怨嗟の坩堝 破滅への序曲 7
「あんな言い方、しなくったっていいじゃない!」
「何の話!?」
王城にまで抜けるクリュール区で最も大きな通りであるクラムストリートを歩みながら、カーリャは突然、思い出したかのように一人、叫んだ。唐突だったので、隣のミシューはびっくりである。
あれから。
結局、本日も微塵にも客が入らないと気付いた二人は、せっかくだからと昼食でも取りに大通りであるクラムストリートに訪れていた。勿論、行先は肉料理である。鶏肉専門のクラックバードか、猪肉専門のモンスステーキか、どちらにするかの不毛な口論を無駄に、三十分ほど繰り広げた後、結果的にカーリャに物理的に推し負けて、モンスステーキという流れになった。ミシューはいささか不満そうである。
ちなみに、カーリャがなぜ公務を放ってこんなところで時間を潰しているかと言えば、簡単に言えばグランクと喧嘩をしたからである。
さすがに、口達者なグランクと正面から戦う事はしないが、その代わりに抗議とばかりに早朝から王宮を抜け出してやった。六公爵や他国の王族もびっくりの責任感の無さである。ノブリスオブリージュなど野鼠にでも食わせておけとばかりにやけくそ気味にカーリャは城から脱走した。グランクから追放される日も、もはや近いかもしれない。
察しがいいのか悪いのか、ミシューは妙に勘の鋭い所を質問してくる。
「誰かと、喧嘩したの?」
妙に図星だったので、つっけんどんに返事をする。
「まあね」
「もしかして、お父さんとか?」
「そんなところよ」
「家族とは、仲良くしておいた方が良いよ。本当に会いたくなってからでは会えないのだから。そうなってからだと、多分……遅い」
ミシューは表情に深く、暗い影を落としてそう、陰鬱で悲しげに呟く。そこには深い悔恨と後悔が……。
「……って、あんたの両親、別に健在でしょ。なんか、もうすでに死んじゃってます感出しているけど。普通にピンピンしてんじゃない。なに、意味ありげに深い事言っちゃってるのさ。むっちゃ、浅いわよ。こんにゃろう」
「あ、ばれた」
先日も、故郷のラザーニアから随分と大きな仕送りがされたらしい。大箱一つの荷物を見て、いかに味噌クソに甘やかされているかカーリャは察し、頭が痛くなったものだ。悪役令嬢も真っ青の溺愛されっぷりである。
ミシューはあっけらかんと浅い感想を言う。
「まー。両親とは仲良くしておいた方が良いよ。家族は健在でも、逆に自分がいつ、コロッっていっちゃうかわかったものじゃないんだから。あの世に行ってからじゃ、感謝の言葉も言えないからね。あははは」
「人間、ンな簡単に死にゃしね~わよ。DRAGON退治しても平気だったんだから、たとえ相手が異世界の邪神とか、そういう超強大で畏怖的な存在でも、絶対に死ににゃしねーわよ。ンでしょ」
「いや、それはさすがに無理やろ。てか、無駄にインフレさせるの。やめてくれない。ドラ〇ン〇ールじゃないんだから」
ミシューは若干うんざりした様子である。
まあ、確かにミシューのいう事にも一理ある。勢い任せて、取り立てて意味も無いのに公務を放り出して市井に出て決まったが、グランクも実際、カーリャの事を心配して口酸っぱく言っているのである。そこのところは、きちんと汲んであげるのが大人というものだと思う。
実際の父親が亡くなっているカーリャにとって、グランクはある意味、父代わりのような存在である。なので、甘えてしまっている部分もあるのかもしれない。食事を終えたら、いい加減に王宮に戻ろうと思う。そろそろ影武者のカチューシャに王座をのっとられていないか、いささか心配ではあるが。
心配。
心配と言えばもう一つ、それもこのようなくだらない身内間の喧嘩よりはるかに心配なことがある。
勿論、それはフィリアの事である。今日、返済の期日だと言っていた。もしかしたら、いや、おそらく彼女の事である。今頃、ダフトフ邸か、ドランの元に返済できない旨を報告に行っているのだろう。そして、もしかしたらすでに捕えられ、何らかの処罰を与えられているのかもしれない。
ついていってやれば良かったと思うが、今、彼女を助けることは後々、行われることになる奴隷売買における一連の流れを妨げてしまう起因になってしまう。そうなれば、せっかくグランクやバナンの行ってくれた段取りが無茶苦茶である。さすがに、そのような事は出来ない。
ただ、己がやったことである。さすがに国が明確に動く以上、奴隷落ちからは逃れられるだろう。ならば、多少の事は我慢してもらいたいとカーリャは思う。
