俺と呪いと依り代職人
目の前で女性がヒステリックに叫び散らす。耳をつんざくそれを澄ました顔で聞き流すのは、見知った顔の和装の少女であった。
依り代職人、柚木宮御市。仰々しい名前を携えた彼女のもとに、いろんなところに俺を派遣したがる甘原少女によって派遣された……はずなのだ。
なのになぜ、カスタマーセンターもびっくりな大発狂を目の前で披露されているのだろう。
「だから私は依り代職人であって、呪い代行業者でも藁人形師でもないと言っているだろう」
淡々とした声のまま、柚木宮少女は女性を説得する。
しかし現在大発狂している相手が、真っ当な正論を正面から受け止めてくれるわけがなかった。
より語気を強め、女性が柚木宮少女に詰め寄る。そして何とも自分勝手極まる言い分を彼女にぶつけた。
「でもあんたの所から藁人形が買えたのよ!」
「依り代として制作しているからな。お手頃価格人気商品だ」
「あんたの藁人形は優秀だって聞いてたのよ!」
「実際優秀だ。でなければ職人など名乗れない」
「でも呪い効果が出ないの!」
「それは聞いた」
「じゃああんたのせいじゃないの!」
「その飛躍は全く理解できん」
すっぱりトンデモ論法を一刀両断、ごもっともである。
呪いの失敗、それには色々な原因があるとされている。土地との相性が悪かったとか、時間帯が悪かったとか、まあ悲しい場合だと道具が悪かったとか。
でも基本的に呪いが失敗する原因は、術者がへっぽこ過ぎたか何かミスったか、のどちらかだ。
「で、だ。お持ちいただいた藁人形は見た。不具合その他は確認できなかった。だから返金はしない。それだけなら帰れ。他にあるならさっさと言え」
丁寧なのかそうじゃないのかよく分からない言葉遣いのまま、柚木宮少女が切り返した。
そう言われた瞬間に、先程までキャンキャンと吠えていた女性が一気に静かになる。
何かを考えた素振りの後、女性は恐る恐る柚木宮少女に向かってこう聞いた。
「あんた、私を呪ったりしてないわよね」
「得も何もないのだが、呪われるような価値が自分にあると思っているのか?」
強火すぎる返しだったが、どうやらそれで納得したらしい。女性はそのまま口をつぐんだ。
柚木宮少女がふんと鼻を鳴らし、高圧的な態度はそのままに小首を傾げた。
「で、用件は」
「あんたね」
「早く言え。私は全体的に気が短い」
言葉が途切れる。気が短い、と言われ暫く考えた。話を聞かれず無視されるのが一番困るという結論にたどり着いだのだろう。率直に用件を話した。
「……多分、呪われてるかなんかなのよ」
「ほう?」
口の片端を上げた柚木宮少女が女性を眺める。女性はそれに気づかないようで、そのままたどたどしく説明を続行する。
「いやな感じがするの。変なことが……不幸なこと?が続くのよ。あんたヨリシロ?作れるならこういうのも詳しいんじゃないの?助けてよ!」
「……愚かだな」
「な」
ぼそりと柚木宮少女が呟き、その言葉に反応した女性の顔が一気に赤くなる。
何か言おうとしたが、それを阻害するように柚木宮少女が疑問を投げかける。
「違うとでも?愚かという他ないと思うが?」
「……どうにか、してくれませんか」
「まあ良いだろう。見捨てるのは趣味ではない。だが無料は当然無理だ。慈善事業じゃない」
しおらしくなった女性に対して柚木宮少女はほんのりと慈悲を見せた。
見捨てるのは趣味じゃない、という言葉で女性の目が一気に輝いたが、無料ではないという言葉を受けて光が一気に沈静化する。何ともわかりやすい。
しかし慈善事業ではないという言葉で理解はしたらしい。ちょっと不貞腐れた態度のまま、女性は話を進める。
「いくら払えばいいの」
その言葉を受けてから、柚木宮少女は電卓を取り出す。ポチポチとボタンを叩き数字群をディスプレイに表示させてから女性に電卓を提示した。
「これだけだ」
「……無理よ!ぼったくりもいいところでしょ!」
俺からは数字そのものは見えなかったが、どうやら金額がお気に召さなかったらしい。
でもボタンのタップ数から大体の金額を予測した俺は、とある予想を胸にスマホでちょっと検索をする。
そしてその検索結果を見せながら横槍を刺してみた。
「……あのー、ちょっと失礼しますね。世の、まあ主にお払いですけど……ネット検索の相場こちらになります」
「部外者は黙って……」
女性がこちらを、正確には俺が提示したスマホの画面を見て硬直する。
