「気づけばすでに手遅れだった」 5
「ここだよ」
ミシューに件のハラムという怪しげな事業団体の行う会合の開催場所として連れてこられた場所は巨大な柵で覆われた、広大な敷地面積を持つ絢爛な屋敷であった。煌びやかで見目麗しき巨大な邸宅は意外な事に、中流階級の市民が主だって住まうクリュール区の一角に位置していた。
場所としてはおおよそ山の手沿い。外層よりも王都方面に近い位置に面しており、山の手寄りという事でこの屋敷の所有者がそれなりの資産家である事が知れた。
ただ、本当の意味での資産家は中層であるクリュール区ではなく王城に近いシャーレ区やメフェス区などに居住するものである。現に子爵以上の爵位を持つ者は大半が王城の近くに居住区を持つし、カーリャにとって仮の実家であるレベリオン家が居住を構えるのもメフェス区である。ただ、レベリオン家はそこまで財力がすぐれていないのでメフェス区でも王城から離れた位置にある。国家設立からの立役者であるのでまだ国が興されて程ない頃、忠臣として仕えた功を労い、当時の国王から下賜された居住区を今も代々守り続けているらしい。まるで飼い主の帰りを待つ忠犬のような一族だとカーリャは思う。
そのような国家の事情と照らし合わせてみせるのならば、いかに豪邸であろうともクリュール区辺りに屋敷を構える者は真に豊かとはいえない。中流階層の平民に混じって暮らしている事自体が貴族としての品位に欠けるし、当然ながら居住を構えるにも審査がある。審査に通らないという事はそれ相応の評価しかされない身分だという事である。
なぜ、カーリャがそのような事を考えるかというと、それには一つの理由がある。それは彼女がこの屋敷の所有者の事を知っているからである。
厳密には、知っているだけで知り合いというわけではない。そもそもが、知ったのもつい先日の事である。つまりはクリュール区で起きている一連の事件についての情報を精査している中で知識としてだけ知った事柄であり、当然ながらクリュール区の暗澹たる闇に深くかかわる事実でもあった。
ダフトフ=ノーヴ=バンドゥ。
この屋敷の所有者の名である。そして、先の円卓議会の後にバナンの口から出た、此度の闇取引の黒幕の名でもあった。
ミシューと共に例のハラムについて調べる中で、いつか接触すると思っていたが、まさかこうも早く訪れることになるとは夢にも思わなかった。始まりの冒険の街を出たら隣が魔王城だったような話である。あるいは殺人犯を追い詰めるためにやってきた警察が一晩の宿を確保したら、隣の部屋で眠っていたのがその殺人鬼だった、という例え話はどうだろうか。
しかし、まさか爵位の者が自分の屋敷に、無差別に市民を招き入れるとは思っていなかった。爵位を持つ者は職業柄、自らの屋敷で社交界等、何らかの催しをすることがあるので、ホール等の人が集まれる設備を持つ事が多い。
ただ、逆を返せばそれは貴族やそれに準ずる要人の為に準備された設備であり、市民等の憩いの場にするために用意されたものではない。それをわざわざ、自分の悪事の為に解放するとは、肝が据わっているのかあるいはただの愚か者なのか、解らない。
ただ、事実として貴族のそういった懐の広さを見せることによって民衆の支持を強く得るという効果もあるのだろう。中々に図太い。
邸宅を外観から見る。
不法侵入を許すまじと柵に囲まれた邸宅。敷地面積は広い。クリュール区すまいの男爵位とは思えないほどに絢爛な印象を与える邸宅で、庭も見栄えよく選定されている。風景的な描写を重視しているらしく、麗しき花々が多種多様に咲き乱れている。殺風景で質実を体現したようなレベリオン家の庭とは大違いである。これだけの見事な庭園、維持をするにも相当に金がかかるだろうに、男爵位とは思えないほどに資金が潤沢である理由を知っているからこそ、カーリャは複雑な心境だった。
門は開かれていた。
そして門の前には衛兵が二人。勘だが、カーリャの目から見て随分と訓練の施された様子に見える。たかが男爵の邸宅を守るには不相応なほどに隙が無い。これだけ練度の高い衛兵、雇うにもさぞ金がかかる事であろう。こういう所にも潤沢な資金が見え隠れする。
しかし、これだけ隙のない衛兵の間隙をついて中に入るのはさぞ難しい事であろう。警備体制の潤沢さを強く感じるが、ただの男爵風情にこれほどの警備が必要なのかという疑念も同時に生まれずにはいられなかった。よもすれば、この国の信任浅い女王陛下よりも手厚い警護体制かもしれない。まあ、最近は警護体制も一時よりはましになったものだが。
しかし。
「これだけ警備が厳重だと、フリーパスとはいかないわね。どうやって中に入るのかしら。まさか、普通に入れてくれるとも思えないし」
「え。普通に入れてくれるよ」
「え?」
「え?」
ミシューの何を言っているんだという「え」に対して、お前こそ何を言っているんだというカーリャの「え」が対峙する。「え」の一騎打ちである。
カーリャは戸惑いを隠せないように屋敷を指さしてミシューに問いただした。
「だって、これ。貴族の屋敷でしょ。貴族が平民を自分の邸宅に、普通に入れてくれるって、そんなこと、あるわけないじゃないの」
「良く知ってるね。カーリャ。そうそう。バンドゥ家のお屋敷。中々、豪華だよね。うちの屋敷には劣るけど」
「あんたの実家は小金溜めてそうだしね」
「まーね。でも、それにしてもカーリャ。中々に調べているじゃん。いやいや言いながらも、なんだかんだでハラムビジネスに興味があるんじゃない?今日は、色々勉強してみるといいよ。きっと価値観変わるから。私たち、ビジネス仲間としてもいい関係になれると思うの。カーリャは私を冒険でリードして、私はカーリャをビジネスでリードするの。私、立派なAさんになれるように頑張るから、一緒にハラムの素敵な商品を広めるの、頑張ろう」
「だからエーサンって何よ。エーサンビーサンって新手の漫才コンビ?あと、圧が怖い。ガンギマリの目でこっちを見るな」
今日のミシューの放つ言葉はいつもに増して訳が分からない。普段はなんとなく行間や話の前後から何を言わんとしているのか、おおよその見当はつくのだが、今日はそれすら無理である。一言一言になんともいえない不可思議な熱気が込められていて、それがなんとも嫌な悪寒を招くのだった。要約すると、不気味怖い。
「じゃあ、入ろうか」
「へ?」
ミシューは門番に愛想よく挨拶する。門番もミシューの顔を見知っているのか、相貌を緩めた。こういう人当たりの良さは洗脳前とさほど変わっていない。彼女をまっとうな飲食店店主に戻す為に、さっさと洗脳を解かなければとカーリャは強く思う。
「行こう。カーリャ」
「え、ええ」
おそらく今日も今日とて眉間にしわが寄っていたせいだろうか。あるいは生まれながらに人相が悪いせいなのか。強面の門番二人に、なぜかカーリャだけ睨まれながら二人は屋敷の中に足を踏み入れた。
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