救出2
すみません、編集前の部分が載ってしまっていました。
読んでしまった方、申し訳ありませんでした。
振り返った私達の前に現れたのは、剣士のジェイだった。
「しっ!」
唇に指をあてて私達を制した彼は、ついてくるように私達にジェスチャーをする。
さすが一流の剣士だ。
気配をまったく感じさせなかった。
味方だったから良かったけれど、ゴブリンに気をとられすぎて私達は後方の確認がおろそかだった。
このような場所なのだ。
何が起こるかわからない。
気を抜く事は不測の事態に直結する。
「赤の牙団」でも口酸っぱく注意されていた事だ。
私は秘かに気をひきしめた。
「殿下たちは?」
「…少し困った事になっていてね」
フリードが安否を尋ねると、ジェイは苦々しい表情で言った。
「殿下だけ隔離されてしまった。どこかに通じるしかけがあると思うのだが」
ライオネル王子だけが、別の部屋に閉じ込められてしまったらしい。
「今、手分けをして、周辺を調査しているのだが。まるで勝手がわからん」
「こちらはララリィを見つけた。」
「本当か?」
「ああ、意識がないが無事だ。上の部屋に置いてきてしまったが」
「…そうか。ゴブリンに気が付かれる前に保護した方がよさそうだな」
「外に通じていそうな穴もあったが…ゴブリンも使っている出入り口だろう」
話をしながら、先程通ったエレベーターのところまで戻る。
「…ここを通ってきたのかい?」
ジェイは、目の前にぶらさがるワイヤーと、はるか下にあるエレベータの屋根部分を見て苦笑いをした。
利き手の治療痕はまだ万全ではないらしい。
「俺たちで連れてこよう」
フリードが私を見る視線に頬が染まる。
なんて甘い表情をして見るんだろう。
いやいやいや、ダメだから。今そんな場合ちゃうし!
正気でいようと思えば思う程、心臓の鼓動は激しくなるし頬に血液が集まってくる。
「……なんだか、その。えっと……仲よくなったんだね?」
ジェイが余計な事を言うので、よけいに顔が赤くなる。
「じゃ、こちら側の警戒はまかせて」
さらっと煽っておいで、急にキリっとしてジェイが言う。
天然なのか?
この人天然なの?
「おいで。お姫様を助けにいこう」
ちょっとからかうような言い回しだった。
「俺は騎士だし、君は『銀の騎士様』らしいし?」
フリードもあの時のララリィ嬢の言葉にひっかかりを感じたんだ。
「この恰好で騎士はないと思うのだけど…」
そう、私は冒険者。どう見繕っても騎士には見えないと思うんだけど。
「そうだ、違う。お前は俺の…」
語尾が聞こえなかった。
何て言ったの?
聞き返そうとしたら、フリードはもう、身体の向きを変えてワイヤーを登っていた。
もう一度、聞きたいな。なんて…
いけないいけない。浮かれちゃだめ。だめったらだめ。
でも口元がにやけてしまうのはどうしようもなかった。
「フリード?」
上の階に行くと、ララリィ嬢は目を覚ましていて、心細げに床に座り込んでいた。
こちらを見上げる大きな瞳には涙の膜が張っており、服装は自分で直したようだが、やぶれた部分から白い華奢な肩が見え、それがかすかに震えている姿は庇護欲をそそられる。
こんなに近くでララリィ嬢を見るのは初めてだが、なるほど、私にはない魅力をもった女性だった。
不安と心細さを一生懸命耐えているその姿は健気ですらある。
女の私でも胸が突かれるような感情が湧き上がってくるのだ。
守ってあげたい、庇護して大切に真綿でくるむようにその不安から遠ざけてあげたい…そんな風に思ってしまう。
私はダメだ。おそらくこの令嬢と同じような目にあったとして、もっと逞しく行動するだろう。
そこに守ってあげたくなるような風情があるのかと問われれば否と言わざるを得ないだろう。
「ララリィ、一人にしてすまなかった。下の様子を見に行っていたんだ」
膝をついて震える肩に宥めるように手をおいてフリードはララリィ嬢の顔を覗き込む。
そのことに胸がチクリと痛んだが、私の意識はそれよりも付近の警戒に向いていた。
だからダメなんだろうな。
彼女の魅力に叶わなかったのは私のせい。
だけど私は私だから、ララリィ嬢のようにはなれない。
危険と隣り合わせの中で、寄る辺なくただ救助を待っているとか自分には出来ないし、したくもない。
冒険者をしていれば、それこそ命がいくつあっても足りない行為だから。
だから私は魔法のポーチからロープを取り出して冷静に言った。
「これでお互いの身体を縛って繋げて」
ララリィ嬢の握力では自分の身体を支えきれないだろう。
何しろ今から手が切れそうなワイヤーロープを伝って下に降りなければならない。
「強化の魔法と風の魔法でサポートするけれど、命綱も必要ね」
注意を払いつつ、穴の開いた場所に下がっていた蔦をナイフで切る。
強度を確かめた後、それをララリィ嬢が括り付けられていたハンドルに結び二人の身体を繋いだロープに結びつける。
「上は私が見ているから先に行って」
可愛い気のない女だろう。
だけど、安全のためには私の行動こそが今は正しい。
だからと言ってララリィ嬢に私のように冒険者のような行動を取れというのも無理な話なのだが。
「行って」
私の言葉にララリィ嬢を落ち着かせるためにずっと彼女を慰めていたフリードは顔をあげた。
その表情に色めいた物は見えない。
ちゃんと騎士の顔をしている。
「気をつけて」
私に短く言うと、フリードはララリィ嬢に自らを抱き着かせたまま、ワイヤーに飛びついた。
その顔が一瞬ゆがむ。
やはり二人分の体重を支えるのはきついのだろう。
「ララリィ、しっかりとくっ付いていて」
ララリィ嬢の顔は恥じらいの表情で染められていた。
だからそんな表情は反則でしょうに。
なんとかララリィ嬢が階下まで運ばれたのを見送ってから私もワイヤーを伝っておりる。
その前に蔦はナイフで切り落としておいた。
エレベーターに通じる扉も閉じておく。
ゴブリンの増援などぞっとしないから道は塞ぐに限る。
階下に降りるとフリードはララリィにその手の平に治癒魔法をかけてもらっていた。
やはり飛び出た金属で手を切っていたらしい。
ひとつ部屋に集まったゴブリン達の方には動きはない。
物音をさせないように気をつけつつジェイの案内でクリストフ達と合流する。
ジェイの案内でついた部屋はあのゴブリン達のいる部屋の隣りあった部屋のようだった。
ガラス張りになっていて、ゴブリン達の姿が良く見える。
私とフリードが緊張するのを見てジェイは手で制して言った。
「こちらの姿も声も向こうからは見えないし聞こえていないようなんだ。大丈夫だ」
部屋の中にはクリストフとドジっ子騎士のアレンがいたが、本当にゴブリンからは見えていないようで
隠れてもいなかった。
このガラスの壁はおそらくはマジックミラーのようなものなのだろう。