2話 崩壊の前兆
帝都に存在する巨大な酒場では、活気に満ち溢れた5人の若者達が祝いの祝杯を挙げていた。
誰一人も犠牲になる事なく無事に大穴を攻略することに成功した俺たちは、その労いの為に行きつけの酒場『冒険の祝杯』と呼ばれる大きな酒場で祝杯を上げるのが決まりだ。
テーブルにはよく冷えたエールの他に、たくさんの料理が並んでいた。
俺は酒が飲めないので、ただのジュースだがな。
料理はその大半が肉尽くしだ。
分厚い魔牛肉のステーキや魔鶏の骨付きチキン、魔豚の丸焼きなどなどダイエット中の人間が見たら昇天してしまう程に豪華な料理の群れ。
流石に5人でこの量は無理だろ、そう思うだろうが実はそうでもない。
冒険者っての常に凄まじい緊張感の中で必死に身体を酷使する、その反動の所為なのか男女問わずに、誰もが大喰らいだ。
ラーズは当然の事、他の3人も言わずもがな。
この中では少食の俺でも、この半分は余裕で食べれる自信がある。
そして、なんと言っても料理が美味いのだ。
どの料理を頼んでもハズレなし、その影響なのか分からないが此処は毎日朝昼晩関係なしに冒険者の群れで賑わっている。
慰労会が始まって、一時間。
俺以外のメンバーの殆どが、酒を多く飲み完全に出来上がっていた。
楽しいは楽しいが、ここからは苦労の時間だ…特に酒癖の悪いラーズの相手は大変だ。
「いやー!今回は最高の仕事だったよな!!
なんたって金貨60枚!600万Gだぜ!?」
ラーズは、エールが大量に入ったジョッキを両手に持ち声高らかにそう叫ぶ。
あー、めんどくせぇ…もう何回目だろうか。
まぁでも、ラーズが興奮する理由も理解できる。
オークジェネラルと大穴攻略報酬を合わせて600万ソルテとなる帝国金貨60枚が、俺達に見守られながら孵化したヒヨコの様に顔を覗かせる。
お金にあまり執着がないアリアやロゼッタにアルトもが、その破格の金額に普段の凛々しく可愛らしい顔が崩れる位にとろけている。
俺も素直に嬉しい。
600万ソルテはかなりの大金だ。
夢にまた一歩、近付いた実感が湧いて来る。
まぁでも、もう少し稼げていたかも知れないってのが心残りではある。
「あと一歩、あと一歩で私達もCランクの仲間入りなのね…」
アリアが酒を飲みながら、そう声を漏らす。
他の皆んなも、あぁと感嘆の声を上げる。
「ああ冒険者デビューして一年と半年でこのペースは正直、異常な位に早い結果だよ!
このまま続けて行けば、更に上を目指せる!」
普段は落ち着いているアルトもまた、興奮止まずジョッキを机に叩き付けてそう高らかに叫ぶ。
ああ、確かにアルトの言う通りだな。
次の依頼を上手くこなせれば、俺達はDランクと言う殻を破りCランクと言う新たなステージに立つ事が出来る。
ただ油断は出来ない、駆け出しの冒険者の難関の一つにあと少しでランクアップだと油断して命を落とす例もある。
ジョブのランクアップをするには、ある特定の条件を満たす事が必要だ。
だが、Cランク〜Aランクに関しては、ほぼ全てがこれまでの冒険者達によって発見されている。
だからこそ、俺達はあと一つ…己よりも高いランクの大穴を攻略すればランクアップの条件を満たせる。
ただ難儀なのは、【咎人】は他の職業とは異なり、ランクアップによって得られるのはたった一つだけ。
だがそれでも、今俺が持っている魔眼を強化できる事には変わりないし、これで最弱のレッテルを貼られ続けた【咎人】及び魔眼使いの扱いが良くなるかも知れないしな。
正式に冒険者を始めて半年、俺以外は一年。
他のDランク冒険者とは比べ物にならない程に順調だ。
まぁその所為で、面倒事も多くなるのは当然。
帝都には冒険者専用の酒場がかなり存在する。
そして酒場はただ飲食をするだけではない。
他の冒険者と互いに情報共有をしたり、新メンバーをスカウトしたりなどと言った、方法で利用される事も多い。
その為、冒険者達の暗黙のルールとして、同ランクには同ランク専用の酒場拠点が設けられ、互いに互いの酒場に干渉しすぎないと言う決まりが存在する。
そして、このルールの元で冒険者達の殆どは交友があり、また敵対していても、酒場のルールは忠実に護られ、部外者などに荒らされた場合はその場にいる全ての冒険者が敵に回る。
その為、俺達が居るのは当然ながらDランク専用の酒場だ。
ただ同じランクの酒場でも、カースト関係は存在していて生意気な新人などは洗礼を受ける事も多いし、悪評が多い者達は厄介者扱いを受けて、追放される事もしばしば。
同じランク帯同士の私闘は、一種の余興としての役割もある。
俺たちがいつものように訪れている『冒険の祝杯』も例外ではない。
実際、俺達はまだ一年と半年しか経っていないのと皆が若い事もあって例え実績を残していたとしても、年齢や重ねて来た経歴がある者にとっては不満があるのも当然の事だろう。
比較的に若い層の冒険者が集まる席はワイワイと常日頃から賑わいを見せている。
が、比較的に年齢層の高い席は、そう言った雰囲気とは打って変わり常にピリピリしている者が多い。
彼等は、キャリアと実績が一致しない者達の集まりで実力はあるがその先へ進む事の叶わない事を常に苛立ちを憶えている。
故に、将来が有望な若者や新人に対して怒りや嫉妬の感情を隠そうともしないのだ。
だからと言ってただ黙って放っておけば良いって問題でもないのが面倒な事だ。
実際に、ある将来有望な新人達が彼等の才と若さに嫉妬した馬鹿どもに闇討ちを受けて、リーダーの少年は殺され、メンバーの少女達は辱めを受けた後に殺された事件も起きている。
だから俺達やそれを理解している新人や若い層の連中は、警戒し時には牽制し合っているのだ。
「フェル〜、どうしたのぉ、そんな難しい顔をしてぇ〜、可愛い顔が台無しだよ!」
「別に」
完璧に出来上がったアリアが、ベロンベロンになりながら俺に声を掛けてくる。
全く、本当に酔ってる人間はめんどくさいな…そう言えば、師匠も酔うと歯止めが効かないんだよな。
俺に魔法をぶっ放して来たり、剣を振り回したり、ディープキスやハグとかが多かったな。後者はご褒美だったが。
それにしてもこいつら、分かってるのか?