数秒してから、俺のスマホ画面と柚木宮少女が提示した電卓をそれぞれ三回見比べた。
「……分かりました?」
「大分良心的な値段だと思うが、どうする」
「おねがいします」
「賢明だ」
なるほど俺の予測は正しかったらしい。大分相場より低い値段を提示されていたらしく、女性は一気におとなしくなった。
◇
クレーマー状態だった女性が店から出て行って三秒、よし終わったと言わんばかりに柚木宮少女が呟いた。
「……さて丁度良くこれで教材が出来たな。喜ぶと良い研修生」
「あ、やっぱり俺の教材用ですか」
「じゃなきゃあんな破格の値段でこんな馬鹿な依頼受けん。本来私は依り代の制作販売だけが仕事なんだ。元々これは専門外だ」
ごもっともすぎる。彼女は裏探偵に関わる職業なだけで、探偵業をしているわけではない。
依り代を作る依り代職人だ。言わずもがなフィールドワークは業務外だろう。
「ですよね。で、どうやりますか?俺妖怪は比較的実績積んでますけど、呪いは流石に初です」
多分俺をここに派遣した理由のうちひとつはこれだろう。妖怪とか都市伝説は最悪俺一人でも解決できることがあるが、呪いはやったことがないので無理である。
まず何からやればいいのかすら分からないし、知識もない。
「大丈夫だ。呪いも割と妖怪に近い。ただ重要なのは、軸となるのが自然と環境ではなく人間関係になっているという事実だ」
「人間関係……え、じゃあどうやってその把握を」
もしかして全部調べ上げることから始まるのか、と遠い目をすると、柚木宮少女が動いた。
店の端にある箪笥を開き、ガサゴソと何かを探り始める。
しばらくしたら何かを見つけたらしく、なかなか荒っぽくそれを引き出して箪笥を閉める。
柚木宮少女は取り出したものをひらひらと揺らしながら、此方に戻ってくる。
その揺らしている封筒には、本当に良く見慣れたマークが入っていた。
というか、その封筒のデザイン自体をよく知っていた。毎日の事務作業でもはやノールックで扱える程手になじんでいるものである。
「此処に君の上司の事務所から来た封筒がある」
「……」
ペーパーナイフを慣れた手つきで扱い、柚木宮少女がその封筒を開封する。
その中身を投げてよこした。慌てて受け取ったそれが何かは流石にすぐわかる。身元調査の結果報告書だ。
「これが本来の探偵の使い方だ。感覚ずれてないか?大丈夫か」
そりゃそうだ。妖怪が何か、元凶が何かを延々推測し、必要とあれば鉄扉を脚力で蹴破ってでも情報収集して家主に見つかれば爆速で逃走、更には妖怪を知識と筋力で撃退するのだけが裏探偵の仕事ではない。
「ずれてました」
「そうか、治せ」
端的だが本気の一言だった。勿論治す。なおさなきゃヤバイ。
「はい」
「さて。あの女はまあ見て分かっていただろうがヒステリックだ。ついでに言うと責任転嫁する傾向もある。つまるところ嫌われやすい」
一瞬フォローしようか考えたが、フォローできるような部分がなかった。クレーマーに近い感覚だったし、柚木宮少女が異ってことはほぼほぼ事実だ。
「つまり調べる対象が多いと」
「そう言う事だ。しかし呪いとは一朝一夕で決められることではない。まあ、基本はな」
「……そうですか?」
俺の質問を受けてから、柚木宮少女がコテンと首を傾けて何かを考え込むしぐさをする。
多分俺に通じる例えを探しているのだろう、藁人形を見つけて閃いたらしく説明を再開した。
「分かりやすいのは丑の刻参りだな。真夜中に特別な道具と衣装で、連日厳しい条件を満たした上で失敗時の特大のリスクを背負ってやる。そう簡単に呪うと決意できるか?」
「労力と危険性を考えると……相当確固たる決意がないと出来ませんね。もしくは狂ってるか異様に沸点が低いか」
丑の刻参りの為の装いと言えば、皆様大体頭の中に思い浮かぶ像があるのではないだろうか。
白い着物に逆の合わせ目、頭に蝋燭そして裸足。丑三つ時に境内の木に藁人形を五寸釘で打ち付ける。この時点で相当労力がかかるというのに、誰かに見つかるとその人を殺さなければ呪い失敗どころか3倍返し。ハイリスクハイコスト……多分呪った側からしたらハイリターン。それが丑の刻参りである。
「そう。それほどまでに憎悪を蓄積できるとしたら、毎日会っている可能性が高い」
その条件に合致する人を探すため、非常に見慣れた文字でつづられた身辺調査報告書類に目を通す。合致する人は一人しかいなかった。
