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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第三章 「気づけばすでに手遅れだった」

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「気づけばすでに手遅れだった」 8

 

 しばらく時が刻まれた後、会場が急に波の引いた海岸のように静かになっていった。ホールの魔灯による照明も急に大人しくなり、ホールは薄暗さに包まれた。場の雰囲気が急に異質なものに変わったことで、カーリャはしばし戸惑ったが、すぐに何らかの催しが始まるのだと察知した。

「会が始まるよ」

 と、隣のミシューがそっと話しかけてくる。

「初めは、主催者の挨拶だね」

 と補足する。

 主催者という事は、この会場の提供者であり、ハラムの正式な出資者であるダフトフ男爵か、あるいはハラムビジネスの創始者であり、闇金融の頭取であるドラン=ドッチのいずれかであろうだろうとカーリャは考える。

 同時に、今回の件の黒幕の顔がようやく拝めるのだと胸の高鳴る感覚を得た。たかが半日だというのに随分と煮え湯を飲まされている。両名の戯けた顔を脳裏に焼き付けながら、せめて脳内で八つ裂きにしてやろうとカーリャは怒りを覚えながらも会の本格的な開始を待ちわびた。

 ホールの中央に用意された舞台、その中心に置かれた煌びやかな演壇の前に一人の男性が立つ。

 歳の頃ならおおよそ、四十代を過ぎた頃だろうか。もしかしたら五十に到達しているのかもしれない。ただ、三十代には到底見えない。

 身長はそれなりに高く、おおよそ六トゥース弱といった所だろうか。グランクと同程度の背丈だとカーリャは感じた。

 ただ、顔立ちは細く、どちらかといえば痩せぎすで、若干頬がこけていた。虚弱なのではなく、そういった顔立ちなのだろう。印象としては、どことなく神経質さを感じた。偏見かもしれないが、妙な癇癪を持っていそうだとカーリャは思った。

 服装はテイルコートにブリーチズ。典型的な礼服である。ただ、品は良さそうである。山高帽を被っているが、よく見ると素材はシルクだった。シルクは輸入に頼っているので高級品である。先ほどのなんちゃらというホワイトプラチナと違って、こちらは真正の金持ちだとカーリャは察した。

 こいつが諸悪の権化であるダフトフ男爵かと、カーリャは思ったが彼の第一声でそれは勘違いであることが証明された。

「皆さん。お待たせいたしました。本日はわが社が経営するハラムビジネスの会合にお集まりいただきありがとうございます。私はハラムビジネスのオーナー。つまり社長であるドラン=ドッチと申します。お初の方は、お見知りおき、よろしくお願いいたします」

 黒幕かと思えば、側近の方であった。

 ただ、いずれは接触しなければならない相手の片割れである。ドラン=ドッチ。ドッチ商会という悪質な高利貸しを営む悪の商人。そして、このビジネスのオーナーにして、その実態はこの国で禁制になっている奴隷売買を行う悪党。朗らかな人当たりの良い笑みを浮かべているがなるほど、確かに、人相に悪党特有の陰気な影が見え隠れする。

 ドラン=ドッチが言葉を続ける。

「わが社の運営するハラムビジネスは、この王都アークガイアに住まう人々に、ハラム社の製品を通してよりよい生活を送ってもらうと同時に、このビジネスを通して、協力してくださった全てのディストリビューターの方々に豊かな富を提供することを目的として運営されております。本日はわざわざ忙しい時間を割いていただいた中、これほどまでの多くの方々に当社の運営する会合に参加していただけたこと、とてもうれしく思います」

 嘘つけ。本当に富を提供したいのならば、事業を運営する中で収支マイナスになるはずがなかろうに。どんな悪質なバイトでも、よほどのことがない限り駄賃は得られる。それが救いになるのである。一生懸命頑張った挙句、借金をこさえて、海外に売り飛ばされるなんて救いもへったくれもありはしない。

 悪事の根源はいけしゃあしゃあと、悪辣な笑みを浮かべて口を開く。

「さて、まずは事業説明と参りたいのですがその前に、我がハラムビジネスにおける大本の出資者。このアークガイアで三代続く由緒正しき男爵位の家系であられる偉大なる御方の挨拶がございます」

 三代で由緒正しいのかとカーリャは思う。こちとら十五代続いた王家の家系であるぞとマウント取りたいがさすがに黙っていることにする。カーリャはいつも貴族院総会でいじめられているので女王なのに妙に自己肯定感が低い。

 しかし、話の道筋からカーリャは、次に壇上に上がる人物に明確な予測がつき、緊張を得る。今度こそ、この一件の諸悪の権化の姿を知ることができるからである。

 そして、遂にその時はきた。

「では。ダフトフ=ノーヴ=バンドゥ男爵、よろしくお願いいたします」

 ドラン=ドッチの言葉に一人の男性が尊大な態度で壇上に上がった。

 おおよそ、カーリャの予想通りの人物だった。身長は五トゥース半。ドランと比べても頭半分は小さい。女性であるカーリャより少々上背が高い程度である。

 その割に身体は大きい。といっても、バナンのような筋骨隆々というわけではなく、典型的な肥満体質なのである。どれほど不摂生をしたらこれほどまでの体格になるのだろうか。

