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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第三章 「気づけばすでに手遅れだった」

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「気づけばすでに手遅れだった」 4

 

「これが在庫です」

「んな!」

 今まで無数の美味しい小麦風船を生み出していた素敵なバックヤードの厨房は、順調すぎる程順調にハラムグッツに占拠されていた。具体的には厨房半分を埋め尽くす木箱。そのすべてに、満載のハラム商品が詰め込まれていた。

「商売の基本は、先行投資だよね」

「……」

 数秒前の自分を責めたい。思い返せばこの小娘は普段はチキンで妙に怖気ずく癖にいざという時の舞台度胸は据わっているのであった。今回も同じ状況である。具体的な例を言えば、制御に失敗したら暴発して死ぬような魔術を何の相談もなしに放ったり。

 そんな悪い癖が今回もものの見事に発動してしまったらしい。ちょっとした雑貨屋が開けそうなほどに在庫を一括で先行投資していた。しかも、実際に雑貨屋を開いているので余計に質が悪い。無店舗営業のビジネスではなかったのだろうか。

 カーリャの苛立ちなど何のその。ミシューはドヤ顔でどうやどうやと語り始める。

「実はこれには訳があってね。本来なら、私たちハラムのディストリビューターは、一時節、九十余日の中で厳密なノルマを果たさなければ正規代理店として収益化が認められないんだ。正確には、一時節の販売ノルマが大金貨三枚ね」

「大金貨三枚、そりゃあ随分な金額ね。いや、まあ事業ならばそのぐらいの売り上げが求められる物なのか。うーん」

 大金貨三枚ともなると相当な金額である。簡単な例えをすると、中流階級の家族が一時節の間、食費や雑費など、全ての出費を合わせたうえで状況によっては貯蓄に回せる程の大金と言えば良いのだろうか。

 新人の正一統騎士が貰う一時節の給料が確か大金貨三枚だったような気がした。やはり新人待遇なので騎士全体からすれば安いが、騎士は昇給も早いし年金や危険手当等の福祉も充実している。悪い仕事ではない。

 従騎士の待遇?聞くな。昇給しないし福祉も全然充実してねえよ。

 それはともかくとして、ミシューはたいして興味のないハラムの代理店事情を語り続ける。

「それで、売り上げの一定ノルマを達成して正規代理店として昇格したディストリビューターをブロンズディストリビューターと言うんだよね。ここまでくると一人前として認められるわけよ」

「へ、へえ」

「でも、これには抜け道があってね。実は初期投資を一定額すると、ブロンズを通り越してシルバーディストリビューターとして初期登録が可能なのよ。シルバーディストリビューターになると、自分のダウンラインの三段階下まで収益が入ってくるわけ」

「あ、うん。そうなの。へえ」

「素晴らしいビジネスモデルでしょ。私、感心しちゃった。いや~、初めは私も騙されたと思ったんだけどね。実際に聞くと見るとだと大違いだよね。ちゃんと貴族の管理下で運営されているし、バックボーンとなる会社もしっかりしているし。なんでも自分の目で見聞きした方が本当に正しいよね」

「あ、え。うん。そうね。そうかもしれないわね。あー。あーまあ。あーそーね」

「ちなみに、この初期投資を私たちのチームでは白金貨投資と呼んでいてね。基本的にある程度資本力のある人間がこの投資方法を薦められるんだけど、やはり行動を起こすならばのるか、反るかだと思うから。初期投資にリスクを恐れるのはとてもいけない事だと思うんだよね。そう思うでしょ。カーリャも」

「あーうん。まあ、そうね。そうそう。そのとおりねー……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ん?」

 カーリャはあまり記憶にとどめておきたくなかった情報なので必要な事だけある程度さらって、他の情報は適度に聞き流していたのだが、話の中でどうにも、どうしても聞き逃せない部分があって、あえて、触れたくなかったが竜の巣の卵を突くような心境でミシューに確認することにした。

「ちょっと、質問があるんだけど」

「なに?興味がわいた。仕方がないな。そんなに私の知っている凄い人に会いたい?でも忙しいからな。どうしてもっていうのならば、どうにか私から時間を取ってもらえるように頼んでも……」

「いや、それは良いんだけど。ちょっと確認したいのよ。今さ、白金貨投資って言った?」

「言ったけど。なに、興味があるの?レベリオン家。貧乏なんでしょ。カーリャも稼ぎは少なそうだし」

「ほっとけ。それよりも、白金貨ってあれ?あの金貨の中で一番価値のある大金貨よりも高くて、一枚で宝石や高い魔道具すら買えるあの、白金貨?」

「そうそう。一番貨幣価値があるあの白金貨ね。あっちの世界でいう福沢諭吉の札束みたいなものなのかなあ。って、カーリャに言ってもわからないか。その白金貨ね」

「それを、投資したの?」

「うん」

「もちろん、一枚だけよね」

「え?」

「え?」


 〇―〇―〇


「ミシュー」

「はい」

「これ、貴方が自慢していた預金壺よね」

「はい」

「ずいぶんと、奇抜な形をしていたからよく覚えていたわ。随分とずっしりとしていたので、これだけ蓄えがあればしばらくは安心だと思ってひそかに、心ながらに友人の繁栄を喜んでいたのを覚えているわ」

