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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第三章 「気づけばすでに手遅れだった」

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「気づけばすでに手遅れだった」 6


「しかし、本当に入れるのね」

「だから、言ったじゃん」

 本当に、すんなりするほどにあっさりと中に入れた。柵に囲まれた外周の門を潜ってからも、屋敷までフリーパスで誰に呼び止められることもなく、あっさりと屋敷の中に入れた。屋敷で働く従業員が慇懃に礼をするほどである。ミシューもカーリャも貴族の家系だが、市井に溶け込んでいるために一般的には平民として見られることが多い。なのに礼を尽くされるという事は、おそらく誰に対しても対応がきちんとしているということなのだろう。バナンから聞いていた、ダフトフの邪悪な印象が音を立てて崩れていくような気がした。

 ただ、実際には下心があってのことなのだろう。やっていることは人を騙して借金漬けにして、そのまま奴隷として売り払うという行為である。大事な金蔓は甘い蜜をたんまり飲ませて、徐々に深みにはめて行こうという考えなのかもしれない。ならば、花として例えるのならばツツジではなくウツボカズラであろう。

 閑話休題。

 豪華な屋敷の玄関を潜ると、そこは巨大な吹き抜けのホールであった。エントランス兼ホールとでもいえば良いのだろうか。人が百人どころか二百人入り乱れても狭さを微塵も感じないほどの面積があった。ダンスホールの会場としても申し分ないであろう。男爵位の人間には過ぎた代物だとカーリャは素直に思った。

 その広大なエントランス兼ホールには文字通り、百人以上の人間がひしめいていた。皆、それ相応に身なりを良くしているが、貴族としては最高位であるカーリャの目はごまかせなかった。皆、全てというわけではないがその大多数が平民であるとカーリャは察することができた。細かな身なり、手足の運び、あるいは貴族の邸宅に足を踏み入れたことに対する緊張感、場慣れしていない感覚とでもいえば良いのだろうか、そういうものを感じ取ることができる。

 印象としては、新顔の貴族が社交界を開いたら、参加者の大半が社交界デビュー初日の新人で、皆一様にぎこちない態度といった妙な感覚と言えば良いのだろうか。

 それに加え、庶民は結局人に見られることを意識していない。一挙手一投足に対する意識が低い。貴族ならば、どんな身分が低くても、歩き方一つに意識を配る。爵位を持つという事は気高いという事であり、人の模範にならなければいけないからである。

 カーリャもカーリアリアのガワを被っている時はボリボリ腹もかけない。即位してすぐの頃、廊下を歩きながら鼻をほじったらグランクが血相を変えて大騒ぎして、危うく腹を切られる寸前までいったことがある。誰にも見られなかったので大ごとにはならなかったが。貴族は本当に大変なのである。

 しかし、光景としては驚くべきものであった。腐っても爵位を持つ貴族である。それが平民をここまで無差別に自らの邸宅に招き入れるとは正気を疑う。ダフトフという人間の思考が理解できない。私財を持っていかれたらどうするのだろうか。悪意ある人間がいないとは限らないのである。カーリャは常々そう思った。

 それと、もう一点、気になることがあった。大半は会合の為か、身なりをきれいにしているのだがチラホラと、格好の草臥れている者がいるのである。身なりをきちんとしようという努力は感じられるのだが、おそらく整えるための先立つ物が無いのだろう。ところどころにボロが目立つ格好をしている。おそらくは、彼らこそこの事業に関与して身を滅ぼしかけている者達なのだろう。つまりは彼の区長であるライノスが気に掛ける犠牲者。バナンの言葉が真実ならば、彼らが近日中に行きつく先は土地勘のない諸外国なのだろう。それだけは阻止しなければならないとカーリャは強く決意する。

