逃走と肉体言語とレボリューション
おふざけ要素強めです
「これ、だぁれの?」
笑った表情は崩さずに、油すましの前で携帯ストラップを揺らす千里。目の前で揺れる携帯ストラップから目が離せないのだろう、奇妙な催眠術の現場のような空気が周りに流れる。
「君のじゃないよね?」
まあ普通に考えればそうだろう。誰も油すましが喜び勇んで星型のストラップを買うとは思うまい。
確認するまでもないようなことだったが、あえて千里は質問する。
理由は至極単純で、相手の反応を元にさらに情報を引き出そうとしているからだ。
ぶらぶらと揺れるストラップに連動して、油すましの首も左右に振れる。
「シンプルだから男女両方いけそうだけど…女性かな?」
その瞬間、油すましの瞳が僅かだが揺れた。当然千里が見逃すはずもない、彼女はゆっくりと、確信を持って笑みを深めた。
「女性だね、わかった」
油すましに向けられたその微笑みは、何も知らない人間から見れば聖母の笑顔にでも見えることだろう。
だが、その笑顔を向けられている本人からしたら恐怖の権化でしかない、そんな微笑みだった。
油すましが震える。それはもう、子鹿を連想させるほどに。
いっそ哀れになってくるほど長く、千里と油すましの対面は続き……千里が顔を背けたことで終わりを告げた。
「やーめた。多分だけど、これ以上まともな情報持ってないんでしょ?ここまでしても吐かないんだから」
ふい、と千里が顔をそむけたことで、油すましの体から露骨に力が抜ける。
そして千里の意識が逸れたことを確認してから次に油すましがとった行動は、逃走だった。
足に力をみなぎらせ、走ると言うより連続の跳躍、と言う言葉が適切な形で逃げ始める。
しかしそれも数秒のことで、気づけば油すましは千里の元に戻っていた。
というか、数秒で連れ戻されていた。
「こらこら、駄目でしょう逃げるのは。君はこれで終わったと思ったかもしれないけれど、被害者……小野寺由紀さんはまだ見つかってないんだから。たとえ神隠ししたのが君じゃなかったとしても、最後まで付き合ってもらうよ?」
ちら、と横に視線をやると、変な顔のまま硬直している田中さんが居た。
この人は千里が完璧超人に近いと言うことはしっかり認識しているが、流石にさっきの動きは脳で処理し切れてないらしい。
まあ当然と言えば当然か。
妖怪である油すましより早く動いて先回りして、喧嘩キック腹パン踵落とし足払いボディーブローだ。早技と正確さにも舌を巻くが、腹への攻撃が手厚すぎる。
多分視認することすら叶わなかったのだろう、油すましは『何も分からない』と言う顔をしながらグロッキーになっている。
これは同情せざるを得ない。普通に辛いだろう。
だが、牽制としても効果抜群だったらしい。完全に怯えきってしまった油すましは、千里の顔色を伺うばかりで自発的に行動を起こそうとしなくなった。
……なんか、いっそのこと哀れである。
「貴方たち、そこで何ドタバタしてるんですか?特撮ヒーローごっこなら他所でやってください」
容赦なく空気に水を差すやつ乱入、頭固すぎ固武である。
メガネを直しながら、勝ち誇ったような得意げな顔で言い放った。
多分あれだろう、俺たちをここから追放……そうでなくても次から呼ばないための理由ができたと喜んでいるんだろう。
だがしかし、俺たちからすれば感想はひとつだった。
(((……視えてないのか)))
ついでにちょっと驚いた。確かに視る視えないは人それぞれだが、ここまで存在感を増し増しにしている妖怪が見えない奴はそう居ない。
あれか、霊感ならぬ零感ってか。
自他共に認める警察内屈指の【視えない】男、郷仲さんですら存在感マシマシ妖怪はなんとか視認できていたと言うのに。
郷仲さんも霊的能力という点では全くこの仕事に向いていなかったが、侮るなかれ、上には上がいた。
逆にここまで才能ないやつは珍しい。
どうなってるか気になるので、ちょっと耳を借りてみたい。
「……なあ、あんたどうして妖怪関連の事件現場に居続けるわけ?」
素直に気になって聞いてみた。一切【視えない】【聴こえない】、多分だが、気配というか【寒気】を感じることも困難だろう。
そして本人妖怪関連一切信じてないときた。逆にどうして自分から妖怪に関わるような立ち位置にいるのか、非常に気になる。
多分千里も田中さんも気になったのだろう、2人とも小さくサムズアップしていた。どうもありがとう。
「理由など単純明快、妖怪などいないと証明するためです!その証拠に、私が今まで担当した事件の大半にはちゃんとしたトリックがありましたからね!」
だいたい察した、担当された裏探偵面倒臭くなって妖怪退治した後他の人為的事件の犯人と抱き合わせで終わらせたな?
そんでその後お上に正式な報告書あげて訂正したんだろうな、なんだろう、やっちゃ駄目なんだが気持ちは痛いほどわかる。
「あー、まあ、あれだ。そうか、特撮ヒーローごっこに見えたか。そうかそうか…」
見えてないと認識したらしい油すましが千里に許可貰って目の前でTMレボリューションごっこしてるんだが、多分視えてないし聴こえてない。
もういっそ羨ましい。笑わないようにするので必死だ。
というかどこから調達したんだ件の『色々アブナイ衣装』は。そして着るな。ノリノリで歌いながら踊るんじゃねえ、しかも完コピじゃねえか普通に上手いわ。
そうやって笑いを堪えている時、千里が一言呟いた。
「……待って、気配がひとつじゃない」




