6話 生温い復讐など、復讐ではない
翌日の早朝。
Dランク冒険者専用の宿【冒険の癒し亭】の2階。
そこには、4人の男女が慌てた様子で集まっていた。
その内の3人は寝起きなのか、髪の毛は寝癖が立ち、パジャマは着崩れ、眠たそうな眼を何度も閉じ開きしながら、自分達を集めた青年の前に集まる。
一方の青年の顔色はすこぶる悪く、何処か落ち着かない様子で部屋をウロチョロしていた。
「どうしたのよ、アルト…」
「こんな朝早くからよぉ…」
「アルト?」
そんな風に寝ぼけていたが、アルトのあまりの慌てように3人はただ事では無いのだと理解して真剣に話を聞く態度を取る。
その様子を確認したアルトは一呼吸してから、彼等に昨日起きた事を暴露する。
「嘘だろ?」
「フェルが生きていたの?…」
「フェル…」
アルトの言葉を聞いて、3人は激しく動揺する。
無理もないだろう、大穴で死んだと思っていた少年が生きていた事を知ったのだから。
「それってかなり不味いんじゃねぇのか!?」
「もし、それが本当なら私達かなりヤバくない!?」
ラーズとロゼッタが慌てふためく。
冒険者にとって裏切り行為は重罪であり、裏切り者は冒険者ギルド及び帝国の法に則って正当な裁きを受ける事になる。
冒険者学校を卒業しているロゼッタ、ラーズは勿論その規則を知っているので尚更、焦りを感じていた。
フェルが生きて来た、つまりそれは自分達がフェルを見殺しにした事が露呈してしまう。
「僕に考えがある。今すぐに、この国から出よう。」
「それって、逃げ出すって事?」
これまで、沈黙を貫いていたアリアが口を開く。
「ああ。君は納得出来ないだろうが、僕達にはもうそれしか方法が無い。
今頃、フェルは冒険者ギルドに僕達の裏切り行為を報告するだろう…そうなれば君も共犯として扱われる。
そうなれば、僕達は厳しい処罰を受ける、最悪の場合…あの監獄行きになる。」
「「「!?」」」
監獄。
その単語に、その場にいた全員が反応する。
監獄タルタロスとは、帝国内で重罪とされる罪を犯した者達が行き着く終着点。
一度入れば最後、脱獄する事は不可能だ。
死ぬまで、苦痛と恐怖と絶望の中で過ごす事になる。
そうなれば、もはや2度と陽の光を浴びる事は出来ないだろう。
「そんなの嫌よ!」
「ああ!」
「だから僕達は、今すぐにこの帝国を出よう!途中で僕達の家族を拾って、他国に亡命しよう!そうすれば、冒険者や帝国は干渉出来なくなるはずだ。」
「でも…」
「分かってくれアリア…僕達は家族だ。こんな所で、君達を酷い目に遭わせたくないんだ。」
わかっている。
アリアは、そう心の中で呟く。
幼い頃からずっと共に過ごして来たんだ、アルトの性格は充分過ぎるほどに理解している。
彼は優しい…特に私とロゼッタには、優し過ぎる程だ。
今回の行動も、そしてこれから行おうとしている行動も全て自分達の事を想ってなのだ。
でも、それと同時に酷い罪悪感と後悔に苛まれている。
本当にこれで良いのか…自首した方が良いのではないか…と。
フェルに会って謝りたい…そう思いつつも、行動できない自分にも嫌気がさしていた。
「アリア…」
ごめんなさい、フェル。
後悔と懺悔の言葉を吐き、彼女は決断する。
「アルトに従おう。」
「ええ、そうね!」
「最低限の荷物を持ってとっととズラかろうぜ!」
「安心してくれ、もう荷物は纏めてある。」
アルトが指を指す先には、3人の荷物が既に纏められ用意してあった。
更に、そこにはこれまで希望の灯火が貯金した一千万ソルテが入った皮袋も備え付けられていた。
用意周到だな。とラーズが呟くと、アルトは備えあれば憂いなしって事だ。と言葉を返す。
「さぁ、行こう!」
こうして、フェルを除いた希望の灯火メンバーは各々の荷物を背負い滞在先の宿屋を金で買収し少しでも時間を稼ぎながら、静かに帝国の地を去っていった。
逃げた果てに、希望が待ち受けていると信じて。
