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辛党参戦

次でこの依頼は終わりです!

「……さて、と」

 袋の中に残っているグミの総数を目視でざっと確認して、私は大きく口を開いた。

そのまま袋を左右に揺らし、残っていたグミを全て口の中に流し込む。

小ぶりなグミと言えど、袋に表記してある通りしっかりと嚙み応えがある。思ったよりも強かったそれに加減を間違えたなと後悔しつつ悪戦苦闘した。

ごっくん、と飲み下した瞬間に深いため息が出る。それを誤魔化しつつ歩を進め、出向いた先は図書館。

「さてと民話民話」

 妖怪の生活する場所に縛りと言うものはあまり存在しない。封印や約束があれば話は別だが、彼らは原則自由気ままに生きる物。

がしかし、その地域ごとの特色がないと言う訳ではない。

類は友を呼ぶと言えばいいのか何なのか、特定の妖怪が集まる地域と言うのは多くあるのだ。

そしてその『特定の妖怪』を見定めるのに有用なのがその地域で長い事蓄積され継承された民話なのである。

「……えーと、これ見た、これ知ってる、これも知ってる、これは……知ってるのとちょっと違うか。一応読んどこう」

目次あたりをざーっと読んで大まかな話を把握してから、自分の有している既存の情報とすり合わせていく。

妖怪は悠久ではあるが不変ではない。自分の有している情報が絶対正確であるという保証はどこにもない。

だから常に得られる情報は貪る勢いで入手していく必要があるのだ。

「……とはいっても、多分これ伝承の間にちょっとずつ変化した程度かな?あんまり気に留める必要はなさそう。えーと海に関連する妖怪……多分海坊主?あるかな」

 司書さんの目を盗みながら口に大粒の飴玉をいっこ放り込む。基本的に図書館は飲食禁止なのでこれもグレーゾーン……と言うか恐らくアウトであろうことは分かっていた。

しかしある程度やる気を出すには飴が必須なのだ。棒が付いていない事に違和感を感じつつも私の中でスイッチが入る。

この図書館にある民話その他土着の伝承に関係する本、総じて三十四冊。厚みもそこそこ、普通に読んでいては日が暮れる。かといってあたりを付けて読み飛ばすわけにもいかない。

であればやることはただひとつ。

息を吸って吐く。目の付け根を軽くもんでから、私は一度目を閉じた。

そして、開眼。

(速読あるのみ!)

 糖分が十二分にチャージされている、かつ時間は一回最長一時間三十分、一日二回しか使えないという制約があってようやく使えるこの大技。因みに時間制限と一日二回が限度なのは単純に眼精疲労との兼ね合いである。

全力で文字を追いながら、それとほぼ同時に頭の中の情報を整理する。

一時間かけすべての情報を頭に叩き込んだ後、ゆっくりと民話の本を机の上に置き私は静かに頭を抱えた。

「海関連の妖怪に関する民話がびっくりするくらい無い!」

 さすがに人に迷惑をかける訳にはいかないので、小声の状態を保持したまま叫ぶ。目を通した民話には、びっくりするくらいに海に関する妖怪の話がなかった。

七人岬や幽霊船はまだしも、トモカヅキや海坊主、幽幻島すら一切ないのだ。

トモカヅキは原則海女さんに擬態する妖怪。海坊主は漁をする漁船に悪戯を仕掛けることが多い妖怪だ。なので漁に関する仕事が盛んなら原則彼らはその近くにいる。

だって極限まで悪く言うと、そこに餌があるのだから。

「……うーん?」

 速読で疲れた眼の周りを軽く揉みながら、私は図書館の窓を覗き込む。

小高い丘の上に建っているこの図書館は、ここ付近を一通り見下ろすことが可能だ。

村、森、そして海。海の方にじいっと視線を集中させ妖怪の気配を手繰ろうとしたがうまくいかない。

「これ結構面倒臭いかもしれないな」

 苦笑を浮かべつつ私は立ち上がり、トコトコと外に向かって歩き始めた。

図書館から出て少し歩けば、公衆電話がぽつねんと立っている。

最近どんどん数を減らしている公衆電話だが、裏探偵としては大分困る。

まあ皆が携帯電話を有している昨今、公衆電話の需要はほぼ皆無になりつつあるのだろう。使い方を知らない、まずこれが電話だという事すら知らないという若者がいるような状況だ。

