表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

十一話

〈奇跡〉も二度起きれば〈運命〉――と呼ぶべきか。


 春霞を切り裂いて、巨大な白い翼が旋回している。その軌跡が、ほうきで掃いたように一本の白い絹雲になってゆく。


 ニヌムの呼子(よびこ)に応えるように、〈双睛(そうせい)〉は鳴いた。

 都人が雅楽で吹き鳴らす、あの〈(しょう)〉のように、幾重もの音が重なったふしぎな音色だった。それは、あのときに聞いた、獲物に向かって威嚇する〈虎落笛(もがりぶえ)〉とは、まったく違っていた。


 まるで〈双睛(そうせい)〉と会話しているようだ、とニヌムは思った。それほど、〈双睛(そうせい)〉の鳴き声は美しく、優しかった。

 まるで、川に落ちてしまったひな鳥を心配する親鳥のような――。


 ふいに、〈双睛(そうせい)〉と目があった気がした。


 次の瞬間、ニヌムはまた、あのときと同じくふしぎな感覚を味わった。

 同じ精神を分かつ感覚。それで、ひょっとして、あのときの〈双睛(そうせい)〉と同じ個体なのではないかと思った。

 そんな都合のいいことが、あるはずもないのだけれど。


(あなたはなに? どうしてわたしの前に現れるの――)


