惨状
「ああもう嫌な予感と言うか、拒絶と警戒をなんとなく感じてはいたけど!情報の操作されるとは考えてなかった……!」
「お前いつもは気ぃ張れてたじゃねえか。急にポンコツになってどうした!」
「公的機関相手はね!個人相手で嘘つかれると思ってなかったの!」
「まあ相手から依頼されてるわけだからな!」
ショートカットを最優先にした結果、私とちーちゃんは獣道を爆走していた。
勿論整備も何もされていない、獣が通る際にある程度踏み均しただけのもの。しかも大半が私達よりも小さな動物だ。分けられることのなかった草木が容赦なく当たって来るので腕で適時防御を強いられる。
「今話せるか!」
「なんとかね!」
下手に爆走しながら話せば口に枝や虫が飛び込んでくる。なので理想とすれば話すことなく走るべきなのだが、そうも言っていられない。
この間にも二人がかりで情報を整理する必要があるのだ。
耳元で常にがさがさと音が鳴るので、必然的に絶叫する形となった。
「相手キジムナーだろ?んで漁師!」
「おうともさ!」
「だから俺度外視してたんだけど!もしかしなくても林業の可能性ないか!?副業!」
「大いにありうるよ!お互いそう思ってるから今走ってんでしょうが!」
「そうだな悪かった!じゃあどうする!林業だったら大分やべえよな!」
「私防御と回収」
「俺は」
「おと……攻撃!」
「囮っつったよな!今お前俺の役割囮っつったよな!」
「気のせい!」
「嘘こけ!」
「私先行くから!」
「おい逃げんな!」
そんなくだらない会話をしつつ、私の脳内は結構焦りに満ちていた。
先程ちーちゃんと話した最悪の状況、それがもし実現したら私たちと言えど一目散に逃げる以外の選択肢はない。
更にその状況にごちそう……もとい『贄』がいればどうなるか?真っ先に狙われるだろう。ある条件を除いて。
一番弱い者の攻撃優先順位が高い。最悪のケースだ守り切れるか自信はない。
それなら推奨されるのは、その状況になる前に回収し保護する事。
(追いつけるか……いや追い付くしかないけども!)
「……うーん、慣れてきた、のかな?」
遠くのものを明瞭に見る時のように、ぐっと目を細めてほぼ目と鼻の先にいるそれを凝視する。
しかし目の前のそれはいくら目を細めても、接近しても、視力が下がった時のようにピンボケのままだ。全体的に赤い物体という事は何とか分かった。
「妖怪、だよね、多分?」
確認の意を込めて鎌鼬三人衆の方を見やれば、全員が首がもげるほど縦に首を振ってくれた。どうやら目の前のポンボケ物体は妖怪で間違いないらしい。
ガア・オル・マーは甘原少女曰く『縁を結んでいる状態』。なのでそれ以外の妖怪は基本見えないのだが、ちょっと前位から本当にぼんやりとシルエット程度でなら妖怪が見えるようになってきていた。
慣れなのかとも思ったが、なんとなく「そうじゃない」のであろうという事は分かっている。
だってぼんやり見えるようになった頃から、絶対にガア・オル・マーのうち誰かが俺の肩やら頭と言う顔付近……もっと言うなら目の付近に陣取っているのだ。
恐らくこれは彼らがなんとか施していくれている補助なのだろう。
近くにいれば補助できる、その補助を限りなく強化するために目の付近に陣取っているのだ。
(そういや甘原少女が、日々ちょくちょく何か吹き込んでたもんなア)
まさかこの三人にこんな器用なことが出来るとは、予想外だった。
ただなれない事をしているのだ、やはり疲れてしまうらしい。なんとなく顔付近にいるとくったりしているように思える。
「大丈夫?無理してない?」
小声でそう問いかければ、全力で拒否された。心配させたくないのだろう。
その割には高頻度で交代が起きている。登られて下られて……参勤交代の道ってこんな気分なんだろうかと何故か日本史に思いを馳せる。
「一回休みな?」
拒否。ふむ。
「でも疲れたでしょ?」
拒否。何かを訴えたいようだ。
「交代したから平気、ってこと?」
肯定。よしよし。でもこうなるとこの子たちは意地でも三人揃って休もうとしないだろう。誰に似たんだか、変なところで頑固なのだ。
契約者に似る云々と辛牙少年が言っていたような気もするが、俺こんなに頑固じゃない。
「……じゃあ甘いものでも食べる?」
そう問いかけると、露骨に肩に乗っているマーの顔がほころんだ。なあるほどこれは懐柔できそうだ。
甘原少女のご機嫌取り用に準備しておいたドロップ缶を鞄の中から取り出すと、マーは嬉々としてそれを開けにかかった。
しかし上手く開かないらしい。気持ちはよく分かる。ドロップ缶の蓋は開かない時はびっくりするほど開かないのだ。
暫く何とか攻略しようと四苦八苦していたマーだが、暫くして諦めたようだ。ため息を零して何故かオルを招集した。
何でだろうと思いつつ見ていると、何か内緒話を始める。耳元でぼそぼそと話したのち、オルとマーはお互い見つめあって一つ頷いた。
さてはどうにか開けようとしているのだろう。しかし残念、伝家の宝刀スプーンは今ここにはない。スプーンがあればカキンっと小気味良い音を立てて開けることが可能だとは思うが……
(ガキンッ!カラカラカラカラ)
「……は?」
変な音が聞こえたので爆速で振り返ると、そこには見慣れたドロップ缶の上半分が転がっていた。もしかしなくてもこの子達切断したな?
