十二話
思いもかけぬ副業が舞いこんで、ニヌムも家族もたいそう喜んだ。
なにしろ、鷹使いが狩りをするのは秋から冬にかけての短い間だけ。それ以外の時期には収入がないので、別の仕事をするしかない。
その点、貴族からの依頼は、とても実入りのよい仕事と言えた。
とはいえ、あのあとアサヒは体調をくずし、しばらくの間寝こんでしまったので、狩りを教えるのは少ししてからとなったが。
もともと身体が弱いうえに、雪どけ水を全身に浴びたのだから、とうぜんの結果だった。
ちなみにニヌムはというと、ぴんぴんとして走り回っていたため、母から「渡り鳥並みの体力」とあきれられていた。
ニヌムはしばらくの間、毎日のようにアサヒの屋敷に通った。
そして、寝物語に狩りについての話をねだられるので、猟に必要な道具の使い方や、けもの道の見つけかた、わなを仕かける場所の選びかたなどを語って聞かせたのだった。
お互いに大好きな狩りの話ができたし、これも座学のうちとして給金がもらえたので、悪い話ではなかった。
そうこうしているうちに春の匂いも濃くなり、いよいよ本格的に暖かな時期を迎えようとしている。
タンポポやレンゲで埋めつくされていた田んぼは、そろそろ田起こしの時期だ。土にすきこまれる前に蜜を吸わんとばかりに、モンシロチョウやアブラムシ、アリやテントウムシといった虫たちが集まってきている。
桃や桜も咲きはじめ、木々は紅色に色づいた。
野山にはスミレやニチリンソウ、クサイチゴ、ヒメウズなどが咲き乱れ、耳をすませば、メジロやウグイス、ツバメたちのさえずりが聞こえる。
「見て、カワラヒワがいるよ」
「む、どこだ」
「ほらあそこ、菜の花にとまってる」
ニヌムが指差す先に、緑がかった茶色い体毛と、魚の尾びれのような尾羽の鳥がいた。
このところアサヒの体調がよくなってきたので、二人は生き物の観察がてら、のんびりと散歩していた。
「春になると、菜の花とかタンポポのある場所によくいるよ」
「花が好きなのか?」
「というより、種が好きなの。でも、稲とかアワとかも食べちゃうから、スズメと同じくらい嫌われものだけどね。とくに秋になると、群れるから」
「そうか。農家は大変だな」
カワラヒワは、人間の気持ちなどどこ吹く風とばかりに、キリコロロ、コロコロビーン、とさかんに鳴いている。
「あ、あっちの梅にはメジロがいるよ」
「どこだ?」
「ほら、あのあたり」
よく見ると、黄緑色の小鳥たちが一列に連なり、花に埋もれるようにして蜜を吸っていた。
ちょうど葉の色と似ていたので、アサヒは言われなければ、梅の木の一部だと気にもとめなかっただろう。
「あれは、ウグイスじゃないのか?」
「ううん、あれはメジロだよ。ほら、よく見ると、目のまわりが白いでしょう? だから〈目白〉」
「……ほんとうだ」
言われてみれば、たしかに白い体毛が目を縁どっている。
「うぐいす餅と同じ色だから、てっきりウグイスかと思った」
「ややこしいよね。でも、実のところウグイスは、もっと茶色っぽいんだよ。はっきり言って、暗くて地味」
「地味……」
「うん。それに、やぶの中に隠れてるから、なかなか姿を見せないんだ。エサも虫とかだし。メジロは花の蜜が好きだから、よく見かけるけどね」
「そうなのか……。よく〈梅にウグイス〉と言うのに、花は好きじゃないんだな」
「その言葉を作った人が、メジロと間違えたんじゃない?」
「うーん、どうかな。どちらも春を告げるものだから、縁起がいい組み合わせだと聞いたが」
「なるほど。たしかに、ウグイスは春告鳥、梅は春告草って言うもんね。まあ、ウグイスが梅にとまることって、ほとんどないけど」
「実在するものではないが、だからこそ憧れと理想がこめられているのだろうな」
などと話しているうちに、一羽のメジロが飛び立った。
「見てて、隣のメジロが移動してくるよ」
ニヌムの言うとおり、先ほどまで両脇にいたメジロが、空いた隙間を埋めるようにくっつき、群れはふたたびピッタリと一列になった。
「ほんとうだ。なぜだろう?」
「うーん。理由はわからないけど……敵に襲われたとき、一羽が犠牲になれば、ほかが生き残れるから、かなあ?」