「つまり調査対象は、この同僚女性ですかね」
「ああ、まずは行こうか」
◇
現在位置を端的に伝えてみようと思う。例の調査対象、同僚女性の家……の中が覗ける位置に生えている木の上。
情報量の洪水である。なお状況としては調査のためとはいえ双眼鏡を用いた覗きになるので、警察に見つかったらThe endである。
何故着物なのにこんなにアグレッシブに動けるのか……と思った瞬間に、ん、と俺の手元に飲み物と食べ物が入っているであろう袋を放られた。
落としたら回収するのが難しい。慌ててそれを受け止めると、中には典型的なものが入っているのが見えた。
「あの」
「何だね」
「何故あんパンと牛乳を……」
典型的な物、つまり張り込み中の探偵といえばこれ!という謎の共通認識があるあんパンと牛乳である。
「好物ではないのかね?良かれと思ったんだが」
「探偵全部があんパンと牛乳をこよなく愛しているわけではないですよ?」
「千里は歓喜するが」
なるほど原因はそれか。どこまでもまっすぐな瞳でこちらを見ているところを見るに、良心100パーセントであることは容易に理解できた。取り合えず誤解は説いておくこととしよう。
「純粋に甘い物とそれに一番合うものだからだと思います」
「なるほど、失礼した」
「……純粋ですね?」
「ずれているとはよく言われる。気を付けてはいるのだが、すまん」
本当にこの人は純粋らしい。職人気質なところがある……つまり結果と行動で語る分、言葉少なな部分があるので露見しにくいが、だいぶピュアらしい。
一度頬を思いきり手で挟み込み、パン!と大きな音が出る。頬をじんわりと伝う痛みで頭を切り替えて、俺は仕事を進めるための質問を投げかけた。
「呪いって結構種類ありますよね。どうやって判断を」
「君は呪いにも種類があることは知っているかね」
俺の質問を言い切らせることなく、質問で切り返してくる。呪いに種類、と言われても、俺はまず呪いについての基礎知識も知らない。なので一応少し考えてから、予定通りの言葉を返した。
「いえ」
「妖怪にもある程度分類が出来るだろう。山に関わる、海にまつわる……呪いは宗教に依存することが多い。人間が呪いをするためには何かの力を借りる必要があるからな」
「例えば……どういう」
そこまで言われても、完全に理解するところまではいけなかったので素直に質問を重ねる。この質問はあらかじめ想定していたのだろう、そこまで悩むことなく返答が返って来る。
「神の力を借りるため境内の木に打ち付ける。亡霊の力を借りるために墓場の石に名を刻む。狗神も呪いだ、動物霊の力を借りて超常現象を起こす」
「なるほど」
「で、あの女が纏っていたのは神にまつわるものだ。店の依り代の中でも神に関わるものが反応していたから間違いない」
依り代職人って結構万能なんだな、と思いながらぼうっと柚木宮少女の方を眺めていると、何故か先程まで座っていたはずの彼女は器用に枝の上で立ち上がっていた。
そして何とも綺麗な投球フォームで何かをぶん投げる。多分この投球フォームを教えたのは辛牙少年であろう。だって見覚えがある。
ひしゃくでも投げたかと思ったが、どうやら投げたのは別のものらしい。紙でできた人形が同僚女性の家の窓に叩きつけられる。そしてそのままガタガタガタガタと震え始めた。
某ジブリ映画のワンシーンを思い出したのはきっと俺だけではないだろう。
「だからある程度絞れる。絞れるんだが……なんだあれは」
「うわ怖」
「あの依り代は呪われている側にしか反応しないんだが……」
「誤作動とかは?」
「お前は私の作った依り代の性能を疑うのか?」
なんとなく市松人形を彷彿とさせるような綺麗な微笑で、柚木宮少女が俺の方を向き直った。やばい職人相手に正面から喧嘩売るような言動してしまったと遅れて気が付いた。
その微笑が修羅に変容する前に、さっさと謝ることにした。
「すみません」
「ああ、別にいいさ」
別にいい時の笑みと思えない。ギリギリのところで踏みとどまれたことを心の中で安堵しつつ、俺は張り込みに意識を戻した。
◇
「……張り込んで三日経ちましたね」
「経ったな」
木の上での会話。木の上から他人の部屋を覗いているという狂気じみた行為に感覚が麻痺してきているという自覚はある。