 人の群れから目を反らし、カーリャはホールの内装を見渡す。ホールもホールで中々に豪華で絢爛だった。

 近年、というかここ数十年の中でデパール様式という芸術様式が流行りつつある。アークガイアを筆頭にセインブルグも随分と近代化し、人々の生活に余裕が生まれつつある。首都発展のために熱を費やしてきた時代は終わりを迎え、人々からは質実さが失われ、華美な物が流行る風習が生まれつつあった。特に利権を多く手にする貴族や豪商などにその傾向が強い。結果、円卓院のような色合いの薄い建築様式は興味を失われ、宝石やら壁画やら、価値の高い物で過剰に装飾する事が好まれるようになった。このホールもそういった歴史的背景が生み出した新しい様式の色彩を強く示していた。

 ちなみに、デパール様式は成金に良く好まれる。特に平民や下級貴族などが急に金回り良くなるとデパール様式に傾倒する。次いで、中流から下流階層の平民に見栄を張る為にも良く使用される。手っ取り早く金持ち感を演出できるからである。現に、ホールに訪れている平民達は皆、一様に浮足立っていた。

「ねえ。あの壺、高そうだね。きっとマルセムだよ。マルセム。マルセムの飾り壺。安いのでも大金貨一枚するんだよ。うわあ。欲しいな。ビジネス成功したら一緒に買おうね」

 隣のミシューがピーチク騒ぐ。うるせえよ。お前、一応辺境伯令嬢だろう。浮足立ってるんじゃねえよ。あと、あの壺は贋作の安物だよ。この前、もっと良いの貰ったからほしけりゃやるよ。と、カーリャはイラっとしながら思った。さりげなくビジネスパートナーにしようとしている点については飽きたので、さすがにもう突っ込まないことにした。

「しかし」

 カーリャは呟きながら周りを見渡す。

 周りでは、全員がハラムのビジネスメンバーなのだろう。やれあのドリンクが上手かっただの、やれあの石鹸が良かっただの、心底興味の沸かない話をしていた。耳に栓をしたいぐらいだが、さすがにそんな事をしたら周りから稀有な目で見られそうなのでできないなあとカーリャは思った。ちなみに刀に関してはアイデンティティーなので気にしなかった。帯刀禁止だが、目つきが悪くて眉間にしわが寄ってるので誰も注意しやしねえ。

 苛立ちながら、何らかの重要な情報を仕入れることができないかと辺りの様子を見回していると、二人の傍に一人の男性がやってきた。歳の頃なら四十代から五十代といった所だろうか。初老でタキシードの正装をしていた。中々に渋い顔立ちで落ち着いた雰囲気が大人の魅力を醸し出している。中高年好きの女性ならば、少し甘い言葉を囁けばころりと言ってしまいそうな雰囲気を持つ男性であった。

 なんともなしにただものではないのだろうなとカーリャが見ていると、ミシューが蜂蜜のように甘い声で喜びを露わに、その男性の名を呼んだ。

「ザックバッハーさん!」

「やあ。ミシューちゃん。久しぶり」

 ミシューがザックバッハーと呼んだその男性は、渋い珈琲にミルクを混ぜ合わせたかのような甘い声色でミシューに返事をした。

 カーリャが聞く。

「知り合い?」

「うん。ザックバッハーさん。凄い人なの。ハラムビジネスにおいて最短でホワイトプラチナに昇格した人なんだ。ダウンラインもたくさんいて、ザックバッハーさん自身も三百人から成る組織を持っているんだよ。ハラムビジネスにこの人ありとまで言われた人なんだよ」

「ザックバッハーです。よろしく」

 ザックバッハーは丁寧に頭を下げてくる。カーリャも「はあ」とあいまいな返事を返しつつも同じように頭を下げた。丁寧に対応されたらいちゃもんつけることもできないなあとカーリャは思った。

「ザックバッハーさん。こちら、カーリャ。私の友達。といっても友達になったのは今年の春ぐらいからだけど。短気で粗暴で眉間にしわが寄っていて、何かあったらすぐに殺害予告するけどとても優しい子なんです。宜しくお願いします」

 人を、犬に優しくしているチンピラみたいに言うなとカーリャは思った。あと、短気と粗暴も余計な言葉だ。ぶっ殺すわよとカーリャは思った。

 金蔓……じゃなかった。友達という言葉にザックバッハーは破顔する。

「へえ、ついにミシューちゃんにもダウンラインか。ハラムビジネス、頑張っていたからね。白金貨投資もしていたぐらいだからね。とてもビジネスに意欲を感じるよ。きっと、頑張った分だけ成果は出ると思うよ」

