夫婦とは何たるか
「まあそれで、落ち着いてくれたのもいいし、かっこよく決めたのも別に良いよ」
俺はそう言いながら、甘原少女と柚木宮少女の背中を追っていた。
その二人は小休止を挟んだ後、あっちこっちと四方八方に、しかし迷いなく進んでいたのだ。
そしてその先々で古臭い本を搔き集めては、また違う場所へと歩を進めている。
俺はこの二人の行動が理解できていなかった。
「二人とも今何してるんですか?」
「日記搔き集めて読んでる」
「は?」
言われてよく見てみれば、彼女たちが手に持っている古びた本には、日記、や記録、と言う文字が散見できた。
要するに、他人の日記を読むという背徳の喜びを彼女たちは今噛み締めているのだ。
いやなにしてるんだ、と言おうとして俺はふと思いとどまった。
「……もしかしてなんですけど、千里」
「んー?」
新しく出したらしい飴をかろかろと口の中で鳴らしながら、彼女は日記から目を話すことなく返事を返してきた。
一見生返事に思えるこの返事だが、しっかり聞いていることは経験上知っている。なので俺は一切気にせず自分の意見を口にした。
「この家に妖怪が憑いてるか、調べようとしてます?」
「あたりー」
へらと笑いながら、彼女はぺらぺらと日記を読み進めた。そんな情報収集を手伝っている柚木宮少女が彼女の意図を補足する。
「……この家で捜索していて違和感を感じてな。何かしら隠されている気がするのだよ。だからこちらで勝手に調べていると言う訳だ」
あー、まあ、確かに……。
実際此処に連れてこられてから、妖怪の気配が全くしない。それは最初から思っていたことだが、基本そんなことはありえないのだ。
普通、都市部であってもあっちこっちに妖怪やら怪異やらそれにすらなってない変な物やらが居る物なのだが。
だがしかし、ここは都市部より妖怪が寄り付きやすい山間部にあるにも関わらず、妖怪の気配が一切しないし、姿を見ることもない。
「確かに何か変なんですよね……違和感と言うか」
「そ、だからちょっと昔の事とか調べてやろうと思って」
そのまま更に日記を読み進める。現在に近い時間軸から昔へと逆行するために、本を最後から最初に向かってパラパラと進めていた。
そのまま三人で延々日記を読んでいたのだが、所々切り取られた場所がある。
……明らかに何か隠している気がする。
何と言うか、ここまできな臭い……と言うのも少し違うと思うが、明らかに怪しいのも珍しい気がする。
「一家全員が養えるほどの遺産、でも日記を見る限り大きく成功した事業はない。親は警察に言うなとお嫁さんの捜索を口止め、閉鎖的すぎるほどの山野一家。それでも本来居るはずの野良の妖怪の気配もない……と」
ブツブツと呟きながら甘原少女が日記をドンドンと読み進めていく。
日記に注意を完全に持っていかれていた俺たちは、完全に気づいていなかった。
ほぼゼロ距離で、俺たちの背後に佇んでいた菊さんに。
「あ、菊さん」
「うわあ!?」
甘原少女は気づいていたようで、あっさりと菊さんに頭を下げた。
そんな感じでそれぞれの反応をしたのだが、それを一通り見届けてから、菊さんは袂に手を差し入れ、そこからある物体を取り出した。
「……紙?」
それは綺麗に重ねて束ねられた紙で、俺は一瞬見ただけではそれが何なのか理解できなかった。
「いや違う。菊さん、それもしかして日記ですか」
「はい」
まさかのその数秒で気づいたらしい甘原少女が、菊さんの持っていた物を言い当てる。その瞬間におそらく安心したのであろう、菊さんの緊張感が一気に緩んだ。
「私達兄嫁は、桜……彼女の為に何もできません。それに今現在、彼女も真にここから解放されたわけではない。時間制限があります。だからあなたに、現状を変えてもらいたい。出来る限りの協力をしたくて」
……菊さんが、なんか一気にいろいろと喋った。ここに来てから最長ではあるまいか。
そして彼女が喋った内容は、あまりに含みが多すぎる物だ。もしかしてこの家、俺たちが思っている以上に複雑な状況なのではないか。
「菊さん、もしかして何か決定的な情報を握ってらっしゃいますか?」
俺がストレートにそう聞くと、彼女は少し驚いたような顔をした。そして頷き、更に情報を追加してくる。
「知っています。けれど話す事が出来ません。そして『それ』がどこにあるかまでは、私も知りません」
「何か決定的な力を持つ物体が、この家にはあると」
彼女は何も反応しなかった。どうやらそこまで協力することはできないらしい。
