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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第三章 「気づけばすでに手遅れだった」

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「気づけばすでに手遅れだった」 3

 さすがにランチメニューを内容物不明な謎ポーションで終わらすのは忍びない。というか、パン屋なのにパンの一つも置いていない。棚に並んでいるのはなんちゃらとか、かんちゃらとかいう化粧品や石鹸ばかりである。いっそ本当にフライパンをバリバリに砕いて強引に食っちまおうかと思い始めた頃合い。

「なんだ。あるじゃない」

 店の一角の小さなコーナーに焼いてから時間のたったコッペパンが幾つか置いてあった。冷め具合から相当に時間が経っているらしい。普段のこの店からは考えられない事であるが、理由は勿論この奇抜な店内と店主の奇行なのであろう。

 昼食時に味気の無いコッペパンというのも寂しいものだがこれしかないのだから仕方がない。足りない分はこの後、店主にじっくりと払ってもらう事にしよう。精神的に。

 カーリャは、ここに来る前に何か食べてくればよかった、失敗したとばかりにコッペパンを二つ手に取る。

 そこで、妙に嫌な予感がした。

 視線を軽く店主に移すと、店主の瞳は何かに期待しているような色合いだった。そう、まるでさきほどカーリャがヴァイタルポーションを手に取った時と同じ、そのような色合い。

 本来、彼女の店の商品であるコッペパンでそのような表情をするのは怪しい。カーリャの七色に鈍く光る勘がそれを告げていた。

 カーリャはコッペパンの両端を両手でつかむと力を少し込めた。コッペパンは引きちぎられるように二つに割れる。

 カーリャはコッペパンの断面を注意深く確認した。色合いがおかしい。若干、赤みがかかっている。普通に考えると、新メニュー開発でなにか面白い食材を混ぜ合わせたと考えられるが、今日の行動パティーンから想像するにそれも一概に信じることができない。

 カーリャはコッペパンを軽くちぎると注意深く、一口含む。いざという時、すぐに吐き出せるようにである。カーリャは毒物の類に関しては注意深い。友人の店で出される食べ物を毒物扱いするのもどうだろうという話だが、そうとも言ってられないほど今日のミシューは信用できなかった。

 目算は当たり、舌に触れると、妙な味がした。小麦本来の甘味、風味は見事に打ち消され、不可思議な苦みと臭みが内包されていた。一言であらわすならば、食事をしているのではなく薬を飲んでいるような感覚であった。

 舌がざらつく。最悪だ。ギャグのように噴き出すほどまずければ笑い話にもなったが、普通にまずい。飲み込める程度にまずいところが店主の中途半端な生き様を想起させる。

 カーリャは店主を睨みつけて、聞きたくもないが、確認の意味も含めて、あえて聞く事にした。

「ねえ。何を入れたの?」

 するとミシューはカウンターの中から森林のパッケージイラストの描かれた紙袋を取り出して、ガンギマリ気味の怪しげな眼光で話を始める。

「これこれ。ゼファリアパウダーっていってね。どういうものかというとセインブルグ王国でも随一の広さを誇るゼファーリア大森林から千種類近くの原生植物を採取してその薬効を調べたのよ。そして、その中で人体に良い効能を持つ十二種類の植物に焦点を絞ってね。その薬効成分だけを抽出して粉末状にしたものがこれなのよ。勿論、錬金協会で使用禁止になっている薬物とは合致しないから安心して。違法じゃないから。でも、効能はすごいの。例えばね、このイチョウハなんかはアウラの乱れを正常にし、人間本来の持つ集中力や認知力を増幅させるのよ。実際、アッテルト区に住む六十過ぎの認知能力に悩む老人がこれを三十日服用したところ、再びガリア語の読み書きが出来るようになったの。ねえ、やばくない。他にも、人体機能を活性化する薬効の原料がたくさん。本来、水で溶いて飲むんだけどパンに混ぜ合わせたら面白かなと思って。ちなみにこのゼファリアパウダー。この手のひら大の小袋で銀貨三枚なんだけど卸売り価格なら銀貨二枚で買えるのよ。大体、この小袋で三十日は持つからね。まあ、私のアップラインなんかはあまりにも大好きで、十日で一袋空けちゃうんけどね。笑けるでしょ。原料費高いから本来、それも一個で小銀貨一枚ぐらいは貰いたいだけどお客様特典のサービス価格でランチメニューの一品に組み込んじゃっていいから。で、気に入ったら卸売価格で買えるように取り合ってあげるから。その方がきっとカーリャの為だしね。さあ、遠慮しないで食べて。食べて。売れ残っているから二つと言わず、三つでも四つでも持って行っていいからね」


 ぷちん。


「お前いいかげんにせえやあぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」

「あだあだだあだだだだだぁぁぁギブギブギブギブギィィィイィィ!!!」

 カーリャ渾身のアイアンクローがミシューの顔面に炸裂する。十余年、鉄製の金属である刀を振り続けて鍛え上げられた握力が生み出す力は、ミシューのへなちょこで、ラザーニア産の糖分をたっぷり吸収して優秀なモヤシとして育ったカルシウム不足な顔面に対してミシミシと奇怪な音を鳴らすのであった。