 年齢はドランと同程度に推測できる。いわゆる中年を超えて初老と呼べるほど。ただ、おそらく歳よりも老けているのだろうとカーリャは思う。不摂生で肌に張りはない。顔は脂ぎっており、抱かれるなら死を選びかねないような容姿だった。

 服装はタブレッドにブリーチズ。ひだ襟を付けている。タブレッドもブリーチズも華美で、派手な装飾が施されていた。典型的な成金趣味だとカーリャは思う。はっきり言って一世代か、二世代前の流行である。今はラフなど流行らない。

 戯曲で悪役に抜擢されるような典型的な貴族であった。役者が演じているのではないかと疑ってしまうほどに見事にツボを押さえている。

 ダフトフ=ノーヴ=バンドゥは、なめまわすように会場を一瞥すると、気色の悪いつくり笑みを浮かべて、にこやかに笑った。

「ようこそ。ビジネスオーナーの皆さん。私が今、紹介にあがりましたダフトフと申します。祖父の時代に外交の事業功績により男爵位を賜りまして、今こうして、貴族の末席とさせていただいておる者です。以後、お見知りおきを」

 そこで、会場から歓迎の拍手が起こる。ダフトフは承認欲求が満たされたとばかりににこりと笑うと手をゆっくりと上げた。拍手が収まる。

「ありがとうございます。さて、私がそちらのドラン頭取からこの事業の話を聞かされた時、随分と心が躍ったものでございます。このセイブルグは従来の徒弟制が根付いており、どのような事業を起こすにおいてもその事業管轄の組合監修の元、明確な手順を踏んで行わなければなりませんでした。徒弟といっても、中には数年から十年の習熟がなければ認可の下りない事業もあり、その敷居の高さが従来のアークガイアにおける商業の明確な欠点でありました」

 そこで、言葉を区切る。

「ですが、このハラムビジネスは従来型の事業とは違い、長い時間をかけて専門的な知識を学ぶ必要はありません。商材はハラムより提供され、ノウハウも従来の徒弟制を周到した指導形態を導入させていただきました。指導に対して不備があるという事はございません。上位事業者が下位事業者に指導を行い、その下位事業者が利益を得た時、その利益は上位事業者にも還元される仕組みだからです。もちろん、下位事業者が一方的に搾取されることもありません。稼いだ利益はきちんと、契約通りの額が支給されます。この仕組みにより相乗的に事業に参加していただけた方が儲かるというわけなのです」

 そこで再び拍手が起こる。

 カーリャは聞いていて確かに良い仕組みだと思った。王都に根ざした徒弟制の弊害に見事なメスを入れている。確かに、なんでも組合を通さなければ事業もろくにできないという国の体制は、事業活性化に対する歯止めを行っている側面がある。そういう意味でも中々に斬新な取り組みだとカーリャは感じてしまった。やべ、ちょっとやりたくなってきたぞ、と若干焦る。

「このような事業形態ならば、門戸はさぞ高いだろうと警戒する方もいらっしゃるかもしれません。けれども安心してください。ハラムはどのような方も等しく受け入れております。性別、年齢、人種、国籍、それらを口実に差別することはございません。必要なのはやる気。やる気なのです。それさえあれば、ハラムはどのような方も受け入れる所存でございます。ですが、いくら無差別とはいえさすがに国王陛下までは勧誘しませんが」

 そこで会場がどっと沸く。いくらハラムとはいえ、王様までは恐れ多くて声をかけられないよねという小粋な冗談を交えての発言だろう。当然会場も、王様までは声をかけられないよねという至極当然の反応に笑いが起こる。カーリャはそこで、え、王様はビジネスに参加できないのと、焦る。そんな事は聞いていない。王様差別である。出るとこ出てやろうかとカーリャは思った。そもそも、隣の小娘に普通に勧誘されたぞ。そりゃあどうなんだとカーリャはダフトフに問いたい。問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。

 王様引退したらディストリビューター登録受け入れてくれるかなあとカーリャが国家存亡を揺るがすような事を考えていると、ダフトフが言葉を続ける。

「さて。それではこれより、皆様方の実りとなるハラムの詳細なビジネスの解説に参りたい、といったところですがその前に。本日は皆さまに紹介したい人物がおります」

 そこで、はてと思う。

 バナンから聞いた主犯はダフトフ男爵とドラン頭取の両名。そこに更に首謀者が増えるとは聞いていない。思い過ごしで、純粋にただの賓客かもしれないが、カーリャはとりあえず警戒心を持って話を聞こうと考える。警戒すべき必要性が垣間見えたならば、詳細に諜報を行う必要性が表れるかもしれない。

「では。紹介します。この事業の発案者であり、ディア・ナロウ所属王金等級、クレハ=カズヤ氏であります」

 拍手が起こる。


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