妖怪に干渉したりするときに結構便利なのだが……これが何故か分からない人は、適当にいくつか怖い話を頭に浮かべてほしい。

公衆電話の中に女性の足だけが見えるとか、公衆電話からだけ不思議な存在に電話がかけられるとか、昔から結構あるのだ。

閑話休題、私はもう暗記してしまった電話番号を迷うことなく押して受話器を軽くタップしながら暫く待つ。

数コール目に聞きなれた声が出てきた。

「はいこちら」

「やっほ、ちーちゃん元気?今暇?だよね?できれば今すぐ来てほしいんだけど報酬どれくらいが理想?」

「……お前びっくりするほど俺の話聞かねえな。暇じゃねえっつったらどうするよ」

「どうせ開店休業なのに強がってるのに一票」

「大当たりだよこの野郎。で、どこだ」

「さすが話が早い。前言ってたとこー」

「お?珍しいな、お前ならそれくらい俺なしで行けると思うんだが」

「ところがびっくり、詰まりました。耳欲しい。後君の頭欲しい。来て」

「了解。報酬は田中さんの激辛鍋で手を打とう」

「了解。それくらいなら全力で丸め込めば行ける」

「あるはずだが一応聞いとくぞ。近くに海は?」

「バリバリある」

「分かった。三分で行く」

「助かる」

「じゃ」

「うん」

 端から見ればどんな会話かまるっきりわからなかったであろうそれを終わらせて、公衆電話を元の位置に戻す。

そして視線の先にある海に向かって私は歩をすすめ始めた。

その途中にふとコンビニを見つけ、軽く立ち寄ってインスタントラーメンを購入する。

ついでにその中に熱湯を注いでもらい、零さないように持って歩く。

正直ちょっとばかし零しそうになってしまいかなり悪戦苦闘した。

暫く歩けば砂浜にたどり着く。軽く砂山を作り、少しだけ差し込むようにして砂山の上にインスタントラーメンを置いた。

傾斜で傾かないように慎重に調整し、暫く待機。

すると目の前に広がる海が少しずつ荒れていく。そして大きな山のように隆起した後、いつぞや見た大皿のような巨大で真ん丸な目がこちらを見た。

「あ、あなたあの時の」

 海坊主、と言いかけた瞬間に目の前の巨体が一気に怯えだし、全力で逃げ出し始めた。

「だあー!逃げるな待て待て待て!」

 海坊主の皿に少し上から、訊きなれた声による制止が聞こえる。ふと見上げれば、海坊主の頭部分にちーちゃんが座っていた。やはり海坊主に連れてきてもらったらしい。

「何で怯えるかなあ。君の瞳に杓の持ち手部分めり込ませたの、私じゃなくて君の頭の上にいるそれなのに」

 ぶうぶうと文句を垂れつつ、私は足元で固定しておいたカップラーメンを取り出す。

そして割りばしを和ってズルズルと麺を啜った。

ジャンクな味が口の中に広がり、添加物をそこはかとなく感じつつも、それを相殺して余りある多幸感が脳内を支配して駆け巡る。

「うむ、うまし」

「何で人が来て早々カップ麺喰い始めてんだお前は」

「お昼まだだったから。ちょうどいい面の堅さだからちょうどいいね。さすがの時間管理能力」

「人を三分タイマー扱いすんじゃねえよ」

「うまい」

「話を聞け。そしてナチュラルにカップ麺に砂糖をぶっこもうとすんな味覚異常すぎるだろお前」

「だってちーちゃんも追い唐辛子するじゃん」

「辛いもんにな?パンケーキに追いホイップするような感じな?今のその行動、お前の感覚で言ったらケーキに唐辛子ぶっこんでるようなもんだぞ?」

「え、怖い」

「それを今お前はやろうとしてんだよ。やめろ」

「はぁい」