「だとしたら、愛らしい見た目に反して過酷なことだ」
「わかんないよ。たんに、くっついてたら温かいからってだけかもしれないし。とにかく、メジロにはああやって、おしくらまんじゅうみたいに、一列に固まる習性があるんだ。だから、〈目白押し〉」
「ははあ、なるほど。あれが〈目白押し〉なのか」
こうして実際に目にすると、たいへんにわかりやすく、勉強になるものだ。
アサヒが感心する横で、ニヌムはもう次の生き物を見つけている。
「いま、聞いた? ヒヨドリがくるよ」
「聞くって、なにをだ?」
「鳴き声だよ。メジロのピーチュルチーって声に混じって、ヒーヨヒーヨって聞こえるでしょ? これがヒヨドリ」
耳をすませば、たしかにヒーヨヒーヨと聞こえてくる。
「ほら、あそこ! 見た? ヒヨドリがメジロを蹴散らして、花の蜜を横どりしたよ」
メジロの倍はあろう大きさの、灰色をした鳥が飛んできて、周りの鳥たちを追い払ってしまった。
「なんというか……気の強い鳥だな」
「うん。メジロは花にクチバシを突っこんで蜜を吸うんだけど、ヒヨドリは食いしん坊だから、花ごと食べちゃったりするよ」
「花ごと? 豪快だなあ」
「もちろん、ああやって細長いクチバシがあるから、じょうずに吸ってることも多いけど。ちなみに、スズメも花の根元を食いやぶって蜜を吸うよ。クチバシが太くて短いから、へたくそなんだよね」
「なんだか花がかわいそうじゃないか?」
「そうなの。花粉は運ばないくせに蜜だけ吸っていくから、〈盗蜜〉って呼ばれてるんだよ」
「へええ。あんがい、蜜を吸う鳥って多いんだな」
「たまーにだけど、コゲラとかも吸ってるよ! 小さなキツツキみたいなやつ」
鳥について語れることがうれしいのか、ニヌムはニコニコと上機嫌だ。
それが楽しい一方で、アサヒは自分もなにかニヌムに教えてあげたくなった。
教わってばかりでは、なんとなく沽券に関わる気がしたので。
「そうだ。キツツキとヒヨドリといえば、こんな話は知ってるか?」
貴族は七つになれば読書はじめをする。
その中に、鳥の物語があったはずだ。
アサヒは記憶の糸をたぐりよせながら、どこか誇らしげに語りはじめた。
「あるところに、お腹をすかせたヒヨドリがいました。
それを見てかわいそうに思ったキツツキは、自慢の固いクチバシで木をつつき、虫をとってあげました。
その虫があまりにおいしかったので、もっと食べたくなったヒヨドリは、自分もクチバシで木をつついてみました。
しかし、ヒヨドリの細長いクチバシは折れ、頭を打ちつけて死んでしまいましたとさ」
「わあ、かわいそう。ちょっと試してみただけだったろうにね」
「これはね、わたしたちにはできることと、できないことがあるって教訓なんだ。他人の真似をするのではなく、それぞれの生き方を見つけなさいってことだな」
自分で言っておいて、アサヒは胸にグサリと鋭いものが刺さった気がした。――心あたりがあったからだ。
とたんにむなしい気持ちになって、さっきまで得意げに弾んでいた心が、急にしぼんだようだった。
「いまのわたしにお似合いの話だよ」
がっかりと肩を落とす。
「……ほんとうは、わかっているんだ。わたしに鷹狩りなんてできっこないって」
「えっ?」
「身体が弱いわたしに、鷹が従ってくれるはずもない。〈野御幸〉を成功させたいなど、大それた夢をもってしまった。母上がよい鷹を手に入れると息巻いておられるのは、わたしの実力がないせいなのだ。けれど、わたしのわがままに母上のみならず、なんの罪もない生き物を巻きこむことが、はたして許されるのか……」
弱音が口をついて出ると、もうとまらなかった。
だんだんと視線が下を向く。足もとばかり見ていると、ニヌムがいまどんな顔をしているのか、アサヒにはわからなかった。それを知るのが怖くて、ますます顔をあげられなくなる。
すっと手を取られた。傷だらけの、働き者の手だ。
けれど、アサヒよりもずっと生きる力に満ちた、美しい手だった。
「ねえ、一緒にきてくれる?」
「きて、って……どこへ?」
「見せたいものがあるの」
温かい手のひらが、アサヒの腕を軽く引いた。
「おいで。――本物の鷹を、見せてあげる」