正直この現象は、厄介ではあるものの妖怪に関わるとそう珍しい事ではない。
宣誓、もしくは契約、もしくは約束。妖怪がかかわると、これらは絶対的な力を有することがあるのだ。
皆さんが幼少期、見たり聞いたり読んだりした昔話の中で、こんなことがなかっただろうか。
鬼が見逃してもらった恩で村を守るようになったとか、化け物との勝負に勝ったら見逃してくれるとか。あとは〇〇しなければ繁栄を約束するとか。
そう言う時の約束、誓いの執行力と言うのは凄まじいものなのだ。それは昔から変わらない。
そしてどうやら、目の前にいる彼女にも何かしら「約束」が存在するらしい。おそらく俺たちに情報を与えたこの行動も、その約束をかいくぐっての行動なのだろう。
「……なるほど?」
俺が菊さんに質問をしている間に、甘原少女は菊さんから渡された日記の欠落部分を淡々と読み進めていた。
そんな彼女の手元を覗き込んでみると、そこには結婚の文字。だがそこに違和感を感じた。その紙には日付が書かれているのだが、その日付を各日記と照合してみると、恋愛機関が一切ない。であって即結婚したという形だ。お見合いなのか。だとしても即日婚は違和感がありすぎる。
そしてその他の記録と照合すると、その結婚から一週間以内に、相当な大金がこの家に入っているらしい。
一家だけならまだしも、代々その形なのだ。長男次男も漏れなくその流れになっている。
「……なんですかこれ」
「なんともまあ」
「露骨を極めているなぁこれは」
三者三様の反応をしてしまい、菊さんは困ったように静かに眉根を寄せた。
その間にも、俺の横ではぺりぺりとフィルムを剥がす音が聞こえてくる。
甘原少女が飴の包装をはいだ音なのは見なくても分かった。
「さてさて大体わかった。問題はそれがどこにあるかだよね」
楽しそうな顔をしつつも、彼女は少し困ったように小首を傾げる。
確かに困った。今回彼女は何も『視る』事が出来ずにいるのだ。何が作用しているかは知らないが、この状況で彼女のその能力が使えないのは正直厳しい。
さていかがしたものか、と首を捻っていると、背後からおほん、おほんと主張の激しい咳払いが聞こえてきた。
不審に思って振り返ると、何故か誇らしげな顔をした柚木宮少女がにやにやと笑いながらこちらを見ている。
「此処に適任がいるのだが?」
「……助かった!!」
柚木宮少女のその声を聞いた瞬間に、甘原少女の顔が一気に明るくなった。
柚木宮少女の手を両手で包み込み、そのまま上下にブンブンと降る彼女。
その元気に盛大に面食らったらしい柚木宮少女は、数秒だが硬直する。
そしてその後、多少勿体ぶりつつ袂からあるものを取り出した。
それは紙でできた人形で、今は起動していないらしく彼女の手の中でくたりと転がっている。
「紙の……人形ですか?」
紙の人形。文字だけ見れば十分効果がありそうな気がするが、実際見るとそんなことはない。
四肢と頭、後は胴体を紙で作った、と言うだけの非常に簡単なもので、言い方は悪いが子供でも作れそうな代物だ。
これ大丈夫なんだろうか、と一瞬考えた瞬間に柚木宮少女が額にめり込むような威力のデコピンをかましてきた。
「子供でも作れそう、とでも思ったかね?はは、依り代職人を侮るなかれさ」
そう言いながら柚木宮少女は何かしら呟き、その後紙でできた人形をふっと吹き飛ばした。
ひらひらと宙を舞ったそれは、ぺそっと床に落ちた後……まるで人がそうするように「よっこいせ」と立ち上がって動き始めた。
正しくは声は発していないのだが、あの反動を付けながら起き上がる動きはそれ以外に形容できないと思う。
そしてぺらっぺらの体を上手いこと制御しながら右に左にと歩を進める人形。
それは迷うことなく進んでいた。
「……すご」
「一番『何かしら力が強いところ』に惹かれるようにしておいた。そういう場所に何もない、という事はそうそうないだろう」
「やっぱ便利だね、依り代」
「その分厄介ごとも多いし作るのにも手間がかかる。値段相応、労力相応というものだな」
甘原少女の感想を容赦なく正論で叩き潰しながら、依り代の後をついて行く柚木宮少女。彼女はハンドサインで「ついて来い」と示したので、俺たちもその後を追随することになった。
歩くこと数分。やたら広いこの家の最奥ともいえるであろう位置取りにその部屋はあった。
一見普通の部屋なのだが、良く見るとその部屋……と言うかその部屋に繋がる扉に異質な部分がある。
