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第三話 「牛の首に念仏」承3

『牛の首』の話を聞き終わった俺たちは、日が暮れる前に、ということで数名の警察官帯同のもと、さとるの野郎が予約していた老舗旅館に移動した。

改装されたばかりだそうで、外装は古そうだったのに内装は比較的新しかった。

木造だからか、木の良い香りがする。『牛の首』に怯えていた俺の心がいくらか癒された。

「え〜と、一応オカルト同好会の皆には、2部屋とってあるから、2つ鍵渡しとくね。まあ、さっき荷物置きに行った時、部屋見たら6人でも入りそうなぐらい広かったから、別れなくても良いんだけどね。」

そう言うと、謙信さんは、部屋番号が書かれたプラスチック製の札つきの鍵を2つ、部長に渡した。

受け取った部長が、「女子と男子で別れよっか。」と提案してきたので、そのままそういうことになった。

「ねぇねぇ江戸川く〜ん、ここ天然温泉らしいからさ〜一緒に入らない?お風呂でともに汗を流しながら、腹割って話そうや〜!」

さとるの野郎に気色悪い感じで呼び止められて誘われたので、「遠慮しときます!」と吐き捨てて、逃げた。なんで俺こんなに気に入られてるんだ?

そんなこんなで男子部屋に遅れて行ったら、存在ごと忘れられてるのか、鍵を閉められていたので、ピンポンした。

王子が開けてくれた。

「ごめん、トイレ入る前に何も考えずに閉めちゃった。」

王子はドア脇のトイレから出て来たばかりらしく、トイレの電気がついたままだった。

なるほど、ここオートロックなのか。俺より尿意だっただけらしい。存在を忘れられていたわけではない……のか?まあ、いいや、深く考えるのやめよう。

「あ、江戸川くん、夕飯7時から大広間らしいから、お風呂先に行きたかったら行っても良いからネ。」

「先輩方はどうされる感じですか?」

「俺は飯食った後に風呂入ると、胃に負担かけるから先に入りてぇ。」

流石体育会系柔道部、健康意識が素晴らしい。

「僕、お風呂はまだ良いかな。荷物整理したいし。あと、ちょっと気になることがあるんだよね。Wi-Fi繋いで、調べたい。」

王子がスマホ片手に、ちゃぶ台の上のお盆に置かれたカードを手に取りながら言った。調べたいことって、何だ?若干気になる。

「実はネ、さっき売店でご当地カップ麺見かけてネ、買って食べようかと思ってるんだよネ。だから、先お風呂入ってて良いヨ。」

あまりにキラッキラした目で部長が言うので、夕飯まであと2時間もないですよ、という言葉は飲み込んだ。1日何食たべてるんだこの人。

「じゃあ、湊と二人で入ってきちまうわ!」

ん?俺入るなんて言ったか?

「「うん、いってらっしゃ~い」」

なんか、すごく行くしかない雰囲気なので、俺も風呂に入ることにした。


風呂に行くと、まだ、俺たち二人しかいなかった。

「一番風呂じゃね!?」

加賀先輩大はしゃぎ。洗い場に、おなじみ馬油縛りのシャンプー、リンス、ボディソープが備え付けてあったので、ふと神主さんのことを思い出した。今回のことで、ガチで呪われてた場合は、あの人にお祓いしてもらおう。ていうか、前回のことがあってから、若干馬油信者なので、タダで使えるんなら、たっぷり使って丁寧に洗おうと思って、俺がシャンプーを毛の一本一本に揉みこむぐらい丁寧にしていると、隣のシャワーがきゅっと言って、加賀先輩の声がした。

「俺、露天の方行ってくるわ。」

「え、もう洗い終わったんですか?」

「体はな。先に頭洗ってから露天行くと頭冷やして風邪ひくぞ。」

え。俺頭から洗う派なんですが。

加賀先輩は行ってしまった。広い洗い場に俺一人。

シャンプーを流していると、隣の隣に30後半か40前半ぐらいの人が来た。眼鏡かけたまま、風呂に来てるよ、この人。あれ?バスツアーの参加者じゃない人だな、と思って、凝視していたら、目が合ってしまった。

「どうも~」

気まずさに耐えかねて軽く挨拶してみた。

「見ない顔だね。観光客さんかな?俺はここの常連。地元客。」

謎マウントを食らった。ここ宿泊客だけじゃなく、一般開放もしてるのか。

「まあ、そんなところですね。」

俺は苦笑いしつつ、リンスを開始した。なんとなくこの人の横で目をつぶりたくないので、目をつぶらずにリンスできるかチャレンジ!