後は、奴隷取引を阻止した後のダフトフとドランの処遇だが、むしろ難しいのはその後であろう。確実に、裁判に対して貴族の圧力が起こる。メリアリアが背後に控えているのならば、彼らに対して大きな処罰を下すのは相当に難しいであろう。
悩みの種は尽きない。
「どうしたの。カーリャ」
色々、物思いにふけっているカーリャに、ミシューが心配そうに声をかけてくる。カーリャは思い悩みが様々にあって苛々していたので多少、雑に返事をする。
「私にも、色々あんのよ」
「今日の昼食の話?個人的に、猪はモモ肉がお勧めだよ。そこ、ステーキにして貰ったら」
「あんた、私が四六時中食べ物のこと考えていると思っていない」
「違うの?」
「違うわ。ぶっ殺すわよ」
「ぶっ殺されるわよ」
他愛無く、くだらない会話のやり取り。気を遣う事もなく、何も考える事はない。何を好き勝手言ってもきちんと受け止めてくれる。心底、楽な相手だとカーリャは思った。
気楽相手に、気楽ついでとばかりに、他愛のない疑問をぶつけることにした。本当に他愛ないにもこの上ない疑問で、聞く必要もない事だが、この娘ならきちんと受け止めてくれるだろうと思って。
「そういえばさ」
「なに?」
「どうして、あいつの言葉に乗ってあげたの?」
「あいつ?」
「フィリアの事よ」
「ああ」
ミシューは頷き、それだけですべてを察する。やはり、頭の回転が早い。この娘が、何もわかっていないはずはないのである。だから、安心して問う。
「もう、解ってるんでしょ。上手く行きっこない事ぐらい。なのに、どうしてあいつの言葉に乗ってあげたの?訳、ぐらいあるんでしょ。いい加減、理由ぐらい教えてよ」
「そんな、深い話じゃないよ。これこそ、大層浅い話。はるばる越してきた土地で、昔の学友と偶然出会ったら、袖振り合うも他生の縁と思うじゃない。そういう事。本当にそれだけ。面白かった?」
「んにゃ。予想通り浅かった。水たまりみたいだった」
「そりゃどうも」
「でも」
「でも?」
「でもね」
カーリャは口元を少し、ほころばせながら言う。
「そういうの。割と好きだわ」
「そう?」
「そう」
「割と?」
「割と」
「水たまりぐらい?」
「水たまりぐらい」
「浅いね」
「浅いわね」
頭の回転が良い割に、妙に情に厚い。計算高くて色々解ってしまう割に、結局情にほだされて貧乏くじを引いてしまう。計算できるが打算で動かず、情と信念で動く。そんな友人の不器用さがカーリャは水たまりぐらいには好ましかった。
カーリャは軽く伸びをし、言う。
「なんか、色々吹っ切れたわ。確かに、打算は駄目ね。性に合わないわ。私も私のやりたいようにするわ。他所は他所で随分と賢くやっているみたいだけど、私は私のやり方以外、できないもの。それで上手くいくかどうかはわからないけど、少なくとも、後悔はしないでしょ。それで行きましょ」
「良く解んないけど、悩みが解決して良かった。解決祝いにステーキと洒落込みましょ」
「そうしましょう。いや~よかったわ。友人が筋金入りのノータリンで。おかげで悩んでいるのが馬鹿らしくなってしまったわ」
「ひどい」
「うそよ。ありがと」
カーリャはさりげないお礼と、ささやかな微笑を浮かべた。その笑みはあまりにも美しく、まるで彼の世界で謳われた水の精霊アプラサーかのような神秘的で霊験な雰囲気を醸し出していたのでミシューは思わず、ヴィシュヴァーミトラのように誘惑されてしまったのかと心で疑ってしまった。
しかしそんな湖の幻想もカーリャが笑みを崩したの同時に一瞬で霧散して、結局のところそれが、夢幻鏡面の虚像か、はたまた妖精の見せた瞬き程の幻視なのか、ミシューに判断することはできなかった。
カーリャは、いつものようにざっくばらんな調子で、ミシューに言う。
「とりあず、ボアのモモステーキね。今日は気分がいいから珍しく奢りよ。臨時収入もあったからね。好きなだけ頼んでいいわよ。お腹いっぱい、食べて立派なモヤシに育ちなさい。ボアステーキの、食べ放題と行きましょう」
「え?いいの?カーリャ。太っ腹!今日だけ大好き!」
一見すると肝の太い態度だが、ミシューは知らない。その臨時収入が実は、自分の貯め込んだ壺預金から捻出されていることを。知らないとは幸せな事である。
お読みいただき、ありがとうございます。
ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。




