少女激怒
「……あの、私は」
ギリギリと俺の頬あたりに指をめり込ませていた甘原少女に、更に何かを言い募ろうとする人形に憑依した桜さん。
甘原少女はその言葉を受けて人形の方を見やったが、その瞬間に盛大な横槍が入った。
「いい加減何か進捗はないんですか!?」
そんな声と共に荒々しい足音と、扉の開閉音。それがどんどんと音量を増しながらこちらに近づいてきている。
それに驚き一瞬顔を上げると、案の定依頼者の皮倉三武郎の姿があった。
彼は額に青筋を浮かべながら、イライラとした様子を隠すことすらなく横柄な態度で甘原少女の方に詰め寄る。
驚きつつ人形の方に視点を落とすと、先程まで、まるで本当に生きているかのように生き生きと滑らかに動いていた人形はどこへやら。
まるで糸が切れたようにだらんと生気なく、俺の手の中でおとなしくなっていた。
「……え」
何が起こった、と口から零れそうになってしまった俺の口を柚木宮少女が容赦なく塞ぐ。
結果俺の口から漏れ出たのは、声にならない息だけだった。
突然のことに目を白黒させる俺の視線を一身に受けながらも、柚木宮少女は動揺したそぶりを見せない。
そんな彼女は俺の口から手をどけることなく、そのまま首を左右に振る。彼女が何を言いたいかは、彼女が纏っている雰囲気で容易に推測する事が出来た。
とても単純だ。彼女はこう言いたいのだろう。それ即ち、「黙れ」と。
つまり皮倉三武郎に聞かれると困る情報があるのだろう。そしておそらく、それは俺がまだ判別できないものであるはずだ。
「妻は一体どこにいるのです!」
皮倉三武郎は怒りで血走った眼で甘原少女に詰め寄り、彼女の胸ぐらを掴んだ。
そして恐らく、そのまま上下前後に揺すろうとしたのだろう。
だがしかし、彼が今胸ぐらを掴んでいる相手は、色々規格外のある種化け物である。
日々の研鑽で鍛え抜かれた彼女の体が、体格差こそあれど、まともに鍛えていないであろうお坊ちゃんに翻弄されるはずもない。
事実、皮倉三武郎は彼女を揺さぶろうとしたが、彼女は微笑みを浮かべたまま微動だにしなかった。
それが気に食わなかったのだろう、彼は暫く頑張っていた。
しかしそのうち無理だと悟って、舌打ちしながら荒々しく彼女を開放した。
「鋭意捜索中です」
解放されて一拍置いてから、彼女は端的にそう返した。
しかし、案の定と言うか何と言うか、皮倉三武郎はその返答が気に食わなかったらしい。
彼の目は露骨に怒りの色を強めたが、その眼を彼女は冷静に見返す。
そして酷く冷淡な声色で、彼の問いに対しての言葉を続けた。
「嫌ですねえ。こんな変わり種の事件、警察でも難航しますよ?全力は尽くしてますから……」
ふいに動き始めた彼女を見て、俺の口を抑えたままの柚木宮少女の口元が僅かに緩む。何故かその口元はとても楽しそうだ。
甘原少女はふと右手を前に出し、人差し指を立てて皮倉三武郎との距離を詰めた。
彼女の眼光に一瞬怯んだ皮倉三武郎の口元に指を押し当て、彼女は一言こう言った。
「黙っててください?」
彼女の眼光は相当鋭い。意図的に見せられた人を威圧するためのそれに、案の定彼は耐えられなかった。
腰から綺麗に砕けおちた彼を端眼に、彼女は彼がやって来た扉の方に歩を進めた。
そして扉を開いてから、先程の威圧感はどこへやら、にっこりと人懐こい微笑を浮かべて扉の先を指し示した。
「では、自室に手結果をお待ちください♡」
彼女がそう促すと、心ここにあらずと言った状態の皮倉三武郎は、ふらふらと促されるままに扉の向こうに消えていった。
その背中を見送ってから、一拍。
バアンッ!!!
と盛大に音を立てて、甘原少女が力任せに扉を閉めた。
そして彼女は扉を閉め下を向いたまま、硬直して動かない。
柚木宮少女から解放された俺は、恐る恐るだが、甘原少女の方に少しづつ近寄った。
そして彼女の顔を恐る恐る覗き込むと、ものすごい眼光と目が合ってしまった。
「うおっ」
「最ッ悪だわあの男!何なの本当に!腹立つわ!」
「甘原少女。扉壊れるから力抜いて。木材が悲鳴上げてるから」
「呼び方違う!千里!!」
「あ、はい千里」
ついつい心の中の呼び方をそっくりそのまま使ってしまった。そして彼女は激昂しつつも、そこら辺はしっかり判断できるらしい。速攻で訂正を入れられた。
珍しく激情のまま八つ当たりを刊行しかける甘原少女を、組み付く形で慌てて取り押さえる。
さすがによそ様の家のものをぶち壊すのは駄目だろう。怖いのは変わりないがそれを捨ておくわけにはいかない。
俺に捕獲された状態のまま、バタバタと暴れている甘原少女を何とかなだめすかし、肩で息をする彼女を落ち着かせた。
「千里」
「……大丈夫落ち着いたよ。まあこれで何すればいいかは私の中で固まったわけだ」
どっかりと床に座り込みながら、甘原少女がチョコレートの箱を取り出して口に放り込み始めた。
その様子を見てチョコレートが欲しかったのか、ずりずりと膝歩きで甘原少女に近づく柚木宮少女。
そんな彼女の口にぽいとチョコレートを放り込んでから、甘原少女はハンチングをかぶった。
そんな彼女を見ながら、柚木宮少女は少し不安げな表情する。そして彼女に質問を投げかけている。
「君はどうするつもりだね。この状況、正直関わりたくないほどなのだが」
「なぁに単純だよ」
そんな柚木宮幼女を安心させるように、微笑みながらぽんと軽く彼女の頭を撫でて見せた彼女。そんな彼女はポケットからお馴染みの菓子を取り出した。
「彼の依頼は『妻を探してほしい』。対して彼女の願いは『ここに帰りたくない』……両方叶えればいいでしょう?」
そう言いながら、彼女は取り出した飴を包んでいたフィルムを剥がしてピコピコと上下に揺らす。
そして口に含んで一言呟いた。
「ま、そのためにも気になることをある程度暴かせていただきましょうか」
彼女は口の中で転がしていた飴を奇麗に噛み砕いた。




