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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第四章 「奴はすこぶる、貧乏だった」

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「奴はすこぶる、貧乏だった」 5

 

 提供された食事はお世辞にも豪勢とは言えなかった。くず野菜と豆の塩スープに、マッシュポテト。雑な塩スープは鳥も羊も猪も、何一つ入っていないし、マッシュポテトは煮詰めた芋を潰して塩で混ぜただけであった。

 けれども、舌感覚の良い人間が作ると一味違うのだろう。どれも単調ではあるが、味は非常に良かった。現に小さな妖精は「今日のご飯は美味しいね」と喜んで食べていた。これが美味しいとなると、普段は一体どのような物を食べているのだろうか。大変に心配になる。

 若い女四人の静かな食事。

 隙間風の止まない古びた家屋で、頼りない魔灯を囲んでの静かな時間。王宮の社交界で大勢の王侯貴族に囲まれて、食べきれないほどに提供される食事と比べれば、天上と地底ほどの落差だが、カーリャはなぜか、この粗末な食事を大変、美味しく感じてしまった。たとえ無数の調味料で味付けされた希少で高価な食材であっても、味がしなければただの餌でしかない。対して、心許せる友人の愛情込めて作った食事は、たとえ塩しか使っていなくても何にも代えがたい御馳走であった。

 食事が終わり、ミシューはしばらくリーニャの世話をしていた。むしろ、しっかり者のリーニャと箱入り娘のミシューは精神年齢が近しいのかもしれない。大変に意気投合し、古びたリバーシで熱心に遊びつくし、そのまま疲れて眠ってしまった。

 部屋の草臥れた壁に寄りかかり、眠る二人に薄手で安物のブランケットをかけたのはフィリアであった。かけるときの優しげな笑顔はまるでもう一人の母親のようであった。

「妹さんと二人暮らしなのね」

「ええ」

 フィリアは頷く。カーリャは聞く。

「両親は?」

「死んだわ」

「田舎村の村長でなくて?」

「流行り病でね。一発よ」

 フィリアはまるで、犬にしょんべんでもかけられたような気楽な態度で語る。

「訃報が届いたのは卒業式の日だったわ。偶々、あの子が遊びに来ている最中でね。それが不幸中の幸いだったのか、あるいは幸いの中の不幸だったのかはわからないけれど、結果的に、辛うじて卒業は出来たし、それは良しなのかもしれないわね」

「残念としか言いようがないわね」

 自分も父を亡くしている。母も、生きてはいるが、彼女と同じ思いを共感できる日が明日、訪れてもおかしくはない。彼女の情念の発露は、決して嘲笑に値しない。

 フィリアは、肩を竦めて自重する。

「残念は、もう一つ重なるわ。田舎村長の娘って言ったじゃない。当然、学費は自分持ち。田舎村長に高額な学費を払えるわけがないからね。いわゆる借金よ。ベルファンドからセインブルグに来たのもそれが理由。恥を恐れないで言うのならば、いわゆる夜逃げね。まあ、甲斐もなくすぐに居場所は見つけられたけど」

 ベルファンド王国からセインブルグ王国に移転する際の戸籍管理は割と厳密に行われる。二国とも、ガリア大陸では群を抜いて文化水準が高い。書類管理も厳正に行われ、当然ながら足もつきやすい。本当に逃げるのならば発展途上の小国か、辺境の村にでも逃げればよかったのである。だがおそらく、高い生活水準を捨てられなかったに違いない。わざわざ、王都に移転するあたりがそれを物語っている。

「借金取りに追われている時に、負債を立て替えてくれたのがドラン=ドッチ頭取よ。お世辞にも少なくない金額だったけど、何も言わずに引き受けてくれたわ。その当時はまだ、初心だったから世の中には優しい人もいるんだとばかりに感動したものだったわ。今思えば、あの時の自分を引っぱたいてやりたいけど。真の悪魔は取り立てに来た借金取りではなく、彼らの魔の手から自分を守ってくれる優しいおじ様だったという訳ね」

 その言葉で、カーリャは彼女が置かれている境遇を理解した。おそらく、いや確信的に、ドラン商会と契約を交わしたのである。しかも、今度は呪術的な拘束力のあるアカシア紙で、おそらく返済は自分の出来る範囲で良いなどと、甘い汁を少しずつ与えられながら。ただ、彼女の語る様子からその契約内容の仔細を知ることはできないが、ろくでもない悪質な取り決めである事は想像に難くなかった。

