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ルインシールサーガ 二章 奴隷紋は光らない  作者: 宮下しのぶ
第三章 「気づけばすでに手遅れだった」

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「気づけばすでに手遅れだった」 2

 

「あー、誰かと思ったらカーリャじゃない。あまりにも人相が悪いから突然、血に飢えた辻斬りでもやってきたと思ったよ。もう、脅かさないでよ。悪い子さんなんだから。ちょうどよかった。色々と店内の商品陳列を変えていい感じにリニューアルしたから見て行ってよ。たぶん、欲しい幸せがたくさん見つかると思うよ。新作商品にも余念がないから気に入ったのがあったら遠慮なく手に取って行って。もし欲しいのがあればディストリビューター価格で買えるようにうまく取り合ってあげるから。ほらほら、そんなところにボケっと突っ立っていないで。まるで仕事覚えたてのBさんみたいじゃない。遠慮しないで、入った。入った」

 あまりの、あまりな事態に呆然自失しつつもドン引きしていた事にミシューは気付きもせず、カーリャを店の中に促した。

 前々からこの小娘は微妙に空気の読めない部分があったが今日はなぜか三割増しに様子のおかしな気がした。カーリャはどうしても、それを気のせいだと思いたかったのであえて触れないことにしたが。てか、ビーサンってなんだよ。

「今日は店に閑古鳥鳴いているから、どこにでも好きな席に座っていいよ。全席オープンってやつだね。もう、ビックリするほど自由席。どぞどぞ」

「……え?」

 聞き捨てならない言葉を耳にし、再びあっけにとられながらも、釈然としない様子でカーリャは店の中に足を踏み入れた。

 店の中はまさに、彼女の言葉通りの様相であった。すでに二刻目の鐘が鳴りだいぶ経つ。太陽はもうすぐ天の頂点に到達する頃合いで、気の早い人間などは昼食をとっている時間である。

 ブーランジェリースフィールも、地域密着型と言いながらも昼食時はかきいれ時であり、カーリャもここ最近は、時間帯を間違えると席を確保するのが難しい状況であった。

 固定客が増えるのは良いが静かに過ごせる時間が奪われるのは面白くなかった。ただ、自分の推しの店が徐々に認知度を広めていく様子は内心で喜ばしくもあるというのが実際の本音であった。

 それなのに。

 困惑を内包した胸の内のまま、もやもやした気持ちでカーリャは彼女の特等席である窓際の端に座る。通称、ボッチ席。絶妙に死角で誰からも話しかけられない点が素晴らしいプレミアムシートであった。

 だが、ここまで人気がないのならばどこの席でも同じである。すべてがプレミアムのアリーナシートである。野ざらし極まりない。晒上げにも程がある。

「カーリャはいつものランチメニューでいいんだよね。一応、メニューは置いておくから、普段通り欲しい物を適当に見繕ってね」

 そう言いながら、ミシューはそそくさと机の上にメニューを置いていった。ブックタイプになっている卓上のメニューである。開くと簡単なお品書きがあらわれる。なんの代り映えの無いどこにでもあるような普通のメニューであった。

 いや、それはいいのだが。

 問題は、メニューを開いた時に机の上にぺらりんと落ちてきた一枚の紙であった。なんともなしに拾い眺めてみるとそれは、先ほどミシューの言っていたハラム公認ディストリビューターとかいうよくわからないものに登録するための用紙であった。

 ご丁寧にも先日の議題で話題の出たアカシア紙で書かれている。呪術的要素が含まれているので迂闊に契約書に名前を記載しては大変なことになる。カーリャはミシューの見ている前でビリビリに力一杯、容赦の欠片もなく破り捨てた。

 ミシューが「あー」と驚いたような残念そうな顔をするが頭を抱えたいのはこちらの方である。息を吸うように勧誘しないで欲しい。あと、手に持っているそれ。『ハラムへのご案内』って書いてあるパンフレット。読まないから手渡すタイミング窺ってないでとっとと仕舞え。小娘。

 それでも手渡そうと、オドオドしている小娘を強く睨みつけると、猫と対峙した鼠のようにおびえた様子で奥へ逃げ去って行った。カーリャは嘆息交じりにそれを見送る。本当に様子がおかしい。具体的なカラーで表現するならば黒だ。それも相当に真っ黒。ド漆黒という奴である。

