表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第三章 「気づけばすでに手遅れだった」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/21

「気づけばすでに手遅れだった」 7


 ミシューは名残惜しそうに彼を見送る。

 カーリャはそこでミシューに聞く。

「今のが、すごい人?」

「うん。事業収益で三十日に白金貨三枚稼いでる人なんだよ。毎月、三枚だよ。毎回、竜退治して爪を一本もぎ取ってくるようなものだよ。すごいと思わない」

「いや、そうには見えなかったけど」

 というか、あのタキシード、安物だろう。前に暇つぶしに入ったクリュール区の服飾店で似たような物が置いてあった。生地も割と粗悪で、小金貨一枚で上下合わせて購入できる代物であった。さすがにタキシードなのでそれなりの値段はするが、礼服にしては安いと言わざろう得ない金額であった。毎月白金貨三枚の収入があるなら山の手でオーダーメイド品でも特注すれば良いだろうにとカーリャは思う。女王家業をしているとこういった目利きばかりできるようになって困る。

 ちなみに彼女の側近であるグランクは完全にオーダーメイド品らしい。あんな難しい顔をして着る服にはずいぶんとこだわりがあるらしい。あの気難しい人物に着られるのだから、洋服棚の背広もストレスでさぞしわだらけに違いあるまい。一度、シャーレ区の高級服飾店のオーダーメイド品で、大金貨数枚で仕立ててもらったと、聞いた事がある。

 大体、すごい人というのはグランクやバナンのような人物を指す言葉だとカーリャは思う。グランクもカーリャの面倒を見ながら国の行政を回している。彼に聞いて答えられなかったことなど殆どない。彼がいなければ、ほぼ確実に、今頃失脚していた事であろう。

 バナンに至っては三百人どころか、数万人で編成される軍部を統括している。文字通り、桁が違う。あの気象の荒い虎の軍団をどうやってまとめているのかは検討がつかない。カリスマとはああいう人物を指す言葉なのだろう。自分には永遠に縁の無いものに思えてならない。

「ちなみに、聞いていい?」

「なに?」

「今のが、あんたをこれに誘った『友達』?」

「ううん。違うよ。なんで?」

「いえ。もしあの男があんたの言う『友達』なら、ちょっと『トモ/ダチ』にしてやろうかなと思って」

「え?なに。カーリャ。怖いよ。普通に友達って言っているだけなのになんか、怖いよ。その友達。友達の意味合いが違ってない?」

 いや、合ってる。具体的にトモとダチに分けてあげるという事なのだが。正にトモ断ち。一刀両断である。合唱。

 しかし、初手から随分と圧の強い人間が話しかけてきたなあとカーリャは思う。この分だと会合が終わる頃には自分も、ハラムビジネスにどっぷりと染まってしまいそうである。営業、苦手だが勤まるだろうか。

 実際のところ、事前知識の警戒心があってすらこれなのだから、知識がなく、情報の受け入れ態勢が整っている人間など余計染まってしまいやすいだろう。人間の心は弱いので、一つの籠に閉じ込められて、その籠の中の大半があれは良い、これは良いと言って入れば自分が反対意見でもそちらに流されてしまうものなのである。上手いやり口だなとカーリャは思う。

 そのような事を考えていると。

「ミシュー。来たわね」

 そう、気さくな挨拶と共に現れたのは紅葉の森林のように鮮やかな赤毛の少女だった。歳の頃ならミシューと同程度か。身長も体格もこちらとそうそう変わるものではない、典型的な中肉中背だが顔立ちからは気の強さがうかがい知れる。なんとなくキャラが被って嫌だなあとカーリャは思った。

 服装は黒のドレスにハイヒールだが、まあ安物だろうとカーリャは直感的に思った。ドレスは、色が黒なのでそこまで目立たないが、ところどころにほつれがあった。随分と着古されているので恐らく、叩き売りの古着を購入したのだろう。ハイヒールも何の素材かわからないがおそらく安皮である。こちらも随分と履き古されているし、微妙にサイズが合っていない。

 装飾品の指輪は典型的な偽ダイヤで、ルーデンス市の露店で投げ売りされているのを何度か見たことがある。確か、銀貨一、二枚程度の価格だったように思う。うろ覚えだが。なぜ覚えているかというと、あまりにも粗悪品の為に「こんなもの買う人間がいるのだろうか」と興味気に見ていたからなのだが、ああなるほど、こういう見栄の張り方が微妙にずれている人間が買うのかと、今日初めて知ることができ、本日一番の収穫だったとばかりに感嘆を覚えたものである。