 いい加減、苛立ちの限界であった。



 ..03-03


「で?」

 強引に店主を窓際の特等席に座らせて、カーリャはドスの利いた声で静かにそう、問うた。店が絶賛営業中なのに店主を出張らすのは普段は大変よろしくない事なのだが、どうせこの様である。ほぼほぼ確実に、客が訪れることはないだろうとカーリャは確信的に思った。

 まあ、例のハラムの人間がビジネス?の打ち合わせに来る可能性も否定できないが、その場合は強引にお引き取り願おうと思う。主に物理力にものを言わせて。

「これは、どういうこと?」

 机の上を指でトントン叩きながらカーリャはミシューに問い詰める。イラついていますアピールである。ラファール小隊長がカーリャ=レベリオンと話している時に度々やるのだが、なるほど、やられる立場になってみると本当にはらわたが煮えくり返っているのが判る。勤務態度を改める気は微塵もないが。

 ちなみに対峙しているミシューは虎に睨まれた兎のようにシュンとしている。実際の力関係としては虎と兎ほどに開いているのでまあ、状況は間違っちゃあいない。

 カーリャは問いつめちゃって悪いなーと思いつつも、自分の圧に徐々に弱っていくミシューを見て何とも言えない感覚に陥る。おそらく、これが支配欲という物なのだろう。まあ、この娘の場合、甘い顔をすると瞬間的につけあがるのだから定期的に怖がらせておいた方が良いのかもしれない。

 カーリャは何から聞こうかと迷うが、とりあえず。

「まず、経緯は?」

「経緯ともうしますと?」

 ミシューのおずおずとした返答にカーリャはイラっとして声を少し荒げる。

「どういう流れでこうなったかという事よ。いったい誰に、いつ、どうやって誘われて件のハラムとかいう事業を始める気になったのよ。とっとと答えなさい。五秒以上は待たないわよ。五、四、三二一……」

「言います!言います!友人に誘われました!友人に誘われて始めることにしました!」

「友人ねえ」

 カーリャは思い返して、妙に納得する。たしかに、友人に誘われて始めたという状況がハラムという事業には多いらしい。今日のように話のネタに誘われるがまま、なんともなしに本店に連れていかれ、気付かない間に事業を始めていることが多いとクリュール区の市長から議会の後、補足的に聞いている。

 しかし。

「あんた、友人なんていたの?」

「カーリャに言われたくない」

「あん」

「あの、お願いだから刀、向けないで」

 カーリャに友達いないは禁句であった。友達がいないのではない。作らないのである。作ろうと思えばすぐに作れるのである。この小娘はそれをわかっていない。

 カーリャはぶった斬ろうと思って振り上げた刀を静かに仕舞うと、思い耽る。

 すると、その答えを告げるかのように。

「学生時代の友達だよ。うーん。まあ、厳密には友人といえるほどの仲でもなかったけど。たまたま同じアークガイア在住という事で、意気投合しちゃってさ。袖振り合うも他生の縁と思ったわけよ」

「あそ。そいつが事の元凶というわけね。なるほど、なるほど」

「そーそー」

「じゃあ、そいつ。今すぐここに連れて来なさい。叩き斬ってあげるから。友達の生斬首よ。見たいでしょう」

「やめてやめて!お願いだから!」

「チ」

 カーリャは舌打ちをする。対するミシューは焦りを禁じ得ない。この目の前の血に飢えた魔性はやる時は本当にやりそうで怖い。酒とか飲ませたら刀振り回して大暴れするタイプに違いない。

「それで」

 カーリャは次いで聞く。

「どれぐらいの期間、やっているの?」

「えーと。一週間ぐらい?」

「週間ってなによ。何日かで答えなさい」

「えーと、正確には十日ぐらい、かな?」

「十日、ねえ」

 契約登録してまだ幾日も過ぎていない。その割には妙に染まりすぎだが、それは店主のなんでもすぐに没頭してしまう悪癖が文字通り、悪い方にはまってしまったという事なのだろう。実際、まだ十二分に引き返せる領域にはあるとカーリャは思った。

 しかし。

 そこでふと、思い返すのが店に陳列された無数のハラム製品。この店に陳列されている以上、購入したという事は間違いないに違いない。ただ、陳列されているだけでもかなりの数になるし、おまけに商品単価も相当に高い事を話の節々から知ることができた。

 カーリャは、おそるおそる聞く。

「ねえ、ミシュー」

「なに」

「購入したのは、あそこに並んでいるだけ?」

「え?」

「え?」

 ミシューがどうして、そんな解り切った事を聞くのというニュアンスの「え?」を放ってきたのでカーリャは何をわけわからない表情をしているんだこの小娘はという意味の「え?」で返した。

 ミシューはパタパタと手を振る。

「まさかー。んなわけないじゃん」

「そーね。そうよね」



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