 心の中で問いかけるも、返答する者は誰もいない。


「いたぞ――っ! あそこだ――ッッ!!」


 向こう岸から男の声がした。

 次いで、村人たちが森の奥からわらわらと集まってくる。

 ああ、助かった、とニヌムの目に涙が浮かんだ。


「貴族の坊ちゃんも一緒だ!」

「急げ! こんなヒモ、すぐに切れちまうぞ!」


 おとなたちが数人がかりで引き寄せて、ふたりはようやく岸にあがることができた。

 水のこない土手に倒れこむように仰向けになると、ようやく安心して息ができた。


 すっかりぬれてしまった着物は、水を吸ったせいで(なまり)のように重い。

 もう一歩も動ける気がしなかったが、早く村に帰って、あたたかな(ふすま)(かけぶとん)に包まれたいという思いもある。


 全身に雪どけ水を浴びたせいで、芯まですっかり冷えていた。特に指先などは氷のようで、動かそうとすると、ギシギシして痛いくらいだった。


「ニヌム、といったか」


 同じく隣に寝転んでいたアサヒが、顔だけこちらに向けて話しかけてきた。


「あ、はい」

「ありがとう。そなたは命の恩人だ」


 そういって笑ったアサヒは、しかしすぐに表情を曇らせた。


「怒られるよな、きっと。黙って出ていったうえに、危ないことをして」


 おとなたちは、


「誰か屋敷に走って知らせてこい!」


 と、バタバタと慌ただしくしている。


 きっと今にアサヒの母や従者たちが駆けつけてくるだろう。

 自分たちとは住む世界が違うと思っていた貴族の少年が、とたんに叱られることを嫌がるただの少年に見えてきて、ニヌムはちょっと笑った。


「怒られるとは思いますけど……だいじょうぶですよ。それはきっと、愛情の裏がえしだと思うから」

「そうだろうか」

「そうでしょうとも。……実を言うと、わたしは経験者なので、よくわかるんです」


 内緒話をするように、ふたりは寝転がったまま、顔を近づけた。


「ウサギを獲ろうと罠をしかけたら、イノシシがかかっちゃって」

「……それは、大変だったろう」

「はい。しかも、それをクマに横取りされちゃったんです」

「なんだって?」


 アサヒは目をまん丸にする。

 人間の目って、こんなに見開けるんだなあ、とニヌムは感心した。


「うそじゃないだろうな?」

「もちろん。村の誰かに聞いてもらえれば、わかりますよ」

「それで、どうなったんだ?」

「聞いたらおどろきますよ」

「早く教えてくれ」


 待ちきれないとばかりに、アサヒが瞳をきらきらと輝かせながら身を乗りだす。

 ニヌムは少しだけもったいぶって答えた。


「〈双睛(そうせい)〉に助けてもらったんです」

「〈双睛(そうせい)〉に?」


 ふたりして空を見あげる。


 雲ひとつない空は、先ほどまで巨大な鳥が飛んでいたとは思えないほどだ。

 霞みがかった天のすき間から、まばゆい光が差しこんでいる。翼で引き裂かれたかに見えるそれだけが、ただひとつ神鳥がいた証だった。


「まさかとは思ったが……あれは、ほんとうに〈双睛(そうせい)〉だったか」

「はい。わたしは一度見たことがあるので、間違いありません」

「二度も神鳥に会うか。……そなたは、幸運の化身なのかもしれぬな」

「そんな大したものじゃないです」

「いや、そなたの幸運に助けられた。感謝する」


 アサヒは少し考えたあと、


「……神鳥に助けられたと言えば、やれ吉兆の証として、お叱りを受けずにすむだろうか」


 と、真面目くさって言うので、ニヌムは吹きださないよう、口のはしをピクピクさせながら答えた。


「わたしも一緒に叱られますから、覚悟を決めましょう」

「うむ。ぜひそうしてくれ」


 鷹揚にうなずいてみせたアサヒに、ニヌムはとうとう堪えきれずに大笑いした。




 しかし、大方の予想に反して、アサヒが叱られることはなかった。


 駆けつけたアサヒの母は、ただなにも言わず、息子を抱きしめた。ぶじでよかった、と。

 それがかえって、彼の胸に罪悪感を植えつけた。

 アサヒは母の胸に抱かれながら、


「ごめんなさい。ごめんなさい、母上。みんなも、心配かけてごめんなさい」


 と、ひたすらに謝り続けた。

 一方のニヌムは、


「ひとりで突っ走るんじゃない、バカ者が!」


 と特大の雷を落とされて、なんだか腑に落ちない気分になったものだった。

 それでも最後には、


「よくやった。とっさに命綱をして、浮きになるものも用意したとは。おまえは時おり、命知らずなのか、冷静沈着なのか、よくわからなくなる」


 と、豪快に頭をかき混ぜられながら、褒めているのかよくわからない言葉をもらったのだった。




 さて、その日たちまち、めでたい日となった。

 アサヒの母は、それはそれは感謝して、村人たちを屋敷へ招いた。

 そこでは食べきれないほどたくさんのご馳走が振舞われた。


 鯛めしにブリの()り焼き、海老団子のお吸い物。

 キジ肉のすまし汁に、小鳥団子(ことりだんご)

 タケノコの(あつもの)と、ハマグリのへぎ焼き。


 とくに子どもたちに人気だったのは、ふだんはとても食べられない菓子だった。

 干し柿に甘栗と白あんを詰めて揚げ、上南粉をまぶした〈柿衣(かきごろも)〉。

 紅花の餅にあんを包み、柚子と椿の葉で飾った〈椿餅(つばきもち)〉。


 とうぜん、酒も飲みきれないほど用意されていた。今夜は無礼講ということで、貴族も庶民も今だけは立場を忘れ、誰もかれも上機嫌に語り明かしている。

 子どもにはまだ早いと、ニヌムには牛乳が渡された。これだって、庶民ではとても飲めない代物だ。


 ニヌムの隣にはアサヒが陣どり、この食べ物はああだこうだと解説をしている。

 ニヌムもニヌムで、珍しい料理に興味津々で聞き入った。とはいえ、どれもこれも贅を尽くしたものだったので、庶民には再現不可能に思われたが。


「なあ、ニヌム。狩りの仕方を教えてくれると約束したろう?」


 ニコニコと嬉しそうに笑いながら、アサヒが言う。

 上機嫌な彼には申し訳ないが、今さらながらとんでもない約束をしてしまったのではないかと、ニヌムは後悔していた。

 こんな庶民と仲よくして、彼の母はいい顔をしないだろう――。


 そう思っていたニヌムだったが、


「ああ、それはよい。わらわからもぜひ頼みたい。どうか、息子に狩りを教えてやっておくれ。むろん、タダでとは言わぬ。給金も払おうぞ」

「ええっ!?」


 あっさりと許可がおりてしまった。


「でも、いいんですか? わたしなんかが……」

「よい。息子は昔から体が弱くて、なかなか友人ができぬでの。寂しげにしている姿を見て、不憫でならなかったのじゃ。その点、そなたは見こみがある」


 そっと白魚のような指をニヌムの頬にそえ、アサヒの母はまじまじと顔を覗きこむ。

 着物に焚きこめた香のよい匂いがして、ニヌムはいろいろな意味でドキドキした。


「そなたは勇気があり、狩りの才能がある。歳もアサヒに近い。それになにより、神鳥を二度も味方につけた幸運の持ち主じゃ」


 ふふ、と彼女は笑う。紅をひいた唇が花のようにほころんだ。


「聞いたぞえ。村人らは〈双睛(そうせい)〉が空を飛んでいるのを見て、駆けつけたらふたりがいたと。そなたは瑞兆(ずいちょう)じゃ。そばにいれば、不憫な息子にも多少は運が移るやもしれぬ」

「そんな、買いかぶりすぎです……」

「よい。験担(げんかつ)ぎのようなものよ。それを抜きにしても、息子と仲ようしてやってたもれ。……まあ、やんちゃはほどほどにしてほしいがの」

「そ、それはもちろん!」


 ニヌムがあわてて答えたのがおかしかったのか、アサヒの母はほほほ、と笑った。

 居住まいを正して、アサヒがこちらに向きなおる。


「では、これからよろしく頼むぞ、師匠」

「わ、わたしこそ、よろしくお願いします、アサヒ様」


 互いに深々と礼をする。


「友人なのだから、敬語はやめてくれ。アサヒでいい」

「えっと、でも……」


 ニヌムはちらりとアサヒの母のほうをうかがった。

 心得たとばかりに、アサヒ母が首肯(しゅこう)する。


「かまわぬ。さすがに人前では(さわ)りがあろうが、この屋敷の者の前では、のびのびとすごしておくれ。わらわからも、みなによく言うておくからの」

「では、お言葉に甘えて――わたしのことも、ニヌムで。……〈師匠〉は、ちょっと……」

「ちょっとダメか」

「うん、ダメ」


 ふたりは顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。


 ほほえましいふたりを嬉しそうに見守りながら、アサヒの母が言う。


「では、わらわのこともアザミと呼んでよいぞ。特に許す」

「母上……」

「えっと、アザミ、さま?」

「うーん、堅苦しいのう」

「母上……」


 笑いさざめきながら、宴の夜は()けてゆく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
期待したい作品ですね。 感想返し見るに、児童文学風との事。 あー。あー。あー。そっち目指したかー。なるほど確かに。うんうん。とヘッドバンキング。 ただ、その場合、2点気になりました。 まずタイトル。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