だがしかし深く思考し始めたら最初からいろいろアウトである。故にその部分に関しては思考を完全停止させることにした。
「呪いの素振りは見えませんけど」
「が、怪奇現象は続いているらしい。継続力的に一度の呪いのそれではないと思うが」
柚木宮少女はあれ以降から毎日数枚ずつ増えている書類とにらめっこしている。相も変わらず封筒には見覚えがあるので、多分これを作るために俺の上司が必死こいて動いたという経過が潜んでいると思う。
「確か呪いって、失敗したりすると跳ね返りがあるんじゃないですっけ?」
「逆凪か?それはないだろう。あれが持ってきた依り代がこれだ」
疑問をぶつけたが、爆速で否定される。ついでに言うとエビデンスも用意されているらしかった。袂あたりから引き出された藁人形が風に吹かれて僅かにそよぐ。
「わあ実物」
「逆凪があったらまずこれが燃えるなりなんなりする。そういう機能を付けてある」
「わあ匠の技」
「雑なテレビショッピングの合いの手みたいな反応だな」
「ちょっと想像しちゃったじゃないですか」
確かにテレビショッピングで録音音声ですか?くらい『わあー』しか言わない雑な合いの手結構あるけれど。そう言われたら簡単に想像できるくらいには見たことあるけど。
そうグダグダ考えていると、突如として柚木宮少女が纏う空気が急変した。
もはやきから転げ落ちるのではなかろうかと思うほど身を乗り出し、食い入るようにして同僚女性の家の中を見ている。
「……は?」
「どうし」
たんですか、と言おうとしたが上手くいかなかった。思い切り引き寄せられ、俺もまた彼女と同じように身を乗り出すような体勢になる。無理矢理体感でバランスを取り木の上に居残る。受けててよかった地獄の甘原ブートキャンプ。唯一の欠点は命がかかるような場面でないと恩恵を再認識できない事か。
「見ろ」
「どこを?」
「テレビだ!見ろ!」
「いや小さ……」
思い切り目を剥いてテレビを覗き込もうとするが、恐らく女性一人暮らしの家、テレビも大きいものである必要性はあまりなく小さなそれだ。
ただでさえ小さなそれに表示される小さな文字を読み取れるほど、眼は良くない。誰かマサイ族呼んできてください。
「あの女が死んだ」
俺は見えなかったが柚木宮少女は本当に見えていたらしい。苦々しさが滲む声が間後ろから聞こえ、俺は弾かれたように振り向いた。
ギリギリと噛み締められすぎた歯が悲鳴を上げている。その反応から、この事態は彼女にとっても完全な想定外だったのだと理解できる。
「藁人形は」
「健在だ。逆凪ではない」
「目立った呪いの兆候は……」
慌てて原因を探ろうとした瞬間に、同僚女性の部屋の中に、ごく当たり前のような顔をして黒猫が入っていった。
その猫はのっしりと窓際に香箱座りで座り込み、ぺしんと尻尾を床に一度叩きつける。
その瞬間、窓に張り付いてガタガタと振動していた依り代が力をなくし地面に落ちる。
「「呪い返し」」
示し合わせたわけでもないが、二人してほぼ同時に呟いた。
呪いに関しての知識がほぼなくても、妖怪の知識があれば理解できた。
猫、特に黒猫は結構特殊な力を持っているとされている。
昔からある伝承だ。猫は破魔と見通しの力を持っていると言い伝えられていた。
だから招き猫が縁起物とされているし、伝承の中には猫が流行病を喰ったという話すらあるのだ。
それだけではない。人間のように襖を開け閉めし、人語を解したとされる化け猫は結構有名だろう。猫はその生まれつきの力と、後々身についた知識によって、呪い返しが出来る唯一の俗世の生き物とされている。
「野良猫、だが懐いている。呪いは成功していて、あの同僚は本当にただ呪われていた。呪う素振りがある訳がない。だが野良猫が勝手に返していたんだろう。だからあの女は呪いは失敗したと誤認した。藁人形も反応しなかった」
「恐らくそれで正解ですね」
「すまない、あまり勉強にならなかったな」
こちらに向かって深々と頭を下げた柚木宮少女を慌てて制止する。怒涛の展開ではあったが、しっかり勉強にはなったのだ。
「なりましたよ十分に」
「そうか、それは不幸中の幸いだな。呪いなんて馬鹿なこと、さっさと滅べばいいのにな」
「……そうですね。ありがとうございました」
柚木宮少女はどこか寂しそうに笑った。見ないふりをして携帯をとりだせば、大量の愚痴メールが上司から届いていた。
俺は帰り道を走り始めた。