「えへへ。有難うございます」

 褒められて、ミシューはにへらと笑う。対面のカーリャは随分と適当な事を言っているなと思いながら聞いていた。普段は斜に構えた言動が目立つが、この場限りではカーリャは正しかった。素直で純真であればいいというものではないという事は横のノータリン娘が証明していた。

 ザックバッハーはカーリャに聞く。

「カーリャちゃんって言ったね。歳、いくつ?」

「え、ああ。十六です(馴れ馴れしくするな)」

「十六歳か。まだ、若いね。ハラムビジネスから学ぶことはたくさんあると思うから、大いに頑張ってね。ヴァイタルポーション。飲んでる?」

「いえ。飲んでませんけど」

 あんな変な色のドリンク、だれが飲むか。カーリャのその言葉に、ザックバッハーは困ったように顔をしかめる。

「ちゃんと、製品を体感しないと駄目だよ。毎日、ちゃんと飲んで、自分で製品の良さを理解しないと、人に伝えられないからね。月に最低でも金貨一枚は、ハラムに自己投資しないと成功の道は遠のいてしまうよ」

「はあ」

「不労所得。たくさん欲しいでしょ。こういう時代だし、資産形成はとても大切だよ」

 資産形成と言われてもとても困る。カーリャはすでに有形資産で国一つ所有しているので、資産形成と言われても、ピンとこない。これ以上資産形成のしようがないのである。

 ちなみに自分が国主なので、相続における税金も一斉免責されている、というかむしろ税を徴収する側なので税に対して気に留める必要性すらなかった。なので親が必死に形成した資産をどこに搾取されることなくすべて相続している。運用の中々難しい資産であることが玉に瑕だが。

 ザックバッハーはミシューに聞く。

「ミシューちゃんは、飲んでる?」

「はい。飲んでます。本来は一日一本ですけど、商品を早く体感したくて、朝と晩に一本ずつ飲んでいます。おかげで一日、一クラール睡眠でも元気に活動できるようになりました」

「へえ、それは素晴らしい。さすがは、ミシューちゃんだね」

「でも、ヴァイタルポーションの飲み過ぎで、あなた薬臭いわよ。そんなに飲んでいると、身体の中身が全部、ヴァイタルポーションになってしまうわよと、アップラインに言われちゃいました(笑)」

「あはは。それは面白い(笑)」

「……(絶句)」

 小粋なビジネスジョークで大いに盛り上がる二人。傍から見ていて、カーリャは何が面白いのか全く理解できなかった。

 ザックバッハーはミシューが順調にハラム製品を過剰消費していることに対する満足げな笑みを浮かべると甘露のような優しい声色で激励を送った。

「さすが、ミシューちゃん。頑張っているね。この調子でたくさん、ハラムの製品を広げてね。ミシューちゃんのこれからの活躍に期待しているよ」

「はいっ!」

 ザックバッハーの言葉にミシューは元気よく返事をする。まるで場末のアイドルに会った追っかけファンみたいな態度である。

 しかし、ここでまた聞き捨てならない言葉を聞いた。毎日、一クラール睡眠とは。布団に入って軽く寝て、すぐに起きるぐらいの感覚である。そんな事をしていたら冗談抜きで身体を壊す。おそらく、疲労をごまかす成分が、件のヴァイタルポーションに入っているに違いない。等価交換もなしに無尽蔵に疲労を回復させるなど、錬金組合の扱うきちんと薬効の確認されたポーションの類にすらほとんどありはしない。あるとしても希少性の高い秘薬の類であり、一般流通するような代物ではない。無理をすれば、いくら若いと言っても必ず後でガタがくる。早いところ、今の状況を何とかしなければとカーリャはふたたび強く思った。

「じゃあ、頑張ってね」

 そういうなり、ザックバッハーはミシューの傍から離れて行った。


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