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うすら寒い男

依頼者の目を盗み、クーラーボックスをがばりと開ける。

そして、俺はクーラーボックス内のそれと目があってしまった。

規則正しく並べられた魚の、大量の目、目、目。

普通の光景のはずなのに、反射的にそれに驚いて飛び退ってしまった。

「うわぁ!?」

 何故か以上にその光景を異様に思って反応してしまい、一気に心拍数が跳ね上がる。バクバクと早鐘を打つようにして動いているそれを胸の上から手のひらで抑え、俺は慌てて深呼吸をした。

「ハハッ、こんだけ大量の魚を一気に見たの初めてでした?」

 軽い感じで笑いながら、依頼人がクーラーボックスを閉めて持ち上げる。そしてほかにも多く用意されていたクーラーボックスの山の上に、軽々と乗せてしまった。

「ぱっと見多いでしょう。でもこれでも減ってるんですよ。利益が出るどころか下手したら赤字。だからどうにかして欲しいんです」

 何故か甘原少女ではなく俺に向かって結構重要そうな話を喋る依頼者。それに少しだけ違和感を感じながら、俺はその話を手元にある手帳に書き込んでいた。

クーラーボックス類を今度は軽トラに積み込み始める依頼者。どうやら俺たちは彼の仕事の片手間に話を聞き、勝手に推理その他を勧めなければいけないらしい。

まあ第一次産業の方たちは基本的に滅茶苦茶忙しい(他がそうじゃないと言う訳では決してないが)ので、それもまた然りだろう。

仕事の片手間でしか話を聞けないのなら、彼について行く必要がある。移動を促すべく甘原少女に声をかけようとした瞬間、目の前の彼女は何故か首を横に振った。

「……へ?」

「私はついて行かない。別行動で調べる。土地に根付いている話が重点的になるけど」

「え、いやでも」

「直感だけど、あの人なんとなく私を避けてる部分がある気がするの。私がいると情報を意図的に隠す可能性がある。だから一人でついて行ってほしい」

「……わかりました」

 異論を呈したかったが、叶わなかった。こんな時の彼女の直感は、悲しいことに大体当たるのだ。

そして何よりも、さっきのクーラーボックスの一連でなんとなく俺もそれに近いものを感じた。だから否定できない。

しかし唯一であり、絶対に軽視できない懸念点がある。俺はそのことを確認した。

「俺、一人じゃ『視え』ないんですけど、あのー遠隔で補助入れるやつとかできますか?」

 そう、俺単体では妖怪を『視る』ことも『聴く』事も出来ない。妖怪に関連する者たちの傍に居ることで補助を貰い、ようやくそれが出来るのだ。

俺単体ではただ単に妖怪にとって『美味しそうなので食べたい生餌』がうろついているのに過ぎないのである。

そんな状況の打開案として、俺は天狗にさらわれた際に辛牙少年が施してくれた『遠隔補助』を提案する。めちゃくちゃ痛いが背に腹は代えられない。

同じ裏探偵の彼女ならできるだろうと踏んでの提案だったが、それはあっさりと否定されてしまった。

「あ、私それ無理。ちーちゃんが器用すぎるだけだから」

「え、どうにかできないんですか!?」

 ついつい掘り下げて聞いてしまう。彼女は唇に人差し指を押し当て暫く考えるそぶりを見せてから、かなり消極的にこう言った。

「失敗すると失明する可能性あって良いなら」

「大分嫌ですけど何割ですか?」

「九割」

「成功率九割なら別に……」

「いや失明率九割」

「丁重にお断りさせていただきます」

「賢明な判断だね」

 あまりにもリスキーな博打すぎる。妖怪相手は下手したら死ぬ可能性があるので一割程度なら甘んじてリスクを背負うつもりだったが、さすがに九割で失明のスーパーハイリスク中リターンに興じるほど肝は据わってない。