「お前本当田中さんいないと食生活ヤバイな」

「……はは」

「笑って誤魔化せると思うなよ?」

 ぐりぐりと頭部分に容赦なく拳骨を叩きこまれ、痛さのあまり瞳からジワリと涙がにじみ出た。

横に監視員を据えた状態でさっさとカップ麺の麵を啜り切る。残ったスープを少しずつ飲みながら、ちーちゃんと本題について話し始めた。

「で、唐突に呼び寄せてごめんね。今のところどう?」

「あー音か?ちょっと待てな、集中するわ」

 こちらが本気になれば、ちーちゃんもまた真摯に向き合ってくれる。私の頭を何故か軽く撫でてから、彼は耳をすまし始めた。

雑音があるとやりにくかろう。スープを飲むのを中断し、彼の集中が終わるのを微動だにせず待つ。約四十秒程度たってから彼は両手を打ち合わせて音を立てた。

相棒時代からちょいちょいやっている、「もう動いていいぞ」の合図である。

思い切りカップを傾けて残ったスープを全て流し込む。空になったカップ麺容器をベこべことヘこませ、持っていたゴミ袋に突っ込む。マシュマロを取り出し口の中に放り込んでから、ちーちゃんの傍に近寄った。

「おふぁった?」

「おう終わった……ってうわ、リスかお前」

 びっくりされてしまった。だって徳売りしてたんだもの、このジャンボマシュマロ。まあ既にちぎってから食べれば良かったかなあと後悔はしているが。

「……とりあえず報告するぞ?」

「ん」

「してる間に飲み込めよ?」

「ん」

 口の中がパンパンでうまく発言が出来ないので、「ん」だけで会話を成立させる。

私に早く飲み込むように促してから、彼は話を再開した。

「まあ大体お前の見立て通りだな。The・海!みたいな妖怪はほぼ居ねえ。ただ……やっぱ漁師さんが多いからだろうな。多分生体の要素のどっかで漁に関わる妖怪自体はいる。ただなア……漁を阻害するのが主な妖怪の音はしねえ。わけわからんな。結構面倒臭いぞこれ」

「……見立て自体は大体あってるってことか」

「おう。問題はその妖怪が何かだ。条件自体は結構細かく出そろってるが……擬態が上手いのか何なのか、決定的なのは出てこない。ひらめきとの勝負だな」

 私はその言葉を受けて、改めてメモを取り出した。

新しく開いたページに、条件を書き込んだ。

海の気配そのものはそんなに濃くない、という事は住処そのものは海ではないという事だろう。であれば、恐らく住処自体は陸地にある。

そして生体のどこかで、漁に関連する特徴がある。しかし原則として量を妨害する形式の妖怪ではない。

そしてこの追跡のしにくさは、おそらく相当むかしからこの土地に息づいている妖怪なのだろう。もうこの土地の一部となっているのであれば、私の目には映りにくくなる。

頭の中の知識とこの情報を照会していく。こういう時に某仮面ライダーの変身すると倒れる人の能力が欲しくなるのだが……まあ夢物語という事だ。

二人揃って頭を捻り、そしてほぼ同時にばっと視線を上げた。

「「……キジムナー?」」

疑問形になってしまったのは、普通キジムナーは共存するタイプの妖怪だからだ。

キジムナーはどちらかと言うと……妖怪と言うより、先住民と言ったほうがしっくりくる。

基本的に無害、しかし頼まれればギブアンドテイクで漁師の手伝いをする。

怒らせれば怖いが滅多に怒らないうえ、苦手なものに知らずに触れさせてしまい怒ったとしても、誠心誠意謝罪し詫びの品を献上すれば赦してくれるという、本当に妖怪か?と思いたくなるほど優しいうえに何よりも話が通じる。そんな生き物なのである。