「鎌鼬の鎌をそんな事に使うんじゃありません」
破壊不能と呼ばれる人取り網すら切断する、斬鉄剣もはだしで逃げ出すほどの切れ味を誇る鎌鼬の鎌。それは基本全てを一刀両断するものであり、人知を超えた凄い物。
しかし何故か、今それはドロップ缶を開封するために行使されていた。
大きく口を開けたマーがドロップ缶を良い感じに振り、出てきた一つのドロップをそれはそれは美味しそうにほおばる。しかし一瞬で顔がウメボシみたいなことになった。
「うわ何びっくりした」
驚きつつマーを撫でれば、ものすごく嫌そうな顔をしながらかろうじて何かを飲み込んだ音がした。そして次のドロップを、今度はまじまじと確認するように見てから口に含む。
今度はしっかりと口に合ったらしく、美味しそうにカラカラと口の中でドロップを転がしていた。
「もしかしなくても、ハッカに当たった?」
そう問いかければ肯定される。この三人は結構味覚が子供に寄っている。ハッカは少しばかり厳しかったのだろう。
「気を付けつつ、好きに食べて良いからね」
元気な肯定が返ってきた。これで少しは気がまぎれればいいのだが。
(……さて)
さっきまでずっと小声で話していたのだが、まあそれはそれ。だって依頼人に変な目で見られたら捜査が難航する危険性がある。
なので後方腕組彼氏面……とまではいかないが、後ろからずっと依頼者を観察し続けること小一時間。一つ気づいたこと……と言うより、気になったことがある。
それは三人が俺に補助を入れてくれて気づいたことでもある。
もしかしなくても、このひと妖怪が見えてないか?と。
この人が次々切っている木にはある特徴があると、補助を入れてもらってどうにか気づいた。その特徴……と言うか共通点は、妖怪の気配が盛大にするという事。
残り香と言うべきだろうか、他の木と比べ明らかに妖怪と深くかかわっている。
その妖怪が何か、まではまだ分からないが。
しかし本人に確認するすべはない。俺本人の力で視ているわけではないし、万が一の防衛策を俺は持っていないのだ。
どうしたものか、とぼんやり考えていると、おそらく妖怪であろう何かが北の方に向かって走っていった。
何だろうと思って目で追うと同時に、依頼主が「あっちにいい木があるかなー」と呟きながら妖怪の後を追うように行き先を北に修正した。
依頼主が行くのなら俺もついて行くほかないだろう。俺に対しての敵意も感じなかったし大丈夫なはずだ。そう思ってついて行くと、他とは格が一つほど違うであろう素晴らしい古木に行きついた。
「これはいい木だ!」
嬉しそうにその古木に近づいていく依頼者。ひとりでは伐れないと判断したのか、俺に斧を投げて渡してきた。ついでに手伝えという事だろう。
依頼者はそのまま木に斧を入れ始めた。手早く作業をしており、既に大分進んでいる。
伐採補助は仕事の範疇を超えているが、まあ良いかと俺もその古木に近づいた瞬間、視界いっぱいに空が映った。
身体を支配する浮遊感。思ったように重心移動が出来ず背中から地面と激突する。
端的に言えば転んだのだと、数秒遅れて気が付いた。
「……は?」
呆然としながら見上げれば、ガアが申し訳なさそうな顔をしながらこちらを覗き込んでいた。
鎌鼬最初の一人は、『対象を絶対に転ばせる』事が出来る妖怪だ。
つまり俺は今ガアに転ばされたのだろう。しかし何故?