しかし。
その先に、恐怖と絶望が待ち受けていたのを彼等はまだ知らなかった。
アルト達が帝都から脱出した所を、隠れて監視していたギルドの諜報員が連絡系魔導具を起動させ、Dランク冒険者パーティー『希望の灯火』は裏切り行為を自首する事なく…更にはギルドに無断で帝国から逃げ出した旨を自身の上司であり、此度の事件の発端である『希望の灯火』担当受付嬢リリアーナに報告する。
諜報員の報告を受けたリリアーナは、ズレてもいないメガネをクイッと指で上げながら、その場にいた自分の上司であり冒険者ギルドを統括するギルド長メトーデに報告する。
メトーデは、彼女からの報告を聞くと何処か愉快そうに笑う。
「フハハハ!賭けはお前の勝ちだ少年。さぁ、我々もこれから行われる素晴らしい復讐劇を見届けなければ。」
ーー
帝国の地を脱出して数時間後、アルト達は帝国を少し離れた場所にある自分達の故郷がある村の付近まで近付いていた。
4人は安堵していた、アレからずっと帝国の冒険者や騎士団による追跡が無いかを常に注意し続けながら此処まで全速力で走って来た。
不思議な位に、追っ手の気配はなく道中でも野党や魔物の襲撃に遭う事なく故郷アワレ村の付近まで辿り着くことが出来た。
この辺りは既に、帝国領と隣国ハーベルド王国領の国境付近。
いかに帝国と言えども、ハーベルド王国の国境まで大規模な冒険者集団や騎士団を派遣すれば、王国側は攻められたと判断し戦争へと発展するリスクがある。
アルトは、心の中で歓喜の声を洩らす。
どうだ、俺達は逃げ切って見せたぞ!
フェル、自分を裏切った相手に更にしてやられる気分はどうだ!と。
歪んだ笑みを見せながらも、アワレ村へと辿り着いたのだが…少し、違和感を感じていた。
「なんだ?」
「どうしたの?」
「いつもなら、村の狩人達がこの辺りで来訪者とかの対応をする為に立っている筈だけど…」
誰もいない。
狩りに出掛けているだけかも知れない、そう思いアルト達は遂に村の中に入る。
そこで、信じられない光景を目にする事になる。
「よう…待ってたぜ、クソ野郎共。」
そこに居たのは、フェル。
自分達が裏切り、大穴で死んだ筈の少年。
フェル・アルゴメリアであった。
「ようこそ、アワレ村へ。」
しかし、彼等が衝撃を受けたのはそれだけでは無かった。
彼等の目に映っていたのは、真っ赤に燃え盛る自分達が生まれ育った故郷…そして、その故郷の中心で悲惨な死を遂げた骸の山々だった。
アルト達は、目の前で起こっている状況が理解できなかった。
いや、理解しまいと…そうしなければ、自分達の心がおかしくなってしまいそうだったからだ。
何故なら、その骸の山は全て自分達の故郷の村人…その中には、アルトとロゼッタ、そしてアリアの両親や妹の亡骸が磔にされていたのだから。
そこにオマケするかのように、ラーズの両親…そして身包みを剥がされた彼の姉が同じ様に磔に掛けられていた。
ロゼッタとアリアは、そのあまりにも凄惨な光景に恐怖で体を震わせ嘔吐する。
ラーズは、放心状態でその場に座り込む。
そして、アルトは涙を流し怒りと憎悪を必死に堪えながら弱々しく言葉を搾り出す。
「な、なんでここまで…」
「言っただろう?俺は、裏切り者には容赦しないってな!だから俺は考えた。
どうすればお前達を苦しめる事が出来るのか…そこで思い至った!勝利を確信し、この村に辿り着いた時ーー全てが俺の掌の上だったと知った時、どんな顔をするのか…そして、自分達が大切にした想い出が奪われた時、お前達はどのように踊るのかを!」
アルトは、目の前でこの地獄の中で嗤う少年を見て酷く恐怖を憶えた。
燃え盛る村と積み上がる骸の頂上で妖艶に嗤うその姿は悪魔の化身であった。
「あ、悪魔め…」
「おいおい、心が折れるには少し早いぜ?お前達に、サプライズがあるんだよ。」
その言葉と共に良いタイミングで現れたのは、アルレッキーノ・アルカポネとその組員達。
