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海岸再び

「……そう言えば,なんですけど」

 火災現場から行方不明の女性、小野寺由紀を探すべく、油すましではないもうひとつの妖気の方へ意気揚々と進んでいる道中。

一応同業者の甘党探偵……もとい千里に補助を入れられているらしい田中さんが、少し申し訳なさそうに口を開いた。

「別の種類の妖気がある……って言いましたよね?」

「おうよ」

 しれっと肯定を返せば、何か引っかかったらしく、唇に指を当て、少し考え込む仕草を見せた。

そして暫く考えてから、何かしら決断したらしい。

意を決したように、しかし申し訳なさそうに質問を投げかけてきた。

「…それって、何かおかしいんですか?」

「おお…っ!?」

 予想外の一言に驚いて、なかなかに不思議な声を出してしまう。

そしてどうやら、参加してこそいなかったが、こちらの話を聞いてはいたらしい。

千里がぐるりとこちらを振り向き、本人も驚いてたらしく、珍妙な顔で言葉を唇から零す。

「……あれ、教えてなかった?」

「あ、はい」

「おい千里」

「あい、すみません」

 何ともリズミカルなやり取りの後、沈黙が降りる。

そしてコテン、と田中さんが首を傾けた事で、その沈黙が終わりを告げた.

さて説明をしなければいけないが、なかなかに説明が難しい。

どう説明したものか。少し考え込んでから、我ながら自信なさげに説明を口にし始めた。

「……あー、まず前提として、俺らみたいな妖怪の専門家……裏探偵とか、まあそこらだな。それはコレには当てはまらない。例外ってことを覚えといてくれ」

 その言葉を口の中でブツブツと反芻しながら、田中さんはこくこくと素直に頷いた。

さすがというか何というか、一回言われたことは一発で覚えているらしい。

千里に鍛えられているからだろう、成る程結構頼もしい。社会人としても優秀なのではないだろうか。

「んーで、だなぁ。専門家じゃないトーシロだとな、同じタイプの妖怪としか組めないんだよ。」

「えーーーーっ、と?」

 うーん、想定内ではあったが、疑問形の応答が返ってきた。やっぱりこの説明での理解は難しかったらしい。

少し分かりやすい例えを考えていると、横から千里が割り込んできた。

「言うなら専門家以外はポケ○ンのジムリーダーなの」

「えっと…つまり」

「ほのおタイプのジムリーダーは、炎単体か炎エスパーとか、炎関連のポ○モンしか使わないでしょ?」

「ええ、はい」

「今の状況は、ほのおタイプのジムリーダーが、急に水タイプのポ○モン出してきたような状況なのよ」

「……ああ!なるほど!つまり専門家は…」

「チャンピオンみたいなもの」

「なるほど納得…!」

なんだろう、めちゃくちゃ分かりやすくはあったけど、何かひたすらに腹が立つ。

「…てかちょっと待て!」

「何さ?」

 慌てて待ったをかければ、露骨に不機嫌そうな顔をした千里が此方を振り向く。

取り敢えず宥めること目的にして、軽く頭を撫でてみる。

その瞬間に、此方に敵意剥き出しだった千里が沈静化した。

やはり適度なスキンシップは人の態度を軟化させ、人と人とのコミュニケーションを円滑にさせる。

因みにある程度交友を有していることが大前提ではあるがな。

「……何」

「なんで水って分かった?」

 俺はまだ水音も何も聴こえてはいない。素直に問えば、露骨に肩をすくめられてしまった。

言葉にはしていないが、これは誰でもわかるだろう。コイツ、『逆になんでわかんないのかな?』と態度で示してきやがった。

しかし千里は、時折物言いがきつい事があるが、どう頑張ったって出来ないことをうじうじ言うタイプではない。

という事は、単純に俺が何か見落としているのだろう。

