「奴はすこぶる、貧乏だった」 4
フィリアは、そこでコホンと息を吐くと答える。
「いえ。大した話じゃないのよ。あの子に、ここまで親身になってくれる人間が現れるなんて思ってなかったからね」
「何よ。悪い?」
と、カーリャが嘯くとフィリアは苦笑し。
「いえ。別に。ただ、随分と淡白に見えて情に厚い所があるんだなと思ってね。そこに対して驚いた。でも、嫌いじゃないわ」
「別に、私が特別というわけではないでしょう。ああいう、社交的な娘だしきっと、アーシュナイド学院でも友人が多かったんでしょうに。それとも、もしかして学院生活では実は根暗だったとかいうオチ?」
「いいえ、あのままの性格よ。友達が多かったといえばそうかもしれないわね。無駄に能天気でニコニコ笑っているヤツだったから、人は集まってきたかもしれないわね。学院の首席にもかかわらず、それを鼻にかけることもなく、だれに対しても対等に接する。割とお節介焼きなところもあるし、嫌われる要素はあまりないわね」
「学生時代は、あの子とそこまで仲良くなかったって聞いているけれども、随分と見てきたように言うのね」
「仲良くはなかったわよ。むしろ嫌いだったもの。社交的で八方美人。誰に対しても良い顔する。しかも、学内での立ち位置は無駄に良い。あのリースティア先生のお気に入りだしね。はっきり言って、腹正しい事この上ないわ」
と、意外な事をフィリアは言う。いや、意外かどうかといえばそう意外ではないのかもしれない。カーリャは、なんとなくフィリアの気持ちがわかるからである。おそらく、随分とリアルに充実していた事なのだろう。リアルに充実でリア充と名付けるのはどうだろうか。良いネーミングかもしれない。もしかしたら、どこぞの異世界で流行語になっているかもしれないほどに会心のネーミングセンスである。陰キャラなカーリャから見たら正しく対極。光と闇である。もちろんカーリャが闇属性だ。陰なるキャラで陰キャである。
カーリャは言葉を返す。
「でも、あんたの話が本当なら、むしろ逆に誰とでも仲良かったんじゃなくて。私じゃなくても親身になってくれる人間はいたでしょ」
「誰とでも仲良かったし、親身になってくれる友人も多かったわよ。でも、本当に仲良かった友達がいたかと言えばどうかしらね」
「え?」
「典型的な、広く浅く、といった性格なのよ。誰とでも仲良くなれる反面、誰とも必要以上に親しくしない。要するに壁があるの。どうしてかしらね。遊び友達、話友達はたくさんいるけど、四六時中一緒にいるような友人はいない。そういった感じかしらね。あ、リースティア先生には懐いていたけどね。それぐらいじゃない」
フィリアの言葉にカーリャが感じたのは、違和感の一言であった。彼女が見てみたミシュー=スフィールという人間はそうではない。裏表がなく、良くも悪くも、なんでも言いたいことを言う。楽しいこと、嬉しいこともあれば、愚痴や泣き言も同じように言う。表層だけの、上っ面の関係ではないと感じていた。だからこそ、フィリアの話している『ミシュー=スフィール』像が今一つすんなりと受け入れられなかった。
フィリアはにやりと笑い。
「ね。むかつくでしょ」
と言った。
「だから、あんたといる時のあの子の姿を見て驚いたわ。随分と懐いているんだなって。あの子がああして、四六時中一緒に居たいと思うなんて珍しいと感じたわ。あんたの方もまんざらでもなさそうだけどね。相思相愛かしら」
ほっとけと思う。別に、レズビアンというわけではない。ただ一人の友人として、相応の情愛を抱いているだけである。
しかし。
学生時代に仲良く無かったという割には、随分と見ている人間の言葉なのだなあとカーリャは思った。学生時代は疎遠であるという割に、彼女を常に観察してきたかのように語る。本当に意味が分からない。
カーリャは嘆息ながらに、酸っぱい珈琲を軽く口に含む。洒落ならないほど不味いが、これしか飲み物が無いのだから仕方がない。別の飲み物ぐらい持ってくれば良いのに。本当に気が利かないとカーリャは思う。
すると。
「おねーちゃん」
机の隅から澄んだ可愛らしい声がする。妖精のようだとカーリャは思った。視線を動かすとそこに居たのは、齢ならば十歳ごろの小さな少女であった。
印象としては、フィリア=フェルトをそのまま若くして、ドリップして、苦みを飛ばして、蜂蜜をたっぷりとまぶしたような存在であった。まるで、湖畔に住む妖精。いや、古い家に住むのであるならば、あながちシルキーといったところか。なるほど、皮肉が効いていて小気味よい。
そのような、天使のような容貌の少女は、精霊のような夢、幻の存在ではない。みすぼらしい安物のワンピースも着る者が着れば社交界の豪華なドレスと見紛うのだと思わせる程に似合っている小さな妖精のような少女は、フィリアの血のつながった妹であった。
フィリアは、優しく微笑みを見せると少女の名を呼びながら小さな頭を撫でる。
「どうしたの?リーニャ」
リーニャと呼ばれた少女は愛らしく微笑み返すと、鳥のさえずりのような声で実の姉に告げた。
「ミシューおねーちゃんが、ご飯できたって」
「そう。じゃあ、持って来てくれる?」
「うん」
リーニャは素直に頷き、食事を取りに台所に向かった。カーリャはその後姿を見ながらほほえましく思う。
リーニャは、この家に訪れた時にミシューとカーリャを出迎えてくれた。天使が舞い降りたかと思うほどに愛くるしい少女が現れた時には、ついに目の前のアバズレが金欲しさに営利誘拐に手を出したのかと驚き戸惑ったものだが、何のことはない。一緒に暮らしている妹らしかった。
邪気がない。故に純真。フィリアの妹とは思えないほどに素直であった。いや、もしかしたら、フィリア=フェルトという少女にも同じような無垢な時期があったのかもしれない。ただ、心労を重ねた日々が彼女の純粋さを淀ませてしまったのだろう。そして若き頃の清純は二度と戻ってこないのである。そう考えると世は、儚いのだなあとカーリャは思った。
「いや、思っているだけじゃなくて、普通に口から出てきたわよ。誰が淀んでいるんじゃ。ボケ」
「あら、ごめんなさい。でも他意は無いの。本音なの」
「余計に悪いわ」
「苦難の日々は、フィラーフェ=ルトの心に、二度と戻らない淀みを生むのであった。めでたし。めでたし」
「めでたくないわよ。終わっても無いわよ。あと、名前間違っているわよ。それと、淀ますな。淀ますぞ」
「第二話。完」
「完結するな。まだ、途中じゃ」
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