帝国ではその名を、その顔を知らぬ者はいない。
数々の奴隷商、麻薬、賭事、風俗などと言ったありとあらゆる部門でその名を知らしめる。
元々は冒険者として活動していたが、とある事件をキッカケにモレヴッチ・ファミリア現当主に拾われ、その才と力で大幹部へ昇格しアルカポネ・ファミリアとして更にその権威を奮う大物。
そして、そんな彼女がこの場に現れた。
それだけで、アルトや他のメンバーはこれから己の身に起こる事を理解して更にその顔を恐怖と絶望に歪める。
「わ、私達をマフィアに売り飛ばす気!?」
「ああ。」
「ふざけんな!奴隷なんてゴメンだ!」
「なら、帝国騎士団の元に送った方が良かったか?」
「それは、もっとごめんだ。」
帝国騎士団とは、自由なる冒険を掲げる冒険者とは異なる。
より正しい秩序と絶対なる正義と忠誠心を帝国に捧げたイかれた騎士団の総称で、彼等は自分達の掲げる目標とは対極にある冒険者や暴力団を敵視しており。
過去に、罪を犯し帝国騎士団へ突き出された冒険者が酷い拷問の末に殺されたという噂が存在する。
冒険者の中には、帝国騎士団に捕まる位ならかの牢獄に送られた方がマシだと言う者達も居る。
「ッ…」
「それは嫌だろう?なら、奴隷や娼婦になった方が断然楽な道だと思うぜ?奴隷と言ってもお優しい主人が買い取ってくれるかも知れないし、娼婦になればお偉い貴族様に気に入られて妾として引き取ってくれるかも知れんだろ?てな訳で、アルレッキーノ、コイツら幾らで買い取ってくれる?」
「ふむ、皆素材は良いからな。全部で少なくとも一千万ソルテ多くて二千万ソルテが限度だな。近頃、帝国騎士団や聖堂教会による監視の眼が厳しくなっているからな…」
思ったよりも安かったな。
これ以上の交渉は難しそうだ…俺が頂点に登る前に、コイツらに潰れて貰っては困る。
それに、帝国騎士団や聖堂教会を敵に回す事は危険すぎる。
「まぁいい、ならそれで交渉成立だ。」
「待て!」
完全に忘れていた。
他のメンバーは完全に諦めていると言うのに、アルトは未だに何処か希望を捨てて無いようだ。
ここから奴等に何が出来ると言うのか…
「こんな横暴…冒険者ギルドが黙っている筈がない!」
ああ!
そうだった、まだその選択肢が残っていたのか!
確かに、冒険者ギルドなら自分達が管理する冒険者が大穴関係無しに悲惨な目に遭っているなら見過ごす事はしないだろう。
あの傑物と評されるギルド長メトーデなら、俺が行動を起こす前に俺を真っ先に止めようとした筈だ。
「ああ、それなら安心しろ。お前達の冒険者資格は剥奪されてる。嘘だと思うなら、ギルド長に直接聞いてみろ。」
俺は、この一連の出来事を背後で静観していたメトーデに白羽の矢を立てる。
「ギルド長!こんな横暴が許される筈ありませんよね!冒険者は、冒険者ギルドによって保護を受ける権利が与えられている!まさに今がその時では無いのですか!?」
「ああ、本来ならな。だが、彼の言う通り君達の冒険者としての資格はつい先程に剥奪された。」
「そ、そんな…」
「もう諦めろ。お前達はもう終わったんだよ!お前達の夢もここまでだ。
だが、感謝もしてる…お前のお陰で俺は自分の野望を叶える為のキッカケを与えてくれた事をな。
お前の両親は最期まで、お前の名前を呼んでいたよ…アルト、助けてくれ!ってな?」
「き、貴様ァァァァァァァァァァァァア!!」
俺の一言に、アルトが憤怒する。
血の涙を流し、喉がはち切れる程の絶叫を上げながら俺に向かって剣を振り下ろして来た。
俺は、その一撃を軽く受け流し剣を奪い、コイツが俺にそうしたように…ガラ空きとなった背中を大きく斬り裂いた。
「ギャアアア!!?」
斬り裂かれた背中から大量の血飛沫を上げながら、アルトは地面をのたうちまわる。
おいおい、なんだその姿は…何故俺をそんな目で見る…これは、お前がこの俺にやった事だぞ?