考え込んでいると、どうやら見かねたらしい田中さんが、かなり無理して伸ばして千里と繋いでいた手を離し、俺と手を繋いできた。

何事…と一瞬言いかけたが、次の瞬間に全てを理解する。

聴こえてくる音が一気に増えたのだ。

「………っあーーー…」

 完全に忘れていた。【贄】のブースト機能。

ちょっと恥ずかしくなって片手で顔を覆うと、どこか誇らしげなにやけ顔で千里が顔を覗き込んできた。

「……OK、了解だ。俺にも聴こえた。水関連だなコレは。疑う余地もない」

 素直に認めて肯定すれば、にっこー、と腹立つほどいい笑顔を返された。

可愛さ余って憎さ百倍とはこの事か。めちゃくちゃ可愛いのが逆に感に触る。

「…着いたな」

 俺がなかなかに小っ恥ずかしい体験をしているうちに、気づけば目的地についていた。

まあ一定距離以上近づいた時点で、普通に潮の音が『聞こえて』いたので、分かっちゃいたが。

「…海だな」

「海だね」

「海ですね」

 どの道ここに来れば妖気の種類云々関係なく、もう一匹の妖怪の系統は分かっただろう。

こんな露骨に水関連なのだから。

逆に今までの俺の痴態は、必要なかったとも言える。…やばい、今日は堪忍袋の尾の耐久度が著しく低いらしい。なんかキレ散らかしそうだ。

取り敢えず自らのうちに秘めているはずの仏に召集をかけておく。

理由は単純、自分が般若になりそうな時に阻止するためだ。

「海で、人の失踪関連か」

「それだけで結構絞れそうだね」

 お互い淡々と思ったことを口にする。そして次にキョロキョロと視線を巡らせた。

何を探しているのか、ここに居る全員言外に理解しているだろう。

「無いですね、紫色の布……」

 俺たちの言いたいことを、田中さんが先に言った。

そう、俺たちが探していたのは紫色の布、即ち『情報屋Liar』が近くに居る兆候が欲しかったのだ。

あいつの情報量と情報の正確さは非常に優秀だ。可能であれば頼りたかった盤面だったのだが、どうやら今回は運が悪かったらしい。

「……はあー、とことんアイツとはタイミングが合わねえなあ」

「本当にね」

「え、そうなんですか?」

「「どうもね/どうもな」」

 千里と綺麗に声が被る。そうなるほどに、『情報屋Liar』は気まぐれ、つまりこちらの運次第なのだ。

味方になれば、よほど求める情報を間違えない限りは心強いが、まず味方になることが少ない。

田中さんは結構な頻度でLiarに会っているが、それは非常に珍しい事なのだ。

「おやおやおやー、見慣れた顔があるじゃないか」

 そう、本当に幸運、本当に珍しい事ーーーーーーーーー……。

「そして様子を見る限り、僕にご用事って感じかな?あってるでしょう?」

「は?」「え?」「あ」

 綺麗に三人の口から、それぞれの零れた一音が重なる。

驚きを殺し切れなかった俺と、ギリギリ表情の驚きは殺し切った千里、はなから驚きを殺すつもりもなかった田中さんの、三者三様の態度を眺めながらLiarはそれらしく礼をして見せた。

「さて情報屋Liarに何の情報をお求めで?」

「相変わらずだな。もう分ってるんだろ?」

「アッハ、面白くないなあ。でもご名答だよ、辛党探偵」

 からからと、どこかつかみどころのない笑顔を浮かべながら、Liarがあっさりと肯定を返してくる。

なんといえばいいのかよく分からないが、俺も千里も、コイツのこういう掴みどころの無いところが苦手……と言うまでではないものの、好きではなかった。

「さて、何の情報が欲しい?」

 Liarが楽しそうにそう問うてきて、俺と千里はほぼ同時に、そして迷いなく言い放った。

「「この海に生息する、海坊主以外の海の妖怪の一覧を」」


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