「フィリア!」

 ミシューは親し気に少女の名を呼ぶ。フィリアというのか。とカーリャは思う。随分とモブっぽいというか、その他大勢というか。一般人代表というか。印象に残らないのが印象といった、普通オブ普通な感じの少女だなとカーリャは感じた。おそらく、一晩寝て起きたら存在すら忘れてしまいそうだというほどに雑魚っぽかった。周りに癖の強い人間が集まりやすいだけに余計にそう思えて仕方がなかった。

 フィリアという名の、感覚の微妙にずれた面白い娘は、印象通りの強気な口調でミシューに言葉を返す。

「おはよう。ミシュー。どう、ビジネスは順調かしら」

「うん。今日も一人、いけに……友達を連れてきたよ」

 おい。いま、生贄って言おうとしてなかったか。しっかりと聞こえたぞ。

 フィリアはカーリャを見定めるように、上から下から嘗め回すように眺めた。

「へえ。随分と人相の悪い奴じゃない。もしかして、ならず者ってやつかしら」

「ううん。素行は悪くて血の気は多くて何かをぶった斬るのが三度の食事よりも大好きだけど、天文学的な確率で、そこはかとなくいいところもある人だから、フィリアとも仲良くできると思うよ。ただ、眉毛の角度が三十度を超えたら迂闊な事を言わないでね。殺されちゃうから」

「なんで、そんなバーサーカーみたいな奴を連れてくるのよ。ここをヴァルハラにするつもり?」

「大丈夫。変に刺激を与えなければ大人しいから。友達いなくて寂しがりだけど、フィリアも仲良くしてあげてねアダダダダダダダダ!」

 自己紹介の中にさりげなく溢れる悪意ある言葉にいい加減我慢の限界だったので、カーリャは無言でミシューの頬をつねり上げた。饅頭のように柔らかい。どんな甘ったれた人生を送ったらこんなに緩く成長するのだろうかとカーリャはつねり上げながらしみじみと思った。

 モブ代表のような個性のないのが個性の少女はすっと手を伸ばしてきた。手刀でも繰り出すのかと思ったら握手をしたいらしい。どうにも最近、血なまぐさくて困るとカーリャは思った。

「フィリア=フェルトよ。よろしく」

「あ。ええ。よろしく」

 カーリャはフィリアの差し出した手を握り返す。ミシューの友人と聞いてどんなモンスターが繰り出されるのかと多少心配になったが、どうにもこうして話してみるとそこまで悪い人間は無いようにカーリャは思えてきた。キャラも被っているし案外仲良くなれるかもしれない。もしそうなら、念願の二人目の友達であるなとカーリャは思った。

 そこでミシューが補足するかのようにカーリャに告げる。

「あ。ちなみにカーリャ。この人が私をビジネスに誘ってくれた、カーリャの探していた『友達』。私のアップラインで、いつもとっても親切にしてくれるの。カーリャが私のダウンラインになったら私たち、親子だよね」

「そういうこと。私たち、案外気が合うかもしれないからきっと、ビジネス仲間としてもとても上手くいくわ。もし、縁があるのならば一緒に頑張りましょう。一生懸命サポートするから。きっと、良い関係を築けると思うわ。互いに、高めあ」


 神槌、炸裂!


 轟雷のような音と共にフィリア=フェルト(当年取って十六歳)の身体が光速の螺旋を描きながら宙を舞った。

 カーリャの、約半日の中で毒沼のように沈殿した怒りは大地を穿つほどの熱量と変わり、雷撃のような一撃と昇華され、その紅葉色の顔面を貫いた。

 美しい弧は、雨上がりの天弓のようだった。

 フィリアは、紅い髪を、秋空の嵐の深森のように振り乱し、頭から固いホールの床へと落ちて行った。

 カーリャが叫ぶ。

「貴様が犯人かぁぁあぁあああ!」

 いい加減、我慢の限界であった。殺人事件に発展しなかっただけでも良しとしてほしいほどに、カーリャのストレスは限界を迎えていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

ブックマークや★評価で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