鍵がやたら多いのだ。
扉に元からついている鍵が一つ。さりげなーくドアノブに巻かれた鎖についてる南京錠が一つ。そんでもって、半ば隠すようにつけられたダイヤル錠が一つ。
「決定ですねぇこれは」
そう言いながら、甘原少女は鞄を開き、とあるものを取り出した。
普通の生活ではまず見ることのないであろう器具の数々。人はそれを「ピッキングセット」と呼ぶ。
「千里?何をするおつもりで?」
「開けようと思って」
「やめなさい犯罪ですよ!?」
俺がそう言った瞬間に、彼女はほんの一瞬であったが物凄い面倒臭そうな顔をした。今でも思うが、超絶綺麗な顔面でも歪めばこんなにシュールな顔になるものなんだなぁ。
そしていつもの顔に戻った後、彼女はもう一度鞄に手を突っ込み、ごそごそと何かを探していた。
そして見つけたらしい。楽しそうな笑顔で彼女が鞄から引っ張り出したそれは……ICレコーダーだった。
そして流される音声。それは依頼者である皮倉三武郎の声だった。
「妻を見つけられるなら、何をしてもかまいません!」
……それを聞いてから甘原少女の顔を見る。彼女はにっこりと綺麗に微笑んでいた。
「許可は取ってるから大丈夫大丈夫♪」
「いつの間に取ってたんですかこんなの」
「最初から要るかなーと思ってて。怒られそうだったから二人きりの時に聞いといた。ちゃんと録音の許可も取ってるよ、ホラ」
そう言いながらポチポチとICレコーダーをいじると、聞こえてくる彼女が録音の許可を求める声。そしてそれを了承する声。どこまでも抜け目ない。
「怒られるって自覚はあったんですね……」
そんな会話をしている間にも、彼女は淡々と良い子も悪い子も絶対に真似してはいけない所業を進めていた。開錠音が一つと、南京錠が床に転がる。残るはダイヤル錠なのだが、これはヒントも何もないのに開けられるものなのか。
「千里、それはさすがに無理なんじゃ」
「いや行ける行ける」
「いやどうやって」
「どうやって、って」
そう言いながら、彼女はダイヤル錠に手をかける。指先に力がこもった音がした。
「総当たりで」
人はそれをゴリ押しと言う。
涼しい顔でそう答えた彼女の手元では、白煙が上がりそうな速度で動くダイヤルの姿があった。摩擦熱が物凄いことになってそうだ。正直怖い。
所要時間物の数十秒。ダイヤル錠RTA業界があったのなら上位入賞できそうな速度で開錠を果たした彼女の足元に、爆速で回されまくった南京錠が転がる。
その南京錠からはシュゥゥゥゥ、という南京錠から聞こえてはいけない音が聞こえていた。
「はい、開いた」
「それは世間一般的にこじ開けた、と言われるのだが甘党探偵」
「大差ないでしょ」
柚木宮少女の苦言をひらりとかわしつつ、彼女はその扉を開けた。
長年開かれていなかったのだろう、随分立て付けが悪いその扉の先にあったのは、やたら豪奢な額縁の中に丁寧にしまわれた毛皮であった。
「……毛皮?」
「……これはこれは」
「なるほどね~。こりゃこんな状況が作れるわけだ」
「すみません、俺分からないみたいだ。これなんですか?」
なるほどな、と言う感じの反応をしている甘原少女たちと違い、俺はこの光景を見ても理解が出来ない。
なので素直に質問すると、柚木宮少女と甘原少女はああ、と納得したような顔をして解説を始める。
「……羽衣伝説って知ってるかい?」
「えーと確か、天女が羽衣を脱いで枝にかけてくつろいでいると、それをとある男が盗んで、羽衣がないと天上界に帰れない天女が泣きついて、羽衣を切らない代わりに男の望む嫁になったんですっけ」
記憶を掘り起こしながらなんとか回答すると、甘原少女がぴっ、と此方に向かって指をさした。どうやら正解らしい。
「そ、それの外国版。セルキー、もしくはアザラシ女。男版もある」
「外国版?」
俺が疑問符を口にすると、甘原少女が頷く。
「スコットランドの民族伝承。さっきの羽衣のアザラシの毛皮版だよ。私も見たのは初めてだし、教えてもない」
「つまるところ、人間に擬態するため脱いだ、超重要な体の一部を人質に取られたわけだ。心臓を握られている状態に近い。望む嫁になるし、約束も破れない。当然だな」
そう言う柚木宮少女の背後から、からん、という物が落ちる音がした。
振り返ると、菊さんの姿があった。彼女はわなわなと震えた後、ふらふらとおぼつかない足取りで毛皮のある部屋の方に進んでいく。