「はい」

「たぶん、私の目算では白金貨換算で十枚近くの残高はあったはずよ。竜退治の報奨を加えても、中々に頑張って稼いだ額だとひそかに感心した物よ」

「はい」

「それで」

 カーリャは、机の上に乗っかった空っぽの壺を指さして聞いた。ちなみに壺の端には『壺屋ポルン』と書かれていたが聞いた事もないのであえて気には留めない。

「これの中身はどこなのかしら」

「……ぅおししました」

「何。声が小さいだけど」

「……しました」

「大きな声でしゃべらんか!」

「投資しました!」

 パコン。

 カーリャの力強く投げつけたハラム特製米ぬか石鹸が、ミシューの頭に強くぶつかった。米ぬかの石鹸は打撃武器としてそこそこ有効でミシューは痛そうに頭を抱えた。ちなみにこの石鹸、実は食べられる。

 カーリャはあまりにもあまりな状況にさすがに、声を荒げてミシューに詰め寄った。

「投資しただあ!あれだけの蓄えを!この前まで素寒貧で破産寸前で、夏まで店が持つかなあとかとか言っていた小娘が、ちょっと増えた蓄えを、貯蓄し続けることもなく、全部使ってしまっただあ!無計画にも程があるでしょうが!」

「だって。カーリャ言ってたじゃん。私、冒険者になりたいのって。だから同じ志を共有する仲間としては一緒に冒険してあげたんじゃないの。方向性は若干違うかもしれないけどさ」

「そういう冒険は求めていないのよ!無計画すぎるでしょうが!パーティー解散よ!あんたとはやってられんわ!」

「そんな。少し音楽性が違っただけじゃない。これから奏でる音を一緒に調律していこう。ね?」

「うるさい!馬鹿!ぶっ殺すわよ!」

「あ。今日初めてだね。それがないとカーリャっぽくないよね。初ぶっ殺す。頂きました」

「マジ殺す!本気で、殺す!人をおちょくるのも大概にしろ!」

「ごめんなさいぃぃぃいい!」

 いい加減、堪忍袋の緒が切れて、カーリャはミシューの襟首をつかみそのまま持ち上げた。ミシューは必死の抵抗をするがまさに暖簾に腕押し。糠に釘。短い手足でポカポカしたところで、魔王に対する針の一撃。ダメージなんか通りはしない。

 しばらく、力強く締め上げたところでようやく満足したのか、カーリャは水気の抜けたフランスパンのように軽いミシューを静かにおろすと、苛立ちを隠すことなく殴るように強い口調で言った。

「まあ、いいわ。とりあえず、この一連の馬鹿げた行為についての所在は一旦、置いておくことにして。ミシュー。私の質問に答えなさい」

「え?なに、ビジネスプランについて聞きたい?いくらでも説明するよ。こんな日がいつか来ると思って必死に練習したからね。えーと、こうピラミッドがあって……あいたっ!」

 カーリャは、ミシューがいつの間にかプレゼン用に持ってきたハラムのパンフレットを無言で取り上げると、それを丸めて思いっきりミシューの頭に振り下ろした。隙あらば勧誘しようとする。完全に洗脳されている。油断する暇もない。

「んなこたあどうでもいいのよ。聞きたいことは一つ。そういうのって怪しげな会合とかあるんでしょ。なんか、定期的に人集めて如何にわが社の商品は良いか説明したり、如何に会社の商品を広めることが社会貢献になるか説明したりする、そういうちょっと背筋が凍る系の圧が強い会合が。あんた、シルバーバスターとかシルバーブラスターとかそういう系の販売員なんでしょ。ちょっと、私を連れて行きなさいよ」

「なんだ。カーリャも人が悪いなあ。仲間に入りたいならそういえばいいのに。いいよ。連れて行ってあげる。きっとカーリャも気に入るよ。カーリャみたいな人間でも友達がたくさんできるし。仲間っていいよ。特に互いに高めあえる仲間。みんな前向きだし、カーリャみたいな内臓がねじくれ曲がっている人間でもきっと受けいれてもらえるよ。幸せや将来の目標、探しに行こう」

 ミシューが話している最中、何度か刀を抜こうとしてしまったが、これ以上話を長引かせるとらちが明かないのでカーリャは黙っていることにした。殺害予告を、もう少しで予告で済ませなくなさそうな殺意に包まれながらもカーリャは心の中で「洗脳されているだけなんだ。我慢。我慢」と呟く。しばらくすると心の中が悟りを開いた涅槃モードに突入したのでカーリャはそこでようやく、口を開く。

「で。何時よ?」

 その言葉に、ミシューは指をピンと上げてにこやかな笑顔で答えた。

「今日の、この後」


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