高速回転しつつも現状を噛み砕ききれていない俺の頭に、良く知った声が衝撃を与えた。
「よくやった鎌鼬!」
良く聞きなれた、甘原少女の声がガアに称賛を贈る。爆速で近づいてきていることを教える足音が頭付近で止まった時、急に視界のピントが合った。
目が悪い人、特に眼科の視力検査を受けたことがある人には伝わるだろう例えをする。
眼科に置いてあるあの特殊なレンズを後追い追加できる眼鏡、それに自分の視力に最も適したレンズが入った時のように、一気に先程までぼやけていた対象が明瞭に見えるようになった。
そして思わず悲鳴を上げそうになり、口元を抑える。今依頼人が伐ろうとしている古木、それの反対側……依頼人から隠れるようにして、大量のキジムナーが張り付いていたのだ。
「……これ、は」
「キジムナーの報復だろうな」
「辛牙少年?」
「よ、無事で何より。横入失礼するぜ」
俺に手を差し伸べて引き起こしながら、辛牙少年が俺の無事を安堵する。思ったより気にかけてくれていたらしい。心配させたのは失策だった。
「復習。キジムナーの報復条件暗唱」
「ハイッ!熱い鍋蓋、鶏、屁、蛸壺です!」
「キジムナーへの主な返礼品」
「漁獲した魚の左目です!」
「怒らせた際の制裁は基本的に」
「一撃必殺レベルです!」
「よし」
「軍隊か何かか?」
「「いや別に」」
「ハモるな」
頭の中で暗唱したものを整理しつつ、どこか納得している部分があった。左目全てを与えれば、傷物商品のように魚の値下げは逃れられない。それを気にしてキジムナーへの返礼を一度ちょろまかしたのだろう。
しかしそれだけでは説明が付かない。キジムナーは怒れば怖いが割と温厚な方だ。一度のちょろまかしであそこまで怒るだろうか。
「思考が詰まってんな?ヒントやるよ。キジムナーの住処は?」
そう言われた瞬間に、一気に今までの事象が関連づいた。
キジムナーの住処は、良質な古木。そして依頼人の副業は林業。
まるで良質な材木が伐れる場所が分かっていたように動いた。補助が入ってからは、妖怪の気配が根強いものを狙って伐っていた。
つまり彼が材木として選んでいたのはキジムナーの住処なのだ。
「……なんて馬鹿なことを」
「大方キジムナーに協力仰いだは良いものの、返礼の為に魚本体の値段が落ちる。それが嫌だったんだろうな。一回ちょろまかした」
「勿論キジムナーは怒った。恐らく慌てて貢物をして和解したは良いものの、今までの協力相手はいなくなった。まあ前科があるから当然でしょうね」
「んで、キジムナーの協力がなくなれば漁獲量は減る。収入も減る。今まで以上にな。でも生活水準を落とせなかったんだろ。だから林業に手を出した」
「「キジムナーの住処を狙って伐る、というありえない愚行に手を染めた」」
恐らく二人が話しているのは状況推理が多い物。しかし多分全部当たっているのだろう。これでようやく理解した。ガアが俺を転ばせたのは、俺をキジムナーの報復対象に入れないためだ。住処破壊の片棒を担がせないためだ。
俺はこの三人に守られていたのだ。
「報復がぬるいのが気になってたのよ。漁獲量減少、なんてあまりにも手ぬるい。でもようやく分かった」
「ああ。報復しようとするキジムナーが多すぎたんだ。住処を伐られたやつが。そして互いが命を狙おうとして、そして標的を奪われたくなくて互いに妨害した。その結果があれだ」
指さされた方を見れば、キジムナー達が殺気立った目で依頼者を見ていた。
斧が大きな音を立てて木に当たった瞬間に、一斉にキジムナーが依頼者の方に向けて体重と衝撃をかける。
恐らく予想より遥かに早く傾いた木に、対応できなかったのだろう。依頼者は慌てて避けようとした。しかし巨大な古木をとっさに避けきれるはずもない。
彼は俺の目の前で巨木の下に消えていった。
「ひぇ……」
「この状態から救うのは、さすがに無理だからね」
「妨害したら俺らも対象に入った可能性が高いからな」
「警察に連絡しましょう。これで私たちの仕事は終わり。報酬もないけどね」
惨劇を前に再び胸に刻んだのは一つ、妖怪を侮ってはいけない。
そんな俺の耳に、キジムナーの歓喜の雄叫びが突き刺さった。