そして菊さんは、複数ある額縁の裏側を丁寧に確認して、そのままその場所にへたり込んだ。
「……あの?」
何が起こったのか分からず、俺は菊さんに話しかける。
彼女はどこか虚ろな目でこちらを見て、にっこりと、眼とは不釣り合いなほど美しく微笑んだ。
「……毛皮は桜のものだけしかないのですね」
「は」
「これは私の毛皮が入っていた額縁のようです」
「あの」
「私の毛皮はもうない。私はもう帰る事が出来ません」
「……」
ここまで聞けば、さすがの俺でも理解が出来る。
彼女もまた、セルキーなのだろう。
というか、日記を見る限り歴代のお嫁さんは全員セルキーだったと思われる。
多分歴代男児のうち誰かがセルキーの毛皮を入手して、セルキーを自分好みの嫁にしたのだろう。
家事全般、育児全て、家のすべてをやってくれる都合の良い、容姿の声も性格も自分好みの嫁に。
そして恐らく、セルキーにとって色々と都合の良い海岸で、よくセルキーが来ていたのだろう、この家に生まれた男児全員にセルキーを嫁がせる事が出来るほどに。
彼女たちが従順なわけだ。心臓とほぼほぼ同義の毛皮を人質にされているのだから。
そして恐らく、遺産と言うのは多分、彼女たちセルキーの毛皮を売って作ったものだろう。
アザラシの毛皮、更には妖怪であるセルキーのものだ。値段が高くないはずがない。
それこそ遊んで暮らせるほどの額が、ぽんと入るはずだ。
嫁と金が手に入る永久機関。……気分は悪いが、実に効率的だ。
それを踏まえて考えれば、扉のあの厳重な施錠も、「警察を呼ぶな」という秘密主義も、嫁である彼女たちのあの態度も納得がいく。
「……人としてどうなんだ、これは」
「人間は、時として妖怪よりも邪悪ですから」
菊さんは、諦めたように笑っていた。
「菊さん!」
俺が呆然としていると、誰かが菊さんに駆け寄る。
その顔を、俺は直接会ったのは初めてだが知っていた。
「桜さん。来られたのですか」
「ええ、息子は引き取らせていただきました」
甘原少女の落ち着いた反応に面食らいつつも、彼女は腕の中に抱いた自分の子供を撫でながら応じた。
そんな彼女を見て、菊さんの瞳に少しだけ光が戻る。
菊さんはいきなり機敏に動き、桜さんの肩を掴むと顔をほぼゼロ距離まで近づけて一気にまくし立てた。
「桜さん。桜さん。あなたの毛皮は此処にあるわ。あなたの自由は此処にあるわ。お逃げなさい。お帰りなさい。我らの国にお戻りなさい。お帰りなさい……」
その後はぶつぶつと「お帰りなさい」と「お戻りなさい」を繰り返す。
菊さんのその変貌ぶりに驚いた桜さんが呆然としていると、この短時間でもう何度目だろうか、背後から声がした。
「桜……!」
「……三武郎さん」
依頼人皮倉三武郎がそこにはいた。その瞬間甘原少女の眉が少しだけ動く。やらかした、と思ったのだろう。彼女は最初から皮倉さんを桜さんに合わせるつもりが毛頭なかった。
そんな彼女の気持ちなど知らず、皮倉さんは目の前にいる嫁に喜び、先程までの喧嘩腰はどこへやら、甘原少女に感謝を述べ始めていた。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!おかえり、桜。さあ僕の為に食事を作っておくれ。風呂を沸かしておくれ」
その言葉を聞いた瞬間に、桜さんの顔が緩む。彼女は抱きしめられる直前で身を翻し、皮倉さんの腕から逃れた。
「桜?」
「さようなら」
言うが早いか、人間離れした身のこなしで窓から外へ飛び出し、数秒で山の中へ消えていった。
何が起こったのか分からずその場にへたり込む皮倉さんを、俺たちもまた何も言えずに眺めていた。
そのまま数分ほど経ったころ、柚木宮少女がボソッと一言呟いた。
「なんと言うか、怒涛だったなこれは」
「お疲れさまでした」
「うむ、お疲れさまでした」
「はい、お疲れさまでした」
三人向き合ってからそうお互いを労った。
この色々と濃かった依頼は、最終的に「もういいです」という皮倉三武郎さんの一言で終了した。
不満を言うでもキレ散らかすでもなく、ただ一言。
失意のどん底でもう何でもいい、と言う感じだったのだろう。
理想を固めた存在だったというのもあったのだろうが、やはり桜さんが好きだったらしい。
「ま、与えられるばかりの生活が上手くいくわけないよね」
「……ですね」
なんというのか、色々疲れるし教訓になった依頼であった。
残ったのは、謎の疲労感と喪失感であったが。
この依頼は!これで!おわり!