殺すなら、自分が殺される覚悟もしている筈だろ?まさか、そんな覚悟もない癖に人を裏切ったのか?
「哀れだよアルト。」
「フェルゥゥウ!!死ねぇぇぇええ!」
「お前は本当に救いようが無いな、ラーズ。」
遅い、あまりにも遅過ぎる。
『戦士』と言う恵まれた職能を得だ事で慢心し、己を磨く事を怠った哀れなゴミ虫。
俺は、そんなお前達がこの俺に…持たざる者達に向けるあの目が嫌いだった。
だから、舐められない様に…最強になる為に努力を重ね続けて来た。
俺は俺のやり方で、お前達を否定しよう!
魔眼、開眼。
その瞳の色は、橙色。
【暴食の瞳】ーー『暴食』を発動する。
魔眼、開眼。
その瞳の色は、黄色。
【強欲の瞳】ーー『模倣』
「あ、れ?俺のスキルが発動しない…?」
「そう言えばお前…俺の腹を蹴り上げたよな?あれ、めっちゃ痛かったんだぜ?お返ししてやるよーー『破斬』!」
模倣で奪った戦士のスキルを、ラーズの鳩尾にお見舞いする。
本物には劣るが、これまで奪って来た冒険者達の力を蓄えて来た俺の攻撃は例え偽物だとしても強力だ。
ラーズは、そのあまりにも強烈な一撃を腹に受けて骨が粉々に砕け散り白目を剥き地面に倒れ伏す。
「茶番は終わったか?」
「ああ。すまん、大切な商品に傷を付けてしまったよ。」
「気にするな、あの程度の傷などうちの優秀な部下が簡単に治せる。
それじゃ、連れて行け。」
アルレッキーノの合図で、部下達はアルト・ラーズ・ロゼッタの3人を連行して行った。
しかし、その場にアリアだけは残された。
「フェル?」
「一つだけ。今君は、何を思ってる?」
「悪いのは私達…貴方を裏切ってごめんなさい。この償いはいつか必ずさせて欲しいです。」
なるほどな。
やはり、アリアだけは違ったようだ。
今回の復讐対象にアリアは入っていない。
だが、彼女がアルト達と同じような態度でいたなら彼らと同じ目に遭わせるつもりだった。
「アリア、お前の両親は生きている。両親はお前の家で強力な睡眠薬で寝ている。
両親を連れて今すぐにこの国から消えろ。俺の視界に入るような事が有れば殺す。」
今更、俺は自分が善人だと言い張るつもりはない。
いや、元々俺はこういう人間なんだ。
師匠にもよく私と似ていると言われていた。
全てを終えた俺は、後始末をする為にこの場から移動しようとした。
「ごめんねフェル…貴方を愛していました。そして、私は貴方を未来永劫、呪う事を赦して下さい…」
その時、背後からアリアのそんな声が微かに聞こえてきた。
そうだそれで良い…俺は此度の事に、後悔も同情の心は微塵もない。
だが、俺は未来永劫、この復讐劇を忘れる事はないだろう。
これは、俺からの全ての冒険者への忠告と言う意味も含まれていた。
俺を裏切ったり、俺に喧嘩を売る者が居るならば…その時は容赦しない。
この一連の出来事は、帝国に拠点を構える全ての冒険者達の間で長く語られる事になる。