「色々と知れた時には後の祭り。仔細省略。結果、私は無事、ハラムの販売員になるのでした。めでたし。めでたしってね」

 めでたくない。面白くもない。腹立たしい話でしかないし、それ以上でもそれ以下でもない。あえて、解っていながらもカーリャは聞く。

「アーシュナイド学院の卒業生ならば、卒業と同時にある程度の位階が認定される。正のホドだっけ。正のホドを持っていれば様々な魔道機関からは引く手あまただし、王都の魔道大隊なら幹部候補で入隊できる。テレーマ・エウトピア公認の講師にだってなれる。借金が幾らかは知らないけれども、上層で暮らしていける程の収入だって夢物語ではないはずよ。なぜ?」

 テレーマ・エウトピアとは魔道協会の正式名称である。魔道協会は世界的組織である大国が後援支援している。影響力は大きい。協会に正のホドを認定されたら、よほど歌舞かない限り、食うに困ることはない。

 だが。

「ドッチ商会の正体が高利貸しなのは知っているのかしら?」

「ええ。知っているわ」

「なら、話は早いわね。すでに雪だるま式で普通に働いては返せない程に膨らんでね。それこそ一攫千金をあてるぐらいしか返済手段がなかったのよ。ベルファンドの金融企業と違って、返済を待ってくれるような恩情は無かったしね」

「だから、ハラムの仕事を?」

 フィリアは頷く。

「一攫千金も夢じゃないからね。上手くいかない奴もいる。けれども、上手くいっている奴は、上手くいっている。それこそ、毎節のように白金貨を稼ぐ奴もいるからね。そういう手段でなければ返済が間に合わなかったし、そういう選択肢しか残っていなかったのよ」

「本当に、上手くいくと思っていたの?」

 カーリャは、辛辣に聞く。腸にまで到達するような大きな刀傷に粗塩をこすりつけるかの如く。

 実際のところ。

 カーリャは、悪質な裏事情を看過するのであれば、そこまで悪い商売ではないと思っている。昨今の王都は経済的に潤っているし、王都の中層ならば生活困窮者は少なく、よほどの事がない限りつつましやかに暮らしていける。生活に余裕がある中で珍しいアミュニティは一定量の需要が存在するだろう。現にそれで件のハラムビジネスで成功している者もいる。

 ただ、日常品として見ても、比較的製品が高額で、マーケットがニッチなので需要が限られるため、相対的に供給もそこまで必要とされない。販売元を絞って、販路を限定して売買するには向いているが、闇雲に販路を広げるには向かない事業形態という事である。だが、ハラムビジネスは事業参入の障壁を極限まで低くし、販売元を積極的に増やす方針である。これでは、誰かが必ず割を食う。まるで顧客がハラムビジネスのオーナーのような事業形態である。

 別に他意があるわけではない。純粋な疑問なのである。カーリャの素朴なその問いにフィリアは苦笑いを浮かべて。

「まさか」

 と答える。

「初めは確かに魅力的な商売かと思ったけどね。実際に収益を上げている人間もいるし。でもやってみると全然駄目ね。中層の市民階級で日用品の質を上げようとする人間なんてそこまで多くないもの。ハラムの連中が言っているほどにビジネスチャンスなんてないのだわ。営業力や勧誘力があればもう少し違ったのだろうけれども、私には無理ね。暗い工房で魔道の実験していた方がよほど性に合うわ」

「だったら。何故」

「言ったでしょ。他に選択肢がなかったのよ」

 そんなことは解っている。解っているが、責めなければ居たたまれない。無表情のまま、普段のように淡々とした様子のまま、強くこぶしを握り締めるカーリャの姿を見て、フィリアは苦笑する。

「怒ってくれているの?」

「別に」

「あんた。仏頂面だけど良い奴ね。ミシューが気に入ったの、少しだけわかるわ」

 フィリアは、優しく告げる。彼女の置かれている境遇がどのような事かはおおよそ、察することができる。彼女が想像以上に追い詰められていることも。それなのに、他人に「良い奴ね」と言える態度。どちらが良い奴なのかとカーリャは責め立てたかった。


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