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贄と辛党、液体の音

我ながらなかなかに鬼畜だと思う。

相手が尻尾を出してもくれないのならば、無理矢理引きすり出す。

その手段として俺と千里が選んだのは、『贄』を用いることで、事件に関与したであろう妖怪を強制的に刺激するといったものだった。

『贄』はブースターでもあり、御馳走でもあり、兎に角珍しい。

俺たち裏探偵からしても相当な貴重品なのだ。妖怪からしたらそれ以上の価値がある。

それを囮に使うという事を身近な例で例えてみれば、臨戦態勢の蜂の巣に、香水ガンガンに香らせて近づくようなものである……もしかしなくとも分かりにくいのか、この例。

とにかく、良くも悪くも相手を刺激できる。そしてよほど忍耐力がなければ活発化するだろう。

そこを狙う。

「ハイハイなんですか~……あぁ、うん、ハイ、了解」

 呼び声に応じて呑気な返事とともに顔を出した当事者は、俺と千里の目つきを見て何かを察したらしい。つくづく勘……というか察知能力全般が高い人だと思う。千里が『甘原ブートキャンプ』でサバイバル知識の一環として察知能力を重点的に叩き込んだとはいえ、ここまで成長するとは。

この才能は多分叩き込んだ本人も予想外だったのだろう、横で変な顔をしている。

多分驚きやら喜びやらを表情筋に出さないように変な力を入れているのだろうが、常の千里を知っているものからすればバレバレである。そうじゃない人間には真顔に見えるかもしれないが。

「そんな難航してるんです?てっきり【聴こえる】方の情報量が多いんだと思ってたんですけど」

 今この人には千里が補助を入れている。つまり【視えて】はいるが、【聴こえ】てはいない状態だ。

だから情報の偏りを考慮して、そう考えたのだろう。だが残念なことに。

「いや、こっちも同じようなもんだ。ほとんど何も【聴こえ】てねえよ」

「ならしょうがないか……」

 時折この人の順応力とお人よしが怖くなる。順応力高まりすぎて、何でもかんでもホイホイ受けすぎなんじゃなかろうか。

本来妖怪は恐れの権化、怖いものだと忘れてないか。足元に居る鎌鼬三人衆だって、その気になれば人を殺せるんだぞ。

「ああ……でもまあ、この三人に限ってそれはないか」

 最近こちら側に感化されすぎて、お化け屋敷で失神するようになった三人衆である。多分地なんか見たら泡吹いて倒れるだろう。

しかも最近の悩みが、お菓子の食べ過ぎで体重が三キロ増えたというものだ。お前たち、自分が妖怪だってこと忘れてないか。

「ちーちゃん、思考脱線してる」

 横にいた千里に軽く肘で小突かれた。どうやら思考を読まれていたらしい。

そのまま横でブツブツと呟き始めた。

基本ここまですることはない。というか、その必要がない。

事件現場に【贄】が来たというだけで、大半の妖怪は反応する。

その上に今は、常日頃睨みを利かせている……分かりやすく言えばセコムをしている俺たちが、分かりやすく隙を作っている。

お膳立てだどしても、むしろやりすぎなくらいなのである。

「立ってればいい?」

「立ってればいい」

疑問と断言が手短に飛び交い、そして無言の時が訪れた。

俺と千里がゆっくりと後退し、露骨に距離を作る。

それと同時進行で千里は【視る】、俺は【聴く】ことに全力を注ぐ。

その瞬間、俺の耳が一つの音を捉えた。


——ぴちゃん——


「……来た」

「ちーちゃん」

「分かってる」

 一言呟けば、すぐさま千里が反応して裾を引っ張る。

それに応じて千里に【聴く】ための補助を入れた。

同じ音を拾ったのだろう、横にいた千里の顔が一気に引き締まる。

「【聴こえた】か」

「うん」

「【視る】方は」

「何も。補助は続けて」

「分かった」

 千里の指示の通り、補助はそのまま継続する。

【聴こえて】きた水音は、一定のリズムで近づいてきていた。

そして、近づくにつれて、最初に聴こえていたものとはまた別の音が聞こえてくる。


——ぴちゃん、ぼちゃん、ぺた——


水風船、いやもっと水そのものに近い何かが地にぶつかる音。

それが、水音と連動してだんだんと近づいてくる。

まるで、水の塊が歩いて近づいてきているように。

「エッ、ちょっと二人とも!?なんでそんな神妙な顔してるんです?」

 訳がわからずに混乱している一人を置いて俺と千里は警戒体制を取る。

かなりの長い時間の後、今度は多分補助なしでも『千里には』聞き取れていたであろう声が発された。


『あぶぅ』

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