒っているのは、この娘が自分やフィリアのような人種の事を本当の意味で理解できていないことである。所詮他人だ。理解できるはずがない。ただ、それでも無条件で受けれてくれることを望んでしまう。いつの日か訪れるかもしれない壮絶な手品の種明かしの、その日の為に、水辺の水草のようにひっそりと身を潜めて。

 カーリャは問う。

「それで」

 辛辣なレットペッパーのように。

「どうするの?」

 消えない痛みを沁み込ませるように。

「助けに行くの?お節介をぶら下げて」

 結局のところ。

 今、彼女がフィリアに救いの手を伸ばさなかったところで、明日にはバナン率いるポライズンの執行部隊が奴隷売買を未然に防ぐ手はずになっている。無理にカーリャが手を出さなかったところで、フィリアは数日、ダフトフの元に幽閉された後、救い出され、無事にあの古びた小屋に返される算段になるであろう。

 むしろ、ここでカーリャが手を出してしまう事で、バナン達軍部の老練が多くの人員を割いて、緻密に組んだ素晴らしい計略を崩してしまう事になるのかもしれない。そうなれば、今は信頼を徐々に構築しつつあるバナンとの関係も簡単に破綻してしまうかもしれない。

 そもそも、彼女は一般人だ。たとえ四大精霊使いで名門を首席で卒業した才女といえ、このような危険な事に身を投げる必要性はない。国には法律がある。そして彼らは法を逸脱している。そのような輩から無垢な民衆を守らないほどに国は薄情でもなければ、守れないほどに力のない無能でもない。

 それに。

 言いたくないが。

 彼女は、戦いの才能がない。

 だから、これは余計な事だ。余計な贅肉だ。こんな事、問答するまでもない。一番賢い選択は、あの落ち着いた雰囲気の小さな飲食店で二人して事が収まるまで珈琲でも飲んで待ち望み、帰ってきたフィリアを笑顔で迎えてあげる事である。

 それを知りながら。

 どうして、自分は試すような事を聞くのだろうか。

 何を、自分は期待しているのだろうか。

 ミシューは。

 カーリャの言葉に。

 暫し、逡巡した後。

 深い迷いと。

 深い恐怖と。

 深い覚悟と。

 その三つを胸の中で入り混ぜながら。

 不細工な、混ぜ合わせの悪いパン生地のように。

 真っすぐにカーリャの貌を見つめ。

 迷いを持ちつつ。

 迷いなく。

 彼女の望んだ言葉を告げた。

「行くよ」

 解っていた。

 この娘の答えなど、聞かずとも解っていた。

 だからあえてカーリャは意地悪に返す。

「あいつは望んでいないかもしれないわよ」

「うん」

「あいつの望みの常道を踏みにじっても?」

「それでも、行く」

「仕方が無いわね」

 カーリャは困ったように頭を掻きながら嘆息し、肩を竦めた。そういう演技をする。本当は心の底で望んでいた事の癖に。

 清々しいほどに、善性。

 まるで、太陽のような娘である。どこまでも真っすぐで清々しいまでの熱量でこちらを照らしてくる。時に暑くて苛ただしくなる事すらあるが、それすらこの娘の光を浴びるための贅沢料のようなものであろう。

 ならば。

 自分の役目がなにか、問われるのならばこの娘のこの光がいつの日も消え失せないように、傍らに佇む月のようにただ寄り添い、この娘の光を浴び、この娘の光を多くの人間に知らしめることであろう。

 だから。

「私も行くわ」

 自分も、迷いなく答える。

「いいの?」

 今更、ミシューはそんなことを聞く。

「危ないよ」

「今更よ。それに、私たちはパーティーじゃない。パーティーは一蓮托生でしょう。元はといえば、私が焚きつけた部分もあるし」

「そう」

 ミシューは少しだけ笑みを浮かべて。

「ありがとう」

 と言ったので。

「どういたしまして」

 カーリャは、答えた。

 まったく。

 馬鹿な事だ。

 折角、グランクやバナンが色々と御膳立てをしているのにこれですべてがぶち壊しである。グランクはどのような顔をするだろうか。きっともう、怒らないのかもしれない。いい加減、見捨てられてしまうかもしれない。こんな愚かな事をする者は、女王としての資格などない、と。

 その通りだ。自分はやんごとなき身ではない。所詮、田舎貴族の娘だ。それもグランディ・エブンにすら呼ばれないような。

 本当に、どこまでも女王に向いていない。なぜ神は、自分のような庶子と呼んでも良いような娘を、大国の女王にしたのだろうか。理解ができない。

 結局。

 悲しい事に。

 自分は、自分のままでしかいられないのである。

 ならば。

 たとえそれでどのような結果になろうとも。

 最後まで自分らしくあり続けてやろうではないだろうか。それが自分であり続ける者の矜持というものであろう。

 ミシューは、リーニャを見下ろす。

 太陽のような笑みのままに絶望すら照らして。

「リーニャちゃん。私たち、ちょっと行ってお姉ちゃん、助けてくるから」

「大丈夫なの?」

 心配そうに見上げるリーニャに。

「大丈夫。心配しないで。私はともかく、こっちのお姉ちゃんはとても強いから」

「全部、私任せ?」

「頼りにしてるよ」

「まったく」

 カーリャは苦笑した。

 そういわれたら信頼にこたえるしかない。

 それが仁義というものだから。

「じゃあ、行きましょうか」

「うん。行こう」


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