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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第五章 怨嗟の坩堝 破滅への序曲

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怨嗟の坩堝 破滅への序曲 6

 

 夜分。

 すでに寝静まった場内をそっと散策し、グランクの執務室に訪れたカーリアリアは、なんともなしに予測ししつつもまだ、公務に勤しんでいるグランクに驚きを隠せなかった。

 グランクは、自らが敬愛する女王陛下が戻ったにも拘わらず、眉一つ動かすことなく、頼りない魔灯の明かりを頼りに書類の精査を行っていた。

 彼は、主君が戻ったにも関わらず、立ち上がることもなく、言い吐き捨てる。

「お早いお戻りで、何よりです」

 流れるような嫌味。本気で怒っている。彼は公の場では主従を明確にふるまうが、私的な場ではそこまでカーリアリアに気を使わない。本来なら許されざることかもしれないが、グランク=グルニュールという人間はカーリアリアとって正に生命線といっても過言ではない、無くてはならない存在であったし、彼自身も、カーリアリアにとって単純な王と従僕という関係ではないと考えていた。

 不可思議な言い方かもしれないが、教師と生徒、とでも言えば良いのだろうか。彼は、カーリアリアに対して王としての在り方を教える導き手のような存在であった。

 だからこそ、彼が本気で怒った時にカーリアリアは何も言い返すことができない。彼に見捨てられては、カーリアリア一人では前に立つことも、歩むことも出来ないからである。むしろ、なぜ彼のような男がそのような、何の得にもならない立場であってくれるのか、カーリアリアには未だ、理解できなかった。

「で」

 そこで、グランクは書類の手を止めてカーリアリアに向き直った。

「何らかの収穫は得られましたかな」

 それすらも、お見通しである。まるで、釈迦の手の中である。ならば、手の中で閉じ込めておけばいいのに、その理由がわからないとカーリアリアは思うが、答えは簡単である。如何に釈迦でも、暴れん坊の孫悟空を手の中にとどめておくことはできないのである。

 カーリアリアは、場を取り繕うようにコホンと咳ばらいをすると、今日一日、起きた密度の高い出来事をグランクに報告した。

 グランクは軽く、顎をさすりながら。

「なるほど」

 と言った。

 カーリアリアは、様々な情報を一生懸命に収集した自分を少しは労ってほしいと、そう思ったが、グランクはさしたる感動もなさげに呟くように言った。

「イクシオンの集めてきた情報と合致しますな。裏付けが取れて、大変に満足です。カチューシャに無茶を言って代役を頼んだ甲斐がありました。立派な諜報活動でしたぞ。明日からもイクシオンに編入できますな。カーリャ=レベリオン女王陛下」

 明らかに心のこもっていない言葉。完全に、明確な嫌味である。嫌味が秀逸すぎる。人の痛い腹を回りくどくさすってくるのが本当に得意だとカーリアリアは思った。

 カーリアリアはしかし、悪いのは自分だとぐっと我慢をし、グランクに言う。

「きっと、奴隷売買の動きが近々あるわ。彼女を助けたいの。イクシオンに命令して、明確な日程を掴んで、事が起こる前に何とかしましょう」

 グランクはカーリアリアの言葉に、あきれたように嘆息し、言葉を返す。

「わが軍の諜報部はそんなに無能ですかな。すでに、奴隷売買の日程や大まかな男爵一派の行動予測ぐらいは終えております。日付は明後日。ゼローニ街道からヨーステット洋に抜ける流れを取るらしいです。ゼノヴィトス帝国と売買するならヨーステット洋ではなくフェリル北洋に向かうと考えるのが妥当ですが。更に、王都から抜ける途中で一度、ダバダ廃区画を経由するとか。慎重ですな。鉄砲玉のように何かに構わず突っ込んだりする真似をしないだけ、ダフトフ男爵の方が賢いかもしれませぬな」

 続く嫌味の連撃。しかし、カーリアリアは反論することができなかった。そもそも、取引先がゼノヴィトス帝国という話も耳にしていない。それを口にしたら、そこを基軸にまた、嫌味が繰り広げられるのが目に見えていたのでカーリアリアは何も言えなかった。

 カーリアリアは、グランクに気圧されつつも、疑問に思った事を言う。

「なら、取引を止めるために軍を……」

「動かしていないとでも。すでにバナンとの折衝も終えております。女王陛下がおられなかったおかげで、随分と事が円滑に進みましたぞ」

 グランクはそう言い、冷たくカーリアリアを見つめ続ける。

 結局、今日一日努力して得た成果など、国という大きな力の前には一匹の蜂が運んできた一滴の蜂蜜でしかなかったという事である。

 グランクが暗に言おうとしていることも解る。要するに、自分で動かずに人を動かせ、と。王がうろちょろ動き回るチェスなどすぐに敗北するに決まっている。

 カーリアリアは、結局、何も言い返せなかった。彼の言おうとしている事は、まさに的だったからである。

 だが、グランクはだからと言って追撃の手を休める程に甘い人間ではなかった。万年、侍女から王宮内で怖いとされている男の頂点である矜持が放たれる。

「それで?明日はどこに散歩に行かれるのですかな。カーリアリア陛下?」


お読みいただき、ありがとうございます。

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