深く深くため息を吐く俺を見ながら、彼女はグミをもちもちと噛んでいる。そして口を開けろ、と唐突にジェスチャーで示した。

言われた通りに開いた俺の口に新しく取り出したグミを六個ほど同時に流し込みながら、彼女は述べる。

「まあいくら『視えない』って言っても、君にはこれまで培った知識と経験、そんでもって無条件に視認できる三人組がいる。大丈夫だと私は思ってるよ」

 言われてから自分の足元を見ると、自信満々の表情で俺を見つめる鎌鼬三人組と目が合う。彼らはいつの間にか雪見大福を入手していたらしく、二つしかないそれを三等分しようと悪戦苦闘していた。

「今補助外してるよ」

「え」

「名前あげてたでしょう。だから視えるんだよ。古風に言うと縁ってやつ?」

「……なるほど?」

「で、妖怪は妖怪を視る事が出来る。通訳みたいにしてくれればある程度の把握は出来るでしょう。それ等諸々を加味して大丈夫だと思ってる」

「なるほど、ようやく納得できました……別行動了解です。任せてください」

「任せた」

 コンッ、と拳を打ち合わせてから散開する。お互いやるべきことを頭の中で整理しながら目的地へ向かった。


「あれ?お兄さんだけ?まあいいや、副業の方に行くのでついてくるならご自由にどーぞー」

 大分軽くそう言ってから、依頼主は慣れた足取りで山道を歩く。

さっきまで海だったというのに今度は山。落差の振れ幅にびっくりしながらも、俺はその後ろを歩いてついて行った。

彼のように歩きなれているわけではないが、こちとら本来山に生息している妖怪三人衆と友達になっているのだ。彼らの里帰りもどきに付き合って矢島を登った経験は両手足を使っても数えきれない程度にはある。正直遠出して真冬の富士山に登らされた時は大分しんどかったが。

「……お兄さん林業従業者?」

「いえ」

「なのに息切れしてないの凄いな。なにか訓練でもしてたの?」

「ブートキャンプを少々……」

「あ―なるほど」

 恐らく噛み合っていない。俺が示したのは甘原ブートキャンプ、彼が思い当たったのは恐らくビリーズブートキャンプ。しかしわざわざ訂正する必要もないだろう。俺はあえて沈黙を選んだ。だって説明が面倒くさい。

「一応説明しとくわ。漁業の方がちょっと不振なもんで、副業で林業の真似事してるんだよね。良さげな木を切って材木にして出荷。これでどうにか食いつないでる感じで……」

「良さげな木、かぁ……俺全く分からないな。見極めとかどうやってるんですか?」

「ああ、分かりやすい目印があるんだよ。まあお兄さんには分かんないだろうし、企業秘密ってことで?」

「……確かに、真似されたら大変ですもんね」

「そうそう」

 俺相手なら結構あっさり色々喋ってくれるなア、と思っていると唐突に足元が不安定になりずっこける。

その瞬間、まさかの先程まで俺の頭があった部分を斧が飛んで行った。

「……何事!?」

 狼狽しながらあたりを見回すと、肩で息をするガアの姿がある。

彼はかまいたち三人衆の中でも先頭、「相手を転ばせる」役を担った小人である。

どうやら彼が思い切り俺を押すことで致命の一撃を避ける事が出来たらしい。

妖怪からの襲撃か、だとすれば気を張っていたのにどこから奇襲されたのか……友人の献身に感謝しつつ、俺は慌てて気を張り巡らせた。視る事は出来なくとも気配をたどることくらいはかろうじてできるはずなのだ。

こういう時見えないのは厄介だ。甘原少女の不在を嘆きながら警戒していると、あまりにも気の抜ける声が聞こえてくる。

「いやすみません!すっぽ抜けちまった。当たらなくて何よりですよ、神に感謝ですね」

 下手すれば死んでいたというのに、あまりにも軽すぎるその声に何となく恐怖を覚える。

感謝するべきは神でなく友人であり妖怪だ、と思いつつ、俺はうすら寒いものを依頼者に感じつつあった。







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