「お前ら呑みすぎだぞ、明日は俺達ランクアップ前の最後の依頼だぞ?そんなんで戦えるのか?」
「んだよ、大丈夫だって!」
「はぁ、そう言って二日酔いにでもなってみろ。当日、皆んなに迷惑を掛けたら土下座しろよ。」
「はぁー、怖い怖い。真面目ちゃんだねぇ…おまえさんの所の英雄様はこんなにもお堅い弟子を持って大変だろうなぁ〜」
「あ?」
俺は、ラーズの放った一言に少し苛立つ。
コイツ、その薄汚い口で師匠を語りやがって。
一応、俺が掟破りの神災の弟子だということは知っている。
が、所詮それだけだ。
師匠は、常日頃から冒険者はいついかなる時も油断も慢心もするなと言っていた。
それし俺は、冒険者見習いをしていた2年間でそう言った些細な油断や慢心で命を落とした冒険者を腐るほど見てきた。
冒険者に大切なのは、金と女の他に、慎重さも大切だと教えられた。
今回の依頼だって、些細な油断と慢心があれば簡単に失敗していただろう、そうならばこんな大金も得られなかった。
ただ、それだけが全てでは無いのも知ってる。
「だからなんだよ、大体、お前は慎重さが足りないんだよ。足りないのは髪の毛だけにしておけよ。」
「あぁ!?てめぇ!今、なんつった!!」
あー、めんどくせぇ。
「あー、何もないですよ〜、ただの戯言でーす。」
「て、てめぇ…調子に乗るなよ?」
今にも怒りが爆発しそうなラーズを見て、少し笑けて来たのでもう少し遊ぶ事にした。
「調子になんかのってませーん、はいはい、申し訳ありませんでした〜!
これでいいかい、ラーズちゃん?」
「ぶっ、ぶっ殺す!」
「どうぞご勝手に、だが魔眼使いの俺に負けた時に恥を掻いても知らないぞ?」
「上等じゃねぇか、ぶっ殺してやるよ!」
俺の煽りの応酬についぞ耐えきれなくなったラーズが椅子を大きく蹴り飛ばし、怒りに満ち震えた拳を振り下ろそうとしてくる。
その刹那ーーこれまで黙って見てたアルトがラーズの拳を掴んで仲裁に入る。
「ラーズ落ち着け、少し飲み過ぎだ!
フェル、君も少し煽りすぎだ。」
うぅ…怒られた。
まぁ少し、熱くなりすぎたかもなぁ…反省しないと。
ラーズはドカンと席に座ると、怒りを抑えようとする為なのか酒をドカ飲みし始めた。
「男って馬鹿みたい。」
「おにゃじく。」
呆れた様子で酔った二人が呟く。
そこにアルトが2人に見苦しモノを見せてごめんねと謝っている。
アルトとアリアとロゼッタは、3人とも幼馴染らしい。なんでも帝都から少し離れた村に居た頃からの仲だそうだ。
おそらく、ロゼッタはアルトに好意を持っていてアルトはアリアに行為を持っていて、アリアは俺に好意を持っているらしい。
ちなみに、ラーズはアリアにぞっこんだ。
だから、ラーズは俺のことが気に入らないのか突っかかってくる。
俺は、アリアの好意に応えるつもりはない…可愛らしい女子だと思うが、俺のタイプは師匠みたいな綺麗で凛々しく、ケツと胸がデカい姉さんがタイプなんだ。黒タイツが有れば尚よし。
「明日の依頼もあるし、そろそろ終わろうか。」
「だな。」
解散した後も、四人は妙に浮かれていた。
ラーズに至っては、呂律も回らず、まともに歩く事さえままならない様子だった。
明日の依頼、どうも嫌な予感がする。
何事もなく、終われば良いんだけどな。
次の日、俺の予感は最悪な形で訪れる事になる。