 まあ、呆れていても仕方がない。黒と解った以上、することは一つである。カーリャは後に待っている説教タイムで何を話そうかと思案しながら、ランチセットにメニューとして添え付けられているパンを選ぶためにゆっくりと席を立った。

 ブーランジェリースフィールで提供しているランチセットの一つに、サラダと珈琲に加えて二個のパンを自由に取り分けて良いというものがある。パンの価格帯がいくらであってもお値段据え置きで好きな物を自由に選べるというお得感満載で、比較的人気なメニューの一つであった。

 カーリャは普段、このランチセットを頼み、その日一番高いパンを二つ選ぶことにしていた。その方が財布に優しいからである。セレブレティでも経済的に活動する。それがカーリャ=レベリオンの生きざまであった。親友に対する優しさは微塵も存在しないが。

 カーリャは、入り口付近の棚に置かれていたトレイとトングを手に取る。狙うは総菜パン。出来れば肉厚の腸詰を挟んだ物がいい。ブーランジェリースフィールで提供される腸詰はパンとの比率が一対一になっているので食いでがある。ちなみに一度、「いっそパンを無くして、その分腸詰を大きくしましょうよ」と言ったら本気で切れられた事がある。何が逆鱗に触れたのかいまだにわからない。

 とりあえず軽く腹ごなしでもして、それからこれまでの状況を説明してもらう事にしようかなとカーリャは短絡的に考える。どのみち、ここまで手遅れならば急ぐ必要もあるまい。そんな物思いに耽りながら、トングをカチャカチャ鳴らし、カーリャは陳列棚を一瞥することにした。

 そこには、驚愕の光景が広がっていた。

 陳列棚に見目麗しい芸術のような鮮やかな小麦色のパンの代わりに並ぶのは、ハラムで販売されている高額かつ理解に苦しむ訳の分からない日用品の数々だった。

 具体的には、薬、薬、薬、薬、薬、石鹸、石鹸、薬、石鹸、フライパン、薬、化粧品、化粧品、化粧品の順である。

 さすがにパンはパンでもフライパンは食べられそうになかった。人体は小麦を消化することは出来るが、鉄を吸収するようには作られていないのであるが、あの小娘はそろそろ、そんな基本的なことまで忘れてしまったのかと不安に思う。

 カーリャは取り合えず、手元にあった薬の瓶を一つつまむ。まさか、こんなくだらないものでランチメニューの一品としてカウントされるのではないかなと不安にかられたがどうやらそういうことは無いらしい。店主はニコニコと厨房の隅から無言でこちらを見ている。怖かった。

 瓶のラベルを見ると『ヴァイタルポーション』と書かれているので、おそらくこれが商品名なのだろう。赤い色合いをした液状の飲み物であった。野菜か果実をすり潰して精製した飲料水かなと思ったのだが、透明すぎる色合いからどうみても果汁飲料の類には思えなかった。

 ちなみに実際のポーション、いわゆる液剤の類の無許可な製造、販売は違法行為である。薬物の取り扱いに関しては錬金協会という総合的な魔導技術の管理団体によって厳粛に定められており、錬金協会は大抵、その国の国家と繋がっているのでもし違法販売した場合、何らかの罰則が加わる。違法薬物を蔓延させる事による事故を防ぐための処置である。

 件のハラムという組織が錬金協会と繋がっている可能性も否定できないが、あの組織は新興の事業に易々と薬の利権を渡すほど緩い組織ではない。おそらく、錬金組合が使用許可を出している合法的な原料で精製した商品か、あるいは無許可の違法薬物だろう。

 前者なら、原料はほぼほぼ薬効の薄い物ばかりのなので薬としての効能は期待できないだろうし、後者なら違法薬物の無断製造という名目で警察を動かすことも出来る。どちらに転んでも幸せな未来はないという事なのだろうが。

「液状な苦手な人には、タブレットタイプもあるよ。一日三錠ずつで、一ヶ月分。お値段は卸売価格で大銀貨一枚だよ」

 うるせえよ。聞いてねえよ。あと、高えよ。大銀貨一枚あれば十日は余裕で暮らしていけるじゃねえか。こんな訳の分からない薬に大銀貨一枚も払いたくねえよ。

 レジカウンターから「買うかな?買うかな?」とコソコソこちらをうかがっているミシューが本当に目障りだった。大体、こんなイミフな飲み物で腹が膨れるわけがなかろうが。お前を取って食ってやろうかとカーリャは苛立ちながら思う。若干、腹が減ってきたので余計に気が立っていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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