なんてくだらないことをしつつ、俺が全身洗い終えると、その人も洗い終えて、示し合わせたわけでもないのに、一緒に加賀先輩の待つ、露天風呂に向かった。

「遅かったな…あ、どうも。」

加賀先輩も俺の隣にいるその人に困惑して、俺に、「どなた?」と耳打ちしてきたのだが、あいにく俺も知らん。

「なんか、地元の方みたいです。」

しばらく3人で、紅葉と夕日に囲まれながら、黙って風雅な露天風呂に浸かっていた。

あるとき、加賀先輩が、その地元客に話しかけた。

「え、柔道やってるんですか?」

ん?なんで何にも喋っていないのにそんな話になったんだ?

「ああ、うん。ああ、これ?」

と地元客が自分の耳を触って加賀先輩に見せた。なんか膨らんでる?不思議な形の耳だ。何のこっちゃ分からない。俺がきょろきょろしていると、加賀先輩が、教えてくれた。

「あれは、ギョーザ耳つって、寝技とかの練習で何度も耳を畳にこすりつけて内出血させるとああなるんだよ。柔道やってるヤツにとっては勲章。」

「詳しいね。君も柔道やるの?」

「はい!でも、寝技は痛みに負けてあんまやれてないんで、マジ尊敬っす!」

「昔ね〜寝技が流行った時があったからね〜。俺もやりたくなかったんだけどね。周りが皆やるから。」

ご機嫌になったその人は笑いながら答えた。

「柔道にも流行りとかあるんですね。」

俺も素人ながらに話に入ろうとしてみた。

「あるある。オリンピックで活躍した選手の得意技とか、皆真似する。」

「へ〜。」

なんかさっきの地元客マウントかましてきた人と同じ人とは思えないぐらい友好的なんだが。

「俺は、大外刈りばっかやってるんです。」

「あ〜大外刈りは、うちの奥さんも高校時代極めてたな〜。派手でかっこいいもんね。」

「え、奥さんも柔道やられてたんですか?」

「うん。高校の柔道部で出会って結婚したんだ。」

「え〜なんか良いっすね!今日も奥さんと来られてるんですか?」

「あ、いや、今日は、一人で来てるんだ。奥さんは、留守番、っていうか、ね。」

「……なんか踏み込んだこと聞いちゃってすみません。別に地元の銭湯なんて、わざわざ夫婦で行きませんよね!」

突然暗い雰囲気になったのを感じ取った加賀先輩が気まずさを吹き飛ばそうと明るく謝った。

たぶん加賀先輩は、夫婦仲が良好ではないのだと思ったんだろう。でも、なんとなく、母親の話を振られた時の俺に似てる気がして、思わず、「もしかして……」と口にしてしまった。

やばい。絶対に初対面で踏み込むべき領域じゃない。名前も知らないのに。

話の途中で黙りこくった俺に加賀先輩が、「どうした?」と聞いてきた。誤魔化す話題が他に浮かばない。

「あの、俺、母親が、小さい時に、死んじゃってて、父親と色んな所に行く度に『今日は、お母さんはどうしたの?』って、事情を知らない人に聞かれて。父親は、毎回『留守番です。』って答えてて。」