そして心優しいものを好む。そんな人間相手には見えるように意図的にするし、何なら願いまでかなえるという。

基本的に無害なのだ。害があっても基本的に和解が出来る。ある一点をやらかしさえしなければ、の話だが。

険しい顔になりながら、ちーちゃんが私に向かって質問を投げかける。私も素直にそれに回答した。

「……依頼人の職業は」

「漁師」

「今回の依頼は何で来た?」

「漁の不振を何とかしろって」

「船が大破したとか、転覆したとか聞いたか」

「聞いてない。毎日の漁自体は普通に出来てるって言ってたし、記録見てもそうだった。でも異様なまでに漁獲が少ないって」

「タコ漁は?」

「専門外。網が主。タコ壺もなかった」

「家に鶏」

「いない。地域全体で畜産業以外の人は可能な限り避けてる傾向がある。分かってなくても周りに合わせた可能性が高い」

「腹の調子は」

「良好らしい。本人の様子を見た限り嘘じゃない」

「最近料理中に鍋蓋落としたとかは」

「ない。寧ろ自炊しないって言ってたし、ご近所さんからも証言取れてる」

 変な質問が四回連続で続いたが、その理由は分かっている。キジムナーの苦手な物は「タコ・鶏・屁・熱い鍋蓋」なのだ。これらを知らず知らずのうちにキジムナーに当ててしまった、と言う可能性を考慮したのだろう。当てはまれば話は早いのだが……そううまくはいかないのが世の常だ。

私の持つ情報と照会してみても、それと合致するものはなかった。

「合わねえな……しかも報復が『漁獲量の減退』だろ?遠回しすぎる気がする」

「それは私も思った。まるでちょっとずつ苦しめるみたいな」

「キジムナーの性質と色々やってることが合わないんだよな」

 そう。キジムナーは座敷童に通じるような特徴を持っており、協力関係の漁師を手伝ったり、正直で優しい人間の家系を反映させたりと言う事が出来る。

そして座敷童をある程度なら小豆飯で懐柔できるのと同じように、好きな魚を捧げることで許して貰う事も出来る。

が、これもまた座敷童と同じように、悪人に転落した代償や報復も結構苛烈。一家全滅から始まり、村規模の火災や目玉をほじくりだすなど、命と直結することが大半だ。

更に言うならそれが報復の一発目に来る。

予兆や前振りはある。が、昔話でよくあるような『次はもっとひどくなるぞ』という警告的なジャブは一切ない。

協力的かつ温厚であるがゆえに、文字通り『怒らせたら最後』。そんな言葉が最も似合う妖怪なのである。

だからこそ、疑問が残るのだ。違和感があるのだ。

怒らせた理由はなんだ?漁師で魚を捧げられるはずなのに怒りが色濃く残っているのは何故か?そしてこんなにも遠回しに制裁をしている理由は?

二人揃って黙り込む。おそらく考えていることはまるで同じ。

暫く沈黙が流れた後、ちーちゃんはぼそぼそと何かを呟き始めた。そして数秒経ってから、私に向かって静かにこう問うてくる。

「ひとつ聞くぞ。依頼人に副業は」

「……私が聞いた限りは、ない、けど……」

「裏は」

「ない」

「隠されてる可能性は」

「……大いに」

 裏探偵、と言う職業云々以前に、私たちは十代と言う若輩だ。依頼者の大半は私達よりも年上。しかも扱っているものは妖怪という、端から見れば子供が夢物語をでっち上げたように見えるもの。

そんな存在を素直に信じてくれるひとが、そう簡単にいるだろうか?

まともに信用もされないのが大半だ。

ちーちゃんは深く深くため息をついて、またも質問を投げかけてきた。

「依頼人はどこにいる?」

「……分からない」

「田中さんは」

「依頼者と一緒に」

「そっちの追跡は」

「……今は、何故か難しい」

「了解。ガアとオルとマーは」

「彼の傍にいるように改めて頼んである」

「そっちの追跡は出来るのか?」

「かろうじてだけど、視える。三人分だから出来る」

「行くぞ」

「勿論」


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