やばい、重苦しい空気を増幅してしまった。シーンってなっちゃった。

「そろそろのぼせるし、出ましょうか!」

俺は逃げるように勢いよく浴槽を飛び出して、屋内に入る扉に手をかけた。

「あ!俺、結城大輝って言います。」

自己紹介を、された。

「え、江戸川湊と申します。」

結城さんは、黒縁眼鏡の小学生探偵が頭に浮かんだのか、軽く目と口を開いて「おっ」と呟いた。

「加賀亮馬です。湊の、先輩です。」

「あ、やっぱり先輩後輩?そうかと思ったんだけど、湊くんの方は柔道全く知らないっぽいし、違うのかな、と。あ、出ようか。俺ものぼせるわ。」

皆で、風呂から上がった。露天で長風呂し過ぎたので、屋内の湯には浸からずに出た。

風呂から部屋に帰る途中、加賀先輩が少し先を歩くなか、歩みを遅めた結城さんが話してくれた。

「実はね、君のお母さんと同じく、うちの奥さんも7年前に死んじゃってて。乳がんでね。妊娠中だったんだ。妊婦健診で分かって。抗がん剤治療をね、赤ちゃん諦めないと出来ないって言われて、やらなかったんだよね、うちの奥さん。若いから進行するのが早くて。結局、産む前に死んじゃって。赤ちゃんもいなくて。こんなことなら、赤ちゃん諦めさせて、抗がん剤治療させれば良かったなぁって…、」

結城さんが涙声になり、言葉に詰まった。

「すみません、なんか、加賀先輩が結城さんご夫婦の仲が良くないって考えてそうだったんで、誤解なら、解きたくなってしまって、思わずあんなことを口走ってしまいました。」

俺が謝ると、結城さんが続けた。

「江戸川くんのお父さんの気持ち、分かるよ。『留守番です』って。正直に言ったら、相手に気遣わせるし。『この状況で奥さん置いてくるなんて、ひどい亭主だな!』って思われるんだろうなぁ、って思いながら、『留守番です』って言っちゃうんだよな〜。」

「父親が『留守番です』って言うの、横で聞いてて、俺、『本当はこの人お母さんのこと大好きなのに、なんでそんな雑に扱ってるみたいな話にするんだろう』ってずっと思ってたんで、つい。すみません。」

「ていうか、もしかしたら、大好きだから口に出したくないのかもね。『死んじゃった』って。」

そんな風に話しながら、俺たちが角を曲がって、中庭に面した大きな窓が何枚も続く廊下に出た時、全てが吹っ飛ぶ恐怖映像が俺の目に飛び込んできた。

「え、あれ、何ですかね?」

「ん?あれって?」

「ほら、中庭に、向こうのほうに……え?見えないんですか?あの、牛の、首だけの霊みたいなのが……!」

中庭にボウっと白い霊体のように浮かぶそれが、結城さんには見えていないようだったので、俺は廊下の先を行く加賀先輩に向かって「先輩、窓の外に牛の首が!」と声を張り上げた。

「え?」と振り返った加賀先輩は、恐る恐る窓ガラスに手をついて外を見て、「なんだよ、ビビらせんなよ!マジかと思ったじゃん!」と言った。は?

「え、先輩にも見えないんですか……?」

あ、窓の角度的な問題か?

「ちょ、加賀先輩、こっち来てください!」

「えぇ?」

面倒くさいと言わんばかりの態度の加賀先輩に、揺らめく牛の首が消える前にと焦った俺は、「良いから早く!」と言って、俺が見ていた窓まで呼びつけた。

そして、加賀先輩が窓を覗きに来る前に、牛の首は、ふっと消えてしまった。

「消えた……。え?」

「何?え??まさか、本当に見えてたとか言わないよな……?」

「逆に、先輩も結城さんも本当に何も見えなかったんですか……?」

やばいやばいやばいやばい俺しか見えてないってつまりそういうことじゃねえか!

俺は、背筋どころか全身が凍ったように感じた。

「牛の首って何?牛の頭部ってこと?中庭に牛がいたって話?」

『牛の首』を知らない結城さんがトンチンカンな返答しかしてくれない中、俺の反応を見て、俺が実際に牛の首の霊を見たことを信じてくれた加賀先輩に俺の恐怖心が伝染し、震え始めてしまった。

「あァれだよなァ、あれェ、あのォ、窓の角度的にィな、俺には見えなかったんだァなぁ!」

感覚的な位置関係からして、角度的に見えないなんて、そんなわけはない状況だった。その上、俺と同じ窓から中庭を見ていた結城さんにも見えていなかった。

あ、これ、やばいわ。マジもんに呪われたわ、俺。


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